『ガイドブック 五日市憲法草案』について、関西の「戦前の出版物を保存する会」ニュースに書かせていただきました。
6月には学習会も開かれるそうです。
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「ガイドブック 五日市憲法草案」の出版について
日本機関紙出版センター 丸尾忠義
このたび出版した『ガイドブック 五日市憲法草案~日本国憲法の源流を訪ねる』(本体1700円)について以下、ご紹介します。
実は私自身、この憲法草案については数年前まではそれが明治初期の自由民権運動の中で作られた数多くの私擬憲法の一つとしてその存在を知っている程度でした。ところが憲法改正を掲げる第2次安倍政権が発足、基本的人権、民主主義、平和主義の原則が壊されるかもしれないという危機感が広がり、あらためて日本国憲法について考えることが多くなりました。
そんな時、一昨年の秋ですが、皇后美智子さんが誕生日に際し発表した発言の中に「五日市憲法草案に感銘した」と触れていることをニュースで知りました。(本誌読者の中にはもちろん天皇制否定の考えをお持ちの方が大勢おられるでしょうから、なぜ皇室のことに触れるのかと不審に思われるでしょう。しかしその当時、そして今現在の安倍政権の立ち位置を考えると、表に現れる部分だけですが、日本国憲法に対する天皇・皇后の考えや思いのほうが安倍政権よりもよほど私たち国民の気持ちに近いものが感じられるというのが率直な私自身の思いです)
皇后がどのように五日市憲法草案を評価したのかは、その発言を本の帯に一部引用していますのでお読みいただければいいのですが、この発言であらためて五日市憲法草案に全国的な関心が集まったことは、私たちにとってもとても意味があることであり、それゆえもっとこの憲法草案が広く注目されてもいいのではないかと思ったのが出版の動機でした。
五日市憲法草案が誕生した地は、現在の東京都あきる野市です。あきる野市は旧秋川市と五日市町が合併して出来た東京都心部からずいぶん離れた武蔵野台地に位置する市です。昨年7月、新宿から約2時間電車に乗り、JR五日市線終点、武蔵五日市駅に降り立ちました。正直、ずいぶん山の中に来たんもんだなあと思ったものです。著者の鈴木富雄さんに五日市憲法草案について説明を受けながら、ゆかりの場所を約半日かけて訪ねました。こうした歴史を訪ねる行動はじつに楽しいです。話を聞きながらそれぞれの場所で遥か昔を想像していくと、目の前にこの憲法草案を起草した千葉卓三郎らしき人物が現れ、多くの若者たちが民権運動の中で熱く自国の未来を議論した様子が浮かんでくるのです。
五日市憲法草案は今から134年前の1881年(明治14)に、当時29歳の五日市の青年教師だった千葉卓三郎が起草した全文204条からなる憲法草案です。千葉は彼の援助者だった20歳の青年・深澤権八らとともに欧州や米国の政治、経済、思想、憲法などを徹底して学び、その当時すでに世界的に到達していた「立憲主義」の考えにもとづいた憲法草案を書きあげました。その人権や自由の規定は、数多くあった私擬憲法の中でも最も革新的、立憲的と言われており、その条文は日本国憲法と対照表ができるほどのものです(くわしくは本書をお読みください)。
この憲法草案が発見されたのは1968年で、日本国憲法制定後かなりの年数が経っていましたから、五日市憲法草案が日本国憲法制定に影響をあたえることは不可能でした。しかしこの本の副題には五日市憲法草案が「日本国憲法の源流」と書きました。これはどういう意味なのでしょうか。
実は憲法制定に大きな影響を与えたのが憲法研究会の「憲法草案要綱」を起草した鈴木安蔵ですが、彼がその民主的条項に関する部分で参考にした私擬憲法が当時最も進んでいると言われた植木枝盛の草案でした。ところが後に発見された五日市憲法草案にはその植木枝盛案にまさる自由や人権規定があったのです。この点が、五日市憲法草案が源流であると言われている所以です。これは私の思いですが、日本国憲法制定当時に五日市憲法草案が存在していたら、おそらく鈴木安蔵はこの草案を何よりも参考にしたことでしょう。
ところで、五日市憲法草案を発見したのは東京経済大学の色川大吉教授が指導する色川ゼミナール学生たちの調査でした。本書にはその時に、薄暗い土蔵の2階の梁から草案を発見した張本人である新井勝紘さん(現専修大学文学部教授)からもメッセージをいただいています。ぜひお読みください。
最後に、第3次安倍政権はまずは解釈改憲により実質的憲法改正を、そのうちに真正面から日程を上げた憲法改正を目論んでいます。こんな計画を許してはなりません。鈴木富雄さんは、長い間にわたって五日市憲法草案の保存運動に関わり、現地見学会ガイドや講演会に取り組んでおられます。この機に全国の人にぜひ本書を読んでいただき、あきる野市を訪れて日本国憲法の源流に触れてみていただきたいと願っています。きっとそれは私たちの日本国憲法への思いをさらに深めていくことになるでしょう。