201)丹参の抗がん作用

図:近年、丹参の抗がん作用が注目されている。丹参に含まれる成分には、がん細胞のアポトーシス誘導作用や浸潤・転移の抑制、血管新生阻害、抗炎症、抗酸化作用など、様々な抗がん作用が明らかになっている

201)丹参の抗がん作用

タンジン(丹参:Radix Salviae Miltiorrhizae)は、シソ科のタンジンの根で、抗炎症作用や抗酸化作用や血液循環改善作用や線維化抑制効果などがあるので、慢性肝炎や心筋梗塞や腎臓疾患の治療に使用されています。
さらに、丹参は多くのがん細胞に対して、増殖抑制、アポトーシス誘導、血管新生阻害、浸潤や転移の抑制、抗がん剤に対する耐性獲得の抑制作用を示すことが報告されています。
前回(第200話)は丹参のシクロオキシゲナーゼ-2阻害作用による抗がん作用について、前々回(第199話)は、丹参の主要成分であるSalvianolic acid Bが上皮-間葉移行を阻止して、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果があることを紹介しました。
近年、丹参の抗がん作用が注目されており、丹参に含まれる抗がん成分の作用機序に関する報告が増えています。199話と200話で紹介したSalvianolic acid B以外の成分の抗がん作用に関する最近の論文をいくつか紹介します。

1)丹参に含まれるタンシノン類の抗がん作用が様々ながん細胞で示されています

(1)丹参に含まれる生理活性成分タンシノン類は培養細胞およびマウスの移植腫瘍の実験で前立腺がん細胞の増殖を抑える。(Int J Cancer 2010 Sep 16 [Epub ahead of print]

丹参に含まれるタンシノン類(tanshinones)の,クリプトタンシノン(cryptotanshinone)、タンシノンIIA(tanshinone IIA) 、タンシノン I(tanshinone I)は前立腺がんの培養細胞を使った実験で、用量依存的に細胞増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。最も抗がん活性が高いのはタンシノン Iで、50%増殖阻止濃度は3-6μMであった。正常の前立腺細胞に対してはタンシノン類は毒性を示さなかった。
タンシノン類の作用機序として Aurora A キナーゼの関与が示唆された。Aurora A キナーゼは前立腺がん細胞に高発現しており、Aurora A キナーゼの活性を阻害すると前立腺がん細胞の増殖が抑制される。タンシノン類はAurora A キナーゼの発現を抑制した。
タンシノン類、特にタンシノンIはin vitroとin vivoの実験で血管新生阻害作用を示した。
マウスに前立腺がん細胞を移植した実験では、タンシノンIはがん細胞の増殖を抑え、その機序として、アポトーシスの誘導、血管新生阻害、Aurora A キナーゼの発現抑制が示唆された。毒性(体重減少や食餌摂取の減少など)は認めなかった。以上のことから、丹参に含まれるタンシノン類は前立腺がんの予防や治療に有効で安全な成分であることが期待される。
(2)ドキソルビシンに耐性のヒト肝細胞がんに対して、丹参のタンシノン類は殺細胞作用を示す。がん細胞の抗がん剤に対する耐性を阻止する作用も報告されています。(J Nat Prod 28;73(5):854-9. 2010)
(3)タンシノンIIAは培養細胞および動物移植腫瘍を用いた実験において、ヒト肝細胞がんの浸潤と転移を阻害する。Tumori 95(6):789-95.2009)
(4)ヒト子宮頸がん細胞HeLa細胞を使った実験で、タンシノンIIA(tanshinone IIA)は、がん細胞の微小管の重合を阻害して細胞分裂を止め、G(2)/M期で細胞周期を止め、アポトーシスを誘導して、増殖を抑制した。50%増殖阻止濃度は2.5 microg/mL (8.49 microM)であった。(Proteomics 10(5):914-29.2010)
(5)多くがん細胞で活性化しているSTAT3(Signal transducer and activator of transcription 3)をタンシノンIIAは阻害する。
ラットのグリオーマ細胞使った実験で、タンシノンIIAはSTAT3活性を阻害し、細胞増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。(Neurosci Lett 470(2):126-9. 2010)
(6)タンシノンIIAはヒト乳がん細胞の増殖を抑制する。
タンシノンIIAは抗炎症作用と抗酸化作用を持ち、さらに多くのがん細胞に対して殺細胞作用を示す。タンシノンIIAはエストロゲン依存性と非依存性の両方の乳がん細胞に対して増殖抑制効果を示した。(Int J Mol Med 24(6):773-80. 2009)
(7)丹参抽出エキスは乳がん細胞のAkt活性を抑制し、細胞増殖抑制作用のあるp27の量を増やして乳がん細胞の増殖を阻害する。(Phytother Res 24: 198-204, 2010)
(8)丹参に含まれるクリプトタンシノン(Cryptotanshinone)はメラノーマ(黒色腫)細胞に対して増殖抑制作用を示す。 (Cancer Chemother Pharmacol 2010 Sep 4. [Epub ahead of print])
(9)クリプトタンシノンはBcl-2とMAPキナーゼの制御を介してFas誘導性のアポトーシスに対する前立腺がん細胞の感受性を高める。
Fasは細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導する細胞表面にある受容体。多くのがん細胞にFasが発現しているが、Fas誘導性のアポトーシスに抵抗性になっているがん細胞も多い。この抵抗性の獲得に抗アポトーシス作用のあるBcl-2が関与している場合がある。
Fas誘導性アポトーシスに対する抵抗性を阻止する天然成分を前立腺がん細胞(DU145)を用いてスクリーニングした結果、丹参の主要成分のクリプトタンシノン(cryptotanshinone)が、Bcl-2の発現を抑制し、Fas誘導性アポトーシスの感受性を高めた。クリプトタンシノンはBcl-2発現を制御しているJNKとp38MAPKの2種類のキナーゼの活性を阻害した。さらに、クリプトタンシノンは多くの抗がん剤に対するがん細胞の感受性を高めた。
以上のことから、クリプトタンシノンが前立腺がんの治療において効果が期待できることが示唆された。(Cancer Lett 2010 Jul 16. [Epub ahead of print])
(10)ヒト大腸がん細胞の浸潤・転移を阻害する。(Acta Pharmacol Sin 30(11):1537-42. 2009)


2)中医薬のSongyou Yinという名称の煎じ薬は、丹参( Salvia miltiorrhiza)、黄耆(Astragalus membranaceus )、枸杞(Lycium barbarum L.)、山査子( Crataegus pinnatifida)、 別甲(Trionyx sinensis Wiegmann)の5種類から構成されます。
培養細胞を使った実験では、Songyou Yinはがん細胞のアポトーシスを誘導し、Matrix metalloproteinase-2(MMP2)の活性を低下させることによって浸潤能を阻害しました。
高転移能を持つヒト肝臓がんをヌードマウスに移植する動物実験で、肝臓がん細胞のアポトーシス誘導と血管新生阻害作用によって増殖を抑制し、MMP2の活性を阻害して浸潤や転移を抑制し、生存期間を延長する効果が認められました。(コントロール群の生存期間が52日に対してSongyou Yin投与群の生存期間は75日でした)(J Cancer Res Clin Oncol 135(9):1245-55. 2009)
抗がん剤によって誘導される上皮-間葉移行を阻害して転移を抑制する効果も報告されています。(BMC Cancer 2010, 10:219)

3)黄耆と丹参の組み合わせが慢性疲労を軽減することが報告されています

Myelophil, an extract mix of Astragali Radix and Salviae Radix, ameliorates chronic fatigue: a randomised, double-blind, controlled pilot study.(黄耆と丹参の抽出エキスの混合製剤Myelophilは慢性疲労を軽減する;ランダム化二重盲検比較予備試験)Complement Ther Med. 2009 Jun;17(3):141-6.

黄耆と丹参の抽出エキスの混合製剤Myelophilは慢性疲労や倦怠感を訴える患者に使用されている。この研究では、慢性疲労を訴える36人の成人を対象に、Myelophilの抗疲労効果をランダム化二重盲検比較試験にて検討した。コントロール群、Myelophil3g/日投与群、Myelophil6g/日投与群の3群に分け、4週間にわたってモニターした。疲労の程度は自覚症状でスコアー化して比較した。
Myelophil3g/日投与群はコントロール群に比較して有意に疲労スコアーを軽減した。
この結果から、黄耆と丹参の組み合わせは、慢性疲労や倦怠感の改善に効果が期待できることが示唆された。

黄耆は免疫増強作用があり、抗がん剤の副作用を軽減する効果が報告されています。丹参は抗がん作用があります。黄耆と丹参の組み合わせが、TGF-β/Smadのシグナル伝達によって活性化される肝臓がんの浸潤能を阻害する作用も報告されています。(J Gastroenterol Hepatol 25(2):420-6. 2010年)
さらに慢性疲労や倦怠感の改善に効果があるので、抗がん剤や放射線治療の副作用緩和と抗腫瘍効果の増強を目的とする漢方薬に黄耆と丹参の組み合わせは有効性が期待できそうです。田七人参と丹参の組合せは、解毒力を相乗的に高める作用があります。

以上のように、丹参は、造血機能を高める補血作用や、血液循環を良くする作用、抗酸化作用など抗がん力を高める効果の他に、がん細胞の増殖を抑え、浸潤や転移を抑制する効果など様々な抗がん作用がありますので、がん治療中や治療後の再発予防、進行がんの治療などにおいて有用な生薬と言えます。特に、黄耆と田七人参との組み合わせは効果が期待できそうです。
つまり、黄耆と丹参と田七人参の組合せは抗がん剤治療中の漢方処方の基本になります

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