がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
782)セレコキシブ(COX-2阻害剤)とアセスルファムカリウム(人工甘味料)の炭酸脱水酵素IX阻害作用
図:がん細胞はグルコース・トランスポーター(GLUT-1)の発現が増加しグルコースの取り込みが増え、解糖系が亢進している(①)。その結果、細胞内で乳酸と水素イオン(H+)が増え、水素イオンはV-ATPaseによって細胞外に排出され(②)、乳酸はモノカルボン酸トランスポーター(MCT)で細胞外に排出される(③)。炭酸脱水酵素IX(CAIX)は細胞膜に存在し、細胞外の二酸化炭素と水から重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)に変換する(④)。細胞外の重炭酸イオンは共輸送体によって細胞内に取り込まれる(⑤)。細胞内の重炭酸イオンと水素イオンは、細胞質内の炭酸脱水酵素II(CAII)によって二酸化炭素と水に変換され(⑥)、二酸化炭素は細胞外に出てCAIXで重炭酸イオンと水素イオンに変換される(⑦)。その結果、細胞内pH(pHi)はよりアルカリ化され(⑧)、細胞外pH(pHe)は低下してより酸性化する(⑨)。COX-2選択的阻害剤のセレコキシブと人工甘味料のアセスルファムカリウムは炭酸脱水酵素IX(CAIX)を阻害し(⑩)、セレコキシブは炭酸脱水酵素II(CAII)も阻害する(⑪)。プロトンポンプ阻害剤はV-ATPaseを阻害して水素イオンの細胞外排出を阻害する(⑫)。重炭酸ナトリウム(重曹)は水素イオンを中和する(⑬)。従って、セレコキシブとアセスルファムカリウムとプロトンポンプ阻害剤と重炭酸ナトリウムの組み合わせは、がん細胞内のpHを酸性化し、細胞外のpHをアルカリ化して正常化させ、増殖や転移を抑制する。
782)セレコキシブ(COX-2阻害剤)とアセスルファムカリウム(人工甘味料)の炭酸脱水酵素IX阻害作用
【がん細胞の外は酸性、内はアルカリ性になっている】
がん細胞は解糖系の亢進によって、乳酸と水素イオン(プロトン)の細胞内での産生が亢進し、ポンプやトランスポーターを使って乳酸と水素イオンを細胞外に排出しています。したがって、がん細胞の外側は水素イオンが増えて酸性化しています。一方、がん細胞内は正常細胞よりアルカリ性になっています。
解糖系が亢進すると、細胞内で乳酸とプロトン(H+)が増えます。水素イオン(H+)が蓄積して細胞内のpHが低下して酸性になると細胞内のタンパク質の活性や働きは阻害され、pH低下が顕著になれば細胞は死滅します。そこで、がん細胞は乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に積極的に排出しています。
乳酸はモノカルボン酸トランスポーター(MCT)という輸送担体で細胞外に排出され、水素イオンは液胞型プロトンATPアーゼ(vacuolar H+-ATPases)、モノカルボン酸トランスポーター、Na+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などによって細胞外に放出されます。(下図)
図:がん細胞は解糖系によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン、H+)の産生量が増える。細胞内の酸性化は細胞にとって障害になるので、細胞はV型ATPアーゼ(vacuolar ATPase:液胞型ATPアーゼ)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やNa+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などの仕組みを使って、細胞内の乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に排出する。その結果、がん細胞の周囲はpHが低下してがん組織は酸性化している。組織が酸性化すると、免疫細胞の働きが抑制され、血管新生が促進し、がん細胞の浸潤や転移も促進される。
がん組織の微小環境は血液やリンパ液の循環が悪いので、水素イオンはがん組織に蓄積します。その結果、がん細胞の周囲の組織は水素イオンの濃度が高くなってpHが低下します。
正常の組織のpHは7.3〜7.4程度とややアルカリ性ですが、がん組織の微小環境のpHは6.2〜6.9とより酸性になっています。
がん組織の酸性化した微小環境は、がん細胞の生存にとって様々なメリットを与えます。
組織が酸性化すると正常な細胞が弱り、結合組織を分解する酵素の活性が高まるため、がん細胞が周囲に広がりやすくなり、さらに血管新生が誘導されるので、がん細胞の浸潤や転移が促進されます。
組織が酸性になるとがん細胞を攻撃しにきた免疫細胞の働きが弱ります。
さらに乳酸には、がん細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞の増殖や、免疫細胞の働きを高めるサイトカインの産生を抑制する作用があり、がんに対する免疫応答を低下させる作用もあります。
抗がん剤の多くは塩基性なので、酸性の組織では塩基性が中和されて活性が低下することも指摘されています。
したがって、がん組織の酸性化を抑制しアルカリ化を促進すれば、がん細胞の浸潤や転移を抑制し、さらに抗がん剤治療や免疫療法の効き目を高めることができることになります。さらに、水素イオンの排出メカニズムを阻害してがん細胞内のpHを低下させれば、がん細胞を死滅させることもできます。
水素イオン指数(pH:potential of hydrogen)は水素イオンの濃度を表す物理量です。pHは水素イオンのモル濃度を mol/Lで表した数値の逆数の常用対数で示したもので、数値が低いほど酸性(プロトン量が多い)、数値が高いほどアルカリ性(プロトン量が少ない)になります。
細胞内のpH(pHi)と細胞外のpH(pHe)のpH勾配は正常細胞とがん細胞では逆になっています。すなわち、正常細胞では細胞内に比べて細胞外の方がよりアルカリ性で、がん細胞では細胞内がアルカリ性で細胞外が酸性になっています。
がん遺伝子を導入して細胞をがん化させる実験で、細胞ががん化する過程で、細胞内のエネルギー産生系がミトコンドリアの酸素呼吸(酸化的リン酸化)から解糖系にシフトします。この実験系で、細胞のがん化が進むにつれて、細胞内がよりアルカリ性になり、細胞外がより酸性になることが示されています。そこで、このpH勾配を少なくする、あるいは正常化する(細胞内を酸性にして、細胞外をアルカリ性にする)ことががん治療のターゲットとして注目されています。
細胞内のpHは、細胞増殖の制御、増殖因子やがん遺伝子の活性、ミトコンドリアの活性、酵素活性、DNA合成、分化など様々な細胞機能に影響しています。正常細胞では細胞内のpH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、がん細胞では細胞内のpH(pHi)は7.12〜7.7とアルカリ性です。一方、細胞外のpH(pHe)は正常細胞が7.3 〜7.4とアルカリ性であるのに対して、がん細胞の細胞外のpH(pHe)は6.2〜6.9と酸性です。したがって、細胞内外のpH勾配は正常細胞とがん細胞では逆になっています(図)。
図:正常細胞では細胞内pH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、細胞外pH(pHe)は7.3〜7.4とアルカリ性になっていて、pHeがpHiより高い。一方、がん細胞では細胞内pH(pHi)は7.12〜7.7とアルカリ性になって、細胞外pH(pHe)は6.2〜6.9と酸性になって、pHi(細胞内)がpHe(細胞外)より高い。
【炭酸脱水酵素IXはがん細胞内をアルカリ化する】
炭酸脱水酵素(Carbonic Anhydrase)は二酸化炭素(CO2)と水(H2O)を炭酸水素イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)とに迅速に変換する酵素です。
肺から取り込んだ酸素は血液中に拡散し、赤血球中のヘモグロビンに結合して全身の細胞に運ばれます。細胞に運ばれた酸素はミトコンドリアでATP産生に使われます。
酸素呼吸の副産物として細胞内で二酸化炭素(CO2)が産生されますが、これは体外に排出する必要があります。この二酸化炭素は細胞外に拡散し、何種類かの方法で血液中を輸送されます。
10%未満は血漿中に溶けて、約20%はヘモグロビンと結合して運搬され、大半は炭酸(H2CO3)に変換されて輸送されます。
赤血球中に炭酸脱水酵素(Carbonic Anhydrase)があって、二酸化炭素が炭酸と重炭酸イオンに変換する作用を助けます。赤血球中では炭酸脱水酵素はヘモグロビンに次いで多いタンパク質です。
肺では赤血球の炭酸脱水酵素が重炭酸イオンを二酸化炭素に戻す作用を助け、できた二酸化炭素は拡散して肺から排出されます。
この反応は酵素がなくても自然に起こりますが、炭酸脱水酵素は触媒作用によってこの変換速度を100万倍程度に加速することができます。つまり、炭酸脱水酵素は二酸化炭素ガスを血液中に溶解させることによって呼吸によって排出できるようにしています(図)。
図:体内の組織で産生された二酸化炭素(CO2)は拡散して赤血球内で炭酸脱水酵素で重炭酸イオン(HCO3-)に変換されて血清中に溶け込む。重炭酸イオンは肺で赤血球中の炭酸脱水酵素によって二酸化炭素に変換され、肺から排出される。
炭酸脱水酵素は重炭酸緩衝系を促進することによって、体液や細胞内の酸塩基平衡の制御に重要な働きを担っています。つまり、動物においてこの酵素の主たる機能は、二酸化炭素と炭酸水素イオンとを相互変換することで、血液や他の組織の酸-塩基平衡を維持し、組織から効率的に二酸化炭素を運び出す補助をしています。
炭酸脱水酵素は人間では局在や構造の異なる15種類のアイソフォームが存在します。
二酸化炭素は炭酸脱水酵素によって排出が促進されます。この場合、細胞質内の炭酸脱水酵素II(CA II)は二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)を産生し、水素イオンは上記の方法で細胞外に排出され、重炭酸イオンは細胞内に保持されます。
また、細胞膜に存在する炭酸脱水酵素IX(CA IX)は細胞外で二酸化炭素と水から生成される炭酸を重炭酸イオン(HCO3-)とプロトン(H+)にして重炭酸イオンは共輸送体によって細胞内に取り込まれます。(図)
図:炭酸脱水酵素IX(CAIX)は細胞膜に存在し、細胞外の二酸化炭素と水から重炭酸イオン(HCO3-)と水素イオン(H+)に変換する(①)。細胞外の重炭酸イオンは共輸送体によって細胞内に取り込まれる(②)。細胞質内の炭酸脱水酵素II(CAII)はミトコンドリアから産生される二酸化炭素を重炭酸イオンと水素イオンに変換する(③)。V型ATPアーゼ(vacuolar ATPase:液胞型ATPアーゼ)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やNa+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などの仕組みを使って、細胞内の乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に排出する(④)。重炭酸イオンは細胞内に保持される(⑤)。その結果、細胞外pH(pHe)は低下してより酸性化し(⑥)、細胞内pH(pHi)はよりアルカリ化される(⑦)。がん細胞は低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性が亢進し、グルコース・トランスポーター(GLUT-1)の発現が増加しグルコースの取り込みが増えている(⑧)。さらにHIF-1は解糖系酵素と炭酸脱水酵素IX(CAIX)の発現も亢進する。炭酸脱水酵素やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やV-ATPaseを阻害すると、がん細胞内pHが低下(酸性化)して増殖が低下し死滅する。がん細胞外pH(pHe)がアルカリ化すると、がん細胞の浸潤や転移が抑制され、がん細胞に対する免疫細胞(T細胞やNK細胞)の働きが良くなる。
この炭酸脱水酵素IXは低酸素誘導因子-1(HIF-1)によって発現が誘導されます。がん細胞ではHIF-1の発現と活性が亢進しているので炭酸脱水酵素IXの発現が亢進しています。HIF-1は解糖系を亢進して乳酸とプロトン(水素イオン)の産生を亢進して細胞外を酸性化します。
さらに、がん細胞では炭酸脱水酵素IXの発現亢進によって、がん細胞内をアルカリ化し、細胞外を酸性にしています。
つまり、がん細胞における低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性亢進とHIF-1で誘導される炭酸脱水酵素IXが、がん細胞内のアルカリ化とがん細胞外の酸性化を引き起こしていると言えます。
したがって、炭酸脱水酵素IXの阻害剤、プロトンポンプ阻害剤、炭酸水素ナトリウム(重曹)を併用するとpHeをアルカリ化し、pHiを酸性化して、がん細胞の増殖・浸潤・転移を抑制し、細胞死を誘導する効果が期待できます(トップの図)。
【炭酸脱水酵素IXの発現の多いがんは予後が悪い】
ヒトでは炭酸脱水酵素は15種類アイソザイムが存在します。このうち炭酸脱水酵素IX(carbonic anhydrase IX)は低酸素誘導因子-1(HIF-1)によって発現が誘導され、がん細胞内のpHをアルカリ性にする働きを担っています。
HIF-1はグルコーストランスポーター(GLUT-1)の発現を亢進してグルコースの取り込みを促進し、解糖系酵素の発現を誘導して解糖系での糖代謝を亢進します。さらに、HIF-1は炭酸脱水酵素IXの発現を亢進します。
肺がん細胞株を用いたin vitroの実験系で、低酸素で培養してHIF-1の発現を誘導し、GLUT-1と炭酸脱水酵素IXの発現を誘導すると、HIF-1とGLUT-1と炭酸脱水酵素IXの発現レベルに比例して、肺がん細胞の抗がん剤抵抗性が亢進することが報告されています。(以下の文献)
Hypoxia-inducible factor 1 promotes chemoresistance of lung cancer by inducing carbonic anhydrase IX expression.(低酸素誘導因子-1は炭酸脱水酵素IXの発現を誘導することによって肺がん細胞の抗がん剤抵抗性を促進する)Cancer Med. 2017 Jan;6(1):288-297.
がん組織の低酸素状態は、増殖・浸潤・転移の促進や治療抵抗性と関連しており、がん患者の予後を悪くしています。炭酸脱水酵素IXは低酸素誘導因子-1で発現が誘導されます。炭酸脱水酵素IXとがんの悪性度やがん患者の予後との関係が多数報告されており、これらの論文(147件の研究結果)のデータをメタ解析した結果、炭酸脱水酵素IXの発現が高いほど、再発が多く、生存期間が短くなることが明らかになっています。(以下の文献)
Prognostic Significance of Carbonic Anhydrase IX Expression in Cancer Patients: A Meta-Analysis.(炭酸脱水酵素IXの発現レベルはがん患者の予後と関連する:メタ解析)Front Oncol. 2016 Mar 29;6:69.
その他、炭酸脱水酵素IXの発現が高いほど、がん細胞の悪性度が高くなることは非小細胞性肺がんなど多くのがん種で報告されています。したがって、HIF-1と炭酸脱水酵素IXの活性を阻害する治療法は、がん患者の予後を良くできると考えられています。
【セレコキシブ(celecoxib)はCOX-2選択的阻害剤】
アスピリン(アセチルサリチル酸)は、炎症や痛みを引き起こすプロスタグランジンの合成酵素であるシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase:COX)の活性を阻害することによって、解熱・鎮痛・抗炎症効果を発揮し、様々な痛み(筋肉痛・歯痛・関節痛・頭痛・月経痛など)や炎症性疾患(急性上気道炎・リウマチ熱・変形性関節症など)の治療に使用されています。
シクロオキシゲナーゼ(COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを産生するときに最初に働く酵素です。COXには、多くの組織において恒常的に発現しているCOX-1と、炎症性刺激や増殖因子によりマクロファージなどの炎症細胞や消化管粘膜上皮細胞において合成されるCOX-2の2つの種類が知られています(下図)。
図:ホスホリパーゼA2(PLA2)の働きで、細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が生成される。シクロオキシゲナーゼ(COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを合成するときに最初に働く酵素で、COX-1とCOX-2の2種類がある。COX-1から合成されるプロスタグランジンは生体の生理機能に必要なものであるが、炎症性の刺激でCOX-2から合成される大量のプロスタグランジンは細胞の増殖を促進する。
プロスタグランジンには多くの種類がありますが、COX-1によって産生されるプロスタグランジンは消化管や腎臓や血小板など多くの臓器や細胞の生理機能において重要な役割を果たしています。
一方COX-2は、炎症や発がん過程で合成が刺激され、大量のプロスタグランジンを産生して、がんの発育を促進する働きをします。
多くの消炎鎮痛剤にはシクロオキシゲナーゼ阻害作用がありますが、炎症やがんや肉腫で増加するCOX-2だけでなく、消化管や腎臓や血小板などで生理的な作用をしているCOX-1も阻害するため、がんの治療には使いにくい欠点があります。しかし、COX-2の選択的阻害剤であれば、副作用が少なく抗腫瘍作用が期待できます。
セレコキシブ(Celecoxib)はCOX-2に選択的な阻害剤です。つまり、COX-1は阻害せず、炎症やがんで誘導されるCOX-2を選択的に阻害します。
1999年に米国で販売され、日本では2007年6月から発売されています。関節リウマチや変形性関節症、腰痛症、肩関節周囲炎、頸肩腕症候群、腱・腱鞘炎、手術後や外傷後や抜歯後などの消炎・鎮痛の目的で保険適用されています。
図:がん組織内では、炎症反応が起こり、ホスホリパーゼA2が活性化され(①)、アラキドン酸が生成される(②)。アラキドン酸は炎症刺激によって誘導されるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)によってプロスタグランジンH2に変換され(③)、さらにプロスタグランジンE2が大量に産生される(④)。プロスタグランジンE2はがん細胞の増殖や浸潤や転移や血管新生を亢進し、アポトーシス(細胞死)に抵抗性にし、がん細胞に対する免疫応答(抗腫瘍免疫)を抑制する(⑤)。セレコキシブはCOX-2を阻害することによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移を抑制し、細胞死を誘導する。
がん組織の中で、がん細胞や炎症細胞などがCOX-2を多く発現し、COX-2によって産生されるプロスタグランジンE2は、血管新生やがん細胞の増殖を促進し、がん細胞を攻撃する免疫細胞の働きを弱めることが知られています。したがって、COX-2活性を阻害するとがんの転移や再発を予防する効果が期待できます。そのため、保険適用外でがんの再発予防や治療目的でも使用されています。
セレコキシブは多彩な抗腫瘍効果を発揮します。例えば、以下のような報告があります。
Celecoxib targets breast cancer stem cells by inhibiting the synthesis of prostaglandin E2 and down-regulating the Wnt pathway activity(セレコキシブは、プロスタグランジンE2の合成を阻害し、Wnt経路の活性を抑制することによって、乳がん幹細胞を標的とする)Oncotarget. 2017 Dec 29; 8(70): 115254–115269.
【要旨】
乳がん幹細胞の小さな細胞集団が腫瘍の発生、進行、再発および抗がん剤耐性の原因となるため、乳がん幹細胞の薬理学的標的化は、乳がんの治療に非常に有望である。
セレコキシブは、最も一般的に使用される非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の1つであり、乳がんおよび結腸直腸がんを含む多くのがんに対して化学予防活性を有する。しかしながら、NSAIDががん予防効果を発揮するメカニズムは、まだ完全に解明されているわけではない。本研究では、乳がん幹細胞に対するセレコキシブの効果およびその潜在的な分子メカニズムを初めて調べた。
我々の研究結果は、セレコキシブががん幹細胞の自己複製を抑制し、抗がん剤耐性を減弱させ、上皮間葉移行を阻害し、転移および腫瘍形成を減弱させることを示した。
セレコキシブは、プロスタグランジンE2の合成を阻害し、Wnt経路活性を抑制することにより、乳がん幹細胞を標的とすることが明らかになった。
我々の知見は、セレコキシブががん幹細胞を標的とすることにより、乳がんの治療成果を改善するための補助化学療法薬として使用される可能性があることを示唆している。
COX-2選択的阻害剤によるプロスタグランジンE2の産生阻害は様々なメカニズムでがん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導することが多く報告されています。さらにセレコキシブにはCOX-2阻害による血管新生阻害や増殖抑制効果だけでなく、COX-2非依存性にがん細胞の増殖を直接抑える作用もあります。
このようなCOX-2非依存性の抗腫瘍効果のメカニズムとして、セレコキシブが炭酸脱水酵素のCAIIとCaIXの両方を阻害する作用が報告されています。
【セレコキシブ(Celecoxib)は炭酸脱水酵素のIIとIXを阻害する】
炭酸脱水酵素Ca IXは低酸素誘導因子-1(HIF-1)で発現が誘導されます。さらにCOX-2がプラスタグランジンE2の産生を介してCa IXの発現を促進することが明らかになっています。以下のような報告があります。
Cyclooxygenase-2/carbonic anhydrase-IX up-regulation promotes invasive potential and hypoxia survival in colorectal cancer cells(シクロオキシゲナーゼ-2 /炭酸脱水酵素IXの発現亢進は結腸直腸がん細胞の侵襲性と低酸素生存を促進する)J Cell Mol Med. 2009 Sep;13(9B):3876-87.
【要旨】
炎症は結腸直腸がんの発生を促進する。腫瘍の成長は、がん組織の内部に低酸素環境を生成する。
ここでは、結腸がん細胞では、炎症性酵素のシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現が低酸素応答性の炭酸脱水酵素IX(CA-IX)の発現と関連していることを報告する。
ショートヘアピンRNA(short harpin RNA)を用いたCOX-2遺伝子の発現阻害は、CA-IX遺伝子の発現を抑制した。
結腸直腸がん細胞では、COX-2の主な生成物であるPGE2は、ERK1 / 2の活性化の機序によりCA-IX遺伝子の発現を亢進する。正常酸素環境では、COX-2とCA-IXの遺伝子発現を阻止した結腸直腸がん細胞は、メタロプロテイナーゼ-2(MMP-2)のレベルの低下を起こし。細胞外マトリックスへの浸潤能力の低下を起こす。
低酸素状態では、COX-2遺伝子の発現とPGE2の産生が増加する。
COX-2 とCA-IXの遺伝子発現阻害は、低酸素症における結腸直腸がん細胞の生存能力を低下させる。
軽度の細胞周囲低酸素環境を作り出す高細胞密度での細胞培養条件では、COX-2 / CA-IX遺伝子の発現が増加し、結腸がん細胞の浸潤能を亢進する。
ヒト結腸がん組織では、ウェスタンブロットおよび免疫組織化学により評価されたCOX-2 / CA-IXタンパク質の発現レベルは相互に相関し、腫瘍の進展とともに増加する。
結論として、これらのデータは、COX-2 / CA-IX相互作用が結腸直腸がん細胞の攻撃的な性質を促進することを示している。
CA IXはCOX-2/PGE2とHIF-1の両方で発現が亢進します。COX-2/PGE2はCA IXの発現を亢進するのでセレコキシブはCOX-2依存性にもCA IXを阻害します。さらにセレコキシブはCOX-2非依存的に炭酸脱水酵素(Ca IIとCa IXなど)を阻害する作用が報告されています。以下のような報告があります。
The cyclooxygenase-2 inhibitor celecoxib is a potent inhibitor of human carbonic anhydrase II.(シクロオキシゲナーゼ-2阻害剤のセレコキシブはヒト炭酸脱水酵素IIの強力な阻害剤)Inflammation. 2004 Oct;28(5):285-90.
【要旨】
シクロオキシゲナーゼー2(Cyclooxygenase-2;COX-2)は間質細胞や炎症細胞で発現が亢進している。この誘導性のシクロオキシゲナーゼ・アイソフォームのCOX-2は炎症やある種のがんや虚血の脳組織などで発現が誘導される。組織の酸性化は炎症において、疼痛や知覚過敏の原因となる。
最近の研究で、COX-2阻害剤のCOX非依存性のメカニズムによる薬効が報告されており、その中に炭酸脱水酵素(carbonic anhydrase)阻害作用がある。
炭酸脱水酵素は亜鉛を活性部位に含む金属酵素で腎臓などの様々な組織や細胞に存在し、酸-塩基バランスに働いている。腎臓には、COX-2の発現量が非常に高い。セレコキシブは、炭酸脱水酵素阻害剤の代表であるアセタゾラミド(acetazolamide)と同様に、非置換型のスルホンアミド基を持つ特徴的構造を持っている。
本研究では、セレコキシブがナノモルレベルの低濃度でヒト炭酸脱水酵素II(carbonic anhydrase II)を強力に阻害する作用を有することを報告する.
Valdecoxibは比較的弱い活性を示し、炭酸脱水酵素阻害剤に特徴的な非置換型のスルフォンアミド基を有しないRofecoxibは、ヒト炭酸脱水酵素阻害作用を示さなかった。
非置換スルホンアミド基を有するのセレコキシブおよびバルデコキシブによるヒト炭酸脱水酵素の阻害作用を示すこれらのデータは、作用機序の解明ならびにCOX-2阻害剤に付随する副作用に重要な意味を有する可能性がある。
アセタゾラミドと同様に、非置換型のスルホンアミド基を持つCOX-2阻害剤のセレコキシブとバルデコキシブは炭酸脱水酵素阻害作用を持つという報告です。
アセタゾラミドとCOX-2阻害剤のセレコキシブとバルデコキシブはスルホンアミド基を持つ構造が共通し、この構造が炭酸脱水酵素の阻害作用と関連していると考えられています。
また、後述する人工甘味料のサッカリンとアセスルファム・カリウムもスルホンアミド基を持ち、炭酸脱水酵素IXを阻害することが報告されています。(下図)
図:COX-2阻害剤のセレコキシブ(Celecoxib)と人工甘味料のサッカリンとアセスルファム・カリウムはアセタゾラミド(Acetazolamide)と同様に炭酸脱水酵素を阻害する作用があると報告されている。これらスルホンアミド基を有し、これが炭酸脱水酵素の阻害作用と関連している。
以下のような報告があります。セレコキシブは炭酸脱水酵素の細胞内のアイソフォームのCa IIだけでなく、細胞膜に存在するCa IXも阻害することが示されています。
Unexpected nanomolar inhibition of carbonic anhydrase by COX-2-selective celecoxib: new pharmacological opportunities due to related binding site recognition.(COX-2選択的セレコキシブによる炭酸脱水酵素の予期しないナノモル阻害:関連する結合部位認識による新しい薬理学的機会)J Med Chem. 2004 Jan 29;47(3):550-7.
【要旨の抜粋】
現代の薬物学は、標的タンパク質への作用の選択性を高めることにより、病気の治療のための安全で効果的な薬剤の開発を行っている選択性の高い薬物作用は、望ましくない副作用を最小限に抑えることを目的としている。
セレコキシブ(Celecoxib)、バルデコキシブ(Valdecoxib)およびロフェコキシブ(Rofecoxib)は、恒常的に発現しているCOX-1の阻害はなく、誘導性シクロオキシゲナーゼのCOX-2を選択的に阻害する非ステロイド系抗炎症薬である。
ロフェコキシブにはメチルスルホン構造が含まれているが、セレコキシブとバルデコキシブには非置換性のアリルスルホンアミド構造(arylsulfonamide moiety)がある。後者のアリルスルホンアミド構造は多くの炭酸脱水酵素阻害剤に共通している。
酵素動力学とX線結晶構造解析を使用して、アリルスルフォンアミド型のCOX-2阻害剤のセレコキシブとバルデコキシブが、COX-2とは無関係な炭酸脱水酵素ファミリーのCa I,Ca II, CaIV, CaIXと予想外のナノモル(nM)レベルでの親和性を有することを実証した。一方、メチルスルホン型のロフェコキシブには炭酸脱水酵素との親和性は認めなかった。
緑内障ウサギに経口投与した場合、セレコキシブとバルデコキシブは眼圧を低下させ、これらの薬剤が緑内障の治療に有用である可能性が示唆された。
CA IIとセレコキシブの複合体の結晶構造の解析は、セレコキシブの炭酸脱水酵素の阻害の一部がCA IIの触媒亜鉛へのスルホンアミド基の結合によって引き起こされることを明らかにした。
COX-2選択的阻害剤のうちアリルスルホンアミド構造を持つセレコキシブ(Celecoxib)とバルデコキシブ(Valdecoxib)はナノモル(nM)レベルの低濃度で炭酸脱水酵素ののCa I,Ca II, CaIV, CaIXを阻害する効果があることを報告しています。
つまり、セレコキシブは炭酸脱水酵素のCa IIとCa IXの両方を阻害する作用で、がん細胞の細胞内を酸性にし、細胞外をアルカリにする効果が期待できると言えます。
プロトンポンプ阻害剤とセレコキシブを併用することによって、がん組織の酸性化を改善し(アルカリ化する)、がん細胞内を酸性化することによって、がん細胞を死滅できるようになります。
図:がん組織内では、炎症反応が起こり、ホスホリパーゼA2が活性化され(①)、アラキドン酸が生成される(②)。アラキドン酸は炎症刺激によって誘導されるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)によってプロスタグランジンE2が産生される(③)。プロスタグランジンE2はがん細胞の増殖や浸潤や転移や血管新生を亢進し、アポトーシス(細胞死)に抵抗性にし、がん細胞に対する免疫応答(抗腫瘍免疫)を抑制する(④)。がん組織内における低酸素環境は低酸素誘導因子-1(HIF-1)を活性化して炭酸脱水酵素ファミリーの発現を亢進する(⑤)。がん組織内の炎症刺激はCOX-2の発現を亢進し、産生されるプロスタグランジンE2(PGE2)は炭酸脱水酵素IX(CA IX)の発現を亢進する(⑥)。炭酸脱水酵素ファミリーはがん細胞内のアルカリ化とがん細胞外の酸性化を促進し、がん細胞の浸潤・転移や血管新生を亢進し、抗腫瘍免疫を抑制する(⑦)。セレコキシブはCOX-2と炭酸脱水酵素ファミリーのCa IIやCa IXを阻害することによって、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する(⑧)。セレコキシブによる炭酸脱水酵素の阻害作用は、COX-2依存性と非依存性の両方のメカニズムで引き起こされる。
【人工甘味料のアセスルファム・カリウムは炭酸脱水酵素IXを阻害する】
緑内障やてんかんなどの治療に使われるアセタゾラミドは炭酸脱水酵素の多くのアイソザイムを阻害します。一方、COX-2阻害剤のセレコキシブは炭酸脱水酵素のIIとIXを選択的に阻害します。
アセタゾラミドとセレコキシブは共にスルホンアミド基を有し、この構造が炭酸脱水酵素の阻害作用と関連していることが指摘されています。
人工甘味料のサッカリンとアセスルファム・カリウムは炭酸脱水酵素IXを阻害することが報告されています。これらの2つの人工甘味料はスルホンアミド基と類似の構造を持っています。
一般的に使用されている人工甘味料であるサッカリンが、他の炭酸脱水酵素アイソフォームよりも炭酸脱水酵素IX (CAIX)を選択的に阻害することが報告されています。さらに、アセスルファム・カリウムがサッカリンよりも炭酸脱水酵素IX阻害作用が強いことが明らかになりました。X線結晶学の研究による、アセスルファムカリウムが炭酸脱水酵素IXの活性部位の亜鉛に直接結合して活性を阻害することが明らかになっています。
炭酸脱水酵素IXはがん組織で発現が亢進しており、抗がん剤治療の創薬ターゲットとして研究されています。アセスルファムカリウムは炭酸脱水酵素IXを阻害しますが、他のCAアイソフォームは阻害しません。したがって、炭酸脱水酵素IXの特異的阻害剤の開発におけるリード化合物としてアセスルファム・カリウムが注目されています。(下記の論文)
"Seriously Sweet": Acesulfame K Exhibits Selective Inhibition Using Alternative Binding Modes in Carbonic Anhydrase Isoforms. J Med Chem. 2018 Feb 8;61(3):1176-1181.
がん細胞の細胞外pH(pHe)をアルカリ化し、細胞内pH(pHi)を酸性化するとがん細胞の増殖を抑え、細胞死を誘導し、抗がん剤治療や免疫療法の効き目を高めることができます。
この目的では、炭酸脱水酵素IXの阻害、プロトンポンプ阻害、重炭酸ナトリウム(重曹)によるプロトン(水素イオン)の消去などを組み合せる治療法が考えられます。これらを副作用の出ない量で併用すると、相乗効果による抗腫瘍効果が期待できます。
炭酸脱水酵素IXの阻害剤として、COX-2阻害剤のセレコキシブと人工甘味料のアセスルファムカリウムを利用してみる価値はあります。重曹とプロトンポンプ阻害剤によるがん組織のアルカリ化を促進します。(トップの図)
アセスルファム・カリウムはインターネットでも販売されています。人工甘味料なので、ケトン食を実践する時に砂糖の代わりに使用すると役立ちます。
著書紹介:
詳しくはこちらへ:
著書紹介
(くわしくはこちらへ)
« 781)がん組織... | 783)「がんの... » |