93歳・老大娘の日記

晩年を生きる

内海

2017-09-27 23:11:17 | 旅行

一泊で内海へ行きました。ビリヤードのお仲間6人で。

夏の終わりの海を見るのと、夕陽を撮るために.

水平線に沈む夕陽はとても美しかった。

内海は知多半島の先の方に位置していて伊勢湾に面しています。海水浴場でもありますが、

季節外れの今は駅前も淋しく、人影もなかった。

名古屋港に入る大小様々の船が沖合を航行するのが見えます。

宿の車の送迎があったのでよかったですが、バスは1時間に1本とても役に立たない。

たった一泊の旅行に二つものミステークがありました。

其の一:集合時間を間違え、1時間も早く着いてしまった。仕方ないので駅(金山)の隣にある

名古屋ボストン美術館で時間を過ごすことにした。

来年?はこの美術館も閉鎖になります。

其の二:翌日は早く名古屋へ帰ってきたので、名駅前の東急ハンズへ。

目指すもの(携帯用の椅子)を買ってから、北海道物産展を見て帰る段になり

杖を持っていないことに気付いた。同じ階のせまい範囲しか歩いていないので

すぐ見つかるとタカをくくっていたがない! 仕方なく案内係りの腕章の人に忘れ物として

届けようとしたら、これがとても親切な係さん、一緒に歩いて探してくれたが、やはりない。

仕方なく、一番安い杖を買って帰宅。夜になって電話があって「ありました」と。

それが私の歩いてなかった階でみっかったらしい。 それが不思議です。

最近はミスが多くて先が思い遣られます。

約束を1時間遅く間違えたらたいへん!!早いのは迷惑も掛からずよかったのですが、

疲れましたた。明日は杖を受け取りに行かなければ・・・

休息日のはずが連日の外出になってしまいました。 あ~あです。

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きよのさんの旅

2017-09-25 09:41:48 | 読書

少し前に読み終えました。文庫本と掛け持ち読書なので時間かかりました。

最近にない面白く痛快、楽しめました。紀行文、旅行記と言うより「漫遊記」のようです。

     

陸奥の国豪商のお内儀、きよのさんが二人のお供(武士と下男)を連れて

総距離2340キロ、総日程108日の旅の記録です。

お金持ちですから行く先々で目に留まった名産品を買いまくり、次々と

飛脚便で家へ送りました。

山賊も雲助もいた当時ですから、大金は持ち歩かず、旅籠、藩邸

お店の支店やらお商売仲間の知り合いなど宛に家元から送金してもらって

受け取るなどの仕組みに感心しました。現代ならカード一枚、ATMですが。

新町(大阪)太夫の揚屋入り  (摂津名所図絵)

桑名の焼き蛤売り

有名な大井川の「川止め」の様子も詳しく描いています。 水深が脇より深くなると川止め。

解除されても渡る順番があって、先ず 幕府のお状箱持つ飛脚、次に御三家、諸大名など

次々に渡り終えて最後にようやく庶民の順番。

 

 「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」

きよのさんとお供の武士は蓮台(右した)下男は肩車だったらしいと書いてありました

中央はお駕籠をそのまま蓮台にのせている。高貴なお方?

最上川を川下りし(陸路より速い)当時は客船でもトイレがなく、船尾で用を足した。

こういう事情知っても なおきよのさんは、船を選んだらしい。勇気ある女性!

小説と違い、きよのさんが体験したことですから現実味があります。

但し、きよのさんの主観が大きく入っていますから、???と思う点もあります。

ともかく楽しく、面白く読めました。

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今年も記念式へ(故人追悼式)

2017-09-23 21:54:24 | お出かけ

「復活苑」(納骨堂)は広い愛知牧場の一角ににあります。キリスト教徒のための納骨堂です。

追悼式は庭にテント二張り設営して行われました。茶色の建物が納骨堂  ↓

広い牧場から吹く風は心地よく、讃美歌、頌栄など4曲、歌いました。

知らない曲でしたがオルガンに合わせてうたいました。

館内では最近亡くなられた方の納骨式も行われました。  ↓

名古屋の地下鉄と相互乗り入れの豊田新線(名鉄)黒笹下車、チャーターバスで納骨堂まで、送迎付きでした。

この駅はなんだか懐かしい「田舎の駅」の雰囲気を感じました。↓ なかなかいい感じ!

  

昨年は土砂降りでしたが、今年はいいお天気で楽しい、とは不謹慎ですが、好い1日でした

牧師さんのお説教は少し難しかった。 聖書からカインとヨブのお話、

不条理を、かたや地にぶっつけ、片や神に祈った。どちらが救われるかこれは分かりました。

賛美歌(532)の1節に「主イエスのともにませば耐え得ぬ悩みはなし」そうならいいけど・・・

やはり一人参加の女性とたくさんお話ししました。

私より上かな?と内心思っていたら、私より3歳もお若いでした。失礼しました!

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「第2回長生きを喜べるまちづくりシンポジウム」

2017-09-22 21:48:10 | お出かけ

会場  ウインクあいち ↓  ↑  名駅前

     

 固定椅子席801では足らず、補助いすを運び込む盛況でした。

初め、来賓として河村市長さん挨拶で始まりました。

「品のない人間が来ました。日本で一番給料の安い市長です」と笑わせて

市長としての実績、敬老パスやら市民税軽減など、滔々と話され、

予定時間くると、秘書さん?がでてこられ終わりました。

ついで座長さんのお話しのあと、みなさんお待ちかねの石破 茂さん登場。

さすが30何年か議員をされていて貫禄充分。

この解散慌ただしい中、来ている場合でないと思われるでしょうが

このお話しお受けしたときは(7月)解散のかの字もなかったのですと。

 北朝鮮問題も「有事」ですが、今からお話しするのは

 「静かな有事」人口減少問題です。83年後には人口が5,200万人

 200年で十分の一、危機的状況です。

 地域創生の大切さ、具体的に述べられてわかりやすく、今までの講演で

 もっとも引き込まれたと言っても過言ではありません。

 国の独立、国家の主権にも話が及び、熱弁に引き込まれました。

 夕方雨の予報でしたので、この後の専門家の講演は申し訳ないことながらパス。

半分とまではいかないでしょうが、多くの人が私のように会場を後に。

やはり石破さん目当てだったのでしょうか?

ゲートタワーのレストラン街で遅い昼食(兼夕食)「たいめいけん」のオムレツで。。

受付に何種類かの本が並べられていましたが、この1冊だけ頂きました。

案の定、帰りは雨でした。明るいうちに帰れてよかった!    5,750歩

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講座

2017-09-20 17:31:58 | お出かけ

名駅前のビル群

知多半島

知多半島は講座で学ぶまで、尾張藩とばかり思っていたが、さにあらず。

藩札も使えず流通貨幣は「正金」(現金)。かと言って幕府直轄領でもなかった。

支配者は藩でも幕府でもなく、税などは中村権右衛門(商人)が徴収し、船奉行に上納された。

私には理解できなかったが、色々な事情からそうなったのだろう。

知多半島が繁栄した原因は海運、尾張廻船の活躍にある。

海運と言っても運賃で儲けるだけでなく、「買積船」方式が取られて成功したらしい。

※ 買積船とは積荷を買いとって行く先で売る、帰りはまた当地の物産を買い取り帰る。

 往復で利が得られる。

買積方式は後にかの北前船もこれにならうようになった。知多の商人は賢かった?

2時間の講座を終えて名駅辺の新しいビルのレストランで昼食と思いましたが

人ごみに恐れをなして、変わりばえのしない家近くのモスで食べました。

地域限定、期間限定のエビフライバーガーを食べてみました。

大きなエビが二匹入っていましたが、お味はまあまあの「海老フリャーバーガー」でした。

 

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