仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その手の中に5

2012年06月14日 16時57分11秒 | Weblog
スグリも「ルーム」に飛び込んだ。

身体はそう簡単にはいかなかった。
頭はその音を理解しようとするのだが、音は頭で理解するものではなかった。
身体に刻み込まれた感覚が「ルーム」に入って四、五分でスグリを襲った。
身体が覚えたジャストビートがスグリを追い詰めた。
無軌道とも思える演奏のずれが吐き気を呼んだ。
スグリは「ルーム」を飛び出し、座敷を抜け、障子戸と雨戸をあけ、縁側に手をついてはいた。
気づいたハルとマサミが走った。サンちゃんも洗面器を取りに走った。
「どうしたの。」
「飲みすぎたかな。」
新しい仁がよってきた。
「まだ早かったんだよ。」
「どういうこと仁。」
「だから、今日のマサルは落ち着くまで無理だよ。」
「そんな感じはする。マーもはまってないもんね。」
スグリはライブの「ビーエス」は知っていた。
が、客として、と言うか、外で聞くのと自分が参加するのでは大きな違いがあった。
マーが洗面器に冷水を入れ、タオルを浸して持ってきた。

まあ親切。

スグリは彼らの連携に感心した。
そして、大きなテーブルに戻った。
「だいじょうぶ。」
「今日のはちょっとね。意外と繊細なのよ。マサル。」
「なんか、ひどくおびえているみたいね。」
「そうかあ、おびえてるのとは違うみたいだけど。」
「でもなんか引っかかってるのよ。」
「そうだな。」

スグリは驚いた。

漏れる音だけなのに。漏れてくる音だけなのに、マサルの演奏からそれを感じているんだ。

スグリは清水さんに縛られている自分がそこにいるような気がした。

誰がそんなことに気付いて演奏してくれただろう。
リハーサルも、ライブも、正確に演奏しているけど、その時の自分に誰が気付いてくれていただろう。

「完璧なデモテープをつくれ、いいか商品にならないようなものなら、音楽をやる必要はない。」
「もっといいものがあるはずだ。こんな歌じゃ、誰も買ってくらないぞ。」
「いいか、ライブはノーブラ、ノーパンだ。それだけで、男のファンがつく。」
「もっと、エロく踊れ、いや、踊らなくていい、動け。」

「よかったよー。スグリちゃん。とっても、とっても感じたよー。上手だねえ、スグリちゃん。いいお口だねえ。」

モソカシタラ、ワタシハ、オンガクヲ、ヤッテイタンジャナクテ、ショウヒンヲツクッテ、イタノカナア

ショウヒンニ、サレテ、イタノカナア

ドウグカナア

背中のほうで何かが切れる音がした。
はっとすると弦が切れてバランスを失ったストラトが悲鳴をあげていた。