がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
119)物質代謝(新陳代謝)を高める附子と麻黄
図:附子(ブシ)や麻黄(マオウ)は物質代謝を刺激して体全体の機能を賦活する効果がある。
119)物質代謝(新陳代謝)を高める附子と麻黄
【歳をとると物質代謝が低下する】
体を構成する組織や細胞は絶えず栄養を取り入れて老廃物を排泄し、古い細胞は死んで新しい細胞が置き換わっています。このような体の働きは「新陳代謝」と呼ばれることがあります。
新陳代謝という言葉は辞書(広辞苑)には「ふるいものが次第に去って、新しいものがこれに代ること」と説明されています。あいまいな言葉であるので西洋医学の教科書にはあまり使われていません。西洋医学では物質代謝あるいは代謝(metabolism)という用語に相当します。個々の細胞は外部から取り入れた栄養素を素材にして、タンパク質や脂質や核酸など細胞の構成成分を合成すると同時に不要なものは処分し、炭水化物や脂肪酸を酸化してエネルギーを作り出しています。この仕組みが物質代謝です。
体の物質代謝を行い、細胞や組織を絶えず正常な状態に保つためにはエネルギーが必要です。体の体温を保つためには熱を産生しなければなりません。このようにたとえじっとしていても生きて行く為に必要な最低限の代謝を基礎代謝といいます。
基礎代謝は甲状腺ホルモンや成長ホルモンなど内分泌系のホルモンが主に調節しています。このような代謝を活性化する甲状腺ホルモンや成長ホルモンなどの分泌が老化とともに減少することが、歳をとると物質代謝が低下する原因の一つです。
さらに老化現象として、心臓の機能が次第に衰えたり動脈硬化が進行すると、組織の血液循環が低下して栄養運搬物質の供給がうまくいかなくなります。肝臓や腎臓の機能が衰えてくると、タンパク質の合成や解毒機能や老廃物の排泄が低下していきます。このような諸臓器の機能の老化性低下が悪循環を生んで、次第に体の物質代謝や新陳代謝が低下していきます。
熱産生は基本的に代謝の産物ですから、歳をとって代謝が低下して熱産生が減少したり血液循環が悪くなると体の冷えを感じるようになります。
体全体の物質代謝、すなわち新陳代謝が良好に行われることが体の自然治癒力を高める重要な条件の一つです。漢方薬が体の治癒力を高める理由の一つは物質代謝を活性化する効果があるからです。
【漢方薬は物質代謝を活性化する】
老化の結果として次第に物質代謝が低下していく場合も、また体質的傾向として物質代謝が低下している場合も、その状態を改善するためには、体の自律神経・血液循環・内分泌機能・栄養状態を良好にすることが必要条件となります。
これは、漢方的な考えでは、気・血・水の量を過不足ない状態に調節し、それぞれの巡り(循環)を良好な状態と保つことです。気血水のバランスと循環が良好であれば、栄養物質の供給や老廃物の排出やエネルギーの産生がスムーズに行なわれ、物質代謝も良好になり、体の恒常性維持や自然治癒力が十分働く状態になると考えられます。
漢方治療が新陳代謝を高めることができる理由の一つは、気血水の異常を改善するための薬を用いて、体の血液循環や栄養状態や諸臓器の機能を高めることができるからです。
さらに、漢方薬が細胞の物質代謝を活性化できる理由として以下のようなものがあります。
1)植物成分中には人体における成分と類似の物質も多く、それらは人の生理機能を調整しているホルモンや伝達物質の働きを真似て効果を現したり、逆に拮抗作用によって働きを阻害したりします。これが漢方薬が諸臓器の機能に作用する理由のひとつですが、ホルモンや伝達物質の類似作用をする物質は代謝を促進することにつながります。
2)多くの植物はカビや細菌や昆虫などの外敵から自分を守るための毒を持っています。そのような物質は生体にとって毒となるのですが、毒も少量使えば代謝を賦活することができます。その代表例として附子(ブシ)があります。
附子はトリカブトの塊根です。附子はアコニチンというはげしい毒性をもつ成分を含み、薬用量と中毒量が近いため少量でも中毒症状が現われたり、ときには呼吸困難から死にいたることもあるので、その使用には注意が必要です。古くは毒矢の材料にも使われていたといわれています。つまり附子は一種の毒なのですが、少量であれば体の機能の刺激剤として利用できるのです。
3)麻黄(マオウ)という生薬はエフェドリンという物質を含み、このエフェドリンは神経終末からノルエピネフリンを放出させて交感神経刺激効果を示します。交感神経の刺激は代謝速度を促進し、熱産生量を増加させ、体温を上昇させる効果があります。また中枢神経興奮作用もあり、総合的な作用として代謝を活性化する効果があります。
4)消化器系の働きを高める健脾薬や補気薬は、低下した物質代謝や蛋白質の合成力を回復させる効果があります。四君子湯(しくんしとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)のような補気剤には、消化・吸収機能を強化し、蛋白質の合成力や体力を回復させる働きがあることが報告されています。
5)直接的に細胞の蛋白質の合成を刺激する作用が幾つかの生薬で報告されています。動物実験では人参や黄耆などが体力を増強することが報告されていますが、このような滋養強壮薬には、マウスを使った実験で、肝臓や脾臓の核酸の含量が増加し、蛋白質の合成が促進されることが報告されています。人参の中の有効成分の一つであるprostisolは動物の体内でRNA・蛋白質・脂肪酸の合成を促進し、血清アルブミンを増加するなど顕著な代謝促進作用を有しています。この物質代謝の促進作用が人参の強壮作用のもとになっています。
6)血管拡張作用や血液循環改善作用などによって、細胞や組織への栄養や酸素の供給が良くなれば物質代謝も良くなります。
漢方薬が物質代謝を高める理由はそのほかにもたくさんあります。
物質代謝が低下すると細胞や組織の機能は低下します。体全体の機能が低下すると、水分の吸収・排泄が低下するために消化管内や組織間に水分が停滞して、浮腫や水様性下痢が出現しやすくなります。血液の循環も悪くなると多くの臓器や組織の活動や物質代謝はますます悪くなります。この悪循環を断つためには、血液や水分の循環を良くする生薬と当時に、物質代謝を活性化させる生薬を併用することがポイントになります。
【臓器機能を鼓舞する附子や麻黄】
前述のように附子は毒性が強いので注意が必要ですが、血管拡張・血行促進・強心・強壮作用・鎮痛作用などを利用して漢方治療に使われ、身体を温めて極度に低下した新陳代謝機能の活性化します。
附子が含まれる漢方薬に真武湯(しんぶとう)や八味地黄丸(はちみじおうがん)や麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)などがあります。
真武湯は附子・生姜・蒼朮・茯苓・芍薬から構成されており、体温が低下し物質代謝が沈衰し、浮腫や水様性下痢など水滞の症状を生じた場合に用います。陽虚の水滞では、水分の吸収・排泄の機能自体が低下しているために、単なる利水薬では効果がなく、附子のような機能賦活の薬物の配合が必須となるのです。附子は全身の機能賦活・脳の興奮性増大・強心・血管拡張などによって循環を促進し、朮・茯苓の利水の効能を強める効果があります。
八味地黄丸は8種類の生薬(地黄・山茱萸・山薬・沢瀉・牡丹皮・茯苓・桂皮・附子)から構成され、中年以降特に老齢者に頻用され、腰部および下肢の脱力感・冷え・しびれ・排尿の異常(特に夜間の頻尿)を訴える場合に用います。加齢にともなって起こる諸機能の低下や、慢性疾患による抗病反応の低下に対し活力の鼓舞のために用いられます。
麻黄附子細辛湯はその名の通り麻黄・附子・細辛の3つの生薬から成り、いずれも交感神経系を賦活化し、代謝を促進して体を温め、強心作用や末梢循環の改善作用などにすぐれています。抵抗力が弱った高齢者や虚弱者で、冷えや悪寒が強いカゼや気管支炎に有効です。
このように末期がんなど新陳代謝の低下が基礎にあるような病態に対して、附子や麻黄などの物質代謝や熱産生を促進する生薬は重要な役目を果たしています。
(文責:福田一典)
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