がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
569) 膵臓がん患者の半数くらいはがんの診断前にうつ病と診断されている
図:膵臓がんでは、がんが診断される前に半数くらいがうつ病の診断を受けているという報告がある。膵臓がんは進行した状態で見つかる事が多く、がん組織から産生される炎症性サイトカイン(IL-1, IL-6, TNF-αなど)が脳の視床下部に作用して抑うつ、食欲低下、睡眠障害、倦怠感、発熱などの症状を引き起こし、肝臓に作用してC反応性タンパク質(CRP)の産生を高める。うつ症状があるときはがんの検査もしておく方が良い。
569) 膵臓がん患者の半数くらいはがんの診断前にうつ病と診断されている
【膵臓がんはうつ病の発症率が高い】
がんと診断されると、精神的なショックや治療に伴うストレスなどで、不安感や抑うつ状態になるのは十分に理解できます。悲しみや倦怠感や痛みなども精神症状に影響します。がんの進行状況や患者さん個人の性格にも影響されます。
精神的な症状の程度は様々で、軽度な抑うつ症状や気分変調の場合もあれば、明らかなうつ病と診断される場合もあります。
1960年代以降、がん患者におけるうつ病の発症率を検討した研究が多く報告され、一般の集団と比べてがん患者ではうつ病が多いことが明らかになっています。診断法や診断基準や患者集団の違いなどで、報告されているうつ病の発症率には違いがあります。
以下の論文は米国のメモリアル・スローンケタリングがんセンター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)の精神医学と行動科学部門(Department of Psychiatry and Behavioral Science)からの総説です。
Prevalence of depression in patients with cancer.(がん患者におけるうつ病の発症率)J Natl Cancer Inst Monogr. 2004;(32):57-71.
この総説では、それまでの研究報告をまとめて、口腔咽頭がん(22%〜57%)、膵臓がん(33%〜50%)、乳がん(1.5%〜46%)、肺がん(11%〜44%)はうつ病の発症率が高いと報告しています。()内がうつ病の発症率。
一方、大腸がん(13%〜25%)、婦人科がん(12%〜23%)、悪性リンパ腫(8%〜19%)はうつ病の発症率が比較的少ないと報告しています。
これは、病気の苦痛の程度や、予後に対する不安なども関与していると思われます。
別の報告では、うつ病を発症する確率は膵臓がん78%(39/50)、肝臓がん60%(36/60)、胃がん36%(18/50)、食道がん24%(12/50)、結腸直腸がん19%(10/52)という報告があります。
一般人口のうつ病の有病率は4〜10%程度です。したがって、がん患者ではうつ病の発症が極めて多いことが分ります。
特に膵臓がんはうつ病の発症が多いことが多くの研究で指摘されています。膵臓がん患者の75%にうつ病が発症するという報告もあります。
多くの報告をまとめると膵臓がん患者におけるうつ病の有病率は25〜75%です。
膵臓がん患者の生活の質と治療効果を高める上で、うつ病に対する治療の重要性が指摘されています。
うつ病は自殺の原因になります。以下のような報告があります。
Suicide in patients with pancreatic cancer.(膵臓がん患者における自殺)Cancer. 2011 Feb 1;117(3):642-7.
【要旨】
研究の背景:膵がんの患者ではうつ症状を示す者が非常に多く、自殺による致命的な結果をもたらす可能性がある。著者らは、米国における膵臓がん患者の自殺率を報告し、自殺率の上昇に関連する要因を特定している。
方法:この研究では、1995から2005年の間に膵臓腺がんと診断された患者のがん登録データベースのデータを検討し、自殺や生存に関連する因子の分析を行った。
結果:36,221人の膵臓がん患者を21,145人年(person-years)追跡した結果、自殺率は100,000人年(person-years)当たり135.4人であった。 65-74歳の米国人口の対応する自殺率は、100,000人年(person-years)当たり12.5であり、標準化死亡率は10.8(95%CI、9.2-12.7)であった。
男性でより高い自殺率が観察された(オッズ比13.5 [95%信頼区間:3.2-56.9、P < 0.01])。
男性間では、手術を受けている患者のリスクが高かった(オッズ比 2.5[95%信頼区間:1.0-6.5、P = .05 ])。
結婚している男性は自殺のリスクが少なかった(オッズ比 0.3 [95%信頼区間:0.1-0.6、P = .002])。 手術を受けた膵臓がん患者の生存期間中央値は、自殺した者では2ヶ月であったのに対して、自殺しなかった者では10ヶ月であった。
結論:膵臓腺がんの男性患者の自殺リスクは、一般集団の約11倍である。 手術を受けた患者は、一般に術後早期に自殺する傾向が高い。
100,000人を1年間(100,000 person-years)追跡すると、自殺は一般集団では12.5人で、膵臓がん患者では135.4人と11倍になるという結果です。
配偶者がいない場合は、配偶者がいる場合に比べて、自殺が多いことは良く知られています。がんの診断直後や治療中に精神的にサポートしてくれる身内がいるかいないかで、自殺による死亡が影響を受けることを意味しています。
手術を受けた後に自殺する場合は、比較的早い時期に自殺することが明らかになっています。
がん診断に関連した自殺や心血管疾患による死亡は、がんの診断を受けて比較的早い時期に起こります。
スウェーデンにおける約600万人を対象にしたコホート研究では、がんと診断された患者の最初の1週間の自殺率は、がんの無いコントロール群に比べて12.6倍で、最初の1年間の自殺率は3.1倍でした。心血管疾患による死亡率は、最初の1週間が5.6倍、最初の4週間が3.3倍でした。(N Engl J Med 2012; 366:1310-1318)
時間の経過とともに、自殺率も心血管疾患の死亡率も減るということは、精神的ショックによるストレスの寄与が大きいことが考えられます。
【膵臓がんの診断前にうつ病が発生している】
「膵臓がんの診断を受けた精神的ショックや治療に伴うストレスや不安などがうつ病の原因になっている」と通常は考えると思います。
「膵臓がんのうつ病発症率が他のがんより高いのは、膵臓がんは治療が困難で、予後が極めて不良なので、それらを悲観するためだ」という考えは納得できるかもしれません。
しかし、そうでは無い可能性が報告されています。膵臓がん患者では診断される前に半数の患者がうつ病になっているという報告が複数あります。
膵臓がん患者が、がんの診断前にうつ病を発症することが多いという最初の報告は1931年まで遡ることができます。(Yaskin JC. Nervous Symptoms as Earliest Manifestations of Carcinoma of the Pancreas. JAMA. 1931;96(20):1664–8.)
この論文では、膵臓がんの診断の3〜5ヶ月前に食欲低下、倦怠感、不眠、抑うつ、精神的疲労などの抑うつ症状が観察されることが報告されています。
その後現在まで、症例報告や臨床研究などで同様の論文が多数報告されています。
今までの報告をまとめると、膵臓がん患者の半数くらいは、がんが発見される前にうつ病の症状を呈しているようです。
例えば、以下のような論文があります。
Relationship between depression and pancreatic cancer in the general population.(一般集団におけるうつ病と膵臓がんの関連)Psychosom Med. 2003 Sep-Oct;65(5):884-8.
【要旨】
目的:患者集団を対象に検討された膵臓がんとうつ病との関係を示唆する以前の研究は、リコールバイアス(記憶を想起することによる不正確性に基づくバイアス)が含まれる可能性がある。 我々は、膵臓がんとうつ病の関連性を一般集団を対象に経時的データを用いて再検討した。
方法:経時的な保険金請求データを用いた後ろ向きコホート研究を行った。
結果:精神障害のある男性は、精神異常の症状のない人よりも膵がんを発症する可能性が高い(オッズ比2.4、信頼区間1.15-4.78)。
がんの診断より前にうつ病が診断される確率は、他の胃腸系悪性腫瘍(オッズ比4.6、信頼区間1.07-19.4)または他のすべてのがん(オッズ比4.1、信頼区間1.05-16.0)よりも膵臓がんで高かった。
結論:一般集団において、うつ病と膵臓がんは関連している。
「うつ病がある人は膵臓がんになりやすい」「膵臓がんでは、がんが診断される前にうつ病を発症している人が多い」という疫学的データです。
この因果関係の解釈には、「うつ病が膵臓がんの発症を増やす」と「膵臓がんがうつ病の発症を増やす」の2つの可能性があります。
うつ病は免疫機能を低下させ膵臓がんの発症を促進する可能性はあります。しかし、最近の研究では、後者の関連性を支持しています。つまり、「体内に膵臓がんが存在するとうつ病を発症しやすくなる」ということです。
膵臓がんと診断された人の半数くらいが、膵臓がんの診断前に不安や抑うつなどの精神症状を発症しているという報告もあります。以下のような報告があります。
Psychopathology of pancreatic cancer. A psychobiologic probe.(膵臓がんの精神病理学。精神生物学的探索)Psychosomatics. 1993 May-Jun;34(3):208-21.
【要旨】
膵がん患者に見られる特徴的な精神症状に関する論文は、以前から定期的に報告されている。
この総説論文では、膵臓がん患者の約50%において、膵臓がんの診断が行われる前にうつ病または不安の症状が現れていることを明らかにした。
このレビューでは、膵臓腫瘍の精神病理学が、神経内分泌系や酸-塩基緩衝系における腫瘍誘発性変化と関連している可能性があることを提案している。
根拠はまだ十分では無いが、今まで報告された研究から、副腎皮質刺激ホルモン、副甲状腺ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、グルカゴン、セロトニン、インスリン、および重炭酸塩がこの疾患のうつ病や不安の発現において潜在的役割を果たしていることを示している。
膵臓がん患者の精神医学的症状の病態生理学の解明は、膵臓腫瘍の早期診断のためのマーカーとなるかもしれないし、うつ病および不安の発症メカニズムの解明に役立つかもしれない。
膵臓がんは発見が遅れることが多く、発見された(診断された)時点ですでにステージ4の進行がんであることが多いのが特徴です。ある程度大きくなったがん組織は宿主の生体に様々な影響を及ぼし、精神機能にも作用することを示唆しています。
【炎症性サイトカインとsickness behavior】
細菌やウイルスなどの病原菌や、体にとって害になる異物の侵入に対して、体は免疫細胞によってこれらを排除するシステムを持っています。
これらの病原菌や異物は、まずマクロファージや樹状細胞に取り込まれて分解され、その抗原となる部分がマクロファージや樹状細胞の表面に移動してきます。これを抗原提示といい、マクロファージや樹状細胞を抗原提示細胞と言います。
抗原提示細胞の表面に提示された抗原はTリンパ球によってよって認識され、その抗原を排除するために他のリンパ球を活性化します。活性化されたリンパ球には、病原菌や異物を直接殺す働きをするキラーT細胞や、B細胞からの抗体の産生を指令するヘルパーT細胞などがあります。これらのリンパ球の働きによって、病原菌や異物は処理され排除されます。
このような免疫細胞が活性化される過程で、抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞)やリンパ球(T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞)などは、サイトカインという蛋白質を産生して、お互いを制御したり活性化するための伝達物質として使っています。
サイトカインは、傷の修復や炎症反応でも重要な役割を果たしています。
つまり、サイトカインというのは、細胞の増殖、分化、細胞死などの情報を伝達し、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節を担う蛋白質です。
サイトカインは蛋白質で、リンパ球や炎症細胞などから分泌されます。サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
白血球が分泌し免疫系の調節を行なうインターロイキン、ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の働きをもつインターフェロン、様々な種類の細胞増殖因子など数百種類のサイトカインが知られています。炎症反応に関与するものを炎症性サイトカインと呼んでいます。
体内に病原菌が侵入すると、マクロファージなどの炎症細胞からインターロイキン-1(IL-1)やインターロイキン-6(IL-6)や腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)といった炎症性サイトカインが分泌され、感染部位に他の免疫細胞や炎症細胞を集め、炎症反応や免疫応答を開始します。このような反応を急性期反応(acute phase response)と言います。
急性期反応では、炎症の起こっている局所だけでなく、体全体に様々な症状が発現します。
すなわち、これらの炎症性サイトカインは、発熱、倦怠感、食欲低下を引き起こし、長期間に及ぶと、さらに、貧血、抑うつ、認知力や記憶力の低下も起こります。痛みに対しても敏感になるため痛みが増強します。
このような感染症や炎症に伴う症状をsickness behavior(病的行動)と呼ばれています。
Sickness behaviorは1980年代に、カリフォルニア大学獣医学部のBenjamin L Hart教授(現在は名誉特別教授:distinguished professor emeritus)が、病気の動物の行動の特徴として提唱しています。
sickness behaviorは炎症性サイトカイン(IL-1β, TNF-α, IL-6など)が中枢神経系に作用することによって発症すると考えられています。
抗がん剤治療中やがん末期の悪液質における倦怠感や食欲低下や抑うつなどの症状も、炎症性サイトカインが中枢神経系に作用して起こるsickness behavior と考えられています。
sickness behaviorは元来感染に対する防御応答であると理解されています。すなわち体内に侵入した細菌の増殖を抑えるために、細菌の増殖に必要な微量元素等を必要以上摂取しないようにするために食欲が低下すると説明されています。またこのような栄養が供給されないような状態に耐えるために、自らの行動を抑え、エネルギーの消耗を控えるために、行動が低下すると考えられています。
図:炎症刺激によってマクロファージやリンパ球から産生される炎症性サイトカイン(IL-1, IL-6, TNF-α)は脳に作用して、食欲低下、倦怠感、抑うつ、睡眠障害などの症状を引き起こす。これをSickness behavior(病的行動)と言う。
【膵臓がんとsickness behavior(病的行動)】
膵臓がんでは発見される前にすでにかなり増大していることが多く、がんの診断より先にSickness behavior(病的行動)の症状が発現するため、膵臓がんの診断前にうつ病の診断を受ける患者さんが多いという結果になるのかもしれません。以下のような報告があります。
Measuring sickness behavior in the context of pancreatic cancer(膵臓がんに関連したsickness behaviorの測定)Med Hypotheses. 2015 Mar; 84(3): 231–237.
【要旨】
Sickness behavior(病的行動)は、多様な原因で生じる炎症性サイトカインの活性化によって引き起こされる一連の症状を呈する症候群して広く認識されている。
Sickness behaviorの症状は大うつ病性障害(major depressive disorder)の症状と共通する部分が多く、いずれもがん患者にしばしば認められるので、これらの2つの関係について考察されている。
動物実験では十分に確立されているが、人間におけるSickness behavior(病的行動)を評価する信頼性のある有効な指標が開発されていない。そのため、人間における炎症性サイトカインとうつ病の関連に関する研究においてSickness behaviorの観点からの研究はほとんど行われていない。
我々は、Sickness behaviorを評価する測定指標(the Sickness Behavior Inventory:SBI)を開発し、その測定法の特性を調べるための予備調査を行った。
特に、ヒト血清中の免疫機能の5つのバイオマーカー(IL-6、TNF-α、IL-1b、IL-4、IL-10)とsickness behaviorの程度が有意に関連するという仮説を立てた。
研究対象は以下の4群であった。
うつ病のある膵臓がん患者(n=16)、うつ病のない膵臓がん患者(n=26)、膵臓がんの無いうつ病患者(n=7)、膵臓がんもうつ病もない健常人(n=25)。
SBIの評価で、sickness behaviorはIL-6と有意な関連を認めたが、その他の免疫マーカーとは関連を認めなかった。
これらの結果は、免疫機能、がん、うつ病、およびsickness behavior(病的行動)の間の関係をより正しく理解するために、症状の測定法をさらに洗練する必要性を強調している。
抗がん剤治療中や進行がんでのがん性悪液質で見られる倦怠感、抑うつ症状、睡眠障害、食欲低下などの症状も、sickness behaviorと同じように炎症性サイトカインの関与が重要だと考えられています。
がん患者における倦怠感、抑うつ症状、睡眠障害、食欲低下などの症状の治療には、炎症性サイトカイン(IL-1, IL-6, TNF-αなど)の産生を抑制することが重要で、その中でも特にIL-6の産生抑制が重要だという結果です。
がん患者におけるsickness behaviorとうつ病の発症には共通の要因が関与しており、それが、IL-6を中心とする炎症応答の関与が重要という結果です。
【炎症はうつ病の発症を促進する】
米国精神医学会が発行しているDSM-5(The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-5)のうつ病診断基準によると、以下の9の症状のうち5つ以上が2週間ほとんど毎日存在し、それによって社会的・職業的に障害を引き起こしている場合にうつ病と診断されます。
①抑うつ気分
②興味または喜びの著しい低下
③食欲の増加または減少、体重の増加または減少(1か月で体重の5%以上の変化)
④不眠または過眠
⑤強い焦燥感または運動の静止
⑥疲労感または気力が低下する
⑦無価値感、または過剰・不適切な罪責感
⑧思考力や集中力が低下する
⑨死について繰り返し考える、自殺を計画するなど
その他に、疼痛、性欲減退、悲観、心気症、不安などの症状もあります。
前述のように、うつ病の発症のメカニズムとして炎症の関与の重要性が指摘されています。
うつ病と炎症の関連については、以下のような点が根拠になっています。
- 多くの炎症性疾患でうつ病の発症率の増加が認められる。
- インターフェロンなどの免疫調節剤は、うつ病を発症するリスクを増大させる。
- うつ病患者では炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6、IL-1など)や炎症反応の際に肝臓から放出されるC反応性タンパク質(CRP)などの炎症性マーカーが上昇している。
- 抗炎症剤に抗うつ作用がある。
関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患や、感染症で入院した患者の半数くらい、あるいはが半数以上がうつ病の症状を呈しているという報告があります。
関節リウマチなどのTNFαの過剰な発現によって引き起こされる様々な自己免疫疾患の治療に使われるTNFα拮抗薬は、うつ病を改善することが報告されています。
インターフェロンは動物体内で病原体(特にウイルス)や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌する蛋白質です。ウイルス増殖の阻止や細胞増殖の抑制、免疫系および炎症の調節などの働きをするサイトカインの一種です。
医薬品としては、ウイルス性肝炎等の抗ウイルス薬として、 腎臓がんや多発性骨髄腫に対する抗がん剤として用いられています。
副作用としては発熱、だるさ、疲労、頭痛、筋肉痛、けいれんなどのインフルエンザ様症状、うつ病の発症があります。抑うつ症状については、インターフェロンが脳内のミクログリアを活性化することが関連しているという報告があります。
インターフェロンα(IFNα)やIL-2が免疫療法としてC型慢性肝炎やがんなどの治療に使用されています。そして、これらの治療を受けたケースではうつ病を発症するリスクが高まることが多くの論文で報告されています。IFNαによって誘発されるうつ病の有病率は10~40%と報告されています。
うつ病とサイトカインの関連を検討したメタ解析があります。
A meta-analysis of cytokines in major depression.(うつ病におけるサイトカインのメタ解析)Biol Psychiatry. 2010 Mar 1;67(5):446-57.
【要旨】
研究の背景:うつ病の有病者数は一般人口の4.4%から20%と報告されている。 多くの研究によって、うつ病は免疫系の異常および炎症反応系の活性化と関連していることが示唆されている。 我々の目的は、うつ病患者と正常者(対照)における特定のサイトカインの濃度に関するデータを定量的に解析することである。
方法:英文文献のデータベース検索(2009年8月現在)および引用文献の手動検索を行い、うつ病患者のサイトカイン濃度を測定した研究のメタアナリシスを行った。
結果:うつ病のDSM診断基準を満たす患者のサイトカインの測定を含む24件の研究をメタ解析の対象にした。
対照被験者(350人)と比較してうつ状態の被験者(438人)は、TNF-αの血中濃度が有意に高値であった(p IL-6濃度も同様に、対照被験者(400人)に比べて、うつ病患者(492人)で有意に高かった(p 結論:このメタ解析は、対照被験者と比較してうつ病の被験者では炎症促進性サイトカインのTNF-αおよびIL-6が有意に高い濃度を示すことを明らかにした。 個々の研究では、炎症性サイトカインとうつ病の関連において肯定と否定の両方の結果が報告されているが、このメタアナリシスの結果は、うつ病が炎症反応系の活性化を伴うエビデンスを強化している。
炎症性サイトカインが認知機能を低下することも報告されています。
うつ病では、注意力や記憶力や実行機能などの認知機能の低下が報告されていますが、このような認知機能の低下は炎症性サイトカインが関係している可能性が指摘されています。
IL-1βやTNFαの血中濃度と認知機能障害が正の相関を示すことが報告されています。
炎症性サイトカインは、シナプスの可塑性や恒常性などの認知機能の制御に影響します。
TNF-αなどの炎症性サイトカインの働きを阻害する薬がアルツハイマー病の治療薬として検討されています。
【炎症性サイトカインを阻害するとうつ病が軽減する】
様々な抗炎症剤が炎症やがんに伴ううつ病や認知機能障害の治療に効果が期待できます。
Celecoxib(商品名セレコックス)はシクロオキシゲナーゼ2 (COX2)を阻害することによって炎症性サイトカインの発現を阻害し、うつ病を改善することが報告されています。
ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などのω3系多価不飽和脂肪酸も抗炎症作用によってうつ病を改善することが報告されています。
サリドマイドはTNF-αの発現とIκBキナーゼを阻害してNF-κBを阻害する作用があります。動物実験でサリドマイドがうつ病を軽減することが報告されています。
活性酸素のヒドロキシラジカルを消去する分子状水素(水素ガス)がうつ症状を軽減することが報告されています。以下のような報告があります。
Molecular hydrogen increases resilience to stress in mice.(マウスにおいて分子状水素はストレスに対する回復力を高める)Sci Rep. 2017 Aug 29;7(1):9625. doi: 10.1038/s41598-017-10362-6.
【要旨】
ストレスにうまく適応できないと、うつ病につながる病理学的変化が生じる。 分子状水素は、抗酸化作用と抗炎症作用と神経保護作用を有する。しかしながら、ストレス関連障害における分子状水素の効果に関しては、まだほとんど検討されていない。 本研究は、マウスにおけるストレスに対する回復力に対する水素ガスの効果を検討することを目的としている。
複数の実験モデルにおいて、水素と酸素の混合ガス(67%:33%)の継続的な吸入が、マウスの急性および慢性のストレス誘導性の抑うつおよび不安様行動の両方を有意に減少させたことが示された。
水素と酸素の混合ガスの吸入が、慢性的な軽度のストレスに曝されたマウスにおけるコルチコステロン、副腎皮質刺激ホルモン、インターロイキン-6、および腫瘍壊死因子-α(TNF-α)の血清レベルの増加を阻止した。
最後に、幼弱齢で水素ガスを吸入すると、成熟初期齢期における急性ストレスに対する回復力が有意に高まった。これはマウスのストレス耐性に及ぼす水素の作用が長期間に及ぶことを示している。 これは、視床下部・下垂体・副腎系およびストレスに対する炎症応答を阻害することによって引き起こされると思われる。
これらの結果は、ストレス関連障害の発生を防止するための新たな治療法として分子状水素の可能性を検証する必要性を示唆している。
抗がん剤治療中や進行がんの悪液質の状態でうつ症状が強いときは、炎症性サイトカインの産生や活性を阻害する治療が有効と言えます。サリドマイド、セレコックス、ω3系多価不飽和脂肪酸(DHA/EPA)、分子状水素(水素ガス)吸入などは、がん性悪液質の軽減やうつ症状の改善に効果が期待できます。
図:がんや細菌感染や組織のダメージは炎症応答を引き起こす(①)。炎症反応で産生されるIL-1βやTNF-αや活性酸素は炎症性転写因子のNF-κBを活性化し、IL-6遺伝子の発現を亢進する(②)。炎症応答でCOX-2(シクロオキシゲナーゼ-2)の発現が誘導され、COX-2はPGE2(プロスタグランジンE2)の産生を高め、IL-6の産生を亢進する(③)。セレコキシブやω3系不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)はCOX-2活性を阻害する(④)。分子状水素(水素ガス)は活性酸素のヒドロキシラジカルを消去する(⑤)。サリドマイドはTNF-αの発現とIκBキナーゼを阻害してNF-κBを阻害する(⑥)。このような抗炎症作用はがん患者における悪液質やうつ症状を軽減する。
◎ 膵臓がんの補完・代替医療についてはこちらへ
◎ 膵臓がんの抗がん剤治療の効果を高める方法はこちらへ
(漢方煎じ薬の解説はこちらへ)
膵臓がんの補完・補完代替療法は多数の種類があります。その一部を以下の書籍でまとめています。
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