195)sickness behaviorに対する加味温胆湯の改善効果

図:加味温胆湯は脳の炎症反応を抑制することによって、炎症によって誘導されるsickness behaviorを軽減することが報告されている。抗炎症作用のある清熱解毒薬と併用すると、sickness behaviorを抑制する効果をさらに高めることができる。

195)sickness behaviorに対する加味温胆湯の改善効果

Sickness behavior(病的行動)については前回(194話)解説しました。
Sickness behaviorというのは、感染症などで
炎症性サイトカイン(IL-1β, TNF-α, IL-6など)の産生増加に伴って起こる食欲の低下・体重の減少・疲労感・うつ・気分の落ち込みなどの症状を指します。
また、抗がん剤治療中やがん末期の悪液質における倦怠感や食欲低下や抑うつなどの症状も、炎症性サイトカインが中枢神経系に作用して起こるsickness behavior と考えられています。
したがって、炎症細胞やがん細胞からの炎症性サイトカインの産生を抑えたり、炎症性サイトカインの中枢神経系への作用を制御できれば、sickness behaviorを抑えることができます。
Sickness behaviorの漢方治療については第103話で解説しています。抗炎症作用をもった清熱解毒薬がsickness behaviorを軽減する可能性について論じています。
また194話では、ペクチンなどの水溶性食物繊維がsickness behaviorを緩和する効果があることを紹介しています。
今年の薬学会に、漢方薬の
加味温胆湯(かみうんたんとう)が、sickness behaviorの改善に有効であることが報告されていますので、その抄録を紹介します。


LPS誘発sickness behaviorに対する加味温胆湯による改善効果
古本 明大1,矢部 武士1,2,3,山田 陽城1,2,3(1北里大院感染制御,2北里大生命研, 3 北里大東洋医学総研)
日本薬学会 第130年会 30P-pm150(2010年)
【目的】Sickness behaviorは一般的に感染症や炎症時に見られる、食欲不振、行動低下、抑うつ病行動、不眠、倦怠感など生理的および精神的な変化の総称として知られている。これは病原体に対する自然免疫を介した宿主側の正常な反応であるが、抗がん剤による副作用や慢性疲労症候群などの非感染時においても類似した症状が観察されている。加味温胆湯(KUT)は13種類の生薬より構成される漢方処方の一つであり、古来より神経症や不眠症などの精神神経疾患に用いられてきた。本研究では、sickness behaviorに対するKUTの作用を、LPS投与マウスを用いて検討を行った。
【方法】ddY系雌性マウス(7週齢)にLPS(500μg/kg)を腹腔内投与し、sickness behaviorを誘導した。KUT(0.2、1g/kg)はLPSの投与と同時に経口投与した。
Sickness behaviorは、tail suspension test(TST)、自発運動量、摂食量などにより評価した。また血中炎症性サイトカイン量や脳内sickness behavior関連因子の挙動をELISA法やRT-PCR法を用いて解析を行った。
【結果および考察】LPS投与によるTSTでの無動時間の延長は、KUT投与により有意に短縮された。また視床下部におけるsickness behavior関連因子mRNA(IL-1β、IL-6、TNFα、COX-2、CRHなど)の誘導はKUTの投与により抑制された。一方、KUTの投与は血中炎症性サイトカイン量に影響しなかった。以上の結果より、KUTによるsickness behavior改善作用は、主に中枢神経系に作用することにより発揮される可能性が示唆された。

加味温胆湯」は中国の唐時代の医学書「千金方」に収載された薬方です。半夏(ハンゲ)・茯苓(ブクリョウ)・陳皮(チンピ)・竹_(チクジョ)・生姜(ショウキョウ)・枳実(キジツ)・甘草(カンゾウ)・遠志(オンジ)・玄参(ゲンジン)・人参(ニンジン)・地黄(ジオウ)・酸棗仁(サンソウニン)・大棗(タイソウ)の13種類の生薬から作られています。
胃腸が弱く、胃腸機能の衰えや精神的ストレスなどによる不眠症・神経症に効果があります。アルツハイマー病に対して改善効果があるという報告もあります。
このような薬効をもとに、sickness behaviorの不眠や抑うつや疲労感に効果があるのではという仮説のもとに研究が行ったところ、効果があったということです。
その機序としては、加味温胆湯は血中の炎症性サイトカインの産生量を抑制せずに、中枢神経系の炎症性反応を抑制することによって、sickness behaviorを改善する効果が示唆されています。
したがって、
抗がん剤治療による副作用やがん性悪液質によって生じる不眠・抑うつ・倦怠感・食欲低下などのsickness behavior様の症状の漢方治療としては、中枢神経系の炎症反応を抑制する加味温胆湯のような処方に清熱解毒薬を加えた処方が効きそうです(上図参照)。

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