「大変愛していた我が君よ」と言ってから、イザナミは暫らく間を置いて、今度は、声を荒げるようにして、空を仰ぎながら言います。大石を挟んでの対話です。しかも、今はかっては愛しの君だった夫であるイザナギに対して激しい憎悪の感情で物を云っているのですから当り前です。次の言葉です。
“為如此者<カクシタマハバ>”
「そのようなことをおっしゃるなら」(石を引塞て、事戸<コトド>を渡されたこと)私はその報復として
“汝国之人草一日絞殺千頭”
すると申されたのです。「絞殺」、刀か何かで切り殺すのではなく、首を絞めて殺すことです。これについて宣長は、
「神様が人を殺す場合は、その身に傷を付けずにきれいな生まれたままの体でなされなくてはならないから、そのためには首を絞めて殺さなくてはならない」
と説明があります。だから、イザナミも、汝の国の人を一日に千頭「絞殺」<クビリコロサナ>と“もうしたまひし”です。この「千頭」ですが、黄泉の国に入ると、誰もが皆、「獣」なみに扱われ、「人」としては存在せず、「頭」として扱われていたのではないでしょうか???なお、この「汝国<ミマシノクニ>と言うのは、イザナミが、自分が生んだ国の事ですが、その国さへ、イザナギが住める国として、憎くて憎くてたまらなかったのでしょうかね???これについて宣長は
「生死の隔たりを思へば、甚<イト>も悲哀<カナシ>き御言<ミコト>にざりける」
とあり、死別することは、今まであったことを総てを引き裂くことで、このような結果をもたらす、誠に相哀れむべき事だと述べているのです。