がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
746)発酵小麦胚芽エキスの抗がん作用(その2):がんの酸化治療
図:ミトコンドリアでの酸化的リン酸化で活性酸素種が産生される(①)。細胞は活性酸素種を消去するためにグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化システムを持っている(②)。酸化したグルタチオンとチオレドキシンを還元するための還元剤(NADPH)はペントースリン酸経路から供給される(③)。2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)はヘキソキナーゼ(HK)によって2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換される(④)。2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害して解糖系とペントースリン酸経路を阻害する(⑤)。ジクロロ酢酸ナトリウム(DCA)は、ピルビン酸脱水素酵素を活性化してピルビン酸からアセチルCoAの変換を亢進してミトコンドリアでの代謝を亢進し、解糖系とペントースリン酸経路の活性を阻害する(⑥)。抗生物質のドキシサイクリンとアジスロマイシンはミトコンドリアのリボソームの働きを阻害してミトコンドリア機能を障害し、ATP産生を阻害する(⑦)。メトホルミンとセレコキシブは呼吸酵素複合体の働きを阻害してATP産生を阻害し、同時に活性酸素の産生を増やす(⑧)。ジスルフィラムとオーラノフィンは抗酸化システム(グルタチオン、チオレドキシン)を阻害する(⑨)。発酵小麦胚芽エキスはペントースリン酸経路を阻害する(⑩)。以上の組合せは、がん細胞に選択的に、ATP産生を抑制し、酸化ストレスを高めて、増殖を抑制し、細胞死を誘導できる。
746)発酵小麦胚芽エキスの抗がん作用(その2):がんの酸化治療
【がん細胞は細胞内の抗酸化システムを利用して放射線照射や抗がん剤に抵抗性になる】
細胞には、活性酸素や有毒物質による害から細胞自身を守る手段や仕組みが備わっています。
例えば、細胞内で活性酸素の発生量が増えると、細胞は活性酸素を消去する酵素の発現や活性を高めたり、フリーラジカルを消去するグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化物質の合成を高めたりして、活性酸素の害(酸化ストレス)を軽減しようとします(下図)。
図:細胞内ではミトコンドリアで酸素を使ってATP産生を行うときに活性酸素が発生し、炎症があると炎症細胞から活性酸素が発生する(①)。このようにして産生された活性酸素は細胞に酸化傷害を引き起こすが、細胞内には活性酸素を消去する抗酸化物質や抗酸化酵素による抗酸化力が存在する(②)。活性酸素種の量と抗酸化力の差が酸化ストレスとなるが、細胞内には酸化ストレスの増大に応じて、抗酸化酵素の発現や活性を亢進することによって抗酸化力を高めるメカニズムが存在し、酸化還元のバランスを維持することによって酸化傷害の発生を防いでいる(③)。しかし、細胞内の活性酸素の産生量が増えたり、活性酸素消去能(抗酸化力)が低下すると、酸化還元バランスが破綻して(④)、酸化ストレスとなる(⑤)。酸化ストレスが亢進するとがん細胞の増殖が抑制され、細胞死が誘導される(⑥)。
放射線治療も抗がん剤治療も活性酸素の産生を高め、細胞を死滅します。しかし、がん細胞は細胞に備わった抗酸化システムを利用して酸化ストレスを軽減し、酸化還元バランスを維持し、細胞死から免れようとします。
図:放射線や抗がん剤は、活性酸素の産生を高め(①)、細胞の酸化傷害を引き起こして、細胞増殖を抑制し、細胞死を誘導する(②)。がん細胞は、スーパーオキシド・ディスムターゼやカタラーゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼなどの活性酸素消去酵素やグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化物質の産生を高めて、活性酸素による害(酸化ストレス)を軽減している(③)。この抗酸化システムの亢進によって、がん細胞は放射線や抗がん剤に抵抗性になる。
そこで、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進したり(ジクロロ酢酸ナトリウム)、細胞内で活性酸素の産生を高める薬剤(アルテスネイト、メトホルミン、セレコキシブ、高濃度ビタミンC点滴など)を使って細胞内の活性酸素の産生量を高め、同時に、活性酸素を消去する細胞内の抗酸化システム(抗酸化力)抑制すると、細胞内の酸化ストレスが高度に亢進し、酸化傷害によってがん細胞を死滅できます。これが「がんの酸化治療」になります。(図)
図:放射線と抗がん剤治療は活性酸素の産生を高めて細胞を死滅させる(①)。ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進するジクロロ酢酸ナトリウム(②)、細胞内で活性酸素の産生を高める薬剤(アルテスネイト、メトホルミン、セレコキシブ、高濃度ビタミンC点滴)も活性酸素の産生を増やす(③)。活性酸素の産生量が増えると、活性酸素を消去する抗酸化物質や抗酸化酵素による抗酸化力を高めて酸化還元バランスを維持しようとする。オーラノフィン、ジスルフィラム、2-デオキシ-D-グルコース、ジクロロ酢酸ナトリウムは抗酸化システムを阻害あるいは抑制する(④)。がん細胞内の活性酸素の産生量を増やし、同時に活性酸素消去能(抗酸化力)を阻害すると、酸化還元バランスが破綻して強い酸化ストレスを引き起こし、がん細胞を死滅できる(⑤)。
【がん幹細胞は抗酸化力を高めて治療抵抗性になっている】
がん組織の中にがん幹細胞 と呼べるような細胞が存在して、通常のがん細胞を供給しながらがん組織を構成していることが明らかになっています。
従来は、がん組織に存在する全てのがん細胞が無限の自己複製能(分裂能)を有し、がん組織を形成する能力を獲得していると考えられてきました。しかし最近の考え方は、無限の分裂能を有しがん組織を形成できるのはがん幹細胞だけであり、大部分のがん細胞は、限定された分裂能を有するか、あるいはすでに分裂能を失っていると考えられています。
また、がん幹細胞は抗がん剤や放射線治療に抵抗性であり、抗がん剤や放射線治療によって腫瘍が縮小しても、死滅しているのは分化したがん細胞だけで、がん幹細胞は生き残ることが多いことが指摘されています。
治療によって大部分のがん細胞を除いても、ごく少数のがん幹細胞が生き残っていれば再発が起こりうることになり、これが、抗がん剤治療後にしばしば再発が起きる理由だと考えられています。
現行の抗がん剤治療のほとんどは、分化したがん細胞を標的として開発されており、がん幹細胞に対してはあまり効果が無い可能性が指摘されています。つまり、一時的な縮小効果(奏功率や無増悪生存期間)で有効性が評価され、長期の生存(全生存期間や延命効果)の改善は必須ではありません。
抗がん剤治療によって腫瘍が縮小しても、多くは一時的な縮小であって、がん幹細胞が生き残っているかぎり、いずれ再増殖してきます。奏功率(がんの縮小効果)が高くても延命効果が証明されていない抗がん剤は多数存在します。
臨床的な奏功率(腫瘍の縮小率)が生存期間の延長に必ずしも結びつかないのは、通常の抗がん剤治療ではがん幹細胞が治療に抵抗して生き残るからだと言えます。
成熟したがん細胞が限定した分裂能しか有しないのであれば、これらは放置しておいても自然に死滅することになります。しかし、がん幹細胞が生き残っていれば、がん組織は増大し、転移も広がることになります。がん幹細胞を効率的に死滅できないとがんは治せないということになります。
がん幹細胞が分化したがん細胞よりも抗がん剤や放射線治療に対する感受性が低い理由は数多くあります。
例えば、がん幹細胞は抗がん剤の排出能力や解毒能力が高いことが指摘されています。つまり、細胞内の薬剤を排出するABC(ATP-binding cassette) transporterが高発現しているために抗がん剤が効きにくいことや、活性酸素などのフリーラジカルを消去する活性(グルタチオンやNrf2活性など)が高いために抗がん剤や放射線治療が効きにくいことが報告されています。
さらに、がん幹細胞はダメージを受けたDNAを修復する能力が高くなっているので、抗がん剤や放射線で遺伝子がダメージを受けても簡単には死ににくい性質を持っています。
がん幹細胞では、分化したがん細胞よりも、活性酸素種の量が少ないことが示されています。
通常のがん細胞よりがん幹細胞は、グルタチオンやチオレドキシンのような強力な抗酸化物質の量が多いので、その結果として細胞内の活性酸素種のレベルが低下していると考えられています。
がん幹細胞は細胞内の抗酸化物質の量が多く、そのため活性酸素種によって誘導されるアポトーシスに抵抗性を持つことになると考えられています。
がん幹細胞における抗がん剤や放射線治療に対する感受性を低下させているメカニズムを阻止すると、がん幹細胞が死滅し、がん組織を消滅できます。
図:がん組織は成熟がん細胞(①)と少数のがん幹細胞(②)から構成される。抗がん剤や放射線治療で成熟がん細胞は死にやすいが、がん幹細胞は死ににくい性質を持つので生き残る。生き残ったがん幹細胞から成熟がん細胞が産生されるので、治療後に再燃や再発が起こる(③)。薬剤の排出力や分解力の阻害、抗酸化力やDNA修復力の抑制などによってがん幹細胞の抗がん剤や放射線に対する抵抗性を阻止して(④)、がん幹細胞を死滅できればがん組織を消滅できる(⑤)。
【発酵小麦胚芽エキスはペントースリン酸経路を阻害してがん細胞の抗酸化力を低下させる】
ペントースリン酸経路とは、解糖系の中間体のグルコース6リン酸から分岐し、同じく解糖系の中間体 グリセルアルデヒド3リン酸に戻る経路(回路)です。解糖系と同様に細胞質に存在する経路で、補酵素の一つであるNADPHを産生し、核酸の原料となるリボース5リン酸などの5単糖 (ペントース) を産生します(下図)。
図:解糖系は1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に分解される過程で2分子のATPが産生される(①)。グルコース6リン酸から派生するペントースリン酸経路では、還元剤のNADPHが2分子産生され、グルタチオン還元や脂肪酸合成など還元力を必要とする生合成反応に使われる(②)。さらに、核酸合成の材料になるリボース5リン酸が産生される(③)。がん細胞ではグルコースの取込みが増え、解糖系とペントースリン酸経路が亢進して、細胞分裂のためのエネルギー(ATP)と物質合成(核酸、脂肪酸、NADPHなど)が亢進している。
NADPHは還元剤です。脂肪酸やステロイドの合成、抗酸化物質のグルタチオンやチオレドキシンの還元剤として使用されます。
解糖系はATPを産生します。ペントースリン酸経路はATP産生には関与せず、核酸の原料や還元剤(NADPH)の産生を行っています。
細胞が増殖するにはエネルギー(ATP)だけでなく、核酸や脂肪酸などの物質合成や、酸化ストレスを軽減する還元剤の需要も増えます。したがって、がん細胞では、解糖系とペントースリン酸経路が亢進しています。
発酵小麦胚芽エキス(Avemar)はグルコースの取り込みと解糖系と乳酸産生を阻害し、ペントースリン酸経路を阻害して、物質合成と抗酸化力を低下させ、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を亢進します。その結果、がん細胞のワールブルグ効果を是正して、エネルギー代謝と物質合成を正常化するということです(下図)。
図:がん細胞はグルコースの取り込みと解糖系が亢進し(①)、乳酸産生が亢進している(②)。さらにペントース・リン酸経路が亢進し、核酸やアミノ酸や脂肪酸やNADPHの合成が亢進している(③)。ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている(④)。発酵小麦胚芽エキス(Avemar)はグルコースの取り込みと解糖系と乳酸産生を阻害し(⑤)、ペントースリン酸経路を阻害して、物質合成と抗酸化力を低下させ(⑥)、ミトコンドリアの酸化的リン酸化の抑制を阻害(=酸化的リン酸化を亢進)する(⑦)。その結果、がん細胞のワールブルグ効果を是正して、エネルギー代謝と物質合成を正常化する。
したがって、がん細胞に酸化ストレスを高める方法は発酵小麦胚芽エキスの抗腫瘍効果を高めることができます。逆に言うと、がん細胞の酸化ストレスを高める「がんの酸化治療」に発酵小麦胚芽エキスを追加すると有効性を高めることができるということになります。
【発酵小麦胚芽エキスはメトホルミンの抗腫瘍効果を高める】
ミトコンドリアの呼吸鎖や酸化的リン酸化の過程が阻害されると、プロトン(水素イオン)がうっ滞して、ミトコンドリアからの活性酸素種の産生が増加します。
メトホルミンは、世界中で1億人以上の2型糖尿病患者に使われているビグアナイド系経口血糖降下剤です。メトホルミンは、ミトコンドリアの呼吸鎖の最初のステップである呼吸酵素複合体I を阻害することが明らかになっています。さらに、ミトコンドリアのグリセロールリン酸脱水素酵素を阻害することも報告されています。その結果、ミトコンドリアでのATP産生が減少し、AMP:ATPの比が上昇し、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化されます。
活性化したAMPKは、肝臓の糖新生を抑制し、解糖を亢進し、骨格筋でのグルコース利用を促進して血糖を低下させます。AMPKはインスリン感受性を高めるので、少ないインスリンで血糖をコントロールできるようになります。
インスリンは老化と発がんを促進し、がん細胞の増殖を促進するので、糖尿病でない人でも抗老化とがん予防の目的で服用するメリットはあります。
すなわち、メトホルミンの血糖降下作用はミトコンドリアにおけるATP産生の阻害によって体内のATP量が減少するためです。体はATPを増やすために、グルコースの分解(異化)を促進し、糖新生(同化)を抑制するので、血糖が低下します。運動でATPが減少してAMPKが活性化されるのと同じメカニズムです。ATP産生が減少するのでAMPKが活性化します。
このメトホルミンの呼吸酵素阻害作用は、がん細胞において活性酸素の産生を増やす目的でがん治療への応用が検討されています。
図:メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素を阻害する(①)。その結果、ATP産生が減少してAMP/ATP比が上昇し(②)、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)が活性化する(③)。AMPKの活性化は細胞の増殖を抑制する。ATP産生の減少は増殖を抑制する(④)。呼吸鎖の阻害によってミトコンドリアでの活性酸素の産生が増え(⑤)、酸化ストレスで細胞は障害される(⑥)。
ミトコンドリアはATP産生だけでなく、細胞内カルシウムの恒常性維持、アポトーシス制御、細胞内シグナル伝達系など多くの機能において重要な働きを担っています。
がん細胞は活性酸素の産生を抑えるためにミトコンドリアの酸素呼吸を抑制していますが、ミトコンドリアが破綻して機能が阻害されると、がん細胞は生存できません。
ミトコンドリアの酸素呼吸を増やして、同時にミトコンドリアの呼吸鎖や機能を阻害すると、活性酸素の発生が増え、酸化ストレスが亢進して、がん細胞特異的にミトコンドリアを破綻できることになります。
図:細胞質での解糖系とミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を同時に阻害すれば、エネルギー(ATP)が枯渇して細胞は死滅する。解糖系阻害の方法として高濃度ビタミンC点滴や2-デオキシグルコースがある(①)。ミトコンドリアでのエネルギー阻害にはメトホルミンやドキシサイクリンがある(②)。さらに、酸化ストレスを高める方法としてジクロロ酢酸ナトリウムとケトン食(③)、ジスルフィラム、オーラノフィン、アルテスネイト、半枝蓮などの併用も有効(④)。これらを組み合せることによってがん細胞に選択的を死滅できる。
以下のような報告があります。
Glucose 6-phosphate dehydrogenase inhibition sensitizes melanoma cells to metformin treatment(グルコース6-リン酸脱水素酵素の阻害はメラノーマ細胞のメトホルミン治療に対する感受性を高める)Transl Oncol. 2020 Nov; 13(11): 100842.
【要旨】
ほとんどのがん細胞は、ペントースリン酸経路が亢進しており、物質合成と抗酸化防御を強化している。 2型糖尿病の治療のための第一選択経口薬として使用されるメトホルミンは、さまざまな種類のがん細胞の悪性進行を阻害する作用が報告されている。
しかし、メトホルミンは単剤ではその抗腫瘍効果が弱いことが、いくつかの臨床試験で示されている。
そこで、本研究の目的は、ペントースリン酸経路の最初の律速酵素であるグルコース6-リン酸脱水素酵素(G6PDH)の6-アミノニコチンアミド(6-AN)による薬理学的阻害が、異なるヒトメラノーマ細胞に対するメトホルミンの抗腫瘍活性を増強するかどうかを検討した
我々の結果は、6-ANがメトホルミンの細胞毒性を増強することを示した。メトホルミンと6-ANの組み合わせは、グルコース消費と乳酸産生を減少させ、ミトコンドリア機能と酸化還元バランスを変化させ、それによってメラノーマ細胞の増殖を阻害し、細胞死(アポトーシスと壊死)を誘導した。
私たちの知る限り、この組み合わせの抗腫瘍効果を報告した最初の研究である。この発見の生物学的関連性を明らかにするために、将来の前臨床試験を実施する必要がある。
メトホルミンの抗腫瘍効果はペントースリン酸経路の最初の律速酵素であるグルコース6-リン酸脱水素酵素(G6PDH)の阻害によって増強されるという実験結果です。
以下のような報告もあります。
Inhibition of Glucose-6-Phosphate Dehydrogenase Reverses Cisplatin Resistance in Lung Cancer Cells via the Redox System(グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼの阻害は、酸化還元システムを介して肺がん細胞のシスプラチン耐性を逆転させる)Front Pharmacol. 2018 Jan 31;9:43.
【要旨の抜粋】
解糖系から分岐するペントースリン酸経路(PPP)は、がん細胞の増殖、生存、老化と関連している。この研究では、ヒト肺がんA549細胞およびシスプラチン誘発多剤耐性A549 / DDP細胞におけるペントースリン酸経路の代謝プロファイルと、酸化還元状態の違いを分析および評価した。
A549 / DDP細胞は、ペントースリン酸経路の酵素であるグルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)の発現と酵素活性の増加を示した。さらに、siRNAまたは阻害剤によるG6PDの阻害は、A549 / DDP細胞のシスプラチンに対する感受性を高めた。
さらに、G6PDの阻害は、レドックスホメオスタシスに影響を与えることにより、A549 / DDP細胞のシスプラチン感受性を回復させた。
結論として、G6PDの阻害を通じてシスプラチン耐性を克服することは、ヒト肺がんにおけるシスプラチン誘発耐性の根底にあるメカニズムの理解を改善し、耐性と戦うためのこの治療の治療可能性への洞察を提供するかもしれない。
シスプラチン耐性にペントースリン酸経路の亢進が関与していることが指摘されています。以下のような報告があります。
The Pentose Phosphate Pathway and Its Involvement in Cisplatin Resistance(ペントースリン酸経路とそのシスプラチン耐性への関与)Int J Mol Sci. 2020 Jan 31;21(3):937.
【要旨の抜粋】
シスプラチンは、卵巣がん、精巣がん、膀胱がん、子宮頸がん、頭頸部がん、肺がん、食道がんなど、さまざまな種類の固形腫瘍の第一選択治療薬である。その臨床使用に関連する主な問題は、薬剤耐性の発症である。
過去数十年間のシスプラチン耐性に関する分子メカニズムの研究で、代謝の再プログラミングの関与の可能性が明らかになった。
このレビューは、高い細胞増殖率を維持し、がん細胞の生存を高める上で極めて重要な役割を果たすペントースリン酸経路に焦点を当てる。特に、ペントースリン酸経路の酸化的経路(NADPHの産生を伴う経路)は酸化ストレスに関与しており、シスプラチン耐性に関与している可能性が高い。
ペントースリン酸経路の酵素(グルコース-6-リン酸脱水素酵素、6-ホスホグルコン酸脱水素酵素、およびトランスケトラーゼなど)の過剰発現およびより酵素活性の亢進がシスプラチン耐性を増加させることが実証された。したがって、これらの酵素の発現や活性の阻害は、シスプラチン感受性を回復させる可能性がある。
さらに、ペントースリン酸経路阻害剤とシスプラチンの両方を含むドラッグ・デリバリーシステムは、がん細胞への選択性を高めることができる。
結論として、ペントースリン酸経路をターゲットにすることは、シスプラチン耐性を克服するための戦略になる可能性がある。ただし、メカニズムをよりよく理解するには、さらなる研究が必要である。
発酵小麦胚芽エキスはグルコース-6-リン酸脱水素酵素を阻害し、ペントースリン酸経路を阻害します。したがって、発酵小麦胚芽エキスはメトホルミンやシスプラチンなどの抗がん剤の抗腫瘍効果を増強する効果が期待できます。
【ジクロロ酢酸ナトリウムと2-デオキシグルコースはペントースリン酸経路を阻害する】
ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してミトコンドリアを活性化するジクロロ酢酸ナトリウムがペントースリン酸経路を阻害することが報告されています。以下のような論文があります。
Inhibition of the pentose phosphate pathway by dichloroacetate unravels a missing link between aerobic glycolysis and cancer cell proliferation(ジクロロ酢酸によるペントースリン酸経路の阻害は、好気性解糖とがん細胞増殖との間の失われた関連を明らかにする)Oncotarget.2016 Jan 19; 7(3): 2910–2920.
【要旨】
がん細胞は酸素の存在下でも解糖によるグルコースの発酵を行っており、これはワールブルグ効果と呼ばれている。このワールブルグ効果は、がんの治療法の開発において魅力的なターゲットになっているがん細胞に共通の特徴である。
本研究は、がん細胞における代謝、エネルギー貯蔵および増殖速度の間の関係を分析することを目的とした。6つのがん細胞株において、DNA合成量によって評価した細胞増殖能は、解糖の効率と相関することを見出した。
解糖と増殖の関係をさらに調べるために、ペントースリン酸経路の薬理学的阻害を使用した。
我々は、ペントースリン酸経路の活性の低下ががん細胞の増殖を減少させ、その作用はワールブルグ効果の代謝が強いがん細胞ほど大きな影響を及ぼすことを実証した。 ペントースリン酸経路の最初の律速酵素であるグルコース-6-リン酸脱水素酵素に対するsiRNAを用いて阻害する実験で、がん細胞の増殖を維持する上でのペントースリン酸経路の重要な役割が確認された。
さらに、ジクロロ酢酸が、がん細胞の解糖系優位の代謝からミトコンドリアでの酸化的リン酸化を亢進するように代謝を変換させ、それに応じて増殖能が減少することを見出した。
ジクロロ酢酸がペントースリン酸経路の活性を低下させたことを実証することにより、ジクロロ酢酸ががん細胞の増殖を制御する新しいメカニズムを提供する。
正常細胞では解糖と酸化的リン酸化が連動して働き、ATPを産生しています。
がん細胞では解糖と酸化的リン酸化が連動していません。解糖の最終産物のピルビン酸は乳酸に変換され、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されています。
増殖する細胞にとっては、エネルギー産生と物質合成を両立させるためにはグルコースの取込みを亢進し、解糖系とペントースリン酸経路を亢進する必要があります。
ジクロロ酢酸はミトコンドリアの酸化的リン酸化を促進し、その結果、解糖系とペントースリン酸経路を抑制する結果になります。つまりジクロロ酢酸と2−DGで解糖系とペントースリン酸経路を抑制すると、ATP産生と物質合成を低下させて、がん細胞の増殖を抑制できます。(下図)
図:2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)はヘキソキナーゼ(HK)で2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換される(①)。2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害して解糖系とペントースリン酸経路を阻害する(②)。ジクロロ酢酸ナトリウムは、ピルビン酸脱水素酵素を活性化してピルビン酸からアセチルCoAの変換を亢進する(③)。その結果、ミトコンドリアでの代謝を亢進し、解糖系とペントースリン酸経路を阻害する。ペントースリン酸経路の阻害はNADPHの産生を低下させ、還元力を必要とする生合成反応(グルタチオン還元、脂肪酸合成など)を抑制する(④)。NADPHの産生抑制はグルタチオンやチオレドキシンの還元を阻止して、抗酸化力を阻害する(⑤)。このように解糖系とペントースリン酸経路の同時阻害は、エネルギー産生や物質合成や抗酸化システムを阻害してがん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する。
【グルタチオンはペントース・リン酸経路で産生されるNADPHで還元される】
グルタチオンは細胞内に0.5〜10mMという非常に高濃度で存在します。チオール基(SH基)を持ち、この水素が電子を供与することによって活性酸素やフリーラジカルを消去します。
還元型グルタチオンはGSH(Glutathione-SH)と表記され、GSHが活性酸素などで酸化されると酸化型グルタチオンGSSG(Glutathione-S-S-Glutathione)になります。
つまり、酸化型は、二分子の還元型グルタチオンがジスルフィド結合(2個のイオウ原子が繋がった状態)によってつながった分子です。
細胞内で発生した活性酸素やフリーラジカルに電子を与えて酸化型になったグルタチオンを還元型に戻す酵素がグルタチオン還元酵素で、このときNADPHから水素をもらいます。このNADPHはペントース・リン酸経路で産生されます。
図:還元型グルタチオンは活性酸素(スーパーオキサイド、過酸化水素など)などと反応して酸化され、2量体化した酸化型グルタチオン(GSSG)に変化するが、グルタチオン還元酵素がNADPHからの電子をGSSGに転移して、GSH(還元型グルタチオン)に再生される。NADPHはペントース・リン酸経路で産生される。
がん細胞は還元型グルタチオン(GSH)の産生を促進することで、酸化ストレス抵抗性を高め、増殖や転移や治療抵抗性を高めていることが知られています。
NADPHはペントース・リン酸経路で産生されます。つまり、がん細胞のグルコース取り込みや解糖系やペントース・リン酸経路を阻害するケトン食や2−デオキシ-D-グルコースやジクロロ酢酸や発酵小麦胚芽エキスはNHDPHの供給を減らすことによって、グルタチオンの合成を低下させ、酸化ストレスに対する抵抗性を減弱させることができます。(ATP産生低下はグルタチオン合成を低下させます)
【ジスルフィラムは還元型グルタチオンを枯渇する】
ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害する作用があり、断酒薬としてアルコール中毒の治療薬として60年以上前から処方薬として使用されています。アルコールを飲むと強い副作用が出ますが、アルコールさえ飲まなければ、ジスルフィラムは極めて副作用の少ない薬です。
アルデヒド脱水素酵素(ALDH)はアルデヒド(CHO)を酸化してカルボン酸(COOH)にする反応を触媒する酵素です。
ALDHの阻害剤であるジスルフィラムはアルコールの代謝でできるアセトアルデヒドの分解を阻害することによって、アセトアルデヒドの有害な症状がでるので、アルコールを飲めなくするのです。
図:エチルアルコール(エタノール)はアルコール脱水素酵素でアセトアルデヒドに代謝され、アセトルデヒドはアルデヒド脱水素酵素によって酢酸に代謝される。ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素を阻害する。アセトアルデヒドは毒性が強いので、細胞や組織にダメージを与える。
アルデヒド脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーとしても知られています。つまり、アルデヒト脱水素酵素はがん幹細胞に過剰に発現し、その生存や増殖や自己複製に何らかの重要な働きを行っていることが指摘されています。細胞にとってアルデヒドは毒性があるので、アルデヒドを早く代謝するために必要なのです。
ALDH活性を阻害するとがん細胞の増殖や転移を抑制でき、抗がん剤の効き目を高めることができます。ジスルフィラムと銅の組合せ(複合体)はプロテアソーム(proteasome)におけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する作用があります。
銅を一緒に服用する必要はなく、がん組織には銅が多く含まれるので、がん組織で銅と複合体を形成してプロテアソームを阻害して抗がん作用を発揮します。
プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系はユビキチン-プロテアソーム・システムと呼ばれ、細胞周期やシグナル伝達やアポトーシスなど細胞内の様々な機能の制御に関わっています。プロテオソームの働きが阻害されると細胞内タンパク質の恒常性に異常が起こり、ユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によってがん細胞に対して致死的に作用します。
ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸に速やかに変換されます。ジエチルジチオカルバミン酸は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成し、この金属複合体がプロテアソームを阻害する事が報告されています。
図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は二価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する。ジエチルジチオカルバミン酸と銅の複合体はプロテアソームにおけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する。プロテオソームの働きが阻害されるとユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によって致死的に作用する。
ジスルフィラムはタンパク質のシステインに反応して活性を阻害する機序によって、プロテインキナーゼCやP糖蛋白質やDNAメチルトランスフェラーゼなど様々ながん促進性のタンパク質を阻害します。
図:ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸に変換され(①)、さらにジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドに代謝される(②)。ジエチルチオカルバミン酸メチルエステル・スルホキシドは、アルデヒド脱水素酵素などのタンパク質の活性部位のシステインのスルフヒドリル基(-SH)と反応して結合し、酵素活性やタンパク質の働きを阻害する(③)。このメカニズム(タンパク質のシステインに反応して活性を阻害する機序)によって、アルデヒド脱水素酵素の他に、プロテインキナーゼCやP糖蛋白質やDNAメチルトランスフェラーゼを含む、様々ながん促進性のタンパク質を阻害する。
注:ジスルフィラム服用中は飲酒はできません。奈良漬けのようなアルコールの入った食品も食べれません。抗がん剤のパクリタキセルは溶解剤としてエタノールを用いていますので、パクリタキセル治療中はジスルフィラムは使用できません。他にもアルコールで溶解する抗がん剤があるので、点滴による抗がん剤治療を受けているときには、溶解剤などでエタノールを使用していないことを確認する必要があります。
ジスルフィラムの代謝物は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成するため、細胞内の重金属イオンの貯蔵量を減らし、その結果、スーパーオキシド・ディスムターゼ(酸化ストレスから細胞を保護する)やマトリックス・メタロプロテイナーゼ(がん細胞の浸潤や転移を促進する)のような酵素活性に亜鉛や銅が必須の酵素の活性を阻害する作用があります。
ジスルフィラムの抗腫瘍効果は二価重金属の存在下で強く現れます。がん細胞内には正常細胞よりもこのような二価の重金属(銅や亜鉛)が多く存在するので、ジスルフィラムの毒性はがん細胞に強くでます。
ジスルフィラムと銅イオンの複合体内における一価の銅イオンCu(I)と二価の銅イオンCu(II)の酸化還元サイクルは、グルタチオンの酸化と過酸化水素の産生を引き起こし、細胞内の酸化ストレスを高めることになります。
図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は二価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。その結果、細胞内の重金属イオンの貯蔵量を減らし、酵素活性に亜鉛や銅が必須の酵素の活性を阻害する作用がある。また、ジスルフィラムと銅イオンの複合体内における一価の銅イオンCu(I)と二価の銅イオンCu(II)の酸化還元サイクルは、グルタチオン(GSH)の酸化と過酸化水素(H2O2)の産生を引き起こし、細胞内の酸化ストレスを高める。がん細胞内には正常細胞よりもこのような二価の重金属が多く存在するので、ジスルフィラムの毒性はがん細胞に強く出る。
【オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する】
チオレドキシン(Thioredoxin)はグルタチオンとならんで細胞内を還元状態に保つ重要な物質で、様々なストレスから細胞を保護する機能を持ちます。分子内に酸化還元活性を有するSH基を持つ抗酸化酵素で、活性酸素から細胞を保護する作用を示すほか、細胞内シグナル伝達にも関与する多機能タンパク質です。
細胞内における主要な抗酸化機構の一つであり、細菌からヒトに至るまで普遍的に存在しています。チオレドキシン・システムは、チオレドキシン、チオレドキシン還元酵素、NADPHより構成されます。
還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合し、標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基は酸化されます。
酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、 再び還元型に戻ります。NADPHはペントースリン酸回路で産生されます。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害します。(下図)
図:チオレドキシンは活性部位の2つのシステイン基の間でジスルフィド(S-S)結合を作る酸化型(①)とジチオール(-SH-SH)を作る還元型(②)が存在する。還元型チオレドキシンは酸化された標的タンパク質に結合してタンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基(-SH)は酸化されてジスルフィド(S-S)になる(③)。酸化型チオレドキシンはNADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、再び還元型に戻る(④)。NADPHはペントースリン酸回路で産生される(⑤)。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する(⑥)。
放射線や抗がん剤はがん細胞に活性酸素の産生を高めて酸化傷害を引き起こして死滅させます。これに対してがん細胞はチオレドキシン・システムを使って酸化傷害を軽減して細胞死に抵抗性を示します。
オーラノフィンはチオレドキシン(Trx)還元酵素を阻害してがん細胞の抗酸化力を低下させることによって、放射線治療や抗がん剤治療の効果を高めることができます。
一方、抗酸化剤は放射線や抗がん剤の抗腫瘍効果を阻害します。外来性にグルタチオンやN-アセチルシステインなどの抗酸化剤を摂取すると抗がん剤や放射線治療の効き目を弱めます。
DNAの構造の解明でノーベル賞を受賞したジェームズ・ワトソンは、「抗酸化性のサプリメントは、がん細胞の増殖を促進する」、「がん細胞の抗酸化力を減弱させる抗-抗酸化剤(Anti-antioxidant)はがん治療薬として有望である」という趣旨の発現をしています。(357話参照)
ジェームズ・ワトソンが、発酵小麦胚芽エキスからがん細胞のミトコンドリアを活性化して抗がん作用を示す成分を使ったサプリメントの開発に関与していることは前回(745話)で紹介しました。
発酵小麦胚芽エキスががん細胞のミトコンドリアを活性化して酸化ストレスを高めるというストーリーですが、がんの酸化治療に発酵小麦胚芽エキスの併用が有効である可能性を示唆しています。
図:放射線や多くの抗がん剤は活性酸素種を産生して(①)、がん細胞に酸化傷害を与えて死滅させる(②)。がん細胞はチオレドキシン還元酵素の活性を高めて還元型チオレドキシンを増やして、活性酸素種によるダメージに抵抗性を示す(③)。オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素の活性を阻害する(④)。発酵小麦胚芽エキスはペントースリン酸経路を阻害してNADPHの産生を低下させ(⑤)、さらにミトコンドリアを活性化して活性酸素の産生を増やして酸化傷害を亢進する(⑥)。したがって、発酵小麦胚芽エキスとオーラノフィンは放射線や抗がん剤の抗腫瘍効果を増強する。
オーラノフィンはがん細胞のチオレドキシン還元酵素を阻害する作用によって、酸化ストレスを高め、放射線治療や抗がん剤治療の効果を高めることが多くの実験で明らかになっています。以下のような報告があります。
Auranofin radiosensitizes tumor cells through targeting thioredoxin reductase and resulting overproduction of reactive oxygen species(オーラノフィンは、チオレドキシンレダクターゼを阻害して活性酸素種の過剰産生を引き起こしてがん細胞の放射線感受性を増強する)Oncotarget. 2017 May 30; 8(22): 35728–35742.
【要旨】
オーラノフィンは関節リュウマチの治療薬であるが、がん細胞における酸化還元バランスを崩す作用があるため、抗がん剤治療との併用が検討されている。
この研究では、オーラノフィンが、還元性タンパク質のチオレドキシンを介して作用する抗酸化防御システムにおける重要な酵素であるチオレドキシン還元酵素を阻害することによって、がん細胞の放射線感受性を増強するかどうかを検討した。
マウスのがん細胞株の4T1およびEMT6を用いた実験で、3〜10μMのオーラノフィンがインビトロで強力な放射線増感剤であり、少なくとも2つのメカニズムがチオレドキシン還元酵素による放射線感受性増強に関与することを明らかにした。
第1に、活性酸素を消去するN-アセチルシステインを添加するとオーラノフィンによる放射線感受性増強作用を妨げられるため、オーラノフィンの作用は酸化ストレスと関連している。
我々はまた、ミトコンドリアでの酸素消費を減少させることによって、低酸素条件下で放射線増感剤として作用する酸素を増やすことを認めた。
全体として、オーラノフィンによる放射線増感には、活性酸素の過剰産生、ミトコンドリア機能不全、DNA損傷およびアポトーシスが伴っており、これがオーラノフィンの細胞毒性と抗腫瘍効果のメカニズムになっていることが示された。
担癌マウスでは、オーラノフィンとブチオミン・スルホキシミン(buthionine sulfoximine)の併用によるチオレドキシンおよびグルタチオン系の同時阻害は、がん細胞の放射線感受性を有意に改善することが示された。
以上の結果から、放射線治療における抗腫瘍効果増強のターゲットとしてのチオレドキシン還元酵素の役割を明らかにし、放射線療法におけるオーラノフィンの併用の有用性について、さらに検討する必要性が示された。
このような医薬品再利用を使って、がん幹細胞の酸化ストレスを高めてがん組織の消滅を目的とした研究が注目されています。以下のような報告があります。
Repurposing drugs as pro-oxidant redox modifiers to eliminate cancer stem cells and improve the treatment of advanced stage cancers.(がん幹細胞を排除し、進行期がんの治療を改善するための酸化促進性レドックス修飾剤としての医薬品の再利用)Med Res Rev. 2019 May 20. doi: 10.1002/med.21589.
【要旨】
過去10年間で、3つの大きな進歩ががんの治療効果の改善に貢献した。一つは免疫療法の進歩である。2つ目は発がんにおける分子生化学、および細胞メカニズムの解明により、新たな薬物標的が発見されたことである。さらに3つ目は、早期発見のための信頼できるバイオマーカーの特定により、病気の早期治療が促進された。
上記の治療法の組み合わせによりがん患者の生存率が確実に改善されたにもかかわらず、単一の万能のがん治療法はまだ見つかっていない。
したがって、薬剤耐性の発生が頻繁に発生し、より悪性度の高いがん細胞の発生を促進するデメリットがあるにもかかわらず、化学療法はがん治療のための重要な治療法のままである。
ここでの焦点は、酸化ストレスを促進することによって、化学療法に対する耐性の発現を克服し、特に転移がんに対する化学療法の効き目を強化するために既存の医薬品の再利用を探ることである。
米国食品医薬品局が承認した医薬品の中で再利用に適した優れた例は、強力で特異的なチオレドキシン還元酵素阻害剤のオーラノフィン(auranofin)と非ステロイド性抗炎症薬であるセレコキシブ(celecoxib)である。
最近、この2つの薬物は、主にミトコンドリアの活性酸素種の産生を促進することにより、転移性がん細胞およびがん幹細胞を選択的に標的として、死滅することが示された。
このように進行期の転移がん細胞およびがん幹細胞の細胞内酸化還元システムをターゲットにすると、酸化ストレスを亢進し、アポトーシスの内因性経路が活性化される。がん細胞の酸化還元システムを標的としたオーラノフィンやセレコキシブなどの医薬品の再利用によって、化学療法の奏功率と生存率の向上が期待できる。
つまり、リュウマチ治療薬として使用されているオーラノフィンと抗炎症剤のセレコキシブを組み合わせると、がん細胞の酸化ストレスが亢進して、抗がん剤治療の効き目を高めることができるということです。がん細胞の酸化還元(レドックス)システムをターゲットにするとがん治療の効果を高めることができ、その目的にオーラノフィンとセレコキシブの組み合わせが有効という話です。
【オーラノフィンとセレコキシブはがん細胞の酸化ストレスを高める】
前述の論文で紹介されていたオーラノフィンとセレコキシブの組み合わせの論文は以下です。
Synergy between Auranofin and Celecoxib against Colon Cancer In Vitro and In Vivo through a Novel Redox-Mediated Mechanism.(酸化還元システムによる新規な作用機序によるin vitroおよびin vivoでの結腸がんに対するオーラノフィンとセレコキシブの相乗効果)Cancers (Basel). 2019 Jul 3;11(7). pii: E931. doi: 10.3390/cancers11070931.
【要旨】
関節リウマチの治療のための米国食品医薬品局(FDA)承認薬であるオーラノフィンが、さまざまな実験モデルで選択的な抗がん活性を持っていることが最近の多くの研究で示されている。しかし、臨床試験の結果は、オーラノフィンは単剤として使用した場合の抗がん作用は弱いことが明らかになっている。
この研究では、オーラノフィンの抗がん活性を強化する化合物を見つけるために、FDA承認薬物ライブラリーのスクリーニングを実施し、抗炎症薬のセレコキシブがオーラノフィンの抗がん活性をin vitroおよびin vivoで強力に強化するという予想外の結果を得た。
作用機序的には、オーラノフィンとセレコキシブの組み合わせは、活性酸素の産生を増やして酸化ストレスを亢進し、活性酸素種を介したヘキソキナーゼの阻害とミトコンドリアの酸化還元恒常性の障害を引き起こして、ATP生成の大幅な減少を引き起こした。
セレコキシブによって誘導された活性酸素種産生と、オーラノフィンによるチオレドキシン還元酵素の阻害作用は、チオレドキシン還元酵素を酸化状態へシフトし、MTCO2の分解と電子輸送鎖の機能不全を引き起こす。私たちの研究は、in vivoでがん細胞を効果的に除去する新しい薬物の組み合わせを特定した。 オーラノフィンとセレコキシブは現在臨床で使用されているFDA承認薬であるため、この研究の結果をがん治療に臨床応用することは可能である。
オーラノフィンは関節リュウマチの治療薬として古くから臨床で使用されています。前述のように、オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害して酸化ストレスを高め、抗がん作用を発揮することが知られています。
培養細胞や動物を使った研究で抗がん作用が明らかになり、白血病、肺がん、卵巣がんなどで臨床試験が実施されています。しかし、その結果はあまり良くないようです。つまり、オーラノフィン単独での抗腫瘍効果は弱いことが明らかになっているのです。
そこで、オーラノフィンの抗腫瘍効果を高める医薬品がないかを探索する目的で、FDAが認可している1280種類の医薬品をスクリーニングしています。すでにFDAが認可している薬なので、もしオーラノフィンの抗腫瘍効果を高める効果があれば、すぐに臨床で使用できるメリットがあるわけです。
そのスクリーニングの結果、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の選択的阻害剤のセレコキシブがオーラノフィンの抗腫瘍効果を増強することが明らかになったのです。
この2つの組み合わせは、がん細胞のミトコンドリアの活性酸素の産生を高めて、解糖系酵素のヘキソキナーゼの活性を不活性化することが示されています。さらに、ミトコンドリアの呼吸酵素の働きを阻害してATPの産生を大きく阻害して、細胞を破綻させることを示しています。
また、セレコキシブの活性酸素産生亢進作用はCOX-2に依存しないことが示されています。すなわち、COX-2の遺伝子をノックダウンしたがん細胞でも同様な作用が見られたためです。
セレコキシブはCOX-2阻害作用以外に、この作用とは関係ないメカニズムで抗がん作用を発揮することが多く報告されています。
MTCO2(Mitochondrially Encoded Cytochrome C Oxidase II)はチトクロームcオキシダーゼサブユニット2ファミリーに属します。 MTCO2は、ミトコンドリアで酸素を水に還元する反応を触媒する呼吸鎖の構成要素です。
オーラノフィンとセレコキシブの併用は、MTCO2の分解と電子輸送鎖の機能不全を起こしてミトコンドリアでのATP産生を阻害するということです。
図:がん細胞はグルコーストランスポーター1(GLUT1)からのグルコースの細胞内取り込みが増えている。細胞内に取り込まれたグルコースはヘキソキナーゼでグルコース6-リン酸に変換され(①)、解糖系でピルビン酸まで代謝されたあと、乳酸脱水素酵素(LDH)で乳酸になる(②)。この解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPが産生される(③)。ミトコンドリアに入ったピルビン酸はピルビン酸脱水素酵素(PDH)でアセチルCoAに変換され(④)、TCA回路と呼吸鎖(電子伝達系)による酸化的リン酸化によって(⑤)、大量のATP(グルコース1分子当たり約30分子のATP)が産生される(⑥)。オーラノフィンとセレコキシブを併用すると細胞内の活性酸素種(ROS)の産生が亢進し、酸化傷害によってヘキソキナーゼの活性が阻害される(⑦)。同様にミトコンドリアでも活性酸素種の産生が亢進し、呼吸鎖の酵素がダメージを受けてATP産生が阻害される(⑧)。ジスルフィラム、ジクロロ酢酸ナトリウム、2-デオキシ-D-グルコース、アルテスネイト、高濃度ビタミンC点滴、メトホルミンなども多彩なメカニズムで活性酸素種(ROS)の産生を高める(⑨)。これらの治療法を組み合わせて、がん細胞内の活性酸素種の産生を増やして酸化ストレスを亢進すると細胞死を誘導できる(⑩)。
さらに、抗生物質のドキシサイクリンやアジスロマイシンはミトコンドリアのリボソームの働きを阻害し、ミトコンドリア機能やミトコンドリア新生を阻害し、ATP産生を低下させます。この作用は上記のがんの酸化療法の抗腫瘍効果を高めます。
発酵小麦胚芽エキス、2-デオキシグルコース、メトホルミン、ジクロロ酢酸ナトリウム、ジスルフィラム、オーラノフィン、セレコキシブ、ドキソルビシン、アジスロマイシンの組み合わせは、がん細胞の酸化ストレスを増強して死滅する効果を発揮します(トップの図)。
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