214)膵臓がんの予防

図:難治性がんの代表である「膵臓がん」は、喫煙、赤身肉や加工肉の多い食事、肥満、糖尿病によって発生が促進される。このような要因を減らせば、膵臓がんの発生リスクを3分の1以下にできる。

 214)膵臓がんの予防

【膵臓がんは手遅れで見つかることが多い】
膵臓は胃の後ろにある長さ20cmほどの細長い臓器で、消化液(膵液)を作って十二指腸に分泌する外分泌機能と、血糖を調節するホルモン(血糖を下げるインスリンと血糖を上げるグルカゴンなど)をつくる内分泌機能の2つの働きを持っています。
膵臓から発生する腫瘍には、外分泌に関連した細胞(特に、膵液を運ぶ膵管)から発生する「膵臓がん」と、内分泌細胞から発生する「膵内分泌腫瘍」がありますが、90%以上が前者の膵臓がんです。
膵臓がんは、難治性がんの代表です。膵臓は胃や小腸や大腸や脊椎に接して隠れているために、検診などで早期に見つけようとしても早期発見が困難です。膵頭部癌では黄疸で発症するため腫瘍が比較的小さい段階で見つかる場合もありますが、膵体部や尾部では、かなり大きくなるまで症状がでないため発見が遅れます。症状として腰痛や腹痛が自覚されるときには、かなり進行した段階であり、症状が出て見つかった場合は、余命1年以内というのがほとんどです。
さらに、大きな血管や神経や胆管と接しているため、切除するためには、複雑で高度な手術技術が要求されます。がん細胞の性質としては、浸潤傾向が高いがんで、神経に沿って浸潤性に広がります。胃腸管の場合は、粘膜層、固有筋層、奨膜と行った組織が、がん細胞が他の臓器や腹膜へ直接浸潤する際のバリアになっていますが、膵臓にはこのような臓器壁のバリアがないため、発生した膵臓がんはすみやかに連続性に膵臓内および周囲組織に進展・浸潤しています。したがって、根治手術を行なったつもりでも、術後に、高率に局所・肝・腹膜などに再発転移を起こします。
膵臓がんは抗がん剤や放射線の感受性が低い(効果が弱い)ので、根治手術ができなければ、予後は極めて厳しくなります。
日本では毎年22000人以上の方が膵臓がんで亡くなっていますが、年間の罹患数と死亡数がほぼ同じで、膵臓がん患者の90%以上は、数年以内に亡くなっています。
例えば、最近の罹患数と死亡数の比から治癒率を概算すると、乳がんと前立腺がんは75~80%、胃がんや大腸がん(結腸・直腸がん)は50~60%、卵巣がんや悪性リンパ腫は45~50%、食道がんは35%、肝臓がんは20%、肺がんや白血病は15~20%、胆のう・胆管がんは10~15%、膵臓がんは5%以下という数字が出てきます。つまり、膵臓がんは難治性がんの代表といえます。(158話を参照)
男性では肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がんについで5番目に死亡数の多いがんです。膵臓がんの生存期間中央値は局所進行癌では 8~12 ヵ月、転移癌では 3~6 ヵ月といわれており、他のがんに比較して非常に治療成績の悪いがんです。
15~20% の膵臓がん患者が根治可能ということで手術がなされていますが、残りの大半は局所で進行しているかあるいは転移している症例です。切除できない場合は抗がん剤治療が行なわれますが、多くは2年以内に亡くなり、切除できても5年生存率は約10%と極めて低く、予後は極めて不良です。
ステージI(がんが2cm以内で膵臓内にとどまり、リンパ節転移の無いもの)にように早期の段階で見つかって手術を受けた場合は、50%前後の5年生存率が報告されていますが、このような早期の症例は膵臓がん全体の1割以下です。膵臓がんの多くは、がんが近くの重要な血管や他臓器にも浸潤し、遠くのリンパ節や肝臓や腹膜に転移を認める進行した段階で見つかっており、このような場合は、5年生存率は5%以下と極めて悪い成績が報告されています。
膵臓がんの有効な検査法や治療法が乏しい状況では、膵臓がんで死なない最も確実な方法は、膵臓がんにならないようにすることかもしれません。

【膵臓がんのリスク要因】
高脂肪食や肉摂取がリスクを増加させ、また野菜・果物摂取がリスクを低下させる可能性が報告されています。特に、加工肉(ホットドッグやソーセージやハムなど)と赤身肉(牛肉や豚肉や羊肉など)の多量摂取が膵がんリスクを高めることが明らかにされています。
ハワイあるいはロサンゼルス在住の白人、ハワイ原住民、日系など5つの民族グループに属する男女計約20万例を対象として、食事と膵がん発生率との関係を検討した研究結果が報告されています。平均7年間の追跡期間に膵がんが発生したのは482例で、加工肉の摂取量が最も多いグループは最も少ないグループよりも膵がんリスクが67%高く、また赤身の豚肉および牛肉の摂取量が多いグループは約50%高かったという結果でした。鶏肉、魚肉、乳製品および卵の摂取量のほか、脂肪ないしコレステロールの総摂取量と膵がんリスクとの間には何ら関係は認められなかったということです。 
赤身の肉に多く含まれるヘモグロビンやミオグロビンのヘムやヘミン(2価の鉄元素とプロフィリンの錯体)がフリーラジカルの発生を促進させて、発がんリスクを高める可能性が指摘されています。ヘムやヘミンは飽和脂肪酸と反応して脂質ラジカルの産生を高めるので、動物性脂肪と赤身の肉は、相乗的に発がんを促進することになります。また、赤身の肉の加工や調理の過程で何らかの発がん物質(ヘテロサイクリックアミンやニトロソアミンなど)が生じることが指摘されています。
加工肉や赤身の肉は、膵臓がんだけでなく、乳がんや大腸がんなど多くのがんの発生率を高めることが指摘されています。ある疫学研究では、赤身肉を1日1.5食分摂取していた女性は、1週間に3食分未満の女性に比較してホルモン受容体陽性乳がんの罹患率が約2倍高かったという報告があります。
赤身の肉と加工肉は、心臓疾患の罹患率を高めることも確かめられています。さらに、赤身の肉および加工肉の多い食事を摂取していると、がんや心疾患だけでなく、アルツハイマー病や消化性潰瘍などさまざまな疾患により寿命が短縮することが米国立癌研究所(NCI)の研究で明らかにされています。
この研究では、50~71歳の被験者50万人強を対象に、10年以上にわたり食事内容を調べ、研究期間中に7万1000人が死亡しました。最も多く赤身肉を食べていた群は、最も少ない群に比べて、あらゆる原因による死亡リスクが男性で31%、女性で36%高かったという結果でした。また、加工肉を多く摂取した群は少ない群に比べ、死亡率が女性で25%、男性で16%高いことが示されています。死亡原因には、糖尿病、アルツハイマー病、潰瘍、肺炎、インフルエンザ、肝疾患、HIV、結核、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などがみられました。がんによる死亡率も、赤身肉(牛肉、豚肉など)の摂取が多い群では男性で22%、女性で20%高く、加工肉(ソーセージなど)を多く摂る男性では12%、女性では11%高かったという結果が得られています。
多くのがんの発生と循環器系疾患やその他多くの病気の予防の観点から加工肉と赤身の肉の摂取は減らす方が良いことは確かです。これらを食べるときは、野菜や果物を一緒にたくさん食べると、発がんのリスクは低減できます。オリーブオイルは酸化しにくいので、調理用の油は他の油よりオリーブオイルが推奨されます。
鶏肉や魚は発がんリスクを高めません。タンパク質は鶏肉や魚や豆類から摂取することが推奨されます。
また、家族がすい臓がんになった人もすい臓がんになりやすい傾向にあり、膵臓がんの家族歴があると、膵臓がんのリスクが約3倍になると報告があります。遺伝だけでなく、食事内容が似ているなどの他の要因の関与もあるかもしれません。
糖尿病の罹患によって膵臓がんの発生リスクが上がり、膵臓がんを発症した患者さんの既往歴で最も多いのは糖尿病で、全体の2割近くを占めています。高インスリン血症、高血糖、高脂血症が膵臓がんの発生を促進します。
肥満で発症する2型糖尿病の人は、糖尿病の治療で血糖を低下させることは膵臓がんの発生を予防する効果があります。特に、インスリンの分泌を促進せず、インスリン抵抗性を改善するビグアナイド系の抗糖尿病薬のメトフォルミン(metformin)が、膵臓がんの予防に効果があるという研究結果が最近報告されています。
メトフォルミンは肝臓での糖新生抑制、末梢での糖利用促進、腸管からの糖吸収抑制の3つの作用により血糖を下げます。これらは膵外作用であり、膵β細胞のインスリン分泌を介しません。インスリンはがん細胞の増殖を促進するので、インスリンの分泌を促進する薬はがん予防には適しません。一方、インスリンの分泌を介することなく、細胞のインスリン抵抗性を改善する効果は、膵臓がんだけでなく、乳がんや前立腺がんなどの予防にも効果があると報告されています。肥満で血糖が高めの人や、膵臓がんの家族歴があるなど膵臓がんのリスクの高い人はメトフォルミンは有用かもしれません。
喫煙が膵がんの発生リスクを高めることは多くの研究で確かめられています。膵臓がんの発生リスクの中で、喫煙が最も関与が大きいと言われています。膵臓がん患者の2~3割は喫煙が原因と考えられています。膵臓がんの家族歴や糖尿病のある人は、喫煙により発がんリスクが相乗的に高くなることも報告されています。
飲酒は少量であれば膵臓がんとの因果関係は指摘されていませんが、慢性膵炎の原因になるような大量飲酒は膵臓がんの発生を高めます。
膵臓がんによる死亡は、この30年の間に約3倍に増えています。大腸がんや乳がんと同様に、膵臓がんも食事の欧米化によって増加しています。健康的な食生活と生活習慣(禁煙と適度な運動)で膵臓がんのリスクを6~7割くらい減らすことができると考えられています。

【血糖とインスリンを高めない食生活と生活習慣】
2型糖尿病を発症する前に、数年間高インスリン血症が見られると言われています。インスリンの働きに影響する様々な生理活性物質が脂肪細胞から分泌されており、肥満によって体脂肪が増えるとインスリンの働きが低下します。脂肪組織から分泌されるアディポネクチンという蛋白質はインスリンの働きを高める作用がありますが、内蔵脂肪が増えると分泌量が減り、アディポネクチンの血中濃度が低下するとインスリン抵抗性(インスリンの作用低下)が高まります。
インスリンの働きが弱くなると、それを補うために体はインスリンの分泌量を増やして血中のインスリン濃度を高めて代償しようとします。この段階ではインスリンの分泌増加によってまだ血糖があまり高くないので糖尿病とは診断されませんが、そのうちインスリンを分泌するランゲルハンス島から十分なインスリンが分泌されなくなると、高血糖状態が持続して糖尿病と診断されます。
米国のある疫学研究では、糖尿病と診断された人よりも、糖尿病の前段階(プレ糖尿病)の人の方が発がんリスクが高いという報告があります。これは発がんリスクを高める原因として高インスリン血症の存在の重要性を示唆しています。つまり、肥満や運動不足による糖尿病予備軍では、インスリン抵抗性による高血糖を抑えるためにインスリンが過剰に分泌され、発がんを促進すると考えられているのです。
インスリン自体にがん細胞の増殖を促進する作用があります。さらに、インスリンはがん細胞の増殖を促進するインスリン様成長因子-1(IGF-1)の活性を高めます。高インスリン血症は、IGF-1の活性を制御しているIGF-1結合蛋白の産生量を減少させ、その結果、IGF-1の活性が高まります。IGF-1はがん細胞の増殖や血管新生や転移を促進する作用があります。IGF-1は70個のアミノ酸からなり、インスリンと似た構造をしています。IGF-1受容体とインスリン受容体も類似しており、IGF-1とインスリンが交差反応することが知られています。高インスリン血症では、インスリンがIGF-1受容体に結合して、IGF-1と同じように細胞の増殖を促進します。
さらにプレ糖尿病から糖尿病になって血糖が上がると、がん細胞はブドウ糖をエネルギー源として大量に取り込んでいるため、がん細胞の増殖に有利になります。高血糖は活性酸素の産生を高め、血管内皮細胞や基底膜にダメージを与えて、血管透過性を高め、転移を起こしやくするという意見もあります。
高血糖と高インスリン血症を避ける方法は、肥満と運動不足を解消することにつきます。特に、体脂肪を減らし、アディポネクチンの分泌量を増やし、インシュリン抵抗性を改善することが大切です
食事は甘いものを多くとらない、穀物は精製度の低いものというのはがん予防の食生活の基本ですが、砂糖の多い甘い食べ物や、精製度の高い穀物は、食後の血糖が上がりやすく、高インスリン血症を引き起こします。
食べ物には、インスリンの分泌を高めるものと、あまり高めないものがあります。インスリンを高めない食事を実践してダイエットする「低インスリンダイエット」という方法がありますが、インスリンは脂肪を作り脂肪分解を抑えるホルモンであるため、インスリンの分泌を高めない食事がダイエットにも効果があるという理論です。低インスリンダイエットで良く言われているのは「白米から玄米」、「食パンから全粒粉パンやライ麦パン」、「うどんからソバ」という食品で、このような精製度の低い穀物が、がん予防にも効果があることは良く知られています。精製度の低い穀物は、ビタミンやミネラルが豊富なだけでなく、インスリンの分泌を高めないという点でも肥満とがんの予防に有効と言えます。
インスリンを高めない食事と運動で体脂肪を減らし、アディポネクチンの分泌量を増やし、インスリンの効き目を高めて高血糖や高インスリン血症を防ぐことは、肥満や糖尿病の予防だけでなく、膵臓がんをはじめ多くのがんの発生や再発予防に有効な対策です。
前述のように、インスリン抵抗性を改善するビグアナイド系の抗糖尿病薬のメトフォルミン(metformin)が、膵臓がんや乳がんや大腸がんなどのがんの予防に効果がある可能性が指摘され、研究が行われています。
膵臓がんと代替医療については158話を参照


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