小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

西野洋の、私たち的回顧

2016年01月21日 | 日記

 

西野さんが逝去して三か月になろうか。以前、彼を悼むつたない弔文をここに遺した。多くの方々に目を通していただいた。今にいたっても、アクセス数の上位にランキングされている。正直いって驚くとともに、「西野洋」という存在の大きさを毎日ひしひし感じることになった。合掌 

これもなにかの縁(えにし)であろう。生前の、彼との淡くともつよい繋がりを歓びつつ、彼の早逝をふかく惜しむ。

 

風のたよりだが、西野さんの仕事を偲ぶ企画が開かれることをカミさん経由で知った。とても素晴らしいことだと悦び、まずは自分たちでも何かしらができないか、そう二人だけの「西野洋回顧展」という戯れ事をやってみた。許してたもう。

いただいた年賀状をまずは経年順に、縦組み横組みに整理して並べてみた。

律儀に賀状を残してくれた妻に感謝。そして、・・・ただただ言葉で表せない感の情にふたりで浸った。(最初の4,5年は妻宛のもの。一緒に仕事していた時期もある。)

 

 ↑色づかいの繊細さ、端正なレイアウト。はがきという小さなフレームに西野さんらしい卓越したデザイン、その結実した技がうかがえる。一つひとつを子細に見ていただけないのはつらい。彼を知る人なら分かるだろうが、作品はキリッと完結してみえるが、奥行きが深いのだ。デザインされたものの背景に、余剰がある。時間的な広さや空白をも感じさせる。そう、余裕、豊かさ、彼が蓄積してきたカルチャーみたいなもの。やめよう、言葉は負ける、美しい事実にはね・・。賀状の中には、西野氏の丁寧なコメントが記されているものもある。伝えたいのであるが、いま暫く、といった心境です。

 

 

 私の今の気持ちを純粋なかたち・色で代弁してくれ。と、疑心暗鬼ながら気に入った花の画像を、故西野さんに手向けたい。

 

 

 


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