がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
257)混合診療はなぜ認められないのか
図:保険診療では、医療費(治療費)の一部は保険で支払われる(A)。保険外診療(自由診療)では全ての費用は自己負担になる。保険診療と保険外診療を別々の医療機関で受ければ、保険適用分は保険給付が受けられる(B)。同じ医療機関で保険診療と保険外診療を同時に受けると「混合診療」になり、混合診療禁止の規則のため、保険適用部分も自己負担になる(C)。混合診療を解禁すると、自由診療の比率が増大して、国民皆保険制度が崩壊するという意見がある。
257)混合診療はなぜ認められないのか
【混合診療禁止の法的根拠とは】
公的医療保険が適用される「保険診療」と、公的保険が適用されない「保険外診療(自由診療)」を、同じ医療機関で同時に併用することを「混合診療」と言い、国はこの混合診療を原則禁止としています。同じ医療機関で保険診療を受けているときに、保険適用外の治療や投薬を受ければ、保険診療の範囲内である入院や検査や手術や医薬品など全ての費用が全額自己負担になります。(保険外併用療養費制度で認められた例外はあります)
しかし、保険料を払っているのに、「保険外の診療を併用しただけで、保険の給付が全く受けられない(保険適用分の診療費も全額負担になる)」というのは、非常に理不尽な規則のように思われます。しかし、この「混合診療禁止」は適法だという最高裁判決が先週(10月25日)出されました。
この裁判は、腎臓がんの患者さんがインターフェロン治療(保険診療)と活性化リンパ球療法(保険外診療)を併用したために保険診療の分も自費になったことに対して、混合診療の場合でも「保険受給権」があるとして争った裁判です。
「助かりたいために、国が認めていない医療を受けたという理由で、公的な保険受給権を奪われるのは重大な問題で、生存権の否定や財産権の侵害など憲法違反の問題もある。」と裁判を起こした方は言っています。一審(2007年11月の東京地裁判決)では、「混合診療を禁止する明文化した法的根拠は見当たらない」という理由で原告の勝訴でした。しかし、2009年9月の東京高裁判決と2011年10月25日の最高裁判決では、逆に「混合診療禁止は適法」と原告の請求を却下しました。
国は、(1)保険診療と保険外診療を併用した場合には、不可分であり、全体が保険給付外となる「不可分一体論」、(2)保険外併用療養費で、保険給付と併用可能な医療を列挙しているため、それ以外は保険給付外となる(反対解釈論)、の二つの考え方を根拠に主張しています。
保険診療と保険外診療を併用して問題が発生した場合には、診療は不可分一体であるので、公的医療保険の信頼性も損なわれます。そのため混合診療については、自己責任による全額自己負担[保険診療の全額自己負担+保険外診療の全額自己負担]になるという考え方が「不可分一体論」の基本になっています。
また国は、医薬品の治験や先端医療などを対象に、特例的に全額自己負担としない「保険外併用療養費制度」を導入しており、この制度は混合診療禁止の原則が前提になるので、混合診療は認められないというのが「反対解釈論」です。
今回の最高裁判決は「不可分一体論」と「反対解釈論」をともに支持し、「保険診療と保険外診療を併用した場合には、後者の診療部分(自由診療部分)のみならず、保険診療相当部分についても保険給付ができないものと解することができる」と結論づけています。また、原告が生存権や財産権などに関する憲法違反を訴えた点については、「健康保険により提供する医療の内容は、医療の質(安全性および有効性)の確保や財政面からの制約などの範囲を合理的に制限することはやむを得ないと解される」とし、混合診療を保険給付外にすることには、一定の合理性があるとしました。
いろいろと問題のある判決理由で、納得いかない部分もあるのですが、最高裁で判決が出た以上、当分の間は混合診療禁止は適法だということです。
【混合診療解禁と国民皆保険制度の崩壊】
最高裁判決のような法律解釈は別にして、日本医師会や厚生労働省が混合診療禁止にこだわるのは「混合診療が解禁されれば国民皆保険が崩壊しかねない」という点にあります。
日本の医療の最大の特徴は「国民皆保険」という制度で、この医療保険制度のもとでは、日本国民はどの病院にも自由に受診でき、比較的安価に標準治療が受けられます。
混合診療が全面解禁になれば、全ての病院や診療所で、保険診療と自由診療が自由に併用できるようになります。保険診療は国が診療費を低く抑えるため、あまり利益が上がりません。自由診療だと価格を自由に設定できるため利益が出やすくなります。そうなると、当然の結果として、自由診療の割合が多くなり、保険診療の範囲が縮小し、いずれは国民皆保険が弱体化し崩壊するのではないかという理屈です。
たしかに、混合診療の解禁によって医療現場に市場原理が働くと、患者の経済的格差が医療格差につながるほか、安全性・有効性が確立されていない医療が安易に行われる可能性があり、最終的には国民皆保険制度が崩壊するというシナリオは当然起こりうることかもしれません。
【TPPと混合診療解禁と国民皆保険崩壊のシナリオ】
10月25日の最高裁による「混合診療禁止は適法」という判決によって、混合診療は禁止という法的なお墨付きが出ました。この判決によって日本医師会も厚生労働省も安堵しているのは確かです。しかし、混合診療解禁問題に新たな問題がでてきました。政府が検討しているTPP(環太平洋連携協定)の交渉参加です。
TPP(Trans-Pacific Partnership、またはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)は環太平洋連携協定あるいは環太平洋戦略的経済連携協定や環太平洋パートナーシップ協定と呼ばれ、加盟国の間で工業品、農業品を含む全品目の関税を撤廃し、政府調達(国や自治体による公共事業や物品・サービスの購入など)、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどにおけるすべての非関税障壁(関税以外によって貿易を制限すること)も撤廃し自由化する協定です。
いろんな分野でTTP参加に関するメリットとデメリットに関する議論がなされています。日本医師会などの医療関係者の多くは、このTPPへの参加に反対しています。その主な理由は「国民皆保険制度が崩壊する」という懸念です。
TPPに参加すれば、医療に市場原理主義が導入されて、株式会社の医療への参入が認められる可能性があります。そうなると当然、アメリカは日本に混合診療の全面解禁を迫ってきます(アメリカ政府は民間保険会社などの意向を受けて混合診療の全面解禁を要求してくる)。つまり、現在の法律では混合診療は禁止できても、アメリカからの政治的圧力で混合診療解禁を求められてくれば、今回の最高裁判決もほとんど意味がありません。混合診療を認める新しい法律ができるからです。
混合診療の全面解禁というのは、保険診療と自由診療の組み合わせを医療機関の判断で任意に自由にやっても良いということを意味します。自由診療を受けることが出来るのは富裕層に限られてきます。株式会社の病院は、患者に合わせて医療の価格を自由に決定できるようになり、保険診療より利益を上げられます。つまり、自由診療の比率が増大し、医療の経済格差が広がり、国民皆保険は崩壊するというシナリオが予想されます。株式会社が医療へ参入することで問題になることとして、日本医師会は、(1)医療の質の低下、(2)不採算部門等からの撤退、(3)公的医療保険範囲の縮小、(4)患者の選別、(5)患者負担の拡大を挙げています。
11月2日には、日本医師会と日本歯科医師会と日本薬剤師会が厚生労働省で合同記者会見を開き、政府が検討しているTPP(環太平洋連携協定)の交渉参加について、「政府が今後も国民皆保険を守ることを表明し、国民の医療の安全と安心を約束しない限り、TPP交渉への参加を認めることはできない」とする共同声明を発表しました。また、TPP交渉参加にかかわらず、「医療の安全・安心を守るため」として、混合診療の全面解禁や株式会社の医療参入を認めないよう政府に求めています。
病院の株式会社化や混合診療導入は、競争原理によってサービス向上、コスト削減のよる経営の効率化で医療費は安くなる、という意見もありますが、医療の経済格差などデメリットも大きい可能性はあります。
がん患者さんの立場になると「混合診療を認めてほしい」という意見は多くあります。有効性の証明された全ての治療法が保険でカバーできていれば混合診療禁止は納得できますが、現実的には、極めて有効な治療でも保険適用になっていない治療はたくさんあります。保険診療を受けながら有効性が証明されている未認可の薬も使えれば、がん患者さんにとってメリットは大きいと思います。したがって、がんの補完・代替医療を実践している立場からは、混合診療の解禁は望ましいのですが、医療の経済格差や国民皆保険が弱体化あるいは崩壊することは避ける必要があります。
「国民皆保険の維持」と「混合診療禁止」が強くリンクしているので、「混合診療禁止」は現時点では仕方ないかもしれません。したがって、標準治療を受けながら未認可医薬品など保険適用外の治療を受けるには、保険診療と保険外診療を別々の医療機関で受けて混合診療禁止の規則をクリアーするしか抜け道は無いのが現状です。TPPに参加して医療の自由化が進めば状況が変わる可能性はありますが、TPP参加もデメリットが大きいのが難点です。最高裁判決で混合診療の問題が決着ついたかに見えましたが、TPP参加の議論によって混合診療解禁の問題はまだ当分続きそうで、状況が劇的に動き出す可能性もあるので、目が離せません。
« 256) マンモグ... | 258)水素分子... » |