がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
164)精神的ストレスの軽減はがん患者の生存率を高める
図:がんの診断・治療の伴うストレスは、神経-内分泌-免疫系に作用して、免疫力や治癒力を低下させ、がん細胞の増殖を促進し、QOL(生活の質)を悪化させる。不安や恐怖感や孤独感などのストレスを軽減することは、QOLの改善や再発予防や延命に効果が期待できる。
164)精神的ストレスの軽減はがん患者の生存率を高める
ストレスに関連した精神的要因とがんの予後との関係については多くの研究が行われていますが、これまでの小規模な研究では相反する結果が得られています。
例えば、アメリカのスタンフォード大学の精神科教授のデービッド・スピーゲル博士らの1989年の研究では、精神的サポートを行う心理療法が転移した乳がん患者の生存率を高めることが報告されています。86人の進行乳がんの手術後の患者を2つのグループに分け、一つのグループは何ら心理療法を行なわず、もう一つのグループにはカウンセリングや患者同士のディスカッションなど、がんに立ち向かう態度をサポートするような心理療法を行なった結果、平均生存率は、前者が18.9ヶ月であったのに対し、後者はその約2倍の36.6ヶ月であったと報告されています。これは、たとえ進行がんであっても心理的なサポートによって生存率を高めることを示唆する報告として注目されました。(Lancet 2(8668):888-891, 1989)
しかし、その後スピーゲル教授自身が症例数を増やして行った再試験では、転移した乳がん患者に対して心理療法が生存率を高める結果は得られませんでした。(Cancer. 110(5):1130-1138. 2007)
その他の臨床試験でも、グループ療法や心理療法といった精神的サポートが、転移した乳がん患者の予後を改善する結果は得られていません。
しかし、転移を認めないような比較的早期の段階であれば、精神的サポートが再発率を低下させ、生存期間を延ばす効果があるようです。
ストレスとがんの予後との関係を検討した研究報告をメタ解析によって検討した論文によると、ストレスに関連した精神的要因ががんの発生率やがん診断後の生存率に影響することが示唆されています。すなわち、ストレスの多い生活が、がん治療後の生存率を低下させることが報告されています。ストレスを受けやすい性格や、ストレスにうまく対処できない人、物事を悲観的あるいは否定的に捉える傾向の人、生活の質が悪い状態の人では、がんの発生率も再発率も死亡率も高くなっていました。(Nat Clin Pract Oncol., 5(8): 466-475, 2008年)
精神的なサポートが乳がん患者の生存率を高める結果がランダム化試験で報告されています。
Psychologic Intervention Improves Survival for Breast Cancer Patients: A Randomized Clinical Trial(精神的介入は乳がん患者の生存率を高める:ランダム化臨床試験)Cancer. 113(12):3450-3458, 2008年 |
これはオハイオ州立大学などの研究グループが行ったthe Stress and Immunity Breast Cancer Project (SIBCP)という臨床試験。 手術を受けたステージIIとIIIの乳がん患者227例を対象に、精神状態を評価するのみ(研究アシスタントや看護士による面接を6ヶ月ごとに行って精神状態や生活習慣などをアンケート調査する)の群と、精神的(心理的)介入を行った群で再発率や生存率などを比較している。 治療(精神的介入)は8から12人の小グループに患者を分け、精神科医が行った。その内容は、ストレスや不安を軽減する、気分を良くする、リラクセーション、倦怠感の軽減、健康的な生活の指導(低脂肪の食事、歩行や運動などの身体活動、禁煙)、術後のがん治療副作用軽減などのサポート、家族や友人などによる精神的サポートなどであった。 最初の4ヶ月は毎週に1回(計18回)、その後8ヶ月間は月に1回の面接による指導を1回に1.5時間実施し、計26回、39時間の指導を1年間に渡り行った。 平均11年間(7~13年間)の追跡(最初の2年間は3ヶ月おき、それ以降は6ヶ月おきにマンモグラフィー検査と診察を定期的に行い、異常を認めた場合は精密検査を実施)を行った結果、再発の有無を確認できた212例中62例(29%)で再発が確認され、227例中54例(24%)が死亡した。 統計的な解析によって、コントロール群(介入を行わなかったグループ)に比較して、精神的(心理的)介入を行ったグループの再発リスクは0.55、乳がんに関連した死亡リスクは0.44に低下していた。 がん関連以外の死亡も含めた全死亡のリスクも0.51に低下していた。 以上の結果から、この研究で行った心理的介入(精神的サポート)は乳がん患者の生存率を高めることが示された。 |
転移しているような進行したがんの場合は、精神療法の効き目は現れにくいようですが、比較的早期で転移がない場合には、精神的サポートが再発や死亡のリスクを半分近くに減らす効果が期待できそうです。
精神的ストレスやネガティブな感情が、自律神経系や内分泌系や免疫系に影響して体の治癒力を低下させることは良く知られています。
慢性的なストレスはカテコラミンや副腎皮質ホルモンや炎症性サイトカインの産生を高め、これらが免疫力や治癒力を低下させ、がんの増殖を促進することが多くの研究で明らかになっています。
人間はストレスが与えられると、交感神経が刺激され、副腎皮質からステロイドホルモンが分泌されます。副腎皮質ホルモンは抗ストレス作用があるのですが、免疫細胞のリンパ球はこのホルモンに弱く死滅していきます。またマクロファージの貪食能も低下させます。
不安や恐怖心などの精神的ストレスがあると、食欲がなくなり、不眠に陥って体調が崩れます。交感神経の緊張は消化管運動や分泌を抑制するので、このような状態が長く続くと、消化吸収機能の低下の原因となり、栄養障害から免疫力の低下の原因になります。交感神経の過緊張は、血管を収縮させて組織の血液循環を障害し、新陳代謝や治癒力を低下させてがんが再発しやすい体質にします。
胸腺・脾・骨髄・リンパ節などの免疫担当器官へも自律神経が分布しています。自律神経はこれらの免疫器官の血管を支配し血流調節を司るのみならず、一部は免疫器官の実質に終わりリンパ球に直接作用して免疫反応を調節することが明らかになってきました。例えば、脾臓のNK細胞活性は交感神経活動によりアドレナリンβ受容体を介して低下します。このようにストレスによる交感神経の異常緊張は体の免疫力を低下させて癌に対する抵抗力も減弱させてしまうわけです。逆に笑いや精神的な安心がNK細胞活性を高めることも良く知られています
孤独やがんに対する不安感や恐怖心は最大の精神的ストレスであり、がんの進行を促進するため、そのような不安や恐怖や孤独感を取り除くだけでも延命効果は期待できます。
偽の薬であっても薬を飲んだという暗示(安心感や期待感)によって治癒効果が現われるプラセボ効果の存在は、気持ちの持ち方が体の治癒系に強く影響することを証明しています。
心と体は密接に関連し、免疫力や回復力などの体の自然治癒力に影響しており、期待感や暗示など気持ちの持ち様を変えるだけでも自然治癒力を高め、がんの再発率や死亡率を低下させる効果が期待できます。
信じられる薬ほど、薬理作用以上の効果を発揮することができます。漢方薬は、2000年以上の経験の重みをもっており、まだ解明されていない未知の作用もあります。人によって効き目は異なりますが、薬が合った場合には劇的によくなることも知られています。このような漢方薬を上手に使って不安感を軽減すれば、成分による物質的な薬効以上の効果を得ることができると思います。
(文責:福田一典)
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