以下の文章はいわば能書きにあたるので、タイトルにある「夢二式美人に『可愛い』の源泉をみる」の結論をはやく読まれたい方はどうぞジャンプされたし
「侘び、寂び」と同じように、世界にむけて現代の日本人の精神性あるいは心性を表わす言葉とは何か?
議論はあろうが、いちばんの候補といえるのは「可愛い」だ、と思ったのはいつの頃だったか。竹内整一が考察した「やさしさ」に関する一連の著作を読んだときか。それとも、経済学者森嶋通夫の『なぜ日本は没落するのか』を読んだ時か。いずれにしても2000年前後で、「失われた時代」に入ってたと自覚したときと重なる。
その頃には、村上隆、奈良美智らの作品が、ジャパンアートとして世界のアートシーンで脚光を浴びていたと思う。彼らが表象したいコンセプトには、たぶん通奏低音として「可愛い」があり、西洋美術のもつある種の普遍性にくさびを撃ちこみたい願望があった、と小生は不遜にも感じていた。
▲村上隆のキャラクター ヴィトンとのコラボ商品
▲奈良美智のアートパネル 3000円台で購入可
アニメ、マンガ、コスプレなどのサブカルチャーが海の向こうの若者たちから支持を受け、それは今も継続し、根強い人気を保っている。キティちゃんブームが強力に「KAWAII」の背中を押したのかもしれない。
近年になると、大御所の草間彌生が「水玉模様」を連れて、大外から一気にまくってきた。可愛いのは水玉模様という要素もあったが、年齢を重ねても彼女の「かわいい」キャラクターが注目されたのだと思う。草間彌生が創りだすアイテムは、アートのみならずファッション界、商業社会でも注目を集めている。
▲存在そのものが可愛いアートになった。草間彌生(弁天町の美術館はいつも1か月以上予約がいっぱい)
その「かわいい」の起原はなんぞや? そんな大それた調査や研究は、小生の任ではないのだが、ひと通りの手順をふまえて着地できればいいかなと・・。四の五のいわずに始めよう。
さて、「かわいい」の本来の意味とは何か。(日本感性工学会に所属する東京電機大学の宇治川正人氏の論文、『「かわいい」と思う感情を表現する語の変遷 ーー古語辞典、国語辞典の記述の分析』を参考にさせていただいた)
「かわいい」の語源は「カオハユシ(顔映し)」と されている。古代から中世までは「いたましい」,「ふびんだ」という 語意で使われ,「かわいい」という語意ではなかったという(平安時代末期『今昔物語集』にみられる)。
「かはゆし(かわゆし)」の形で中古から見え、「かほはゆし(顔映ゆし)」→「かははゆし」→「かはゆし」と変化した語と考えられている。「はゆし(映ゆし)」は、身体に変調をきたすような感情や事態を示す語である。目を開けていられないことを「まばゆし(目ばゆし)」と言うように、「かほはゆし(顔映ゆし)」も「顔を向けていられないほどである」といった意味であった。そこから、「気の毒で見ていられない」「不憫だ」の意味が派生した。
「かわいい(かはゆし)」は、中世後半から、正反対の「愛らしい」の意味に転じたらしいのだが、その理由については明らかでない。小さいもの、か弱き者に対して手を差し伸べたくなる感情と、可哀そう(気の毒)で見ていられないという感情は近いものがある。助けてあげたい、庇護したいという感情から、「慈しむ」「愛らしい」へと意味が転じたと思われる。
そして現代に至っては、その「かわいい」はきわめて多様で多義的な言葉として使われている。ちなみにどんな解釈や意味が説明されているか、ネット上のものだがピックアップしてみる。
かわゆい/愛しい/愛おしい/大切/大事/麗しい/愛くるしい/愛らしい/愛愛しい/ラブリー/可愛らしい/めんこい/
美しい/いたいけ/あどけない/しおらしい/可憐/キュート/プリティ/愛嬌/ぽっちゃり/ぽちゃぽちゃ/ぽちゃ/丸ぽちゃ/ぽってり/ころころ
魅力的/チャーミング/シャルマン/美しい/慕わしい/素敵/素晴らしい/かっこいい/魅する/憎めない/嬉しい
かわゆい/可愛らしい/愛くるしい/愛らしい/愛愛しい/めんこい/美しい
以上の「かわいい」に関する研究・調査は、主として企業のマーケティング部門と連携する大学の社会心理学の先生や研究機関がほとんど。あまりにも身近で汎用性の高い言葉だから、専門的に研究する上では物足りないのかもしれない。
古語としての「かわいい(かはゆし)」も、前述したように、まるで反対の意味で使われていたので、「をかし」「やさし」「うつくし」などの言葉に較べると、ネガティブな「かはゆし」は古典文献における用例が少ないと思われる。言語学的な研究において、あまり見るべき成果がないのはそうした理由によるものだろう。
その他、アカデミズムの学究的な分野でも、これは重要だと思われる研究は残念ながら少ない。しかし、兵庫教育大学院の修士論文・『現代社会における「かわいい」概念の生成と変容』は目に留まった。中国留学生(女性)によるもので、なかなかに読ませる内容であった。
この論文は、一口にいえば包括的であるが、ここぞという領域はかなり深掘りしている。論点としては、「かわいい」がうまれた文化的必然性、「かわいい」の具体的内容、性質、ブランド性向、その表出として女子向けファッション現場の実態をふくめ、きめ細かくかつ楽しくフィールドワークした成果が論文に反映されている。
さらに、戦前の少女雑誌文化、特に吉屋信子他による少女小説の分析(読み解き)も秀逸だと思った。70年代以降の少女マンガ、現代の「可愛い」論者で有名な四方田犬彦、古賀令子、宮台真司、大塚英志らの論考も参考にしていて、2010年の提出論文としては、最前線の研究であるといえる。中国留学生とはおもえないほど、専門的な日本語を駆使し、「かわいい」の本質をていねいに分析し、まとめあげたものだと評価したい。
「夢二式美人に『可愛い』の源泉をみる」
下の2つの画像の共通点を見つけていただきたい。
一目瞭然、両方とも目と目が離れている。ちょっとした違いは、夢二のは、紅が塗られた口があり、鼻はすっーと描いているが、簡略した感じだ。キティちゃんは、鼻はあるけど目より小さくて、横に楕円。口はまったく省略されている。要するに強調しているパーツは、目だということ。
美学的に言うと、二つの瞳を求心的に描いたときと、遠心的に描いた場合の顔の表情にどんな変化があるかだ。人間の顔立ちは大きく分けて「求心顔」と「遠心顔」という2つのグループに分けられるという。
「求心顔は、顔のパーツが中央に集まっていることが特徴。ハッキリとした顔立ちで、知的でクールな印象を与える傾向にあります。一方、遠心顔は顔のパーツが外に寄っていることが特徴。幼く見える顔立ちで、かわいらしく柔らかい印象を与えたり、個性的でミステリアスな印象を与えたりする傾向にあるようです。離れ目顔は、後者の遠心顔に分類される顔立ちであり、顔の幅が横に広く見えることから幼い童顔の印象や妖艶な印象を与えます」。
目が離れた顔は、「顔の幅が横に広く見えることから、幼い童顔の印象や妖艶な印象を与え」、「幼く見える顔立ちで、かわいらしく柔らかい印象を与えたり、個性的でミステリアスな印象を与える」と分析している。要するに、幼くて可愛い、じっと見つめてくるようで、神秘的、庇護したくなるような不思議な感情がわいてくる。
思えば、動物の赤ちゃんは、どんな種類も掛け値なしに可愛い。ライオン、ゴリラ、トド、犬、猫・・、人によっては昆虫や蛇の赤ちゃんさえも可愛いという人がいる。
夢二の美人は、どれも目が離れた女性を描いていて、それは一貫して変わらない。習作時代の絵を見たことがないのだが、たぶん直感的に目を離して描き始めたと考える。初期のころの夢二の絵画表現を研究したものがあれば是非ともみてみたい。
私見だが、夢二は絶世の美人を描こうとしていたのではなく、誰にでも親しみを感じるような美人画をめざしていたのではないか。浮世絵、日本画には、聖女、貴婦人らは出てこない。遊女や茶屋・町屋で評判の美人たちで、親しみやすくて何よりも愛嬌がある美人・シャンだ。華人、麗人という気高いほどの美人は、夢二の関心の的とはなりえなかった。
気をつけたいのは、以上の顔の美形うんぬんは決してルッキズムでは語るべきではないこと。夢二が活躍した時代、その背景には、戦争や恐慌がつぎつぎと起こる社会的な不安定要因もあった。だからこそ、人々に癒しと安寧をもたらしてくれる、離れ目の女性に人気が集ったのではないか・・。
おまけ 少女マンガにみる夢二式美人
小生、橋本治の影響大であり、少女マンガは30代より好きな作家がいた。一押しが高野文子だが、竹久夢二をじっくり鑑賞したせいか、彼女の作品は、かなり夢二の世界、審美眼に影響をうけたことは明白だと思った。特に『おともだち』は大正浪漫の雰囲気が色濃く伝わってくる。
▲『おともだち』の函、キャラクターの目は離れている、というよりテンだ。
▲『おともだち』のカラーページ。少女マンガらしく目はぱっちり。目は離れている。
▲『おともだち』劇中劇の記憶に残るワンシーン
▲問題作『絶対安全剃刀』のなかの「田辺のつる」、その最初のコマ。祖母が少女として登場する。大友克洋よりも衝撃をうけた。
▲祖母のつるさんはふつう、上のように描かれる。
いろいろな情報も満載で、9/23付けの私のブログにリンクさせていただきました。
また、直接の関係はないですが、先日の記事に車椅子の話を書いておられたので、もう10年ほど前ですが、障碍について書いたブログ記事があるので参考に貼っておきます。
https://sallyamour.seesaa.net/article/201402article_1.html
今はもう、いわゆる障碍や病気や事故があろうがなかろうが、「老いという障碍」について考えてしまう年になってしまいました。
「求心顔」の興味深い解説にうなずいたあと、治ちゃんファンのわたしのカワイイはといえば、高野文子の絵、『おともだち』『絶対安全剃刀』なので、絵が出てきたのには、おもわず、「あー、(小寄道様)まさにお友達!」と声をあげてしまいました。
そういえば、ルミネのイメージキャラクター「ルミ姉」も目が離れているけど憎めない可愛さでした。
小寄道様のエッセイにうれしくて支離滅裂な感想になりそうなので、このあたりでやめておきます。
S&N氏の記事および吉松さんの記事を拝読しました。Sekkoさまが示唆されたことの100%はまだつかみ取れていませんが、「老いという障碍」は実感しています。
これはもう、人類全体にとって「老いの認知」を考え直すときがきている証左だと考えます。
ありがとうございました。
Jeanさんは、もう完全に「おともだち」です。小生の一生、その関係は切れません。申し訳ないですけど・・。
若い時、妻は橋本治を読んでいませんでしたが、高野文子を読んでいました。だから付き合い始めたと言っていいかと思います。『おともだち』は小生の所蔵のものです(エヘン)。
「ルミ姉」はまだ存じあげませんけど、これから拝見します。
どうも、ありがとう。
https://sallyamour.seesaa.net/article/201403article_1.html
障碍について書いたのはこちらでした。
ごめんなさい。
『 かわいい 』に対して、ちょっとばかり恥ずかしい思い出があるので本当にて久し振りにコメント致します。
『 かわいい 』は、『 さよなら 』と同じくらい外国人が覚えやすいサウンドのようです。
毎年、夏、ロンドンに約 一カ月ほど滞在していました。
近くの大型スーパーマーケットへ行くとイギリスなのにイギリス人らしき人は、ほとんど居なくて店員も客もたいてい外国人でした。
レジは、東ヨーロッパから来てパートとし働いている若い女性が多く、愛想が良かった女性に『 かわいい 』という単語を教えました。すると、すぐに覚えて私を見ると毎回、何かと「 かわいい!」を連発して言っていました。
『 かわいい 』という日本語をよほど気に入ったのか… ⁈ と思い、『 かわいい 』には、『 小さい 』という意味もある、と さらに教えたところ、その次、そのレジの女性のところへ行くと「 あなたのお買い物は、いつも全部かわいいですね!かわいいポテトクリスプス、かわいいベークドビーンズの缶詰、かわいいミネラルウォーター、かわいいチョコレートバー! ALL かわいい!」と言われ、笑われました。
なので、「 ALL かわいい なら私も かわいいでしょう⁈ 」と言って、そこを去りました (笑)
佐村河内氏の障害偽装については、当時でも想定できたように記憶しています。作品発表のドキュメンタリーや、知人の意見を見聞きし、作品の完成度がいまいちという感想をもっていました。
障害をもつ芸術家で世界第一線で活躍するひとは結構いますよね。彼らは自分の障がいについて自ら語りません。自分の演奏、作品の出来そのものを評価されることを願っている。それが本物、レジェンドという気がします。
佐村河内氏の場合、だいぶ前の記憶ですが、そうした矜持とか自信を感じられませんでしたね。障がいをもつことに負い目に感じている風もありませんでした。それはそれで、ただ腑に落ちない何かあっのか・・。
リンク先「「みわよしこ」さんのブログを拝読。100%孤軍奮闘している印象をもちました。
健常者とのあつれき、齟齬、誤解などいろいろあるんですね。
介助者、カウンセラー、友人、ヘルパー以外でも、相談したりアドバイスを受けたり、もっと第三者とのつながりを作らないのか。記事は3,4しか読んでませんが、そんな気がしました。
私はもう誰かに相談したり、依存することしか考えつきません。もちろん、妻がいちばんですが・・。
現在、リハビリを頑張って、車椅子を使わずにいます。迷惑をかけることも厭わない強い意志がまだもてない。だから、リハビリに精を出す今日この頃です。
当事者としての自覚がなさすぎでしょうか
ありがとうございました。
以前、何の記事でコメントいただいたか忘れてしまいました。ごめんなさい。
イギリスでしたね。カズオイシグロの小説のことでしたかね。お母様も読んでいたのではなかったかな?
ともあれ、お元気そうで何よりです。
また、いろいろコメントを寄せてください。批判、揶揄、文句なんでもOKです。原さんなら、たぶん可愛いくて、まるい感じになるでしょうから。
ありがとうございました。
我が家は、東京の下町にあり、こちらを訪れる外国人観光客がたくさんいます。今日もたくさん見かけ、近くのコンビニへ行くとドリンクやスナックなどを買う外国人観光客が列を作っていました。レジの順番を待っている間、『 Good - bye 』は、日本語でなんて言うのか? と話し合っている声が聞こえてきました。それがキッカケで、その人達と話をはじめました。『 かわいい 』についても教えたところ『 さよなら 』より先に『 かわいい 』を覚えた様子でした (笑)
先日、久しぶりに『豆腐room Dy's(ダイズ』に行ったら、4テーブルが外国人でうまる大盛況。美味しいヴィーガン料理を食べさせるということで、ここにやって来るそうです。
ここの自家製豆腐はちょい高めですが、凄いです。湯葉、厚揚げ、がんも、その他ぜんぶ旨いので、お試しあれ。
最後に、かわいいの語感のこと。HAWAIIとほとんど同じでしょ。語感的には聴き慣れていると思います。アメリカ人でなくとも、ハワイは全世界に知られているし、そして英語の発音は「はわいい」。
原さんならご存じでしょうけど。
ということで、ありがとうございました。