264)乳がん治療と骨粗鬆症

図:破骨細胞が古くなった骨を溶かし(骨吸収)、骨芽細胞が新しい骨を作る(骨形成)ことによって、骨は新陳代謝を行っており、これを骨のリモデリング(再構築)と言う。エストロゲンは破骨細胞の働きを抑え、骨芽細胞の働きを促進するので、骨量を増やす作用がある。乳がん患者では、抗がん剤治療によって卵巣機能が低下してエストロゲンの産生が減少し、さらにアロマターゼ阻害剤を使用しているとエストロゲンの産生はさらに低下するため、骨量が減少して骨粗鬆症が起こりやすくなり、骨折のリスクが高くなる。医薬品を使った骨粗鬆症の治療には副作用の問題もあるので、食事や漢方薬やサプリメントを使った骨粗鬆症の予防も重要になっている。

264)乳がん治療と骨粗鬆症

【骨粗鬆症とは】
骨粗鬆症(こつそしょうしょう、osteoporosis)とは、骨形成速度よりも骨吸収速度が高いことにより、骨に小さな穴が多発する症状を言います。30歳を過ぎると男女とも骨の強さは次第に衰えていきます。特に女性の場合は、女性ホルモンのエストロゲンに骨吸収を抑制する作用があるため、更年期になってエストロゲンの産生が低下すると骨粗鬆症がおこりやすくなります。骨粗鬆症になると骨強度が低下するので、骨の変形や骨折の原因となります。
骨はコラーゲンなどの結合組織とリン酸カルシウムからなる硬い組織で、脊椎動物において骨格を構成します。硬い組織ですので骨は新陳代謝が不活発であまり変化しないと思われがちですが、実は破壊と新生を繰り返して、絶えず新しく生まれ変わっています。古い骨を壊し、新しい骨を作るというサイクルを繰り返すことを「骨のリモデリング(再構築)」と言い、リモデリング(再構築)という新陳代謝を行うことによって、骨のしなやかさや強さを保つことができます。
建物の鉄筋コンクリートは時間が経てば老朽化しますが、老朽化を防ぐために鉄筋コンクリートの一部を取り壊して新しく作り直す作業を絶えず繰り返しているようなものです。
骨のリモデリング(再構築)で重要な働きをしているのが、「破骨細胞(はこつさいぼう):Osteoclast」と「骨芽細胞(こつがさいぼう):Osteoblast」です。
破骨細胞は古くなった骨を溶かしていきます(骨吸収という)。一方、骨芽細胞は、破骨細胞によって溶かされた部分に新しい骨を作り修復します(骨形成という)。つまり、破骨細胞が骨を壊し、骨芽細胞が新しい骨を形成するという共同作業を繰り返すことによって骨を新しく生まれ変わらせているのです。この骨のリモデリングにかかわる破骨細胞と骨芽細胞のそれぞれどちらの働きがより活発になるかによって骨が減る方向に進むか、増える方向に進むかが決まります。
破骨細胞と骨芽細胞の細胞死や増殖に重要な働きを行っているのが女性ホルモンのエストロゲンです。エストロゲンは破骨細胞の働きを抑え、骨芽細胞の働きを刺激する作用があります。つまり、エストロゲンは骨を作る方向に進めています。
骨粗鬆症が閉経後の女性に多い理由は、閉経によってエストロゲンの分泌が減少し、骨芽細胞の働きが抑えられ、むしろ破骨細胞が活発になって骨の吸収が進むためです。
がん治療後の骨粗鬆症も特に女性で問題になります。強い抗がん剤治療によって卵巣機能が低下し、閉経が早まると骨粗鬆症になりやすくなります。特に骨粗鬆症が問題になるのは乳がんの患者さんです。抗がん剤治療によって卵巣機能が低下するだけでなく、ホルモン療法で体内のエストロゲンの産生を抑制する治療を受けている場合は、さらに骨粗鬆症のリスクが高まります。

【乳がんのホルモン療法と骨粗鬆症】
乳がんのうち、女性ホルモンであるエストロゲンの影響を受けて増殖するタイプ(ホルモン依存性)のがんではホルモン療法が行われます。エストロゲンの働きを阻害する薬は幾つかあり、その作用機序によって骨粗鬆症になるリスクは異なります。
タモキシフェン(商品名ノルバデックスなど)はエストロゲン受容体をブロックして、エストロゲンが乳がん細胞の増殖を刺激するのを妨げる作用があります。体内のエストロゲンの量は低下せず、タモキシフェン自体が骨量を増やす作用がある(タモキシフェンは骨芽細胞に対してエストロゲン様作用を示す)ため骨粗鬆症のリスクは高めません。
脳(下垂体)に働きかけて卵巣でエストロゲンが作られるのを抑えるLH-RHアゴニスト製剤や、副腎皮質から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)をエストロゲンに変換するアロマターゼの働きを阻害してエストロゲン産生を抑えるアロマターゼ阻害剤では、骨量が減少して骨粗鬆症のリスクを高めます。特にアロマターゼ阻害剤は、体内のエストロゲンを強力に減少させるため、骨量を減少させて骨粗鬆症のリスクを上昇させ、関節症状も起こしやすくなります。アロマターゼ阻害剤を服用している場合は、1年間に平均2%づつ骨量が減少するという報告もあります。
骨粗鬆症になると骨折しやすくなり、QOL(生活の質)を著しく低下させます。高齢者の場合は、骨粗鬆症になると大腿骨頸部(太股のつけ根部分)の骨折を起こしやすくなり、それが原因で寝たきりになるケースが少なくありません。
通常の更年期骨粗鬆症ではエストロゲンの減少は徐々に起こるため、骨量が少しづつ減少するのに対して、抗がん剤やアロマターゼ阻害剤による骨粗鬆症は、エストロゲンが急激に減少するため、骨粗鬆症の程度も急速に進み、骨折をおこしやすいので注意が必要です。再発予防のために長期にわたってアロマターゼ阻害剤を服用している乳がん患者さんが増えており、このような患者さんの骨粗鬆症を予防することが極めて重要になっています。

【乳がんサバイバーの骨粗鬆症の予防】
閉経後の骨粗鬆症はエストロゲンの低下によるため、エストロゲンを補充すると骨量の減少が抑制されます。大豆イソフラボンが更年期の骨粗鬆症の予防や治療のためのサプリメントとして利用されていますが、これは大豆イソフラボンがエストロゲン様作用を持つからです。このようなエストロゲン様作用をもつ植物成分をフィトエストロゲン(植物エストロゲン)と言います。漢方薬は更年期の骨粗鬆症の治療に有効ですが、その理由の一つは、生薬に豊富に含まれるフラボノイドなどがフィトエストロゲンを持つためです。しかし、エストロゲン補充療法も、フィトエストロゲンのサプリメントも、ホルモン依存性の乳がん患者さんの場合は再発を促進する可能性があるので使えません
骨粗鬆症が強い場合には、ビスフォスフォネート系薬剤(破骨細胞の活動を抑制)、活性型ビタミンD、ビタミンK、カルシウム製剤、SERM(ラロキシフェン、バゼドキシフェン)、 遺伝子組換えヒト副甲状腺ホルモンなどの医薬品が使われます。これらの医薬品の中には、乳がんの再発を予防する効果が報告されているものもあります。例えば、SERM(selective estrogen receptor modulator)であるラロキシフェン(商品名:エビスタ)とバゼドキシフェン(商品名:ビビアント)は乳がんの再発リスクを低下させる可能性が報告されています。
ビスホスホネート製剤のゾメタ(一般名ゾレドロン酸水和物)は骨転移を抑制する薬ですが、アロマターゼ阻害剤による骨量減少を抑える働きと乳がんの再発を予防する効果が報告されています。ただし、日本ではゾメタは骨転移治療薬としての保険適応は認められていますが、骨粗鬆症の治療薬としては承認されていないため、乳がんの再発や骨粗鬆症の予防の目的では使用できません。(1年間に2回程度の点滴で乳がんの再発や骨粗鬆症の予防に効果があるので、自費診療で受けてみる価値は高いと思います)
ビタミンDとカルシウムも乳がんの再発を予防します(263話参照)。医薬品の活性型ビタミンD3製剤はカルシウム製剤との併用で高カルシウム血症のリスクがあるので注意が必要ですが、サプリメントのビタミンDとカルシウム製剤の組み合わせは高カルシウム血症の副作用は少ないので活性型ビタミンD3製剤より安全です。(サプリメントとして摂取したビタミンD3は体内で必要に応じて活性型に変換されるため)
骨粗鬆症の医薬品は副作用もあるので、できるだけ自然に近い方法で骨粗鬆症を予防することが大切です。つまり、カルシウムやビタミンDの豊富な食事(乳製品、小魚、緑黄野菜、海草、干し椎茸、白キクラゲなど)、適度な日光浴(体内でのビタミンDの産生を増やす)が有効です。日光浴は、夏なら木陰で30分、冬なな手や顔に1時間程度の日光浴で必要な量のビタミンDが作られます。また、運動も、骨を刺激してカルシウムの沈着を促進して骨量を増やします。
ケール、パセリ、レタスなどの緑色葉野菜の摂取は骨粗鬆症の予防に有効です。骨を健全な状態に維持するために必要なカルシウムやビタミンK1、ホウ素などを豊富に含むからです。
ビタミンK1は植物中に存在しているビタミンKの一種で、非活性型のオステオカルシンを活性化させる作用があります。オステオカルシンは骨組織中に存在する非コラーゲン性タンパク質で、骨基質へのカルシウムの沈着を促進する作用があります。ビタミンKが不足するとオステオカルシンが正常に働かなくなり、骨へのミネラルの取り込みが悪くなり骨量が減少します。骨粗鬆症の治療薬としてビタミンK製剤が認可されています。
ビタミンK1は葉菜類や豆類や魚介類に多く、ビタミンK2は微生物が作り出すビタミンKでチーズや納豆に豊富に含まれています。
ビタミンK1を豊富に含む食品として、濃緑色葉野菜、ブロッコリー、レタス、キャベツ、ほうれん草、緑茶などがあります。
ホウ素は尿中へのカルシウムの排泄量を減らす作用があり、骨粗鬆症を予防するために重要な微量元素として最近注目されています。ホウ素は多くの野菜や果物に含まれています。
このように、野菜や果物には骨粗鬆症を予防するビタミンやミネラルが豊富で、漢方薬の骨粗鬆症の予防効果にも、植物に含まれるビタミンやミネラルの寄与は重要です
漢方薬に使用する生薬の中に、骨量を増やし骨粗鬆症を予防する効果があるものも報告されています。例えば、精力剤として有名なイカリソウ(生薬名;淫羊藿)に含まれるイカリイン(icariin)には骨を強くする作用が報告されています。(現在、イカリソウは薬事法の関係で日本では流通できないため、入手は困難です)
また、接骨木(せっこつぼく)という生薬は、日本各地に自生するスイカズラ科の落葉低木ニワトコの茎で、関節や筋肉の疼痛、打撲傷、骨折などに古くから民間薬として使用されています。最近の報告では、卵巣摘出したラットを使った骨粗鬆症の実験モデルにおいて、接骨木を服用させると骨吸収を抑制し、骨形成を促進して骨量を増やす効果があることが報告されています。
スギナ(杉菜)は生薬名を門荊〔モンケイ〕といい、利尿作用や降圧作用や抗炎症作用があり、泌尿器系の炎症性疾患(膀胱炎や腎臓炎など)の治療に使用されています。スギナの最大の特徴はケイ素を最も多く含むハーブであるということです。ケイ素はカルシウムとともに骨や歯、それに髪や爪などを健やかに保つ働きをしています。またコラーゲンやエラスチンなどの結合組織の強化にも役立ち、傷の回復を促します。スギナにはケイ素の他カルシウムも豊富に含まれており、骨粗鬆症の予防を目的にした米国のサプリメントの中には、スギナ(英語ではhorsetail)のエキスを添加した製品も販売されています。また、美容を目的としてサプリメントとしてもスギナ(ホーステイル)は人気があります。ケイ素が結合組織を再生し弾力性を高め、皮膚や毛髪を若返らせる効果があるからです。
また、ビタミンDの豊富なキノコ系の生薬(霊芝、白木耳など)、カルシウムの豊富な牡蛎(ボレイ:牡蛎の貝殻)などを使用すると骨粗鬆症の改善に役立つ可能性があります。
乳がんでアロマターゼ阻害剤を服用しているときの漢方治療は、抗エストロゲン作用の増強(再発予防)と、骨量の増加(骨粗鬆症)という作用を両立させるため、フィトエストロゲン(植物エストロゲン)以外の骨量を増やす成分の利用がポイントになります。


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