がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
118)抗がん剤治療と漢方薬の併用の是非に関する議論
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図:抗がん剤治療と漢方治療を併用した時、両者の相互作用の結果が、良い場合と悪い場合が起こりうる。適切な漢方治療を行えば、副作用の軽減や抗がん作用の増強などにより再発率や生存期間やQOL(生活の質)を良くすることができる。一方使い方を間違えると、副作用増強や抗がん作用減弱などの悪影響が出る可能性もある。
118)抗がん剤治療と漢方薬の併用の是非に関する議論
【漢方薬やサプリメントや健康食品が抗がん剤の効き目に影響する場合がある】
抗がん剤には肝臓で代謝(分解)されるものが多くあります。薬を分解する酵素を薬物代謝酵素といい、その代表はチトクロームP450(CYPと略す)という酵素です。CYPには100種類以上が存在しますが、薬物代謝にはCYP3A, CYP2D, CYP2Cなどが主に関与しています。CYP3Aというのは100種類以上あるチトクロームP450の中の3Aという分子種ということです。
食品や医薬品の中には、薬物代謝酵素のチトクロームP450の活性を阻害したり酵素量を増やすことによって他の薬の薬物動態に影響する場合があります。
グレープフルーツジュースの成分であるナリンギンがチトクロームP4503A4(CYP3A4)の薬物代謝を阻害するため多くの薬剤の薬物動態に影響することが明らかとなっています。降圧剤など幾つかの薬がCYP3A4で代謝されることが知られており、グレープフルーツを多く食べている人がこのような薬を服用すると、肝臓での代謝が阻害されるために血中濃度が高くなって効き過ぎる結果になります。
一方、抑うつ状態の改善に使用されるセント・ジョンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)はCYP3A4やCYP1A2の量を増やすことによって、これらの薬物代謝酵素で代謝される薬剤(シクロスポリン、ジゴキシン、ワルファリン、など)の作用を減弱させることが明らかになっています。
その他、ニンニク、イチョウ葉、高麗人参なども、薬物代謝に影響する可能性があるとして抗がん剤治療中の使用が警告されています。
漢方薬や、それに使われる生薬についても、薬物代謝酵素に対する影響が検討されていますが、試験管レベルの研究が主で、人間が実際に漢方薬を服用した場合の影響については、ほとんど判っていません。
富山大学和漢医薬学総合研究所の手塚康弘准教授らのグループは、ヒト肝細胞中の薬物代謝酵素シトクロムP450(CYP)に対する阻害作用を多数の漢方生薬で検討しています。その研究によると、ヒトCYP分子種の中で、特に合成医薬品の代謝に関わる割合の高いCYP3A4活性とCYP2D6活性を阻害する作用が、約4分の1の生薬に認められたと報告しています。
例えば、生薬のゴミシ(五味子)やゴシュユ(呉茱萸)には、CYP3A4を強力に阻害する成分が含まれていることが報告されています。ゴミシに含まれるGomisin BやGomisin Cは、強いCYP3A4阻害活性を持つ抗真菌薬のケトコナゾールと同じくらいのCYP3A4阻害作用を有することが示されています。
抗がん剤の中には、CYP3A4やCYP2D6で代謝されるものが多くありますので、CYP3A4やCYP2D6が阻害されると、抗がん剤の分解が阻害されて、効き目が強くなる可能性があります。効き目が強くなることは治療には良いのですが、副作用も出やすくなります。
しかし、通常の漢方処方に含まれるゴミシの量が、ヒトの体内でも薬物代謝酵素に対して阻害活性を示すのかは、明らかではありません。1日数グラム服用しても、吸収される阻害成分の量が、阻害作用を示す血中濃度よりかなり低い可能性もあるからです。
ゴミシは肝障害を軽減する効果や呼吸機能を良くする効果などがあるため、抗がん剤治療中の副作用軽減の目的で使用することがありますが、副作用が強くでることは経験しません。したがって、このような試験管内での研究結果だけでは体内での相互作用を断定することは困難です。
【抗がん剤治療中の漢方治療の併用を肯定する報告も多い】
抗がん剤治療中に適切な漢方治療を行なうと、抗がん剤の副作用を軽減することができます。漢方薬は体力や抵抗力や食欲を高め、組織の血液循環や新陳代謝を促進することによって、抗がん剤治療でダメージを受けた骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞の回復を促進するからです。
最近は、抗がん剤治療に適切な漢方薬治療を併用すると「副作用を軽減し抗腫瘍効果を高める」「再発率の低下や延命効果がある」という臨床試験の結果が数多く報告されるようになりました。このブログでも、そのような研究結果を多く紹介しています。
例えば、オウギ(黄耆)を使った漢方治療が、肺がんの抗がん剤治療の副作用を軽減し生存期間を延長させる効果が複数の臨床試験のメタ解析で示されています(第18話参照)。
子宮頚がんの放射線治療に漢方治療を併用することによって延命効果を認めた報告(第77話参照)や、欧米で行われた臨床試験ではオウゴンを含む漢方薬の有効性が示されています(第106話参照)
前回紹介したオウゴンのフラボノイドが塩酸イリノテカンの副作用を軽減する効果の作用機序は理論的に納得でき、実際に効果が認められています(第117話参照)。
その他多くの臨床研究が日本や中国を中心の報告されています。
このような多くの報告があるにも拘らず西洋医学のがん専門医からはあまり評価されていないのは、それらの臨床試験のレベルが低い(症例数が少ない、厳密な二重盲検試験でない、など)という理由や、漢方治療自体が十分に理解されていないからです。
漢方薬を服用すると肝障害が起こるからと説明する医師もいます。もちろん、漢方薬によってアレルギー性肝炎などの肝障害が起こることはありますが、その頻度は極めて低く、適切な治療を行っていれば、ほとんど経験しません。。
漢方治療のことを十分に知ったうえで議論するのではなく、知らないから否定するというのはフェアでは無いようにも思います。
抗がん剤治療中の患者の漢方治療を1000人以上行ってきた私自身の経験からは、適切な漢方治療を行えば、副作用を増強したり、抗腫瘍効果を弱める可能性は極めて少ないという確信を持っています。
その「適切な漢方治療」というのが問題ですが、それは、「少数の生薬を偏って大量に使用しない」「効果の強い(漢方で言う下薬)を多量に使用しない」という点を基本にして、食事療法の延長線上の処方を行うことです。このような注意を守れば、薬物代謝酵素に影響する可能性は低く、抗がん剤治療中の服用でも問題はほとんど起こりません。
抗がん剤治療中は、がん細胞を殺す効果は抗がん剤の役目で、漢方薬は、胃腸の粘膜を保護したり、骨髄や肝臓や心臓や腎臓などのダメージを軽減し、組織の血液循環や新陳代謝を活性化して回復力を高めることを主体にします。
このような漢方治療は、香辛料を多く使った料理よりも抗がん剤の代謝に対する影響は少ないと思います。
また、患者さんの治療の状況や症状に注意しながら、処方を行えば、漢方治療で弊害が起こることは少ないと思います。
抗がん剤治療を専門に行っている腫瘍内科医のほとんどは、抗がん剤治療を行っているときに漢方薬やサプリメントや健康食品を使用することを拒否します。
その理由は前述のように、漢方薬やサプリメントや健康食品が、抗がん剤の効き目や副作用に影響する可能性があり、併用した場合の有用性や有効性を示すエビデンスが無いからです。したがって、抗がん剤治療中に漢方薬を拒否することは医学的に正しいことです。
全ての薬には効果と同時に副作用があります。漢方治療を十分に知って経験があれば、副作用を起こさずに、治療効果を高めることができます。エビデンスのレベルが低いといっても、多くの臨床経験で、適切な漢方治療を併用する方が治療効果が高まることを示す研究報告が増えている点も認めるべきだと思います。
国立がんセンターからの患者さんの紹介がたまにありますが、その紹介状には全て、漢方治療を併用する場合は抗がん剤治療は実施しないとはっきり記載しています。
それなら、紹介状を書かなければよいのにと思うのですが、患者さんが希望するので仕方なく書いているようです。国立がんセンターは抗がん剤治療のデータを集める必要があるので、漢方薬や健康食品を摂取されると困るという事情があります。しかし、患者さんの方はデータよりも命の方が重要です。臨床試験などで有効性が認められた漢方治療やサプリメントの利用を望んでいます。そして、主治医に隠れて漢方薬や健康食品を自分の判断で服用している方が多くいます。極端な食事療法を実践する患者さんもいます。
医者側が拒否すればするほど、危ない代替医療や民間療法に頼る患者さんが増えているという問題もあります。
西洋医学の基準で評価できないものは全て認めないという態度を改めないと、がん難民は増え続けるように思います。
(文責:福田一典)
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