がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
334)野菜・果物・食物繊維が豊富で低脂肪の食事と乳がんの予後
図:米国で行われたThe Women's Healthy Eating & Living (WHEL) Study(女性の健康的な食事と生活に関する臨床試験)では、乳がん治療後に「野菜と果物と食物繊維が非常に豊富で総脂肪摂取量を減らす食事」が、乳がんの再発や新たな乳がんの発生や全死因死亡率に影響するかが検討された。7.3年間の追跡調査の結果は、このような食事には再発や新たな乳がんの発生や全死因死亡率を減らす効果が認められなかった。
334)野菜・果物・食物繊維が豊富で低脂肪の食事と乳がんの予後
【The Women's Healthy Eating & Living (WHEL) Studyの結果】
乳がんの診断を受けると、多くの患者さんは食事の内容を変えます。
その食事内容の基本は、「野菜や果物や食物繊維が非常に豊富で脂肪摂取量が少ない食事」です。
がんと食事に関する初期の研究で、「肉や脂肪の摂り過ぎががんを促進する」「植物性食品はがんを予防する」と考えられたので、当然の結論として、このような食事ががん予防の基本になってきました。
そこで、がん治療後にこのような食事を徹底すれば、再発や死亡を減らす効果が得られるのではないかという仮説のもとに臨床試験が行われました。その代表が、The Women's Healthy Eating & Living (WHEL) Study(女性の健康的な食事と生活に関する臨床試験)です。
WHEL試験というのは、米国のNIH(アメリカ国立衛生研究所)がスポンサーになって多数の施設が参加して行われている大規模なランダム化臨床試験です。野菜や果物や食物繊維が豊富で脂肪の少ない食事が、乳がん治療後の再発率や死亡率に影響するかどうかを検討しています。
一般的には、野菜が多く脂肪が少ない食事は、乳がん治療後の再発率や死亡率を減らすように考えられています。それを証明するために実施されたランダム化臨床試験です。その結果は、「野菜や果物や食物繊維が非常に豊富で脂肪の少ない食事を実践しても、乳がんの予後(再発率や死亡率)を改善しなかった」という内容でした。その結果を報告しているJAMAの論文の要旨を紹介しておきます。
Influence of a Diet Very High in Vegetables, Fruit, and Fiber and Low in Fat on Prognosis Following Treatment for Breast Cancer :The Women’s Healthy Eating and Living (WHEL) Randomized Trial(乳がん治療後の予後に対する野菜と果物と食物繊維が非常に豊富で低脂肪の食事の影響:女性の健康的な食事と生活(WHEL)ランダム化試験)JAMA298(3): 289-298, 2007年
【要旨】
背景:野菜と果物と食物繊維が豊富で総脂肪の少ない食事が、乳がん患者の再発や生存に影響するかどうかはデータが無い。
目的:早期の乳がんで治療を受けた女性を対象にして、野菜と果物と食物繊維が豊富で脂肪摂取を少なくした食事が、乳がんの再発や新たな乳がんの発生や全死因死亡率を減らす効果があるかどうかを検討する。
試験方法:診断時の年齢が18~70歳の早期の乳がんで治療を受けた3088人を対象にして、食事の介入を行う多施設ランダム化臨床試験を行った。患者は1995年から2000年の間に参加し、2006年6月1日まで追跡調査した。
介入試験:ランダムに振り分けた介入グループ(n=1537人)は、電話によるカウンセリングや料理教室やニュースレターによる指導を受けながら、1日5皿の野菜に加えて、1日16オンス(約470cc)の野菜ジュース、3皿の果物、30gの食物繊維を加え、脂肪摂取量は総カロリーの15~20%に減らした食事を行った。残りの対照群(n=1551人)は「5-a-day(1日5皿の野菜・果物を食べる)」の食事ガイドラインを解説した印刷物を渡した。
評価法:乳がんの再発、新たな乳がんの発生、全死因死亡率を比較した。
結果:介入群は対照群に比べて、野菜の摂取量は65%増加、果物の摂取量は25%増加、食物繊維の摂取量は30%増加し、脂肪からのエネルギー摂取量は13%減少し、この状態が4年間継続した。この野菜と果物の摂取量の増加は血中カロテノイド値によっても確認された。研究期間中、両群は同じような医療ケアを受けた。7.3年間の追跡期間中に、乳がんに関連する事象(再発、新たな乳がんお発生、死亡)は介入群では256例(16.7%)、対照群では262例(16.9%)に認められた。ハザード比は0.96(95%信頼区間:0.80-1.14; P=0.63)であった。
このうち死亡は、介入群では155例(10.1%)、対照群では160例(10.3%)で、ハザード比は0.91(95%信頼区間:0.72-1.15; P=0.43)であった。
両群において、乳がんの性状や元々の食事の内容や治療内容に違いは無かった。
結論:早期乳がんのサバイバーに対して、野菜や果物や食物繊維を増やし脂肪摂取量を減らすような食事療法を実践させても、乳がんの再発や新たな発生や死亡率を減らす効果は得られなかった。
(トップの図参照)
この論文は2007年ですが、文献検索しても、乳がん治療後の同様な食事に関する2007年以降の研究報告は見つかりません。3000人以上の乳がん患者に食事療法を介入して7年以上追跡するランダム化試験のWHELの結果は、かなり信頼度が高いと言えます。この研究で効果が見られなかったので、「乳がん治療後に野菜や果物や食物繊維が非常に豊富で総脂肪量が少ない食事を指導してもメリットが無い」という結論で、それ以上の研究は行われなくなったのかもしれません。
1日5皿程度の普通に推奨されている野菜や果物や食物繊維を摂取すれば十分でそれ以上に大量の野菜ジュースや果物を摂取しても無駄だという結論です。
肥満の多い米国人の場合は、このような食事は肥満を改善すれば多少のメリットがあるかもしれませんが、肥満の無い人には意味が無いのかもしれません。
【ω3系不飽和脂肪酸は乳がん治療後の生存率を高める】
乳がんの発生率と総脂肪摂取量との間に正の相関があることが報告されています。しかし、この場合に乳がんの発生率を増やすのは動物性脂肪(飽和脂肪酸)や食用油(ω6系不飽和脂肪酸)で、オリーブオイルや魚油(DHAやEPA)はむしろ多く摂取する方が乳がんを予防する効果が指摘されています。
魚の油に多く含まれるω3系多価不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)が乳がんや前立腺がんや大腸がんなど多くのがんの発生を予防したり、治療効果を高めることは多くの研究でしめされています。
EPAとDHAは、培養細胞を使ったin vitro(試験管内)の実験で乳がん細胞の増殖を抑制し、動物を使った発がん実験では乳がんの発がん過程を抑制する結果が報告されています。
さらに、
臨床試験でEPAやDHAを多く摂取すると乳がんの治療後の生存率を高めるという研究結果が報告されています。前述のWHEL研究のデータを解析した報告です。
Marine fatty acid intake is associated with breast cancer prognosis.)(魚油摂取は乳がんの予後と関連する)J Nutr. 141(2):201-6.2011年
この研究は米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校のMooresがんセンターからの報告で、早期の乳がんと診断され治療を受けた3081人を対象にしたコホート研究(WHEL study)で、EPAとDHAの摂取が乳がん治療後の予後にどのような影響を及ぼすかを検討しています。
食事内容は、追跡期間中に何回かインタビューして、質問した時点から24時間前までの全ての食事や飲み物を聞き取る方法で行っています。平均追跡期間は7.3年で、食事やサプリメントからのEPAとDHAの摂取量と、無再発生存期間と全生存率との関連を検討しています。
その結果、食事からのEPA/DHAの摂取が多い女性は、がんの再発および新たな乳がんの発生のリスクが約25%減少していました。
EPA/DHAの摂取の少ない下位3分の1のグループに対して、中位3分の1のグループにおける乳がんの再発および新たな乳がんの発生リスクのハザード比は0.74(95% CI = 0.58-0.94)、上位3分の1のグループのハザード比は0.72(95% CI = 0.57-0.90)でした。
食事からのEPA/DHAの摂取の多い女性は、用量依存的に全死因死亡率が低下しました。
EPA/DHAの摂取の少ない下位3分の1のグループに対して、中位3分の1のグループの全死因死亡率のハザード比は0.75(95% CI = 0.55-1.04)、上位3分の1のグループのハザード比は0.59(95% CI = 0.43-0.82)でした。魚油サプリメントからのEPAとDHAの摂取は乳がんの予後との関連は認めませんでした。
この論文の結論は、「食事からの魚油の摂取は、早期の乳がんにおいて再発リスクや全死因死亡率の低下と関連している」という内容でした。
前述のように、このコホート研究は米国で行われたthe Women’s Healthy Eating and Living (WHEL) studyという研究で、この本来の目的は、早期の乳がんの治療後に野菜・果物・食物繊維が豊富で脂肪が少ない食事が、乳がんの予後(再発率や生存率)にどのような影響を与えるかを検討する目的で行われました。
結論は前述のように「野菜と果物と食物繊維が極めて豊富で脂肪の少ない食事は、7.3年間の追跡調査で、早期の乳がんの治療後の再発や新たな乳がんの発生や死亡率を減らす効果は認めなかった」というものでしたが、この時に集めたデータで、食事中からの魚油の摂取量で検討すると、魚油(つまりDHAとEPA)の摂取量が多いと、再発率や新たな乳がんの発生率や全死因死亡率が低下するという結果が得られたということです。
ただしこの場合、DHAとEPAだけの効果がどうかは断定できません。魚の摂取の多い人は、相対的に肉の摂取が少ないはずですので、肉が少ないためだけかもしれません。あるいは、魚が豊富で肉が少ない食事が相乗的に効果を発揮している可能性もあります。
DHA/EPAをサプリメントから多く摂取したグループでは再発率や死亡率を下げる効果が認められていませんが、これは、DHA/EPAのサプリメントを摂取していたのは3000人中130人くらいしかいないため、人数が少なくて統計的に差が出ないという理由の他、サプリメントを摂取している人の中には肉を多く摂取している人も混じっている可能性もあります。
食品からDHAやEPAの摂取が多い人は魚が多いので肉は少ないという関係がありますが、サプリメントからのDHAやEPAの摂取が多い人はそのような差が無いので、効果が出にくい可能性があります。
いずれにしても、早期の乳がん患者さんは、日頃から魚油(DHAとEPA)を多く摂取するような食事は、がんの再発予防と死亡率を低下させる効果が期待できるといえます。このような食事(魚が多く肉が少ない)を行っておれば、DHA/EPAのサプリメントでの摂取はさらに抗腫瘍効果を高めるはずです。
なお、DHAやEPAの摂取が乳がんの発生を減らすかどうかは、多数の疫学研究が行われていますが、効果を認めないという結果もかなりあります。この理由に一つは、米国など魚の摂取が全体的に少ない国で比較しても、魚油のがん予防効果が出にくい可能性があります。魚油の摂取が多い国での検討では、多く摂取しているグループと摂取量の少ないグループで統計的な差が出やすいようです。
例えば、米国より魚摂取が多いシンガポールの前向きコホート研究では、DHA/EPAの摂取量と乳がんの発がんリスクが逆相関する結果が得られています。
また、食事の内容を調査するのではなく、血中のDHAやEPAの濃度を測定する調査法でも、血中のオメガ3系不飽和脂肪酸の多いほど乳がんの発生率が低いことが報告されています。(Int J Cancer 111: 584-91, 2004)
また、約35000人を追跡したthe Vitamins and Lifestyle(VITAL)Cohort研究では、魚油サプリメントを摂取している人は乳がんの発生が減少する結果が得られています(HR=0.68; 95% CI=0.50-0.92)。(Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 19: 1696-708, 2010)
したがって、日頃から食事やサプリメントからの魚油(DHA, EPA)の摂取は、乳がんの発生や再発の予防に効果が期待できると言えます。
野菜や果物の豊富な食事は、生活の質(QOL)を高めるという報告は多数あります。また、適度な運動も、精神的および身体的な作用で、QOLを高めます。運動はうつ状態を改善し、免疫力を高めるので、再発予防にも効果が期待できます。
乳がんの再発予防には、「健康増進に推奨されている1日5皿程度の野菜・果物に、オリーブオイルを多めに使い、ω3系不飽和脂肪酸の多い魚や亜麻仁油も加えて、適度に運動する」というのが、現時点でのエビデンスのように思います。大量の野菜や果物のジュースは臨床試験の結果からはエビデンスがなく、甘い果物の摂り過ぎは糖質過剰の点から問題があります。
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