がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
259)がん治療における酸化ストレスの2面性
図:活性酸素は好中球やマクロファージによる生体防御や、放射線や抗がん剤によるがん治療に利用される。一方、これらの活性酸素は生体に酸化障害というダメージを与え、免疫力や臓器機能の低下やがんの発生・再発の促進を引き起こす。抗酸化剤は活性酸素の害を抑制する効果がある。高濃度ビタミンC点滴やアルテスネイトやジクロロ酢酸ナトリウムはがん細胞に比較的特異的に酸化ストレスを与えて治療効果を発揮し、副作用の少ない治療法としてがんの代替医療で利用されている。
259)がん治療における酸化ストレスの2面性
【活性酸素とは】
体内では、たえず活性酸素が発生しています。活性酸素というのは、普通の酸素(O2)からできる反応性の高い分子で、酸化力が強く、化学反応を起こしやすい分子です。活性酸素は、エネルギー産生や、好中球やマクロファージによる生体防御や炎症、薬物代謝の過程などで体内でたえず発生しています。
細胞が生きていくために必要なエネルギー(=ATP)は細胞内のミトコンドリアで、酸素を還元して水になる反応(電子伝達系と酸化的リン酸化)を使って産生しています。ATP産生に利用する酸素の数%が活性酸素の一つ、スーパーオキシド(O2-)として出てきます。スーパーオキシドは1つの不対電子をもつフリーラジカルです。
細胞内で発生したスーパーオキシドはスーパーオキシドディスムターゼ (Superoxide dismutase, SOD) によって過酸化水素(H2O2)に変換されます。(2O2- + 2H+ → O2 + H2O2)
過酸化水素はカタラーゼやペルオキシダーゼによって酸素(O2)と水(H2O)に変換されて無害化されます。(2H2O2 → O2 + 2H2O)
過酸化水素自体も強い酸化剤ですが、それが鉄などの金属イオンによって、攻撃性の強いヒドロキシラジカル(・OH)に変わります。ヒドロキシラジカルは活性酸素の中で最も反応性が高く、最も酸化力が強く、DNAやタンパク質や脂質や糖などあらゆる物質と反応し、細胞に傷害を与え、がんや炎症性疾患や動脈硬化や神経変性疾患など多くの病気の原因となっています。
このスーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカルが代表的な活性酸素です。
ミトコンドリアにおけるエネルギー産生以外でも体内では活性酸素が発生しています。例えば、細胞内滑面小胞体やペルオキシゾームと呼ばれる場所では、酸素を使って様々な物質を酸化する酵素(異物を酸化して解毒するための薬物代謝酵素など)が含まれていて、過酸化水素のような活性酸素が発生しています。
さらに、白血球の中の好中球と呼ばれる細胞やマクロファージは、体内に侵入した細菌を貪食(細菌を細胞膜で包み込みながら食胞という袋を作って自分の細胞中に取り込むこと)し、活性酸素を利用して細胞内で細菌を殺します。すなわち、白血球はNAD(P)Hオキシダーゼを使ってNADH(NADPH)とH+と酸素を反応させて、過酸化水素を生成し細菌を殺します。
細胞内の食胞の中で活性酸素を放出するのは、周りの細胞に活性酸素の傷害が及ばないようにするためですが、細菌の量が多くなれば活性酸素の産生量も多くなって周りの細胞も巻き込まれます。これが炎症(生体が微生物の侵入や物理的•化学的刺激などを受けて、発熱•発赤•はれ•痛みなどの症状を呈する状態)です。
【酸化ストレスとは】
活性酸素は体内で生理的に産生されるものだけではありません。紫外線や放射線やタバコの煙は体外から体に活性酸素を発生させて生体成分を酸化します。医薬品やアルコールを多く摂取すれば、その代謝過程で多くの活性酸素がでてきます。したがって、がんの放射線治療や抗がん剤治療は活性酸素の産生を高めます。手術による組織や臓器の切除は炎症を引き起こし、傷が治る過程で活性酸素の産生が高まります。
このような体の内外から発生するフリーラジカルの害を防ぐ防御機能が体には備わっています。活性酸素を消し去る酵素(スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼ、ペルオキシダーゼなど)、ビタミンCやビタミンEやグルタチオンなどの抗酸化物質などが、絶えず活性酸素を消去してくれています。このような活性酸素を消去する能力を「抗酸化力」と言います。
体内での活性酸素の産生量が増えたり体の抗酸化力が低下すれば、体内の細胞や組織の酸化が進むことになります。このように体内を酸化する要因が体の抗酸化力に勝った状態を酸化ストレスと言います。
細胞や組織が酸化ストレスを受けると、細胞内のタンパク質や細胞膜の脂質や細胞核の遺伝子などにダメージが起こり、がんや動脈硬化、認知症、白内障、肌の老化など様々な病気の原因となります。酸化ストレスというのは、「体の細胞や組織のサビ(=酸化)」を増やす状態であり、このサビが過剰になると、様々な疾患や老化の原因となるのです。したがって、酸化ストレスを軽減することは、がんや動脈硬化などの生活習慣病を始め、様々な老化性疾患の予防や軽減に役立つと言えます。
【がん治療における酸化ストレスの2面性】
動脈硬化や神経変性疾患(アルツハイマー病など)の予防や治療においては、酸化ストレスを軽減することが良いと単純に言えます。活性酸素が動脈硬化やアルツハイマー病などの病気を悪化させる原因となっているからです。しかし、生体防御やがんの領域では、活性酸素は単純に悪者とは言えないので、その2面性が問題になります。
つまり、体は、細菌などの病原体やがん細胞を排除するときに活性酸素を利用しているからです。さらに、がんの放射線治療や抗がん剤治療でも、がん細胞の対する活性酸素の細胞傷害性を利用しています。したがって、がんの放射線治療や抗がん剤治療中に抗酸化性のサプリメントを摂取することに対して「治療効果を妨げる可能性がある」という懸念があります。この場合は、抗酸化作用をもった食品やサプリメントは有害ということになります。
一方、酸化ストレスががんの発生や進展に関与していることは多くの証拠があります。したがって、がんの発生や再発の予防の観点からは抗酸化作用をもつ食品やサプリメントは有用ということになります。
がんは幾つかの段階を経てできてくると考えられています。遺伝子が傷ついてがんへの道を歩みだす「イニシエーション(initiation)」、がん細胞の性質を獲得していく「プロモーション(promotion)」、悪性化がさらに進行する「プログレッション(progression)」です。活性酸素は、これらのどの段階にも関与しています。
DNAは、糖と燐酸がつながってできた2本の鎖が二重らせん構造をとり、その間をアデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が、それぞれ水素構造を作って2本の鎖をつないでいます。ヒドロキシラジカル(・OH)は、グアニンを酸化して8-オキシグアニンに変化します。塩基が変化すると、この遺伝子をもとに作られるタンパク質のアミノ酸配列は本来のものと異なってしまうので、本来の機能を果たせなくなります。細胞の増殖や死に関与する遺伝子に変異が生じることが細胞のがん化の第一歩であり、悪性化進展の原因にもなります。さらに、酸化ストレスは、血管新生を促進したり、がん細胞の増殖を促進する作用もあります。酸化ストレスによって正常細胞や組織がダメージを受けると免疫力や抵抗力が低下し、がんの発生や進展を促進することになります。
慢性炎症ががんの発生や悪性化を促進するのは、活性酸素をたくさん発生するからです。
がん患者さんは酸化ストレスが高くなっているという報告が多くあります。酸化ストレスのマーカーとして酸化脂質の分解産物のマロンジアルデヒドや核酸の酸化障害の指標の8-ヒドロキシグアノシンを指標にがん患者さんと健常人を比較した報告があります。それによると、がんを持っている患者さんは酸化ストレスのマーカーの数値が高く、根治手術を受けると正常になることが報告されています。また、酸化ストレスの程度と、血中のVEGF(血管内皮細胞増殖因子)の濃度が比例することも報告されています。つまり、酸化ストレスの増大はVEGFの発現を高め、腫瘍血管新生を促進して、がんの増殖を促進する可能性が推測されています。
したがって、がんの発生や再発の予防や、悪性進展の抑制の目的では、酸化ストレスの軽減が役立つということになります。
また、がん治療は酸化ストレスを増大します。抗がん剤の中には活性酸素の破壊力を利用して、がん細胞の核のDNAを破壊し、がん細胞を死滅させるものが多くあります。放射線ががん細胞を殺す力も、放射線が体内の水分と反応して発生する活性酸素(ヒドロキシラジカル)によるものです。このような放射線や抗がん剤により発生するフリーラジカルはがん細胞にだけ作用すればよいのですが、そのように都合よくはいきません。正常な細胞にもフリーラジカルによる障害が及び、DNAの変異を来します。これが、「放射線や抗がん剤は発がん剤」という矛盾を生む理由なのです。抗がん剤治療や放射線治療の後に新たながん(2次がん)の発生率が高まることは多くの研究で確かめられています。
正常な細胞や組織が障害を受けて機能が低下すると、体の抗酸化力や免疫力や体力も低下します。抗がん剤や放射線治療の副作用の最も大きな原因は、これらの治療が正常細胞に酸化ストレスを増大させるからです。
手術による組織や臓器の切除は炎症を引き起こし、傷が治る過程で活性酸素やフリーラジカルの産生が高まります。手術によって体力や栄養状態が低下すれば、体の抗酸化力も低下します。すなわち、手術も酸化ストレスを増大させる原因になります。
抗がん剤や放射線による治療中の抗酸化性物質の摂取には、副作用を軽減して抗腫瘍効果を高めるという意見と、治療効果を妨げる可能性を指摘する意見が対立していて、コンセンサスが得られていません。抗がん剤や放射線治療に抗酸化剤を併用して抗腫瘍作用を高める場合は、抗酸化剤(anti-oxidant)としてでなく酸化剤(pro-oxidant)として働くためだという言う意見もあります。一般に抗酸化剤は状況によっては酸化剤として作用するため、がん治療中の抗酸化性物質の作用は複雑で、摂取の可否については今後の研究結果を待つ必要があります。しかし、がん治療が終了した後は、がんの再発や2次がんの発生の予防に、酸化ストレスを軽減させることが有用だと考えられています。
以上のことから、大きながん組織が無いとき(がん細胞が存在してもまだ目に見えないレベルのとき)は、酸化ストレスの軽減はがんの発生や再発の予防に効果が期待できます。問題は目に見えるくらいに大きくなった場合です。
大きながん組織がある場合でも、がん組織の酸化ストレスを軽減する治療は、がん細胞の増殖抑制や血管新生阻害や悪性進展の抑制などの抗腫瘍効果が期待できます。
一方、がん細胞を酸化ストレスで死滅させようというアプローチもあります。放射線は細胞内の水と反応してヒドロキシラジカルを発生させて照射された細胞を死滅させることができます。高濃度ビタミンC点滴は、高濃度のビタミンCががん組織で過酸化水素の産生を高めることによってがん細胞を死滅させると考えられています。アルテミシニン誘導体製剤はがん細胞に多く含まれる鉄と反応してフリーラジカルを発生してがん細胞を死滅させる治療です。(高濃度ビタミンCとアルテスネイトの相乗効果についてはこちらへ)
がん細胞では嫌気性解糖系が亢進しミトコンドリアでのTCA回路や酸化的リン酸化の活性が低下していることが知られており、ミトコンドリアにおけるTCA回路や酸化的リン酸化を活性化するジクロロ酢酸ナトリウムはがん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させる効果が報告されています。(ジクロロ酢酸ナトリウムについてはこちらへ)
がん細胞は鉄を多く含み、カタラーゼなどの抗酸化酵素の活性が低下しているので、高濃度ビタミンCやアルテミシニンやジクロロ酢酸ナトリウムを組み合わせれば、がん細胞内の酸化ストレスが亢進してがん細胞を死滅させる効果が期待できます。
つまり、進行がんの治療においては、がん組織の酸化ストレスを軽減することも、逆に酸化ストレスを高めることも治療効果は期待できます。ただ、どちらも中途半端だとあまり効果が期待できません。抗酸化作用のある食品やサプリメントや水素ガスや漢方薬などを使って徹底的に酸化ストレスを軽減すれば、がん細胞をおとなしくできるかもしれません。逆にがん細胞内で活性酸素を発生させるような薬(高濃度ビタミンC、アルテミシニン、ジクロロ酢酸ナトリウム)を組み合わせて徹底的にがん細胞内の酸化ストレスを高めれば、がん細胞を死滅できるかもしれません。これは抗がん剤や放射線で徹底的に攻撃するか、食事療法や漢方薬やサプリメントや免疫療法などでがん細胞の増殖を抑える(がんとの共存や休眠療法)ことを目的とするかの違いと似ています。
どちらが勝っているというよりかは、ケーズバイケースでどちらの戦略を選択するかになると思います。したがって、徹底的に酸化ストレスを軽減する治療も、酸化ストレスを利用してがん細胞を死滅させる治療も、全く目標は異なりますが、両方とも治療効果は期待できるということになります。ただ、この両方を併用すると、お互いの効果を打ち消しあうので、注意が必要です。がん治療における酸化ストレスの扱いは極めて複雑で、場合によって逆効果になることもあるということだけは確かです。
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