がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
541)乳酸脱水素酵素A(LDHA)と鶏血藤と五倍子とジクロフェナク
図:①がん細胞の多くは酸素を使わない解糖系での糖代謝が亢進している(左の細胞)。②この場合、グルコーストランスポーター(GLUT)から取り込まれたグルコースは解糖系でピルビン酸に変換され、乳酸脱水素酵素A(LDH-A)によってピルビン酸は乳酸に変換される。③乳酸はプロトン(H+)と一緒にモノカルボン酸トランスポーター4(MCT4)によって細胞外に排出される。④がん組織の中にはミトコンドリアで酸素呼吸を行っているがん細胞もいる(右の細胞)。⑤この細胞はモノカルボン酸トランスポーター1(MCT1)によって細胞外の乳酸を取込み、乳酸脱水素酵素B(LDH-B)で乳酸はピルビン酸に変換され、⑥TCA回路でさらに代謝されてATPを産生する。がん組織内では、グルコースを多く取り込んで解糖系主体のエネルギー産生行っているがん細胞と、乳酸をエネルギー源として再利用して酸素呼吸を行っているがん細胞が共生している。LDH(乳酸脱水素酵素)は正常細胞の働きには必要性は低いので、LDHの発現や活性を阻害することはがん治療のターゲットとして有望と考えられている。
541)乳酸脱水素酵素A(LDH-A)と鶏血藤と五倍子とジクロフェナク
【漢方薬だけでがんが縮小する例がある】
がん治療における漢方治療の目的は2つに大別できます。
一つは症状の改善です。この場合は、食欲低下には「六君子湯(りっくんしとう)」、下痢には「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」、抗がん剤による骨髄抑制には「十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)」のように古くから使用されている処方を参考にしながら、症状や体質に応じて処方(生薬の組合せ)を決めます。
もう一つは薬草(生薬)の成分による抗がん作用の利用です。植物には様々な毒が含まれており、そのような毒性物質や薬効成分を使って、がん細胞の増殖や転移を抑制したり、がん細胞の細胞死を誘導できます。この場合は、症状や体質は関係なく、あくまでも生薬成分による薬理作用の利用になります。
西洋医学専門の医師は、漢方薬だけでがんが縮小することは信じないと思います。しかし、漢方薬でがん細胞の増殖が抑制されることは珍しいことではなく、がんが縮小することもよく経験します。ただしこの場合は、抗がん作用を持つ成分を含む生薬を多く使う必要があります。
漢方薬が抗腫瘍効果を示すメカニズムとして免疫細胞の活性化、がん細胞の増殖や分化やアポトーシスのシグナル伝達系への作用などが挙げられます。
野菜や薬草や生薬などの植物から、がん細胞の増殖を抑制したり、アポトーシスや細胞分化を誘導するような成分も見つかっています。現在使用されている抗がん剤のなかにも、植物由来成分から開発されたものが数多くあります。
例えば、抗がん剤の分類の中に「植物アルカロイド」と言われるものがあります。アルカロイド(alkaloid)という言葉は「アルカリ様」という意味ですが、窒素原子を含み強い塩基性(アルカリ性)を示す有機化合物の総称です。植物内でアミノ酸を原料に作られ、植物毒として存在しますが、強い生物活性を持つものが多く、医薬品の原料としても利用されている成分です。
モルヒネ、キニーネ、エフェドリン、アトロピンなど、医薬品として現在も利用されている植物アルカロイドは多数あります。
抗がん剤として使用されている植物アルカロイドとして、キョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるビンクリスチンやビンブラスチン、イチイ科植物由来のパクリタキセルなどがあります。塩酸イリノテカンは中国の喜樹という植物から見つかったカンプトテシンという植物アルカロイドをもとに改良された誘導体です。1940年代から2014年末までに175種類の抗がん剤が世界中で認可され、そのうち131(75%)は合成薬以外のもので、85(49%)は天然薬あるいは天然薬から由来する成分であったと報告されています。[出典:Natural Products as Sources of New Drugs from 1981 to 2014.(1981年から2014年までの新薬の材料としての天然物)J Nat Prod. 2016 Mar 25;79(3):629-61.]
これは、がん縮小作用のある薬草や生薬が数多く存在することを意味しています。
抗がん剤開発の過程では、生薬を始め多くの薬草の抗がん活性がスクリーニングされてきました。しかし生薬の抗がん作用のスクリーニングの過程では培養したがん細胞を直接死滅させる効果や、ネズミに移植したがんを縮小させる効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても延命効果という面から有用な植物成分の多くが見逃されてきました。
植物に含まれる抗がん作用をもつ成分の多くは、腫瘍縮小率から評価すると、化学薬品の抗がん剤の効果に及ばないのですが、副作用が少なくしかも腫瘍の増殖を有意に抑制できるようなものは腫瘍の退縮につながります。
腫瘍縮小率が0であっても、がん細胞を休眠状態にもっていけるものであれば延命効果は期待できます。このような薬剤は、従来の抗がん剤の評価法では無効と分類されるものですが、がんとの共存を目指す治療においては極めて有用と考えられます。
がん予防効果が証明されているビグアナイド(メトホルミンなど)やアスピリンも植物から見つかったものです。植物はがんの予防や治療に有効な成分の宝庫なのです。
植物の抗がん作用の作用機序として従来は、免疫力を高める作用や抗炎症作用や抗酸化作用、あるいはアポトーシスを誘導する作用や細胞分化を誘導する作用などが言及されてきました。
最近では、がん細胞の増殖メカニズムが明らかになってくるにつれ、増殖や細胞死や転移に関わるシグナル伝達経路や転写因子や遺伝子発現調節(DNAメチルやヒストンアセチル化によるエピジェネティクス)などが具体的なターゲットとして研究されています。このような作用機序による抗がん作用は、がん細胞を直接死滅させる効果は弱いのですが、副作用が少ない条件でがん細胞の増殖抑制や分化誘導などの効果が期待されています。
がん細胞の代謝の特徴である解糖系の亢進を抑制する作用メカニズムも重要です。生薬の成分には、グルコーストランスポーターやヘキソキナーゼや乳酸脱水素酵素などを阻害する成分が見つかっています。
【がん細胞では乳酸脱水素酵素Aの発現と活性が亢進している】
細胞内に取り込まれたグルコースは、解糖系で代謝されてピルビン酸まで分解されます。その後、正常細胞では、酸素が使える状況ではピルビン酸はミトコンドリアに入り、ピルビン酸脱水素酵素によってアセチルCoAに変換されてTCA回路でさらに代謝されます。低酸素の状況では、ピルビン酸は細胞質で乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase: LDH)によって乳酸に変換されます。
一方がん細胞では、酸素が十分に使える状況でも、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)が抑制されており、ピルビン酸はミトコンドリアに入らずに、細胞質内の乳酸脱水素酵素によって乳酸に変換されます。
図:グルコースが解糖系でピルビン酸まで分解されたあと、酸素があればミトコンドリアでピルビン酸脱水素酵素(Pyruvate Dehydrogenase; PDH)によってアセチルCoAに変換されてTCA回路でさらに代謝され、電子伝達系(呼吸鎖)でATPが産生される。酸素が無い条件では、ピルビン酸は乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase; LDH)によって乳酸に変換される。がん細胞では、LDHの活性が亢進し、PDHの活性は抑制されており、酸素が十分に使える状況でも、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)は抑制され、乳酸産生が亢進している。
LDHにはLDH-AとLDH-Bの2つのサブタイプがあります。
LDH-Aは骨格筋タイプあるいはLDH-Mとも言い、ピルビン酸から乳酸の変換に適しています。骨格筋では通常は有酸素でミトコンドリアでの代謝が中心ですが、短距離ダッシュのような無酸素での運動では骨格筋で嫌気性解糖によるエネルギー産生が起こるのでLDH-Aが必要になります。
一方、LDH-Bは心臓タイプあるいはLDH-Hとも言い、乳酸からピルビン酸の変換に適しています。心臓では、血中の乳酸もエネルギー源に利用するので、乳酸からピルビン酸に変換するLDH-Bが必要になります。
図:乳酸脱水素酵素(LDH)はピルビン酸から乳酸への変換を促進するLDH-Aと、乳酸からピルビン酸への変換を促進するLDH-Bの2つのタイプがある。
LDH-Aはがん治療のターゲットになります。それは好気性解糖(ワールブルグ効果)が亢進しているがん細胞ではLDH-Aの発現が亢進しているのに対して、正常細胞では骨格筋にしか発現していないためです。
LDH-Aは骨格筋で嫌気性解糖を行うときしか必要ないので、短距離ダッシュのように無酸素の運動をしなければ、LDH-Aは正常細胞では無くても構わないと言えます。実際にLDH-Aの遺伝子が欠損していても、大した異常は起こらないことが報告されています。
多くのがん細胞でLDH-Aの発現亢進が認められています。LDH-Aは低酸素誘導因子-1(HIF-1)によって発現が誘導されます。がん細胞ではHIF-1の発現が亢進しており、LDH-Aの発現が亢進しています。
【乳酸脱水素酵素Aの発現量は予後不良のマーカー】
LDHの血中濃度が高いほど予後不良というデータが多数報告されています。
がん細胞のLDHの活性が高いほど、乳酸とプロトンの産生が増加しており、がん組織の酸性化が亢進し、このような状況はがん細胞の浸潤性を亢進します。
つまり、がん細胞のLDH活性亢進→がん組織の酸性化亢進→がん細胞の浸潤性亢進→したがって予後不良になる、というストーリーです。
進行がんの患者における血中のLDHの多くは死滅したがん細胞に由来するので、血中のLDHの値が高いほど、がんの進行が進んでいるということになります。以下のような報告があります。
Prognostic relevance of lactate dehydrogenase in advanced pancreatic ductal adenocarcinoma patients(進行した膵管腺がん患者における乳酸脱水素酵素と予後との関係)BMC Cancer. 2017; 17: 25.
【要旨】
背景:治療前の乳酸脱水素酵素(LDH)の血清濃度が予後と関連することは、多くのがん種において確かめられている。しかし、膵臓がんに関しては、十分な検討が行われていない。
本研究では、抗がん剤治療を受けたあるいは受けなかった進行した膵管腺がん患者を対象に血清LDH値と生存率との関連を検討した。
2012年から2013年に診断された局所進行あるいは転移のある膵管腺がん患者135例を対象に検討した。
LDH値は膵臓がんの病理学的確定診断が決定後、20日以内に測定した。
結果:考えられる交絡因子を調整して解析した結果、抗がん剤治療を受けた進行膵管腺がん患者において、治療前のLDH値が250 U/L以上では、死亡のハザード比は2.47(95%信頼区間:1.28–4.77)であった。しかし、抗がん剤治療を受けていない患者群では、LDH高値は死亡率と有意な相関を認めなかった。(調整ハザード比 = 1.57; 95% 信頼区間: 0.83–2.96)
抗がん剤治療を受けた群では、LDHが500 U/L以上では、死亡のリスクが顕著に高くなった。
結論:抗がん剤治療を受けた膵管腺がん患者では、治療前のLDH値は予後と有意な関連を認めた。進行した膵管腺がん患者の抗がん剤治療前に、上昇したLDH値を低下させることは、膵臓がん患者の生存率を高める上で有望な対応かもしれない。今回の結果を確かめる目的で、より大規模な前向き臨床試験を実施する必要がある。
LDHの活性が高いと、抗がん剤は効き目が弱くなり、副作用が相対的に大きくなるので、LDHが高い場合は抗がん剤を受けると早く死ぬということかもしれません。
膵臓がんで血清中のLDHの値が高いときは抗がん剤治療のメリットは無いかもしれません。がん細胞の解糖系を抑制し、ミトコンドリアを活性化し、HIF-1の活性を抑制してLDHの発現を低下させ、がん組織の酸性化を改善することが重要だと思います。
Serum lactate dehydrogenase and survival following cancer diagnosis.(乳酸脱水素酵素の血清中濃度とがん診断後の予後)Br J Cancer. 2015 Nov 3;113(9):1389-96.
【要旨】
背景:幾つかのがん種において、乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase : LDH)の血清中濃度が高いと全生存期間が短くなるという報告がある。しかし、LDHの血清中濃度とがん関連の生存との関連は明らかでない。
方法:1986年から1999年の期間にがんと診断された7895例の患者を対象にして検討した。がんの診断の3年以内の血清LDHの結果を集め、全死亡およびがん関連死亡との関連を解析した。
結果:追跡期間の終わりまでに5799人が死亡した。がん診断前のLDHが低い群に比べてLDH値が高い群では、全死因による死亡のハザード比は1.43(95%信頼区間:1.31-1.56)、がん関連死因による死亡のハザード比は1.46(95%信頼区間:1.32-1.61)であった。
部位別の解析では、前立腺がん、肺がん、結腸直腸がん、胃・食道がん、婦人科腫瘍、血液腫瘍において、LDH高値はがん関連死亡率と正の相関を認めた。
血清LDH値の高値が得られた時期ががん診断の時期に近いほど、LDH高値は全死因による死亡およびがん関連死亡との関連が強く認められた。
結論:血清LDHの値はがん関連死亡と相関しており、がん進展におけるLDH高値の関連が推定された。
76件の研究のメタ解析を行った報告もあります。
Prognostic role of lactate dehydrogenase in solid tumors: a systematic review and meta-analysis of 76 studies.(固形がんにおける乳酸脱水素酵素と予後との関係:76件のメタ解析と系統的レヴュー)Acta Oncol. 2015 Jul;54(7):961-70.
【要旨】
背景:がん細胞では、代謝が好気性解糖にシフトし、エネルギー源としてグルコースの取込みが亢進し、乳酸の産生が増えている。乳酸脱水素酵素(LDH)がピルビン酸から乳酸への変換を触媒する。進行したがんや血液腫瘍では血清中のLDHの値は上昇している。固形がんにおける血清中のLDHの値と予後との関連を検討した。
対象と方法:固形がんにおける血清LDH値と予後との関連を検討した論文を検索し、メタ解析を行った。
結果:76件の研究の22,882人が対象で、主に進行したがん患者であった、LDH値が高いほど全死因死亡率が高かった(ハザード比1.7: 95%信頼区間1.62-1.79)
LDHと予後との関連は、腎臓がん、メラノーマ、胃がん、前立腺がん、鼻咽頭がん、肺がんで強く認めた。
結論:固形がん、特にメラノーマ、前立腺がん、腎臓がんにおいて、血清LDH値の高値は予後不良との関連を認めた。転移性のがんにおいて、血清LDH値は予後を推定する安価で有用なマーカーとして使用できる。
乳酸脱水素酵素(LDH)はほとんどの細胞に含まれていますが、特にLDHが多く含まれている臓器は、肝臓、腎臓、心筋、骨格筋、赤血球などです。
肝臓や心臓などの臓器に異常が起き細胞が死滅すると血液中にLDHが流れ出して、LDH値が高い状態を示すようになります。
がん以外では、急性肝炎や心筋梗塞、うっ血性心不全、進行性筋ジストロフィー症、溶血性貧血などのときに著しくLDHが増加します。
多くのがんでLDHは上昇します。がん細胞は正常細胞よりLDHの発現量が多いからです。がんが大きくなると、がん組織の中で死滅する細胞も増えるので、血中にLDHが流出して血清LDH値が高くなります。
したがって、血清LDHの値はがんの進行のマーカーとなり、予後とも関連することになります。
【乳酸脱水素酵素Aを阻害すると抗がん剤感受性が亢進する】
タキソールに抵抗性のがん細胞に、乳酸脱水素酵素Aを阻害する薬を投与するとタキソールに感受性になる(抵抗性が減弱する)ことが報告されています。
Warburg efefct in chemosensitivity: Targeting lactate dehydrogenase-A re-sensitizes Taxol-resistant cancer cells to Taxol.(抗がん剤感受性におけるワールブルグ効果:乳酸脱水素酵素Aを阻害するとタキソール抵抗性のがん細胞をタキソールに感受性にできる)Molecular Cancer 9:33, 2010
【要旨】
背景:タキソールは乳がんの治療に有効な抗がん剤の一つである。投与初期にはその抗腫瘍効果が顕著であるが、多くの場合、がん細胞はタキソールに抵抗性を獲得してくる。乳酸脱水素酵素Aは乳酸脱水素酵素のアイソフォームの一つで乳腺組織に多く発現している。この酵素はグルコースの嫌気性解糖系においてピルビン酸から乳酸を作るときに働く。この研究では、乳がん細胞におけるタキソール抵抗性の獲得における乳酸脱水素酵素Aの役割を検討した。
結果:ヒト乳がん細胞株のMDA-MB-435から、高濃度のタキソール存在下で増殖するタキソール抵抗性のサブクローンを得た。このタキソール抵抗性の乳がん細胞株は、もとのMDA-MB-435と比べて、乳酸脱水素酵素の量と活性が高くなっていた。タキソール抵抗性の乳がん細胞に乳酸脱水素酵素Aの阻害剤のoxamate(オキサミン酸:ピルビン酸と拮抗して乳酸脱水素酵素を阻害する)を投与すると、タキソールに対する抵抗性が減弱し、オキサミン酸とタキソールを併用すると、タキソール抵抗性の乳がん細胞のアポトーシスが相乗的に増強した。
結論:乳酸脱水素酵素Aは乳がん細胞のタキソール抵抗性の獲得に重要な働きを行っている。乳酸脱水素酵素Aを阻害すると、タキソール抵抗性の乳がん細胞をタキソール感受性に変えることができる。つまり、ワールブルグ効果がタキソール抵抗性の原因の一つになっていることをこの研究結果は示しており、乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害することはタキソールの感受性を高める上で有効な方法である。
がん細胞のタキソールに抵抗性を示すためには、タキソールを排出する細胞のポンプ作用亢進が関与していますが、それには多くのエネルギーが必要です。がん細胞はエネルギーの多くを嫌気性解糖系で産生しており、その生化学反応を行うのが乳酸脱水素酵素です。この乳酸脱水素酵素を阻害すれば、がん細胞はエネルギー産生が低下し、タキソールを細胞外に排出することができなくなるので、タキソールに感受性になると考えられています。
オキサミン酸はピルビン産と拮抗して乳酸脱水素酵素を阻害する実験に使用しますが、人間では安全性が確かめられていませんので、使用されていません。現時点で、LDH-Aの活性を阻害剤は医薬品として使用できるものはありません。最近、生薬の成分にLDH-Aの活性を阻害するものが見つかっています(後述)。
【乳酸脱水素酵素Aの阻害は酸化ストレスを高める】
乳酸脱水素酵素(Lactate Dehydrogenase: LDH)は嫌気性解糖系の最終段階であるピルビン酸 ⇔ 乳酸の反応を触媒する酵素です。
乳酸脱水素酵素を阻害すると、嫌気性解糖系でのエネルギー産生が低下し、がん細胞の酸化的ストレスが増大し、腫瘍の増大が抑えられることが報告されています。
Inhibition of lactate dehydrogenase A induces oxidative stress and inhibits tumor progression (乳酸脱水素酵素Aの阻害は酸化ストレスを増大し、腫瘍の進展を阻害する)PNAS 107(5):2037-2042, 2010
【要旨】
がん細胞における遺伝子変異と腫瘍組織の低酸素によって、がん細胞の多くはグルコースを大量に取り込み乳酸の産生量が高まっている。この反応はグルコースから解糖系酵素で産生されたピルビン酸から乳酸を作る乳酸脱水素酵素Aの作用によって行われるが、この乳酸脱水素酵素Aはがん遺伝子のc-Mycと低酸素に反応して発現するhypoxia-inducible factor 1(HIF-1:低酸素誘導性因子)によって発現が誘導される。
これまでの研究によって、乳酸脱水素酵素Aの発現亢進ががんの発生に重要な役割を果たすことが明らかになっているが、がんの維持や進展における乳酸脱水素酵素Aの関与や、乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害すると発がんやがんの進展が抑えられるのかどうかなど不明な点も多い。
この研究では、乳酸脱水素酵素Aの発現と活性を阻害すると、細胞内ATP量が減少し、酸化的ストレスが増大し、細胞死が誘導されることが示された。この効果は抗酸化剤のN-アセチルシステインによって部分的に阻害された。
がんを移植したマウスに乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害する物質(FA11)を投与すると、移植したヒト悪性リンパ腫や膵臓がんの増殖が抑制された。
以上の結果から、乳酸脱水素酵素Aの活性を阻害すると、がん細胞を死滅させることができることが明らかになった。
正常細胞では、低酸素状態になると低酸素誘導因子-1(HIF-1)が活性化され、乳酸脱水素酵素Aの発現が誘導されて、嫌気性解糖系が亢進することになります。
がん細胞では、低酸素がなくてもHIF-1の発現と活性が亢進しており、HIF-1の転写活性によって解糖系酵素のヘキソキナーゼ、乳酸脱水素酵素A、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性が亢進し、解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸素呼吸が抑制されています。これががん細胞の代謝の特徴です。(下図)
図:低酸素誘導因子(HIF-1)によって発現誘導や活性亢進される因子を図中の黄色地で赤字で示している。HIF-1はグルコース・トランスポーター(GLUT)の量を増やしてグルコースの取込みを増やす。ヘキソキナーゼ(HK)の量を増やして解糖系を亢進しグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)を増やしてペントース・リン酸経路を活性化する。乳酸脱水素酵素(LDH)の量を増やしてピルビン酸から乳酸への変換を促進し、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)を誘導してピルビン酸脱水素酵素を阻害して、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制する。乳酸を細胞外に排出するモノカルボン酸トランスポーター-4(MCT4)や血管新生を促進する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現を誘導する作用もある。これらの作用によって、がん細胞では解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制され、血管新生や免疫抑制や結合組織の分解などによって、増殖や浸潤や転移が促進される。
酸化ストレスはがん細胞の増殖や浸潤や転移を阻害します。(505話参照)
したがって、LDH-Aの阻害は、解糖系を抑制し、酸化ストレスを高めて、がん細胞の増殖を抑えます。
【乳酸脱水素酵素A阻害とメトホルミンの相乗的な抗がん作用】
糖尿病治療薬のビグアナイド(メトホルミンなど)はミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iを阻害して、がん細胞のATP産生を低下させ、活性酸素の産生を高めます。したがって、メトホルミンと乳酸脱水素酵素A(LDH-A)の阻害が相乗的な抗腫瘍効果が期待できると思われます。以下のような報告があります。
Synergistic Anti-Cancer Effect of Phenformin and Oxamate.(フェンホルミンとオキサミン酸の相乗的抗がん作用)PLoS One. 2014; 9(1): e85576.
【要旨】
抗糖尿病薬のフェンホルミン(Phenformin)と乳酸脱水素酵素(LDH)阻害剤のオキサミン酸(oxamate)を併用した場合の抗がん作用を検討した。
培養細胞を使ったin vitroの実験では、フェンホルミンの抗腫瘍効果は、別のビグアナイドで抗がん作用が報告されているメトホルミンより、様々ながん細胞株に対して25倍から1500万倍も強かった。
フェンホルミンの抗がん作用はミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iの阻害と、それによる活性酸素の産生増加によるものであった。
オキサミン酸(oxamate)を添加すると、そのLDH阻害作用によってビグアナイドの主要な副作用である乳酸の産生を阻害した。さらに、ATPの産生を阻害し、活性酸素種の産生を亢進することによって細胞死を亢進した。
フェンホルミン+オキサミン酸の組合せの方が、フェンホルミン+LDH遺伝子ノックダウンよりもより抗腫瘍効果は高かった。
マウスを使った動物実験において、フェンホルミンとオキサミン酸の併用は腫瘍細胞のアポトーシスを促進し、腫瘍の大きさとPET検査での18F-フルオロデオキシグルコースの取込みを減少させた。
以上の結果から、フェンホルミンはメトホルミンより強い抗腫瘍を示すことが示された。さらにフェンホルミンとオキサミン酸の併用は、ミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iの阻害と、細胞質における乳酸脱水素酵素の阻害の相乗効果によって抗腫瘍効果を増強することが示された。
オキサミン酸は人間に対する毒性の問題から、臨床では使えません。
ビグアナイドのフェンホルミンは1957年に発売されましたが、1970年代に致死的な乳酸アシドーシスを引き起こすこと分かり、1977年に米国で販売中止となり、その後、日本を含む多くの国で販売中止となっています。したがって、フェンホルミン+オキサミン酸の組み合せのがん治療はできません。
しかし、この論文は、LDH-Aの阻害とビグアナイドの併用は相乗的な抗腫瘍効果を発揮する可能性を示しています。
ビグアナイドのメトホルミンもフェンホルミンも乳酸アシドーシスを引き起こす副作用があります。一方、乳酸脱水素酵素-Aの阻害剤は乳酸の産生を阻害することによって乳酸アシドーシスの発症を予防できます。
ミトコンドリアを活性化するジクロロ酢酸ナトリウムも乳酸アシドーシスを予防します。
したがって、メトホルミンとジクロロ酢酸とLDH-A阻害剤の組合せは、がん細胞の増殖を抑制し、乳酸アシドーシスの副作用を予防できることになります。
フェンホルミンはメトホルミンより抗がん作用が強く、LDH-A阻害剤と併用すればフェンホルミンの副作用で問題になっている乳酸アシドーシスが予防でき、さらに抗腫瘍効果も高まるというのが、この論文の趣旨ですが、フェンホルミンは発売中止なので、メトホルミンを使用するしかないようです。
【鶏血藤と五倍子の乳酸脱水素酵素A阻害作用】
LDHA遺伝子が完全に欠損しても、重篤な異常はおきないと報告されています。したがって、LDH-Aの阻害は副作用が少ないと言えます。
一方、がん細胞の場合は、LDH-Aの阻害はミトコンドリアの酸素呼吸を亢進して、活性酸素の産生が増え、アポトーシスで死滅します。
つまり、正常細胞はLDH-Aは阻害されても困らないが、がん細胞の場合は、LDH-Aの活性阻害は死滅にいたるということです。
LDH-Aの阻害剤は正常組織に有意な毒性は示さないので、LDH-Aの阻害剤の開発は抗がん剤として有望と考えられていますが、現時点で使用できる医薬品はありません。
植物成分からLDH-A阻害作用のある成分が見つかっています。
綿実(cotton seed)に含まれるGossypolというポリフェノールの一種は抗菌作用や殺虫作用があり、男性の精子を減少させる働きがあり、男性が摂取すると避妊作用が得られるとされています。膣用の精子殺剤として女性の避妊に使われることもあります。
さらに抗がん作用が報告され、その作用メカニズムの一つにLDH-Aの非選択的な拮抗阻害作用が報告されています。
しかし、Gossypolには不整脈、腎不全、脱力、麻痺などの重篤な副作用を示すことが明らかになって、抗がん剤としての開発は中止されています。
Gallic acid(没食子酸)の誘導物質のGalloflavinはLDH-AとLDH-Bに直接結合することによって酵素活性を阻害することが報告されています。Galloflavinは、がん細胞の酸素呼吸は阻害せずに、好気性解糖を阻害してがん細胞のアポトーシスを誘導することが報告されています。
鶏血藤(Spatholobus suberectus)のエキスがLDH-Aの活性を阻害することが報告されています。
Bioactivity-Guided Identification and Cell Signaling Technology to Delineate the Lactate Dehydrogenase A Inhibition Effects of Spatholobus suberectus on Breast Cancer.(生理活性による同定と細胞シグナル手法により明らかになった乳がん細胞における鶏血藤の乳酸脱水素酵素A阻害作用)PLoS One. 2013; 8(2): e56631.
マウスに乳がん細胞を移植した実験系で、1日体重1kg当たり1gの鶏血藤の投与で腫瘍の縮小を認め、LDH-Aの発現抑制を認めたと報告しています。マウスの1g/kg/日は、人間では160mg/kg/日に相当するので、体重60kgで1日約10g程度なので、使用可能な量です。
鶏血藤(ケイケットウ)はマメ科のつる性植物の茎を用いますが、その基原植物は地域によって様々で、ムラサキナツフジ(昆明鶏血藤;Millettia reticulata)、白花油麻藤(Mucuna birdwoodiana)、蜜花豆(Spatholobus suberectus)、香花岩豆藤(Millettia dielsiana)などの植物が用いられています。このように基原植物は複数ありますが、赤い色素(樹脂)を含み、切ると赤い汁が出ることから「鶏血藤」の名があります。
茎にはフェノール性成分、アミノ酸、糖類、鉄分、樹脂などが含まれます。
味は苦、性は温で、漢方では、補血・行血・舒筋活絡の効能があります。
補血と行血によって血液循環を良くし、舒筋と活絡によって鎮痛作用を発揮します。
血液循環の改善や鎮痛に用いられており、中国では月経不調、腰膝の疼痛、リウマチ、手足の麻痺などの症状に利用されています。
がん治療においては、抗がん剤治療や放射線治療による白血球減少を改善する効果が報告されています。鶏血藤を10~20g程度煎じて服用すると、3~4日すると白血球が増えてくるとと言われています。効果は速効性で持続します。
肝障害の予防にも効果があることが動物実験で報告されています。
鶏血藤は1980年代以前は、中国医学ではあまり注目されていませんでした。しかし、補血・行血・舒筋活絡の効能から、血行障害に起因する痛みやしびれや麻痺に有効で、さらに放射線や抗がん剤治療による白血球減少に対して非常に良い治療効果を示すことが報告され、中国医学や漢方で多く利用されるようになりました。
抗がん剤や放射線治療で、貧血や白血球や血小板の減少、手足のしびれや痛みがあるとき、鶏血藤10~20gに、さらに補気薬(人参・黄耆・大棗)、補血薬(当帰・地黄・枸杞子・竜眼肉)、駆瘀血薬(桃仁・紅花・延胡索・牛膝・赤芍・川芎)などを併用すると効果が期待できます。さらに、免疫力を高める霊芝、梅寄生、茯苓、猪苓などサルノコシカケ科のキノコの生薬も併用すると有用です。
例えば、抗がん剤や放射線治療による白血球減少には、鶏血藤15g、黄耆15g、当帰10g、大棗10g、竜眼肉10g、何首烏10g、梅寄生10gなどを加えて煎じて服用します。
がん性疼痛やしびれには、鶏血藤15g、当帰10g、川芎10g、牛膝9g、延胡索9gなどを煎じて服用すると効果があります。
黄耆(オウギ)・大棗(タイソウ)・茯苓(ブクリョウ)・鶏血藤(ケイケットウ)をそれぞれ18gづつ加えた漢方薬エキスを、白血球数が3500以下の患者50人に20~30日間投与すると、56%の人が白血球数が4000以上増加し、24%の人は1000以上増加したという臨床試験の結果が報告されています。(50 cases of agranulocytosis treated with soluble powder of astragalus and jujube, Journal of Traditional Chinese Medicine 1985; 26(3): 33-34.)
体力や食欲や免疫力が低下(脾虚・気虚)したがん患者242人(主に胃がんや大腸がん)に、1日当たり黄耆30g、鶏血藤30g、茯苓15g、枸杞子15g、太子参15g、女貞子15g、菟糸子(としし)15gからなる漢方薬を服用させると、2~3日後には、マクロファージやリンパ球の働きが活性化され、末梢血のナチュラルキラー細胞活性が著明に上昇したという報告があります。この処方は上記の処方の大棗を枸杞子・太子参・女貞子・菟糸子の4種類に代えたものです。(Observation on immunofunction of spleen-deficiency tumor patients treated with Sheng Xue Tang, Chinese Journal of Traditional and Western Medicine 1991; 11(4): 218-219.)
中医学で白血球減少の治療に使われている28種類の処方のうち、黄耆は21処方、鶏血藤は20処方、丹参が13処方、補骨脂が12処方、当帰が11処方という報告があります。10処方以下の生薬には、女貞子、大棗、枸杞子などがあります。(Treatment of granulocytopenia with Traditional Chinese Medicine, Zhongyiyao Yanjiu 1994; 3: 63-64.)
このような生薬を使用した処方は、抗がん剤治療中の患者に使用すると、白血球減少の著明な改善が80%以上で認められるという報告があります。
鶏血藤は補血と駆瘀血作用によって造血作用(特に白血球増加)と血液循環を良くし、さらに鎮痛作用や抗がん作用もあるので、がんの漢方治療に使用頻度が高い生薬の一つで、多めの量を使用すると治療の副作用軽減と抗腫瘍効果増強に有効です。
さらに、LDH-Aの発現阻害も期待できるとすると、漢方処方に1日10g程度を加える根拠になります。(218話参照)
生薬の五倍子に含まれるガロタンニンがLDH-Aの活性を阻害するという報告があります。
High-Throughput Screening to Identify Plant Derived Human LDH-A Inhibitors(植物由来のヒトLDH-A阻害剤を同定するための高速大量スクリーニング)European J Med Plants. 2013; 3(4): 603–615.
High-Throughput Screening(高速大量スクリーニング)というのは、「高度にシステム化した方法で短期間に多数の化合物を生化学的に評価して、薬効物質を見つける探索法(スクリーニング法)です。
この論文では、900種類の植物のエキスをスクリーニングして、五倍子 (Melaphis chinensis gallnut)に強いLDH-A阻害活性を認めたと報告しています。
五倍子のLDH-Aの阻害作用の活性成分としてガロタンニンが同定されています。
1,2,3,4,6-Penta-O-galloylglucose within Galla Chinensis Inhibits Human LDH-A and Attenuates Cell Proliferation in MDA-MB-231 Breast Cancer Cells(五倍子の1,2,3,4,6-ペンタガロイルグルコースはヒトLDH-Aを阻害し乳がん細胞MDA-MB-231の増殖を抑制する)Evid Based Complement Alternat Med. 2015; 2015: 276946.
五倍子とは、ヌルデの若葉に寄生したヌルデシロアブラムシの刺激によって、植物体の保護成分であるタンニン酸が集中し、その部分が膨らんだもので、いわゆる虫こぶの一種です。タンニンを多く含み、インク・染料の製造に用い、昔はお歯黒に用いられました。
ガロタンニン(Gallotannin)は、加水分解型タンニンの一種で、ポリフェノールモノマーの没食子酸がエステル化し、グルコースのようなポリオール炭水化物の水酸基と結合することで形成されます。
五倍子に含まれるガロタンニンの一種の1,2,3,4,6-ペンタガロイルグルコースがLHD-Aを阻害するという報告です。
【ジクロフェナクのLDH-A阻害作用】
ジクロフェナクは商品名がボルタレンというポピュラーな消炎鎮痛剤です。以下のような報告があります。
Diclofenac inhibits lactate formation and efficiently counteracts local immune suppression in a murine glioma model.(ジクロフェナクはマウスのグリオーマの実験モデルにおいて、乳酸産生を阻害し、免疫抑制を効率的に解除する)Int J Cancer 132(4): 843-853, 2013年
【要旨】
悪性のグリオーマ(神経膠腫)のように増殖活性が高い腫瘍組織で増加している乳酸産生は生存率の低下(予後不良)と密接に関連し、さらに腫瘍局所の免疫応答の抑制を引き起こす要因となっている。
この論文では、培養細胞を用いたvi vitroの実験系において、ジクロフェナクが毒性を引き起こさないレベルの濃度でマウスのグリオーマ細胞における乳酸産生量を顕著に減少させることを示し、そのメカニズムとして乳酸脱水素酵素-A(lactate dehydrogenase-A)の発現を阻害する作用との関連を報告した。
乳酸産生の減少と同時に、用量依存的な細胞増殖の阻害とG2/Mチャックポイントでの細胞周期の停止も認められた。
マウスの骨髄由来樹状細胞とグリオーマ細胞を一緒に培養する実験系において、骨髄由来樹状細胞をToll様受容体をR848で刺激する際にジクロフェナクを添加すると、樹状細胞からのIL-12の産生分泌が亢進し、IL-10(免疫抑制性に作用するサイトカイン)の産生は抑制された。この際、グリオーマ細胞の乳酸産生は減少し、STAT-3(シグナル伝達兼転写活性化因子3:Signal Transducers and Activator of Transcription-3)のリン酸化が阻害された。
グリオーマの移植腫瘍を用いた動物実験では、ジクロフェナクを投与すると腫瘍内の乳酸濃度は低下し、グリオーマの増殖速度も明らかな抑制を認めた。
腫瘍組織から採取した腫瘍に浸潤している樹状細胞は、R848による刺激でIL-12を産生する能力を示した。
さらに、ジクロフェナクは腫瘍組織に浸潤している制御性T細胞(免疫細胞の活性を抑制する作用を示すT細胞)の数を減らし、制御性T細胞の活性化のマーカーであるCD25の発現を抑制した。
しかしながら、R848とジクロフェナクの腫瘍内への注入は、グリオーマ移植マウスの生存をさらに延長させる効果は認められなかった。
さらに検討すると、T細胞を活性化するときにジクロフェナクが存在するとT細胞からのINF-γの産生とT細胞の増殖を阻害した。これは、がんの免疫療法を行うとき、ジクロフェナクの投与の時期に注意する必要があることを示している。
以上をまとめると、ジクロフェナクはがん組織からの乳酸産生を抑制することによって、悪性神経膠腫における免疫抑制状態を改善する薬として興味深い作用を有している。
以下のような論文もあります。
New Aspects of an Old Drug – Diclofenac Targets MYC and Glucose Metabolism in Tumor Cells. (古い薬の新しい効果:ジクロフェナクはがん細胞のMYCとグルコース代謝をターゲットにする)PLoS One. 2013; 8(7): e66987.
【要旨】
ジクロフェナクのような非ステロイド性抗炎症剤は強力な抗がん作用を示す。現在まで、これらの作用は主にシクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害作用との関連で議論されてきた。
この論文では、ジクロフェナクの新規のCOXに非依存的な作用を報告する。
ジクロフェナクはMYCの発現を有意に低下させ、グルコース代謝を制御し、培養細胞を使った実験ではメラノーマと白血病とがん細胞の細胞株で増殖を抑制し、in vivo(生体内)の実験でメラノーマの増殖を抑制した。
ジクロフェナクとは対照的に、非特異的なCOX阻害剤のアスピリンとCOX-2の選択的阻害剤のNS-398はMYC発現とグルコース代謝には何も影響しなかった。
ジクロフェナクはグルコーストランスポーター1(GLUT1)、乳酸脱水素酵素A(LDHA)、モノカルボン酸トランスポーター1(MCT1)の発現を有意に低下させ、その結果、グルコースの取込みと乳酸産生を低下させた。
これらの遺伝子発現の抑制に先行してジクロフェナクは乳酸の細胞内蓄積を亢進した。これは乳酸の排出に対してジクロフェナクが直接的な阻害作用を示すことを示唆している。
細胞内の乳酸の蓄積は細胞の増殖と遺伝子発現を抑制したが、MYCの発現は阻害しなかった。
テトラサイクリンでc-MYC遺伝子の発現を誘導する細胞を用いた実験で、ジクロフェナクはc-MYCの発現の有無にかかわらず、細胞増殖を抑制した。
このような結果から、ジクロフェナクはMYCと乳酸の輸送の阻害によって細胞の増殖を抑制することが示された。これらの結果は、ジクロフェナクは臨床的に使用できるMYCと解糖系の阻害剤として既存の治療をサポートできる可能性を示している。
ジクロフェナク(Diclofenac)は商品名はボルタレンで、多数のジェネリック(後発品)もあって、安価な消炎鎮痛剤です。副作用に注意しなければなりませんが、がん細胞の解糖系をターゲットにしたがん治療で利用できるかもしれません。
LDH-AやMCTや解糖系をターゲットに、鶏血藤や五倍子やジクロフェナクに低酸素誘導因子-1(HIF-1)の発現や活性を抑制するラパマイシン、ジインドリルメタン、シリマリン、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してピルビン酸脱水素酵素を活性化するジクロロ酢酸ナトリウム、ヘキソキナーゼ活性を阻害する2-デオキシグルコース、ミトコンドリアの酸化ストレスを高めるメトホルミンなどを併用するがん治療は理論的には可能性があると思います。
図:低酸素誘導因子(HIF-1)によって発現誘導や活性亢進される因子を図中の黄色地で赤字で示している。ラパマイシン、ジインドリルメタン、シリマリンがHIF-1の活性を阻害する作用が報告されている。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してミトコンドリアでの代謝を活性化しHIF-1の活性を阻害する。2-デオキシグルコースはヘキソキナーゼを阻害して解糖系を抑制する。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素Iを阻害して活性酸素の産生を高める。ジクロフェナク、鶏血藤、五倍子はLDH-Aの活性を阻害する。これらを組み合わせるとHIF-1の活性阻害と解糖系抑制とミトコンドリアの活性化と酸化ストレス増強の相乗効果による抗腫瘍効果が期待できる。
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