小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

アメリカ人は「因果推論」がお好き?

2021年10月19日 | エッセイ・コラム

「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざはご存じかと思う。
落語のネタかのような荒唐無稽な話をつなぎ合わせ、おかしな理屈や言い草で因果関係を立証する考え方、あるいは人を揶揄するときにつかう。そのなんたるかは、話が長くなるので省く。

いわゆる二つの事柄が、「原因」と「結果」の関係にある場合、それは「因果関係」と呼ばれる。「原因があるからこそ、この結果があり」という意味で、まあ素人でも使えそうな理論となっている。2つ以上のことがらの因果関係を解き明かすことを「因果推論」と呼び、この「2つ以上」がミソなのだが、ここでは詳しくはふれない。

さて、アメリカ経済はかつて二つの世界大戦を「被害最小?」で勝ち抜いてきた。がしかし、それを支えてきた重厚長大産業は、戦後大きく傾き、国家存亡の危機だと叫ばれた時代がある。そのときどうしたものか、アメリカにふたたび好運が廻ってきた。

軍事技術応用のITを梃子にした情報産業、ブレトンウッズ体制のくびきを脱した自由金融政策が軌道にのりはじめ、新企業のリーダーはじめ富裕層をさらに優遇するための税制へとシフトした。レーガノミクスであり、同胞・英国のサッチャリズムも加勢した。

それを補強した経済学説のひとつに「トリクルダウン説」がある。お金持ちがたっぷり儲ければ、湯水のようにお金をつかい、やがてそれは滴るように貧しい人々にも落ちてくるという説だ。アメリカのどこかの州の大学教授だったかと思うが、当時の経済学者の大御所M.フリードマン(※)をはじめ名うての経済学者はあえてそのトンデモ説にあえて反論しなかった。

この「トリクルダウン説」はいつのまにかビジネス界で幅をきかせ始め、アメリカ政界のロビー活動および選挙政策にも影響をおよぼした。バフェットらの超富裕層に対する重課税は見送られ、高所得層への税制はいまだに優遇措置が続けられている(バイデン新大統領は、その改革を打ち出したが、なぜか音沙汰ない。法案の通る見込みがないので、次なる選挙を考えて自重しているのか・・)

 

「トリクルダウン説」と同じような言説に、「最低賃金を引き上げると、企業の負担が増して雇用を減らすことになる」という実しやかな説が、アメリカ経済界にまかり通っていたことがある。これもまた「因果関係」の推論であるが、このほどその関係には因果などない、その推論にしても間違いがあることが実証された。今年のノーベル経済学受賞者は3人いるが、まさにこの問題をあつかった先生たちである(名前、研究内容は省略)。

記事内容から端的に説明すればこうなる。

労働者の最低賃金を引き上げた場合に、負担が増した企業は雇用を減らすはずだとされていた常識は必ずしも正しくない。それを自然実験の手法を用いて実証するなど労働市場の分野で大きな研究成果を挙げたことが評価された。

賃金と雇用は、いわゆる「相関関係」とよぶべきもので、一見すると「原因」と「結果」の関係にあるように見えるが、実はそうではないような関係だったということだ。研究内容は詳らかにできないが、要は「社会に起きた変化の前後などを比較する『自然実験』と呼ばれる手法」を使って証明してみせた。

いずれもアメリカの大学の研究者であり、たぶん共同研究というよりも、それぞれが同一テーマを基に、アプローチの異なる『自然実験』をおこなったと考えられる。そして、労働者の最低賃金を引き上げても、企業にとって負担になることはないし、逆に業績を伸ばしたり、利潤を増やすケースだってあるじゃないか・・そんな実験と実証をしたと思われる。

今回のノーベル経済学賞の評価はどうなのか、ネットで検索したら慶應義塾大学の坂井豊貴という先生は、こんなことを言っていた。

ノーベル経済学賞は受賞者を聞いて驚く年もあるが、ことしは本当に驚かなかった年だった。経済学という非常に実験がしにくい分野で、社会でたまたま起きた変化を実験のように見立てて理解する手法を確立した。特に労働や教育の分野への貢献が明らかで、受賞は非常に順当だった。

カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・カード教授、マサチューセッツ工科大学のヨシュア・アングリスト教授、スタンフォード大学のグイド・インベンス教授の3人 (日刊工業新聞)

 

そういえば、今年のノーベル物理学賞受賞のひとり真鍋淑郎氏の研究は「二酸化炭素が二倍になれば、気温が二度上昇する」という1967年の論文を基に、ある気象状況を一点に絞ったシミュレーション計算したことで知られる。それが「温室効果ガスによる地球温暖化を科学的に証明するものになる」ものだと、氏の業績を遡って王立科学アカデミーは評価したのだ。

これは炭素ガスと気温上昇の、まさしく「因果関係」を解き明かした大胆な研究結果であろう。気候というものは気温・湿度・気圧、風や海流など自然界の変化が作用しあうもので、いわゆる「複雑系」として計算不能の世界とされた。「スパコンを使っても実証できないこと」をやっていると、学界の反発を喰らう側面があったかと思う。

その後、真鍋淑郎氏はアメリカに渡り、「モデル化」という手法を使い、「複雑な自然から本当に必要な要素だけを抽出して単純な世界を作りだし、その変化を計算した」。複雑系とよばれる気候の世界を解き明かすには、膨大な計算をする必要があるが、できるだけ簡単な計算で現実に近い予測を導きだす。この真鍋氏による大胆な単純化が、誰もが実現しなかった気候のモデル化に成功したといえる。

真鍋氏をトンデモ学者として✖✖呼ばわりしたトンデモ学者を小生は知っている。それに触れるのはよすが、炭酸ガスと気候の相関関係を、単純な因果関係で解き明かす発想そのものが科学者としてけしからん、ただそれだけの理由だった。

真鍋氏の研究は、定説を覆す大胆かつ画期的なものだ。地球に大きな影響をあたえる太陽エネルギーに拘泥しない。地上における10キロ上空の「対流」に注目し、空気の流れと水蒸気の温度変化に限定して単純計算した。ある一点に着目し、その「点」を増やし、それをやがて「面」として拡げてシミュレーション計算した。我流の解釈であるが、まさに盲点を突いた革新的な研究だといえよう。

詳しい内容は新聞記事などで解説されているので省く。つまりは、地球温暖化の原因と結果、その「因果関係」そのものが、真鍋の大胆予測による「モデル化」によって証明されたということだ。蛇足だが、真鍋理論がノーベル物理学賞として評価されたこと自体珍しく、むしろ化学賞としての領域で評価されるべき事柄ではないかという説も散見した。

彼が日本を離れアメリカに行ったのは、周囲の同調圧力が嫌だったからという記事もあった。なぜアメリカを選んだのか? これは小生のトンデモ推論だが、物事の因果関係を自由に推論し、自説として発表する自由な環境がアメリカにあるからではないか。トンデモ説の「トリクルダウン説」にしても、当初はそれなりの「因果推論」は受け入れられた。アメリカの凄さと怖さだ。

味噌も糞も一緒にするな言われそうだが、真鍋氏は自分の仮説(因果関係)に科学者としての確信があったのではないか。それに基づく大胆予測、「モデル化」によるシンプルだが地道な計算。そして、そのことに勤しみ、挫けずに研究を続けられたのは、真鍋氏の言う通り、(地球環境へのあくなき)「好奇心」があったからだろう。

米プリンストン大学真鍋淑郎上席研究員 (日刊工業新聞)

 

(※)同じシカゴ大学に宇沢弘文はいた。彼は帰国してからフリードマンの名前を絶対に口に出さなかった。宇沢の教え子にスティグリッツがいて、この時代になって恩師を語り出した)

 


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2 コメント

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米国の懐の深さ (rakitarou)
2021-10-22 10:45:11
興味深く拝読しました。私も若い時分に留学してちょこっと先端的研究をやらせてもらいましたが、その当時私からみても「これは大したことないかも」の様な研究がけっこうやられていました。でも凡百の研究も100個集まると1-2個は未来を大きく切り開く研究につながったりするものです。一研究300万円かかっても3億円の投資で未来を切り開く研究につながれば、という発想を持っていて、それが世界から頭脳が集まる源泉になっていました。翻って日本は「実用的」や「確実に結果が出る」研究でなければ文科省に申請しても通りません。
ヒトの考え方も懐が深くて、日本の様に同調圧力で社会全体がコロナに対して同じ対応ではなく、半分位の民衆は堂々と政府や体制の強要に反対して従わない。従わなくても社会で何とか生きて行ける、そんな懐深さが日本では報道されないけどあると思います。日本では一度トンでも扱いされると相手にされなくなるから共産党を含むどの政党も同じような公約になるのでしょうね。
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胆力をつけたい (小寄道)
2021-10-22 13:37:31
コメントありがとうございます。ご丁寧に読んでいただき、こころから感謝いたします。
ほんとうにアメリカは懐がふかいですね。基礎研究から応用・先端研究まで幅広く手を抜かない。さらに、国として敵対する中国人の若手も受け入れる。
国家的イデオロギーはさておき、とりもなおさず「個人」の能力や発想を絶対的に尊重します。研究のめどが立ったら、おいおい大丈夫かなと思われるほど機密情報もオープンにし、個人研究を徹底的にバックアップする。裏目に出ても屁とも思わない。アメリカの鷹揚さ、凄さです。
その点、日本はご指摘のように、結果が見えるような研究、成果が確実に期待できるものにしか予算がでない。これでは発展も先細りで、人が育たたない。優秀な若者は外に出て行ってしまう。いや、もう外にでていく気概のある若者もあまりいない状況になってしまった。
おっとあんまりお国のことを嘆きはじめると、例の圧力をかかってきますか・・。いやいや、独自の何かがあれば、負けずに自己主張いたしましょう。rakitarouさまのような胆力をつけて磨きをかけたいと存じます。
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