788)重曹とアルカリ食は嫌気的運動のパフォーマンスを向上する

図:強度の嫌気的運動(①)ではグルコースの解糖(②)によって乳酸と水素イオン(H+)の産生が増える(③)。水素イオンが筋肉内に蓄積してpHが低下すると筋力は低下する(④)。重曹やアルカリ性食品を多く摂取すると(⑤)、水素イオンは重炭酸イオンによって炭酸になって消去される(⑥)。その結果、筋肉pHの低下が軽減され、筋力低下が阻止される(⑦)。

788)重曹とアルカリ食は嫌気的運動のパフォーマンスを向上する

【重曹がスポーツサプメントとして有効なことはIOC(国際オリンピック委員会)も認めている】
重曹(重炭酸ソーダ)の正式名称は炭酸水素ナトリウムで、化学式は NaHCO3で表わされます。加熱によって二酸化炭素を発生する性質を利用してベーキングパウダー(ふくらし粉)として調理に使用されます。山菜などのアク抜きや、洗剤や発泡性入浴剤にも使われます。医薬品としては、胃酸過多を治療する制酸剤として使われたり、酸性血症(アシドーシス)の治療に使われています。

さらに、重曹はスポーツサプリメントとしても広く使用されています。この事実はアスリート以外はあまり知られていないようですが、IOC(国際オリンピック委員会)の公式見解でも認めています。
以下のような報告があります。

IOC consensus statement: dietary supplements and the high-performance athlete.(国際オリンピック委員会の合意声明:栄養補助食品と高パフォーマンスアスリート)Br J Sports Med. 2018 Apr;52(7):439-455.

スポーツ選手は、栄養素やエネルギー産生の補充の目的や、直接的あるいは間接的に運動パフォーマンスを高める目的でサプリメントを摂取しており、この論文ではIOC(国際オリンピック委員会)の合意声明として、「直接的に運動パフォーマンスを高めるサプリメント(Supplements that directly improve sports performance)」として、カフェイン、クレアチン、硝酸塩、重曹、βアラニンの5つを挙げています。他の論文の結果などから、この5つのなかでは重曹が最も効果が高いことが知られています

重曹やアルカリ食(野菜や果物が多く、肉や乳製品の少ない食事)を使ってがん組織の酸性化を阻止し、がん治療に役立てようという「がんのアルカリ療法」の有効性を主張しても、ほとんどの人はその効果を信じません。
しかし、オリンピック出場レベルのアスリートが運動パファーマンスを高める目的で重曹を摂取していることや、スポーツ栄養学の学会が重曹の有効性を公式見解として報告していることを知ると、「がんのアルカリ療法」の信憑性も高くなると思います。
そこで今回は、「重曹とアルカリ食が嫌気的運動のパフォーマンスを向上する」エビデンスを紹介します。

【有酸素運動と無酸素運動】
骨格筋が収縮するときのエネルギー源はATP(アデノシン三リン酸)です。ATPがADP(アデノシン二リン酸)とリン酸に分解されるときに発生するエネルギーが筋肉の収縮に使用されます。ATPの貯蔵量は少なく、数秒程度で使いきってしまうので、エネルギーを使ってADPをATPに再合成します。
ATP再合成の仕組みにはクレアチンリン酸系、解糖系、有酸素系の3種類があります。

クレアチンリン酸はクレアチンにリン酸が結合した物質で、骨格筋のエネルギー貯蔵物質として働きます。クレアチンキナーゼによってリン酸基が外され、ADPを無酸素的にATPに再合成します。最高の運動強度で約10秒間持続可能で、100メートル競争では主にこの系でエネルギーが産生されます。

解糖系は細胞質でグルコースからピルビン酸を経て乳酸に分解される過程でグルコース1分子あたり2分子のATPを産生します。解糖系は酸素を使わず、最高の運動強度で持続時間は1~2分間程度で、1〜2分程度の中距離走(400mm走や800m走)は主に解糖系でエネルギーを産生します。

有酸素系は酸素を使ってミトコンドリアで長時間にわたってATPを産生します。グルコースや脂肪酸などを分解してアセチルCoAが生成され、TCA回路(クエン酸回路)と電子伝達系による酸化的リン酸化によってATPが産生されます。1分子のグルコースあたり32分子のATPが産生されます

図:ADPからATPの再合成の仕組みにはクレアチンリン酸系、解糖系、有酸素系の3種類がある。最高の運動強度でクレアチニンリン酸系は約10秒間持続可能で、解糖系は1〜2分程度持続できる。この2つは無酸素でATPを再合成できる。2分以上の運動には酸素を使ったミトコンドリアでのATP再合成が必要になる。

【無酸素運動では筋肉に乳酸と水素イオンが増える】
グルコース(ブドウ糖)は細胞質で解糖系によってピルビン酸まで分解され、酸素があればTCA回路(クエン酸回路)と電子伝達系による酸化的リン酸化によってATPを生成しますが、酸素が無い場合はピルビン酸からさらに乳酸に変換されます。ピルビン酸を乳酸に変換する酵素が乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase; LDH)です。(下図)

図:グルコースが解糖系でピルビン酸(①)まで分解されたあと、酸素があればミトコンドリアでピルビン酸脱水素酵素(Pyruvate Dehydrogenase; PDH)によってアセチルCoAに変換され(②)、TCA回路でさらに代謝され(③)、電子伝達系(呼吸鎖)で酸化的リン酸化によってATPが産生される(④)。酸素が無い条件では、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase; LDH)によって乳酸に変換される(⑤)。

酸素がない場合、なぜピルビン酸で止まらないで乳酸に変換されるかというと、その理由は、解糖系で還元されたNADH(還元型ニコチンアミドジヌクレオチド)を酸化型のNAD+に戻すためです
NAD+が枯渇すると解糖系が進行しなくなります。乳酸発酵によってNAD+を再生することによって酸素を使わないATP産生(解糖)が続けられます。(下図)

図:解糖系では1分子のグルコースから2分子のピルビン酸、2分子のATP、2分子のNADH + H+が作られる。乳酸発酵では、NADH + H+を還元剤として用いてピルビン酸を還元して乳酸にする。この乳酸発酵によってNAD+を再生することによって酸素を使わないATP産生(解糖)が続けられる。その結果、乳酸と水素イオン(H)が多く産生される。

解糖系でのグルコースからピルビン酸への代謝で、1分子のグルコースから2分子のATPを産生できます。正確には、この反応において4分子のATPが産生され、2分子のATPが消費されるので、差し引き2分子のATPの産生になります。
乳酸発酵によって酸化型NAD(NAD+)を再生することによって、無酸素条件下でも細胞は解糖だけでATPを産生して生きていけます
酵母は酸素が無いと乳酸発酵やアルコール発酵で増殖できます。筋肉も数分であれば、解糖だけでエネルギーを産生できますが、乳酸や水素イオンが貯留すると、筋肉運動は低下してきます。
がん細胞は解糖系を亢進することによって酸素が無くても増殖できます。

解糖系ではグルコースからピルビン酸、ATP、NADH 、H+が作られます。嫌気的解糖(乳酸発酵)では、NADH と H+を還元剤として用いてピルビン酸を還元して乳酸に変換します。乳酸に変換する反応によってNAD+を再生することによって解糖系での代謝が続けられます。したがって、解糖系が亢進すると、細胞内で乳酸とプロトン(H+)が増えます。嫌気的解糖の反応をまとめると以下のような化学反応になります。

グルコース+ 2 ADP → 2 ATP + 2 乳酸 + 2 H+ + 2 H2O

水素イオン(H+)が蓄積して細胞内のpHが低下して酸性になると細胞内のタンパク質の活性や働きは阻害されます。
筋肉細胞が無酸素運動で水素イオンが増えると、筋肉細胞の働きが低下します。つまり、運動パフォーマンスが低下します。従って、水素イオンを消去する方法は運動パフォーマンスを向上させることが理解できます。

【体液の水素イオン濃度は重炭酸緩衝系で調節される】
水の中に物質が溶けていると、その水溶液は酸性中性アルカリ性のうちのいずれかの性質を示します。水溶液中に存在する水素イオン(H+)が多いほど酸性になります。
水素イオン指数(pH)は水素イオンの濃度を表す物理量で、水素イオン濃度の逆数の常用対数で示されます。

水溶液のpHが7より小さいときは酸性、7より大きいときはアルカリ性、7付近のときは中性になります。pHが小さいほど水素イオン濃度は高く、pHが1減少すると水素イオン濃度は10倍になります。逆にpHが1増加すると水素イオン濃度は10分の1になります。

例えば、塩酸などの酸を水に加えるとpH が下がります。 溶液の酸性度はプロトン(水素イオン)の濃度([H])によって決まります。水素イオン濃度(mol/L)[Hで示します。
pHは[H]を簡単に表現するための指標です。 pHは次式のように表されます。

pH= −log10[H

つまり、水素イオン濃度[H]が0.001 mol/Lであれば pH=−log1010-3 = 3で、pHが3となります。
水素イオン濃度[H]が0.01 mol/LであればpHは2です。
水素イオン濃度が高いほどpHは小さい値になります。

体内のpHは非常に狭い範囲で厳密に制御されています。正常な動脈血のpHは7.35〜7.45という非常に狭い範囲で調節されています。このpHの調節は酸と塩基のバランスで行われます。「酸」というのは水素イオン(H+)を放出する物質で、「塩基」というのは水素イオン(H+)を受け取る物質です(図)。

図:酸は水素イオンを放出し、塩基は水素イオンを受け取る

酸塩基のバランスを一定に保つ働きは体のいろいろなところで行なわれていますが、その中でも代表的な部位は、血液・体液、肺、腎臓です。
血液・体液における酸塩基平衡の調節で最も重要なのが重炭酸緩衝系です。この系は、重炭酸イオン(HCO3-)が塩基となってプロトン(水素イオン)を受けとって中和してpHを一定に維持します。(図)

図:重炭酸ナトリウムを経口摂取すると、血中に入った重炭酸イオン(HCO3-)が筋肉組織に蓄積している水素イオン(プロトン)と反応して二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になり、二酸化炭素は呼気に排出され、水は血液に拡散する。この反応によって筋肉組織の酸性化を抑制できる。

【重曹の摂取は運動パフォーマンスを向上する】
重曹(重炭酸ナトリウム)は水素イオン(プロトン)と反応して、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になります。この反応を利用して、無酸素運動で筋肉組織に蓄積している水素イオンを除去して筋肉組織の酸性化を阻止することができます。

前述のように、解糖系は酸素を使わず、最高の運動強度で持続時間は1~2分間程度で、1〜2分程度の中距離走は主に解糖系でエネルギー(ATP)を産生します。中距離走の1〜2時間くらい前に重曹を摂取すると400m走や800m走の陸上競技のタイムが良くなることが報告されています。以下のような研究報告があります。

Effect of acute induced metabolic alkalosis on 800-m racing time(800m走のタイムに対する急性誘発代謝性アルカローシスの影響)Med Sci Sports Exerc. 1983;15(4):277-80.

【要旨の抜粋】
訓練を受けた6人の中距離走者が、アルカローシス(NaHCO3摂取)、プラセボ(CaCO3摂取)、および対照条件の下で研究され、800mレースのタイムに対する急性誘発代謝性アルカローシスの影響を検討した。
アルカリ性状態(NaHCO3摂取後)では、被験者はより速く走り(2.9秒)、対応する運動後の血液中の乳酸および細胞外H +の値は対照およびプラセボ状態よりも高く、無酸素エネルギーの産生が増加したことを示唆している。
これらの結果は、重曹(NaHCO3)摂取後の細胞外緩衝作用の増加が、作業筋の細胞からのH +流出を促進し、それによって細胞内pHの低下を遅らせ、筋肉疲労を遅らせるという推測を裏付けている。

800m競争の世界記録レベルは約100秒(1分40秒)、日本記録は105秒程度です。
重曹の摂取で3%くらいタイムが短縮する計算です
400m走でも同様の結果が得られています。

Induced metabolic alkalosis and its effects on 400-m racing time.(誘発された代謝性アルカローシスとその400mレース時間への影響)Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1988;57(1):45-8.

この研究では、競技会に出場するレベルの400メートル走の訓練された男性アスリート6人を対象に研究されました。重曹の摂取で400m走のタイムが平均して1.52秒短縮したという結果が得られています。
男子の400m走のトップレベルの選手のタイムは43秒台から45秒台です。1.52秒のタイムの短縮は3.4%の短縮になります。
自転車競技でも重曹の効果が報告されています。以下のような報告があります。

Sodium bicarbonate improves 4 km time trial cycling performance when individualised to time to peak blood bicarbonate in trained male cyclists.(重炭酸ナトリウムは、訓練を受けた男性サイクリストの血中重炭酸塩のピークに合わせて個別化して試験すると、4kmのタイムトライアルのサイクリングパフォーマンスを向上させる)J Sports Sci. 2018 Aug ; 36(15) : 1705-1712.

【要旨】
重曹(重炭酸ナトリウム)を摂取し、血中の重炭酸塩濃度がピークになる時間に試験を個別に実施した場合の、自転車の4kmのタイムトライアルに対する重炭酸ナトリウム摂取の効果を検討した。
11人の男性の訓練を受けたサイクリストがこの研究に参加した(身長1.82±0.80 m、体重86.4±12.9 kg、年齢32±9歳、ピーク出力382±22 W)。
重炭酸塩濃度がピークになる時間を個々に特定するために、最初に2回の試験(体重1kg当たり0.2gの重曹摂取と、体重1kg当たり0.3gの重曹摂取)を行なった。
その後、0.2g/kg体重の重曹、0.3g/kg体重の重曹、及び味を似せたプラセボ(0.07g/kg NaCl)を摂取し、二重盲検ランダム化比較試験クロスオーバーの設定で、血中の重炭酸イオン濃度がピークになる時間帯に4kmの自転車のタイムトライアルを実施した。
4kmの自転車タイムトライアルの時間は、重曹を0.2g/kg摂取時が8.3 ± 3.5秒の時間短縮(p < 0.001)、重曹を0.3g/kg摂取時が8.6 ± 5.4秒の時間短縮(p = 0.003)を認めたが、プラセボでは時間の違いは認めなかった(違いの平均= 0.2 ± 0.2 秒; p = 0.87).
これらの結果は、訓練を受けたサイクリストは、重曹を摂取して血中の重炭酸イオン濃度を高くすることによって、自転車の4kmのタイムトライアルの時間短縮の利益を得ることを示している。

自転車の4kmのタイムトライアルは4分から5分程度の高強度の運動で、無酸素運動+有酸素運動になると思います。5分で8秒のタイムの短縮は2.7%程度の運動パフォーマンスの向上になります。
以下のような報告もあります。

The effects of sodium bicarbonate ingestion on cycling performance and acid base balance recovery in acute normobaric hypoxia.(急性常圧低酸素状態におけるサイクリングパフォーマンスと酸塩基バランス回復に対する重炭酸ナトリウム摂取の影響)J Sports Sci. 2019 Jul;37(13):1464-1471.

【要旨の抜粋】
この研究では、重曹(NaHCO3)の2つの別々の用量(0.2 g/kg体重または0.3 g/kg 体重)が、低酸素状態における自転車の4 kmタイムトライアルのパフォーマンスと運動後の酸塩基平衡の回復に及ぼす影響を検討した。
14人のクラブレベルのサイクリストが、2つの用量のNaHCO3(0.2 g/kg体重または0.3 g/kg 体重)、または味が一致したプラセボ(0.07 g/kg体重の塩化ナトリウム)を摂取し、常圧低酸素状態(FiO 2 = 14.5%)で4回のサイクリングタイムトライアルを完了し、その後、40分間の受動的回復を行った。

プラセボ群と比較して、重曹0.2g/kg体重の摂取はタイムトライアルのパフォーマンスを向上させ、重曹0.3g/kg体重の摂取はさらに向上効果が高かった。両方の用量による重曹摂取群は40分以内に完全な回復を達成したが、プラセボ群では40分以内の完全な回復は認めなかった。

結論として、重曹(NaHCO3)摂取は、急性の中等度の低酸素状態で4 km タイムトライアルのパフォーマンスと酸塩基バランスの回復を改善する

この研究は、14.5%FiO 2に設定された常圧低酸素チャンバーで行われています。FiO2は吸気に含まれる酸素の濃度を表します。 室内空気下での吸気では、FiO2は0.21(21%)です。FiO2が14.5%というのは標高3000mくらいの高所の酸素濃度です。このような低酸素状態での運動において、重曹摂取が運動パフォーマンスを高めるという結果です。
以下のような報告があります。

Caffeine and Bicarbonate for Speed. A Meta-Analysis of Legal Supplements Potential for Improving Intense Endurance Exercise Performance..(スピードのためのカフェインと重炭酸塩。激しい持久力運動パフォーマンスを改善する可能性のある法的サプリメントのメタ分析)Front Physiol. 2017 May 9;8:240.

【要旨の抜粋】
平均速度の1%の変化は、たとえば100mの水泳や400mのランニング(約1分)、1,500mのランニングや4000mのトラックサイクリング(約4分)、2000 mのボート競技(〜6-8分)を含む、約45秒から8分程度続く激しいオリンピック持久力イベントのメダルランキングに影響を与えるのに十分である。
勝利の可能性を最大化するために、アスリートは、パフォーマンスに対する科学的に証明された有益な効果の有無にかかわらず、合法的なサプリメントを利用している。
したがって、サプリメントの運動能力向上効果の証拠に基づく評価は非常に重要である。

45秒から8分の時間領域での運動パフォーマンスに焦点を当てて、潜在的に運動能力向上の可能性のあるサプリメントであるベータアラニン(7試験)、重炭酸塩(25試験)、カフェイン(9試験)、および硝酸塩(5試験)に関して臨床試験のメタ解析を行なった。
プラセボと比較してカフェインはわずかな効果が認められ、重炭酸塩では有意なパフォーマンスの改善が観察された。しかし、ベータアラニンと硝酸塩については運動パフォーマンスの改善は認められなかった。
したがって、強度の高い持久力パフォーマンスにおいて、カフェインと重炭酸塩の運動能力向上効果はエビデンスが認められた

最近、国際スポーツ栄養学会が重曹と運動パフォーマンスに関して以下のような公式見解を発表しています。

International Society of Sports Nutrition position stand: sodium bicarbonate and exercise performance.(国際スポーツ栄養学会の公的見解:重曹と運動パフォーマンス)J Int Soc Sports Nutr. 2021 Sep 9;18(1):61.

【要旨】
スポーツ栄養学の分野の専門家と国際スポーツ栄養学会の選ばれたメンバーによって実施された、重曹補給が運動パフォーマンスに及ぼす影響に関する文献の包括的なレビューと批判的分析に基づいて、本学会の公的な見解でとして以下の結論に達した。

1)   重曹(0.2〜0.5 g/kgの用量)の補給は、筋肉の持久力活動、ボクシング、柔道、空手、テコンドー、レスリングなどのさまざまな格闘技、および高強度のサイクリング、ランニング、水泳、ボート漕ぎのパフォーマンスを向上させる。重曹の運動能力向上効果は、主に30秒から12分間続く高強度の運動で認められる。

2)   重曹は、1回および複数回の運動において運動パフォーマンスを向上させる。

3)   重曹は、男性と女性の両方の運動パフォーマンスを向上させる。

4)   単回投与の場合、運動パフォーマンスの改善のために必要な重曹の摂取量の最小用量は0.2g/kgである。運動能力の向上効果のための重曹用量の最適用量は0.3g /kgである。0.3g/kgより多い用量(例えば、0.4または0.5g /kg)は、0.3g/kgと比べて運動能力向上効果は同様であり、有害作用の発生率や程度が増えるので、単回投与のプロトコルではメリットがない。

5)   単回投与の場合、重曹摂取の推奨されるタイミングは、運動または競技の60〜180分前である。

6)   重曹補給の複数日プロトコルは、運動パフォーマンスを改善するのに効果的である。複数日プロトコルの期間は、一般的に運動テストの3〜7日前であり、1日あたり0.4または0.5g/kgの重曹の摂取は運動能力向上効果を生み出す。1日の総投与量は、通常、少量に分けられ、1日を通して複数回数に分けて摂取される(たとえば、朝食、昼食、夕食時に分けてそれぞれ0.1〜0.2g/kgを摂取する)。複数日プロトコルの利点は、競争の日に重曹によって誘発される副作用のリスクを減らすのに役立つ可能性があることである。

7)   重曹の長期使用(たとえば、すべての運動トレーニングセッションの前)は、疲労するまでの時間を延長し、運動出力を増加させるなど、トレーニングの適応を強化する可能性がある。

8)   重曹補給の最も一般的な副作用は、膨満感、吐き気、嘔吐、および腹痛である。副作用の発生率と重症度は個人間および個人内で異なるが、一般的には低い。それにもかかわらず、重曹補給後のこれらの副作用は、運動パフォーマンスに悪影響を与える可能性がある。
重曹の副作用を軽減する方法としては、(i)少量(例、0.2g/ kgまたは0.3g/kg)で摂取する、(ii)運動の約180分前、または副作用に対する個々の反応に応じてタイミングを調整する、(iii)糖質の多い食事と一緒に摂取する、および(iv)腸溶性カプセルに入れること、などがある。

9)   重曹をクレアチンまたはベータアラニンと組み合わせると、運動パフォーマンスに相加効果をもたらす可能性がある。重曹をカフェインまたは硝酸塩と組み合わせることが相加的な利益を生み出すかどうかは不明である。

10)  重曹は、主にその生理学的効果によって運動パフォーマンスを改善する。それでも、重曹の運動能力向上効果の一部はプラセボ効果も関与している可能性がある。

つまり、筋肉に水素イオンや乳酸が蓄積するような無酸素運動や、高強度の運動の前に重曹を体重1kg当たり0.2gから0.3g(体重60kgで12gから18g)を運動の1時間から3時間くらい前に摂取すると、運動パフォーマンスを有意で高めることができることは間違いないということです
合法的な運動能力増強剤(ドーピング)と言えます。

【野菜や果物は体をアルカリ化し、肉は酸性化する】
血液・体液における酸塩基平衡の調節で最も重要なのが重炭酸緩衝系です。この系は、重炭酸イオン(HCO3-)が塩基となってプロトン(水素イオン)を受けとって中和してpHを一定に維持します。(図)

図:体内で産生される水素イオンを重炭酸イオンが中和して炭酸になり、炭酸は二酸化炭素と水に変換され、二酸化炭素は肺から排出され、水は血液に拡散して血液・体液のpHが一定に維持される。

体内の酸塩基平衡は食事の影響を受けることが知られています。食品は栄養成分に応じて体に酸性またはアルカリ性の負荷をかけますが、体はこの負荷をすばやく緩衝して、安定した血液pHを維持します。

高タンパク食品(肉、魚、乳製品)は、有機酸と硫酸の生成を増加させ、酸の負荷を増加させます。
一方、野菜や果物のようにクエン酸カリウムやリンゴ酸カリウムなどのカリウム塩が豊富な食品は、重炭酸カリウムに代謝され、体液をアルカリ化する効果があります。
果物や野菜などのアルカリ食品が少なく、肉や魚や乳製品などの酸性食品を多く含む食事は、血液が酸性に傾いた状態(代謝性アシドーシス)を導き、そのことが様々な病気の発症に影響を与える可能性が指摘されています。

【食事性酸負荷とは】
アルカリ食の一般的な概念は、血液をアルカリ性にするというものですが、血液のpHは7.35から7.45のアルカリ性pHで非常に厳密に調整されているため、アルカリ食で体内がアルカリ化するわけではありません。同様に酸性食品で血液のpHが酸性状態に変化することではありません。血液のpH緩衝能は高いので、酸性食を多く摂取しても血液pHが酸性化することはありません。しかし、体内の酸塩基平衡において、酸性に傾いた状態に導きます。
食事の酸塩基バランスを表す指標に潜在的腎臓酸負荷(potential renal acid load:PRAL)があります。PRALは以下の式で算出されます。

PRAL(mEq/d)=0.4888×たんぱく質(g/d)+0.0366×リン(mg/d)-0.0205×カリウム(mg/d)-0.0125×カルシウム(mg/d)-0.0263×マグネシウム(mg/d)

つまり、食事中のタンパク質とリンの量は潜在的腎臓酸負荷(PRAL)を増やし、カリウム、カルシウム、マグネシウムはPRALを減らします。

動物性タンパク質は、イオウ含有アミノ酸であるメチオニンとシステインを多く含み、体内で硫酸と水素イオンを形成するため、食事の酸の最大の供給源です。水素イオンは、食事中のリン酸塩の代謝から食事中に提供されます。動物の肉や卵も、体内で水素イオンを形成する成分を多く含みます。
したがって、動物性タンパク質、特に肉、卵、チーズは、体内で大量の酸を形成する原因となります。

果物や野菜は、クエン酸塩、リンゴ酸塩、グルコン酸塩などの有機アニオンを多く含み、体内で重炭酸塩に変換されます。重炭酸塩は、酸を中和する塩基です。したがって、動物性食品は正の潜在的腎酸負荷(PRAL)ですが、植物性食品は負のPRALを持っています。さまざまな食品のPRALを以下の表に示します。

表:様々な食品の可食部100g当たりの潜在的腎臓酸負荷(potential renal acid load:PRAL)を示す。PRALがプラス(赤字)は酸性食品で、マイナス(青字)はアルカリ食品になる。(出典:Nutrients, 2020 Apr; 12(4): 1007)

【アルカリ食は寿命を延ばす】
日頃から摂取する食事の潜在的腎臓酸負荷(potential renal acid load:PRAL)が高いほど死亡のリスクが上昇する傾向が認められてます
国立がん研究センターの多目的コホート研究(JPHC研究)からの報告では、食事のPARLスコアが最も低い群に比べ最も高い群では総死亡のリスクが13%増加していました。

Dietary acid load and mortality among Japanese men and women: the Japan Public Health Center-based Prospective Study.(日本人男性と女性における食事性酸負荷と死亡率:日本公衆衛生センターに基づく前向き研究。)Am J Clin Nutr. 2017 Jul;106(1):146-154.

死因別にみると、循環器疾患および心疾患死亡との間で統計的に有意な関連を認め、食事性酸負荷スコアが最も低い群に比べ最も高い群において死亡リスクはどちらも16%増加していました。
他の研究でも、食事の酸性度が高いほど総死亡及び循環器疾患死亡のリスクが上昇することが報告されています。

酸性に傾いた食事が死亡リスクを高めるメカニズムははっきり分かっていませんが、こうした食事により、体重が増え、インスリン抵抗性が高まり、糖尿病・高血圧・脂質異常症といった疾患が引き起こされ、結果として動脈硬化が進むことが想定されています。
したがって、野菜、果物、豆類といった体内のアルカリ度を高める食品を多く摂取することは循環器疾患の予防により健康寿命を伸ばす効果が示唆されています

【アルカリ食は運動パフォーマンスを向上する】
前述のように、体内をアルカリ化する重曹の摂取が運動パフォーマンスを向上することは多くのエビデンスがあり、スポーツ栄養学の専門家も練習や競技前の重曹摂取の有効性を認めています。アルカリ食でも同様な効果が報告されています。以下のような報告があります。

Enhanced 400-m sprint performance in moderately trained participants by a 4-day alkalizing diet: a counterbalanced, randomized controlled trial.(4日間のアルカリ化食による適度に訓練された参加者の400mスプリントパフォーマンスの向上:釣り合いのとれたランダム化比較試験)J Int Soc Sports Nutr. 2018 May 31;15(1):25.

【要旨】
背景: 重曹(NaHCO3)はアルカリ化剤であり、その摂取は嫌気性パフォーマンスを改善するために使用される。しかし、嫌気性運動パフォーマンスにおけるアルカリ化食の影響は不明である。本研究では、適度に訓練された成人における400 mのスプリントパフォーマンス、血中乳酸、血液ガスパラメータ、および尿のpHに対するアルカリ化食と酸性化食の影響を調査した。

方法: ランダム化クロスオーバーデザインで試験が行われ、活発に運動している11人(男性8人と女性3人、26.0±1.7歳)が、各個人の未変更の食事で1回の試行を行い、その後、4日間のアルカリ化食または酸性化食の後に試験が実施された。試験は、ランダムな順序でタータントラックを1週間間隔で400m走ることで実施された。

結果: 400m走のタイムは酸性食後(67.3±7.1秒)と比較して、アルカリ食後(65.8±7.2 秒)では大幅に短縮した(p = 0.026)。さらに、血中乳酸(アルカリ食:16.3±2.7; 酸性食:14.4±2.1 mmol / L; p = 0.32)および尿pH(アルカリ食:7.0±0.7; 酸性食:5.5±0.7; p = 0.001)はアルカリ食の方が高かった。

結論: 短期間のアルカリ化食は、適度に訓練された参加者の400m走の運動パフォーマンスを改善する可能性があると結論付けることができる
さらに、アルカリ化食事では血中乳酸濃度が高いことを発見した。これは、血液または筋肉の緩衝能力が向上していることを示唆している。
したがって、アルカリ化食は、人工的な栄養補助食品を摂取する必要なしに、アスリートの400mスプリントパフォーマンスを向上させる簡単で自然な方法である可能性がある

つまり、重曹の摂取やアルカリ食によって水素イオンに対する緩衝力を高めることは運動パフォーマンスを高める上で有効であり、さらに寿命を延ばす効果も期待できるといえます

前述のように、血液のpHは7.35から7.45のアルカリ性pHで非常に厳密に調整されており、緩衝能も高いので、食事による潜在的腎臓負荷(PRAL)を減らしてもどれだけの効果があるか疑問に思う方も多いと思います。肉や乳製品などPRALの高い食品を多く摂取しても、腎臓と呼吸機能が正常であれば、十分に緩衝して、血液の酸性化には影響しない可能性も指摘されています。

しかし、大きながん組織があると、がん細胞からの水素イオンの産生が増えています。さらに高齢者や抗がん剤治療を受けている患者さんは腎機能が低下し、過剰な酸を尿中に排泄する能力が低下しています。

体液の酸性化は、倦怠感や食欲低下の原因になり、痛みを増強することが明らかになっています。
したがって、がん治療において、重曹やアルカリ食によって血液や体液のアルカリ化能を高めることはメリットがあります。
実際に、進行がんの患者さんに重曹(メイロン)点滴を行うと、痛みや倦怠感が軽減し、食欲が高まることを経験しています。

さらに最近の研究では、食事性酸負荷が動脈硬化や糖尿病など生活習慣に起因する疾患に対して影響を及ぼす可能性が示唆されています。慢性腎臓病の発症および進展に食事性酸負荷が関連しているとする多くの報告が集積されています。がん治療においても、食事性酸負荷を減らすメリットは大きいと思います

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