がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
(6)気とは何か
図:漢方では、生命エネルギーを仮想的概念の「気」で理解する。生まれたときから持っている生命力を先天の気といい、これは腎に貯蔵されていると考えている。消化管から吸収された栄養物質(穀気)と肺からの空気(清気)によって後天の気が生成される。ここでいう腎・脾・肺という漢方の臓腑の概念は、西洋医学の解剖学とは異なる。漢方医学の気の考え方は観念的であるが、目にみえない生命エネルギーや自然治癒力を理解しやすくする。
(6)気とは何か
全ての物事には形と機能があります。形というのは「目に見えるもの、触れることができるもの」という物事の物質的側面を意味します。一方、機能とは、「見えないもの、触れることのできないもの」であり、それを東洋医学の思想で説明する言葉として「気」が用いられてきました。
たとえば、心臓は、「筋肉や血管や血液」などの物質的側面をもち、「血液循環を司る」機能をもっています。胃腸は「平滑筋や自律神経や粘液」などの物質的側面を持ち、「飲食物の消化吸収」という機能を持っています。したがって、心臓についていえば、循環器としての働きを「気」として捉え、胃や腸に関しては、消化吸収機能を「気」として捉えています。
「気」とは、このように体を働かせる力、すなわちエネルギーであり、気の作用とは人間の生命活動を維持する力です。目に見えない生命エネルギーを想定して生命活動を理解しようとする同様な考え方は世界各地にあります。
死とは、西洋医学的には細胞内の代謝活動が停止した状態と説明でき、東洋医学では気が作用していない状態と説明できます。気が体内を活発に動きまわることにより生命活動が行われ維持され、逆に気の巡りが停滞したり、弱くなると病気がひきおこされます。したがって、漢方医学では、気を足りないときは補い、気の滞りがあるときはその気の流れをよくすれば自然治癒力が働き自然に治ると考えています。漢方薬や鍼や気功で自然治癒力が上がるという根拠は、気の流れの調整が自然治癒力の活性化につながると考えるからです。すなわち、東洋医学では自然治癒力を気の概念で理解しようとしています。
東洋医学の身体の見方では、人間や動物の生きた身体には「経絡」と呼ばれる目にみえない神経のような脈管系の組織が備わっていて、その中に気のエネルギーが流れていると考えています。解剖学を基礎とした近代医学の見方からいえば、目にみえない経絡のような組織があるという考え方は肯定できません。近代医学の理論的システムの中では、気の存在自体が否定されています。しかし、生命力や自然治癒力という包括的な概念を理解するためには、気という未知の生体エネルギーを想定することも有用です。
漢方医学でいう気には次の5つの機能があるとされています。
(1)推動作用;成長発育、血液循環、新陳代謝、神経活動など全ての生理活動を推進する原動力
(2)温煦作用;エネルギー代謝や循環を維持し、汗腺の調節などを通じて体温を恒常的に保持する作用
(3)防御作用;病邪の侵入を防止し、侵入した病邪に抵抗し排除する作用
(4)固摂作用;血液の血管外漏出や、発汗過多、排尿過多、遺精、盗汗などで、体の水分や血が必要以上に流出するのを防ぐ作用
(5)気化作用;飲食物を生体に有用な物質や組織液に変化させ、さらに汗・尿・糞便・精液その他に変化させて排出する一連の物質転化の作用
このような気の作用は一見観念的にみえますが、実は、生命力や自然治癒力を非常にうまく説明しています。それは西洋医学の概念であるホメオスタシス(生体機能の恒常性)の考え方と似ていることからも理解できます。
ホメオスタシスという概念を提唱したアメリカの生理学者キャノンも、生体機能を恒常的に保とうとする生体に本来備わった生理機能を、自然治癒力と結び付けて考えています。出血したときの血液凝固の仕組、体温上昇時に発汗作用によって熱を奪って体温を下げる作用、体液の電解質バランスを一定に保つ働き、体内に侵入した病原体に対して攻撃する免疫系の働き、などは全て生体の恒常性(ホメオスタシス)を維持するための作用ですが、生命を維持するための自然治癒力と置き換えることができます。前述の5つの気の作用も、決して観念的なものではなく、生体の恒常性維持機能および自然治癒力を知ってまとめたことは十分納得できます。
また、人体の気は「先天の気」と「後天の気」の2つによって生み出されると考えています(図)。
「先天の気」とは父母から由来し、生まれながらにもっている根源的な生命力であり、「後天の気」というのは、呼吸や食物の消化吸収によって絶えず補給されるエネルギーをさしています。生まれつき体力の弱い人もいれば、エネルギーの塊のような人もいます。生まれたときから持っている先天の気に恵まれなくても、後天の気で十分補ってやれば、生命力を補充することができると考えます。
このような考えは非科学的ではありますが、生命力や自然治癒力が、病気の遺伝的素因や体質など先天的要素と、栄養補給の程度や生活習慣などの後天的要素から決定されていることは、容易に理解できることです。このように「気」というのは、科学的にはその実体がつかめないものですが、生命力や自然治癒力を説明する未知の生命エネルギーとしてとらえると理解しやすいと思います。つまり、気なるものを想定して生命活動を総合的に捉える視点は、物質的実体として理解することが困難な自然治癒力や生命力というものを総体的に捉える上で有用です。
(文責:福田一典)
画像をクリックするとサイトに移行します。
« (5)がん治... | (7)がん体... » |