がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
194)水溶性食物繊維によるsickness behaviorの改善作用
図:感染症や抗がん剤治療や悪液質では、炎症性サイトカインの産生が高まり、食欲低下、倦怠感、体重減少、抑うつ、貧血などの症状の原因となっている。これをSickness behaviorと言う。水溶性食物繊維の摂取がSickness behaviorを緩和するという研究結果が報告されている。
194)水溶性食物繊維によるsickness behaviorの改善作用
【sickness behavior(病的行動)とは】
Sickness behavior(病的行動,)というのは、炎症反応に伴って起こる行動障害のことで、炎症性サイトカイン(IL-1β, TNF-α, IL-6など)の産生増加によって発現する倦怠感や食欲低下や睡眠障害などを含む症候群です。
感染症や炎症時に食欲の低下・体重の減少・疲労感・うつ・気分の落ち込みなどの生理的および精神的な変化が誘発されることが知られており,これらの症状はsickness behavior と呼ばれます。このsickness behaviorは炎症性サイトカインが中枢神経系に作用することによって発症します。
また、抗がん剤治療中やがん末期の悪液質における倦怠感や食欲低下や抑うつなどの症状も、炎症性サイトカインが中枢神経系に作用して起こるsickness behavior と考えられています。
体内に病原菌が侵入すると、マクロファージなどの炎症細胞からインターロイキン-1(IL-1)やインターロイキン-6(IL-6)や腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)といった炎症性サイトカインが分泌され、感染部位に他の免疫細胞や炎症細胞を集め、炎症反応や免疫応答を開始します。このような反応を急性期反応(acute phase response)と言います。急性期反応では、炎症の起こっている局所だけでなく、体全体に様々な症状が発現します。
すなわち、これらの炎症性サイトカインは、発熱、倦怠感、食欲低下を引き起こし、長期間に及ぶと、さらに、貧血、抑うつ、認知力や記憶力の低下も起こります。痛みに対しても敏感になるため痛みが増強します。
抗がん剤の副作用として起こる食欲低下・倦怠感・末梢神経や腎臓などの臓器障害なども炎症性サイトカインの関与が指摘されています。
NF-κBの活性を抑えて炎症性サイトカインの産生を阻害すると、神経や腎臓のダメージを軽減する効果があるという報告もあります。
貧血も骨髄抑制だけでは説明できない場合があります。炎症性サイトカインは赤血球の産生を阻害する働きがあることも知られています。
末期がんにおける体重減少や倦怠感などの症状も炎症性サイトカインの関与が指摘されています。
したがって、炎症性サイトカインの産生を抑え、sickness behaviorを軽減する治療は、抗がん剤の副作用やがん性悪液質の緩和に効果が期待できると言えます。
Sickness behaviorの漢方治療については第103話で解説しています。
さて、植物に多く含まれるペクチンのような水溶性食物繊維がsickness behaviorを緩和する効果があることが報告されています。以下にその論文を紹介します。
Sickness behavior induced by endotoxin can be mitigated by the dietary soluble fiber, pectin, through up-regulation of IL-4 and Th2 polarization.(エンドトキシンで誘発される病的行動は、水溶性食物繊維ペクチンによって、IL-4の発現増加とTh2優位のT細胞分化誘導によって軽減される)Brain Behav Immun. 24(4):631-640, 2010 【要旨】 病原体によって免疫系が活性化されると、炎症性サイトカインによって病的行動(sickness behavior)が誘起される。 水溶性食物繊維と不溶性食物繊維のいずれかを含む食餌を6週間与えた後、リポポリサッカライド(LPS)を腹腔内に注入して感染症に類似の病態を誘発したところ,両群間の反応は明確に異なった。 腹腔内にLPSを注入したマウスにおいて、不溶性食物繊維を投与されたマウスに比べて、水溶性食物繊維を投与されたマウスでは、脳内のIL-1RA(IL-1受容体アンタゴニスト)の量が増加し、IL-1βとTNF-αは減少していた。(IL-1βとTNF-αは炎症を悪化させ、IL-1RAはIL-1の作用を阻害して炎症を抑制する。) また、水溶性食物繊維を投与されたマウスでは、小腸と脾臓のIL-4が増加していた。(IL-4はTh2分化を誘導する。B細胞の抗体産生を刺激する) 水溶性食物繊維を投与されたマウスから採取されてマクロファージをLPSで刺激すると、不溶性食物繊維を投与されたマウスから採取されたマクロファージに比べて、炎症を悪化させるサイトカインであるIL-1β、TNF-α、IFN-γ、IL-12の発現が抑制され、炎症を抑制するIL-1RA,arginase1,Ym1の発現が増加していた。 以上の結果は、水溶性食物繊維がマウスにLPSによって誘発したsickness behaviorを抑制し、回復を促進することを示している。水に不溶性の食物繊維にはsickness behaviorを軽減する効果は認めなかった。その作用機序として、水溶性食物繊維はエンドトキシン(LPS)で誘導される炎症性サイトカインの発現を抑制し、T細胞のTh1/Th2バランスをTh2優位に誘導することが示された。 |
【水溶性食物繊維とは】
食物繊維とは、ヒトの消化酵素によって消化されない食物中の難消化性成分の総称です。多くは植物の細胞壁を構成する成分で、化学的には多糖類(糖が多数つながったもの)です。消化吸収されないため、従来は、栄養的に不要なものと考えられていましたが、最近は多くの生理作用が明らかになり、栄養素の一つとして認識されています。
食物繊維は水溶性と不溶性に大別されます。水溶性食物繊維はコレステロールの吸収を抑制したり、食後の血糖値の急激な上昇を防ぐ効果があります。不溶性食物繊維は、便のかさを増やし、大腸の運動を促進する作用があります。
食物繊維は野菜や果物など植物性食品に多く含まれ、動物性食品(肉や乳製品や卵)や魚介類にはほとんど含まれていません。穀物も精白すると食物繊維がほとんど失われてしまいます。したがって、肉と精白した穀物を主体とする食事では食物繊維の摂取量が少なくなります。近年食生活の欧米化に伴い食物繊維の摂取量は減少傾向にあります。
水溶性食物繊維を豊富に含む食材は,オート麦(燕麦)、オートミール、大麦、ナッツ類,種子類,豆類,柑橘類などです。抹茶、カレー粉、プルーン、ゆず、かんぴょう、ゆりね、ゴボウ、オクラ、ゴマなどにも多く含まれます。
紹介した論文の研究では柑橘類由来のペクチンが使用されています。ペクチンは、野菜や果実、特に柑橘類に多く含まれている天然の高分子多糖類で、セルロースと共に植物体において、その基本構造を形成するための重要な成分です。漢方薬に使われる生薬にも多く含まれます。
漢方薬は生薬を煮出して服用します。生薬は食物繊維が豊富ですが、生薬を煎じると、水溶性食物繊維は煎じ液の方に溶け出し、不溶性食物繊維はカス(滓)の方に残ります。つまり、煎じ薬は水溶性食物繊維を多く含みます。
このような煎じ薬に含まれる水溶性食物繊維が、抗がん剤の副作用軽減や悪液質の症状緩和に役立っている可能性が示唆されます。
【不溶性食物繊維はがんには効果が無い】
食物繊維は大腸がんの予防効果があるという仮説のもとで、食物繊維のがん予防効果を検証する臨床試験がおこなわれました、
しかし、食物繊維をサプリメントで多く摂取しても、大腸がんの予防効果は期待できないという研究結果が発表されています。日本で行われた臨床試験では、食物繊維が多く含まれる小麦ふすまビスケットを摂取すると大腸がんの発生と成長を促進する結果が得られています。食物繊維が腫瘍を刺激して増大させたと考えられます。小麦ふすまは不溶性食物繊維が主体です。便の量を増やして便秘を改善する効果がありますが、下剤が大腸がんの発生と成長を促進することが実験で指摘されていますので、同様に不溶性食物繊維にも大腸がんを促進する作用があるのかもしれません。
漢方薬の場合は、不溶性食物繊維は残渣の方に残るので、大腸がんを促進する可能性は低いと言えます。むしろ、水溶性食物繊維の健康作用と抗がん作用が期待できます。
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