がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
215)アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸の組み合わせは抗がん剤の効き目を高める
図:がん細胞では、ピルビン酸脱水素酵素の活性が低下し、ATPクエン酸リアーゼの活性が亢進している。その結果、ミトコンドリアでのTCA回路と酸化的リン酸化によるエネルギー産生が低下し、酸素を使わない嫌気性解糖系が亢進している。ATPクエン酸リアーゼの活性亢進は、脂肪合成を高め、がん細胞が分裂して細胞を増やすのに利用される。ピルビン酸脱水素酵素の活性を高め、ATPクエン酸リアーゼを阻害すると、がん細胞の増殖を抑制する効果が得られることが報告されている。
215)アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸の組み合わせは抗がん剤の効き目を高める
アルファリポ酸は、多数の酵素の補助因子として欠かせない体内成分で、特にTCA回路(クエン酸回路)のピルビン酸脱水素酵素複合体の補助因子として、ミトコンドリアでのエネルギー産生に重要な役割を果たしています。糖代謝の促進や抗酸化作用があるので、ダイエット効果や抗老化や美容を目的としたサプリメントとしても人気があります。
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一方、ヒドロキシクエン酸は、ガルシニア・カンボジアの果皮に多量に含まれる成分で、クエン酸より水酸基(-OH)を一つ多く持っている点が違うだけで化学構造が類似しているため、ATPクエン酸リアーゼの酵素活性を競合阻害することが知られています。
ATPクエン酸リアーゼ(ATP citrate lyase)は細胞内でクエン酸から脂肪合成を行う最初のステップに必要な酵素で、ATPクエン酸リアーゼを阻害すると脂肪の合成が阻害されます。したがって、ヒドロキシクエン酸も体脂肪を減らすサプリメントとして人気があります。
ダイエット効果のあるこれら2種類のサプリメント(アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸)が、がん治療においても効果があることが報告されています。
その理由は、細胞内の物質代謝やエネルギー産生において、正常細胞とは異なるがん細胞の特徴にあります。その特徴とは、1)ピルビン酸脱水素酵素の活性低下と、2)ATPクエン酸リアーゼの活性亢進です。
がん細胞では、ピルビン酸脱水素酵素の活性が低下し、その結果、ミトコンドリアでのTCA回路と酸化的リン酸化による酸素を使ったエネルギー産生(ATP産生)が低下し、酸素を使わない嫌気性解糖系でのエネルギー(ATP)産生が亢進しています。
がん細胞では、酸素が十分にある状態でも、酸素を使わない嫌気性解糖系でのエネルギー産生(ATP産生)が亢進していることを約80前にオットー・ワールブルグが発見し、ワールブルグ効果として知られています。(69話参照)
また、ATPクエン酸リアーゼの活性亢進は、がん細胞が分裂して細胞を増やすときに必要な脂肪の合成を高めるためと考えられます。したがって、ATPクエン酸リアーゼの活性を阻害すると、脂肪の合成が阻害されてがん細胞の増殖を抑えることができます。
さらに、ピルビン酸脱水素酵素の活性を高め、ATPクエン酸リアーゼの活性を阻害して、ミトコンドリアでのTCA回路と酸化的リン酸化が正常化すると、がん細胞はアポトーシスを起こしやすくなることが知られています。(168話参照)
以上のことから、ピルビン酸脱水素酵素の活性を高めるアルファリポ酸と、ATPクエン酸リアーゼの活性を阻害するヒドロキシクエン酸を併用すると、がん細胞の増殖を抑えることが推測されます。実際に、この仮説を検証している研究グループがあり、その研究結果によると、『アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸の併用は通常の抗がん剤に匹敵する抗がん作用を示す』という結果が得られています。これに関しては177話で紹介しています。
177話で紹介した論文(Oncol Rep. 23(5):1407-16. 2010)では、マウスにがん細胞を移植した実験モデルで、アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸が、シスプラチンや5-FUなどの通常の抗がん剤と同じレベルの抗腫瘍効果を示すことが報告されています。
すなわち、マウスのがん細胞(膀胱がん細胞MBT-2、メラノーマ細胞B16-F10、ルイス肺がんLL/2)をマウスに移植した実験モデルで、ヒドロキシクエン酸とアルファリポ酸の2つを併用して投与すると、腫瘍の縮小や生存期間の延長において、シスプラチンや5-FUなどの通常の抗がん剤と同じレベルの抗腫瘍効果を示しました。
さらに、最近の論文では、臨床例での検討でも、この2つの組み合わせが抗がん剤治療の効き目を高める可能性が報告されています。以下にその論文の要旨を紹介します。
Adding a combination of hydroxycitrate and lipoic acid (METABLOC?) to chemotherapy improves effectiveness against tumor development: experimental results and case report.(抗がん剤治療にヒドロキシクエン酸とリポ酸を併用すると抗腫瘍効果を高める:実験結果と症例報告)Invest New Drugs.2010 Oct 8. [Epub ahead of print] |
【要旨】がん細胞における代謝の異常は、オットー・ワールブルク(Otto Warburg)によって80年以上前に指摘され、ワールブルグ効果(Warburg effect)として知られているが、最近まであまり注目されていなかった。しかし、近年、がんの診断や治療との関連において、がん細胞における代謝やエネルギー産生の異常が注目されるようになった。
著者らは、がん細胞の代謝異常の鍵となる酵素であるATPクエン酸リアーゼとピルビン酸脱水素酵素の活性に作用するヒドロキシクエン酸とアルファリポ酸の抗腫瘍効果に関して、基礎研究の結果を報告している。すなわち、3種類のマウスのがん細胞株を使った実験では、ヒドロキシクエン酸とアルファリポ酸の組み合わせは、通常の抗がん剤治療と同等の効果を発揮した。
今回の研究は、通常の抗がん剤治療(特にシスプラチン)の抗腫瘍効果に対して、ヒドロキシクエン酸とアルファリポ酸の組み合わせを併用した場合の影響を明らかにする目的で行った。
マウスのがん細胞(LL/2肺がん細胞、MBT-2膀胱がん細胞)を移植したマウスに、通常の抗がん剤(シスプラチンかメソトレキセート)を投与する実験で、アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸を組み合わせた製剤を投与した。
シスプラチンまたはメソトレキセートを単独で使用した場合、あるいはアルファリポ酸+ヒドロキシクエン酸を投与した場合に比べて、シスプラチン(またはメソトレキセート)+アルファリポ酸+ヒドロキシクエン酸の3種類を併用した場合は抗腫瘍効果が著明に増強した。(アルファリポ酸+ヒドロキシクエン酸は、シスプラチンあるいはメソトレキセートの抗腫瘍効果を相乗的に高めた)
肝臓転移を有する膵臓がん患者(80歳女性)に、ジェムシタビン(ジェムザール)とアルファリポ酸とヒドロキシクエン酸を併用した治療を行ったところ、顕著な抗腫瘍効果を得ることができた。
動物実験と膵臓がんの症例の経験から、通常の抗がん剤治療に、アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸を併用して投与すると、抗腫瘍効果を高めることができることが示唆された。
この論文の症例報告の抜粋を以下に示します。
80歳女性、2009年2月24日にかゆみと倦怠感、黄疸、浮腫の症状にて来院。CT検査で膵臓の頭部に2cm大の腫瘍を認め、胆管の拡張と肝臓の腫大を認めた。黄疸を改善するために、胆管ドレナージと閉塞した胆管へのステント挿入が行われ、症状が改善した後、5月13日に膵頭十二指腸切除手術が実施された。組織診断は膵臓の膵管がんで、十二指腸に浸潤を認めた。廓清したリンパ節の70%に転移を認めた。
7月6日のCT検査で、肝臓に転移を認めた。腫瘍マーカーのCA19-9は3000以上で、3kg以上の体重減少が認められたため、余命は3~6ヶ月と宣告された。7月22日からジェムザールによる抗がん剤治療が開始された。ジェムザールの効果を高める目的で、次のような代替医療を併用することにした。
Gemcitabine(ジェムザール):28日に1回1200 mg投与
Garcinia Cambogia (60% HCA):1200 mg 毎日経口摂取
アルファリポ酸:1200 mg 毎日経口摂取
Celecoxib (セレブレックス):200 mg 毎日経口摂取
レチノイン酸:50 mg 隔日経口摂取
メラトニン:20 mg 午後9時毎日経口摂取
プロシュア (Abbott):2 vials 毎日経口摂取
治療4ヶ月後には肝臓転移は50%に縮小し、7ヶ月後(2009年、12月30日)のCT検査では肝臓の腫瘍は完全に見えなくなった。2010年の3月18日の時点で、当初の予想の3~6ヶ月の余命を超えて、患者はQOL(生活の質)が良い状態で生存していた。しかし、肝臓転移が出現したため、2010年4月から抗がん剤治療をFOLFOXに変更し、ヒドロキシクエン酸、アルファリポ酸、セレブレックス、レチノイン酸、メラトニン、プロシュアに加えて低用量ナルトレキソン(1mg/日)を併用した治療を行っている。
【アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸の抗がん作用について】
アルファリポ酸はTCA回路(クエン酸回路)のピルビン酸脱水素酵素複合体の補助因子として、ピルビン酸脱水素酵素を活性化するだけでなく、TCA回路のアルファケトグルタル酸脱水素酵素複合体も活性化します。このようにTCA回路の酵素を活性化して、がん細胞のミトコンドリアの酸化的リン酸化を高め、がん細胞を死にやすくする効果があります。さらに、アルファリポ酸は細胞周期において増殖を促進する蛋白質の活性や量を低下させます。アポトーシスを阻害する因子(bcl-2)の発現を抑え、アポトーシスを促進する因子(bax)の発現を高め、アポトーシスを実行するチトクロームCやAIF(apoptosis inducing factor)のミトコンドリアから核への移行を促進します。これらの複数の機序によって、がん細胞の増殖を止め、アポトーシス(細胞死)を起こりやすくします。
さらに、アルファリポ酸は強い抗酸化作用を持っています。正常細胞に対しては、酸化ストレスを軽減して細胞のダメージを軽減し、がん細胞に対してはミトコンドリアの働きを活性化してアポトーシスを起こしやすくする2面的な効果があります。(アルファリポ酸の詳細はこちらへ)
ヒドロキシクエン酸はガルシニア・カンボジア(Garcinia cambogia)の果皮に多量に含まれます。ガルシニア・カンボジアはインドや東南アジアに生育する常緑樹で、5~9月頃にオレンジ大の大きさで黄色からやや赤みがかった実をつけます。果実や果皮は柑橘類に似た強い酸味を有し、熟果は果物として生食されるほか、果皮や実は乾燥させて貯蔵し、カレーの酸味付けや魚の塩蔵保存などにも用いられ、長年にわたりスパイスとして利用されています。インド伝統医学のアーユルヴェーダでは消化を助け食欲を抑える薬として使用されています。乾燥したガルシニアの果皮は10~30%ものヒドロキシクエン酸を含んでいます。
ヒドロキシクエン酸は、クエン酸より水酸基(-OH)を一つ多く持っている点が違うだけで化学構造が類似しているため、ATPクエン酸リアーゼの酵素活性を競合阻害することが知られています。そのため、肥満抑制効果が期待されて、ダイエットのサプリメントに利用されています。
がん細胞が分裂して細胞を増やすためには、DNAや細胞膜など多くの細胞成分を合成する必要があります。脂肪も細胞を作るのに必須で、そのため、脂肪合成に重要な酵素であるATPクエン酸リアーゼは多くのがん細胞で活性が亢進していることが報告されています。したがって、ATPクエン酸リアーゼの阻害は、がん細胞の増殖を抑制する効果が期待できます。実際に、培養がん細胞を使った実験や、移植腫瘍を使った動物実験などで、ATPクエン酸リアーゼの阻害ががん細胞の増殖を抑制する効果があることが報告されています。
【まとめとコメント】
今回紹介した論文の症例報告に関しては、当初の予想の余命を超えて生存していますが、抗がん剤単独と比べて本当に効果があったのかどうかは、1例の症例報告では判断は困難です。アルファリポ酸やヒドロキシクエン酸などを併用しなくても、結果が変わらなかった可能性は否定できません。この論文が発表される段階で、転移巣が増大したため、抗がん剤の種類を変えたり、代替医療の組み合わせを変えていますので、劇的な効果が得られたわけではありません。
しかし、この症例報告では、代替医療(アルファリポ酸、ヒドロキシクエン酸、COX-2阻害剤のセレブレックス、メラトニン、低用量ナルトレキソン療法)の併用によって、副作用を高めること無く、QOLを良くし、延命効果が得られている可能性が示唆されています。この論文で行われている組み合わせは私が行っている代替医療と同じ方法であり、このような組み合わせの有効性が示唆されます。
以上のことから、理論的にも、また臨床報告からも、抗がん剤治療に、アルファリポ酸とヒドロキシクエン酸を併用してみる価値はあると思います。
また、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してピルビン酸脱水素酵素を活性化するジクロロ酢酸ナトリウムの併用は、αリポ酸とヒドロキシクエン酸の効果を高める可能性があります。(ジクロロ酢酸ナトリウムについてはこちらへ)
また、アルファリポ酸との併用で抗腫瘍効果を高めることが報告されている低用量ナルトレキソン療法の併用も効果が期待できます。(153話参照)
さらに、嫌気性解糖系を阻害する半枝蓮の煎じ薬を併用すると、抗腫瘍効果が高まります。(176話参照)
がん細胞で亢進している嫌気性解糖系を抑制し、TCA回路を活性化し、ATPクエン酸リアーゼを阻害する方法を組み合わせると、がん細胞の増殖に必要な細胞成分の合成が阻害され、増殖を抑制することができます。
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