”大統領なんて使い捨てさ。いくらでも代りが利く”
この映画を一言で語るとしたら、こうなるのだろうか?
大統領がごく一部の権力やお金持ちのポチだというのは、よく知られてる事だ。
事実、”国家を超える支配力を持つ”とされたJPモルガン銀行のジョン・ピアモンド・モルガンさえ、いやその息子のJPモルガンJrさえいなかったら、第一次世界大戦も第二次世界大戦も避けられたと言われる。
あくまで、第一次大戦が第二次大戦を引き起こしたという仮定の元でだが、多分当ってると思う。
以下、「なぜ戦争が始まるのか?」を参考です。
JPモルガン
モルガン銀行は第一次世界大戦で、英仏に多額の融資を試み、結果的にアメリカ経済の中心的役割を果たします。
お陰で、国家権力を超える程にまで急成長したモルガン銀行だが、モルガンJrは、ドイツに第一次世界大戦の責任と賠償を全て背負わせます。
当時の大統領ウィルソンはドイツが反発し、ヨーロッパ中が不安定化するのを畏れ、モルガンに反対したが、結局、この金持ちの言うなりでした。しかし皮肉な事に、このモルガン銀行のお陰で、アメリカは経済恐慌から脱出し、世界一の大国にのし上がります。
因みに、第一次世界大戦にアメリカが参戦したのも、このモルガン銀行が決め手でした。
ウィルソンも最初こそは中立を決め込んでましたが、大英帝国の海上封鎖でドイツが追い詰められると、度重なる大統領の説得も適わず、ドイツは英国に潜水艦による無差別攻撃を仕掛けます。
故に、ドイツの無差別攻撃にアメリカが巻き込まれた形で第一次世界大戦が始まったとされますが、あくまで表向きの理由でした。
モルガン銀行は、長期化した戦争で軍需品が高騰し、経済が疲弊した英仏に多額の融資を試みます。勿論、ウィルソンは反対でした。
しかし、全米中の企業にネットワークを持つモルガン銀行を通す事で、軍需品の調達費用が安くなり、万が一の時の批判の矢面にも出来ました。
軍需品は戦争国にバカ売れし、これにより、アメリカ経済は一時の経済恐慌から完全に回復し、逆に英仏は戦争が長期化するにつれ、手形が切れなくなる程に経済は困窮します。
結局、ウィルソン大統領は英仏に5億万ドルの公債を発行を許可し、それを引き受けたモルガン銀行の融資総額は公債を含め、22憶6340万ドルに跳ね上がる。
因みに、アメリカが参戦した1917年時点で、アメリカが発行した自由公債は170億ドルにも上った。
ロシア革命により、ロシアがドイツへの参戦を諦めると、ドイツの優位が目立ってきます。英仏は更に追い込まれ、ここで英仏軍が破れる事があれば、軍需産業で復活したアメリカ経済は破綻します。
そこで、アメリカの参戦となった訳ですね。お陰で、軍需太りになったモルガン銀行は、アメリカという大国をも牛耳る様になった。
その後のモルガン銀行を中心とした第二次世界大戦突入へのシナリオは、言うべくもないですね。
以上、亀仙人2世さんのコラムからからでした。
大統領なんて、所詮は使い捨てさ
結局、国家を凌ぐ権力を持つJPモルガン銀行には、ウィルソン大統領も何も出来なかったんです。
国家権力と銀行との癒着はリーマンショックでも明らかだが、今に至っても所詮は、持ちつ持たれつの関係なのだ。
”大統領なんて使い捨てさ。さっさと殺して大金をせしめて、アメリカなんてオサラバさ。どうせ一部の金持ちだけが牛耳ってる国だ。大統領なんていくらでも代りが利く”
と脱獄犯役のポール・ウィンフィールドの最後の決めセリフは、この映画のすべてを象徴していました。
西ドイツとアメリカの合作だけあって、ドイツ人の無念さがこの映画にも実によく滲み出てます。もし、モルガン銀行が英仏ではなくドイツに融資してたら、ドイツと英仏は全く逆の立場になったでしょうか。
チャーチルは悪の独裁者として大量虐殺をしでかし最後には自決し、ヒトラーは名演説者として世界の英雄となり、今頃はアメリカとドイツで世界を二分してたでしょうか。
監督のロバート・アルドリッチは、実質”世界の影の支配者”として、その一角を占める石油財閥ロックフェラー家出身ですが、敢えて反逆して特権をかなぐり捨て、映画人として反骨の人生を選びます。
そして、自身の出自を踏まえた権力中枢への洞察と批判精神とそのエネルギーたるや凄まじいものが、この作品に最も強く直接的に描かれている。
日本政府もそうだが、誰が大統領に総理になろうが、裏で牛耳る絶対権力には敵わない。
ラストでは、脱獄犯2人と大統領が共に死ぬが、世界一の国家のリーダーたる大統領は死んでも、絶対権力は不滅のままだという事を思い知らされた映画でした。
最後に〜絶対権力は潰せない
私たち庶民は、権力を批判し、富や支配力の集中を防ごうとします。SNSでも数多くの権力批判をテーマにした記事が溢れかえってます。
勿論私もその1人ですが、最後には”権力には敵わない”という絶対のシナリオを教えられた気もします。しかし、その絶対権力もごく普通の一般庶民から生まれ得るという事もこれまた事実です。
脱獄犯らは、核ミサイル発射の交換条件として、大統領の人質と機密文書の公開と大金を要求します。彼等の要求は”ガチの正義”そのものでした。しかし、百戦錬磨の彼等でさえ、機密文書に遮られ、大統領を裏で牛耳る絶対権力の存在を明白に出来ませんでした。
そこに大きな悲劇が待ち構えてるんですが、大統領はあくまで、偶像に近いマネキンに過ぎないし、いくらでも代りが利くのです。しかし、絶対権力の代りは利かない。
トランプも絶対権力のふりをしましたが、幼稚な陰謀論と共にアッサリと敗北しました。
安倍も岸信介のふりをしましたが、2度とも敵前逃亡し、国民は勿論、安倍シンパからも袖にされた形です。
”出口の見えない”ジレンマという点では、今のアメリカも全く同じです。
1977年の映画ですが。アメリカは以降40年以上も、同じジレンマと闘ってきたんですね。
でも、硬質で高質な人間ドラマとしてみれば、大作と言えるかもしれない。
結局、絶対権力は潰せない。しかし、我ら庶民は、指を加えて彼等が自滅するのを待つだけなのだろうか?
つまり、絶対権力もその基本要素は庶民である。庶民が不特定多数の庶民を巻き込む事で、国家を凌ぐ支配力を持つ。
大統領の代わりは利くが、権力の代わりは利かない。そういう事を考えさせられた作品でもあった。
願わくば、日本が覇権国家になって、世界に君臨できることを望みますが、それにはどうすればいいだろう。
頭のいい転象さん、考えて記事にしてください。
日本は資源も領土もない島国なので、中国を味方につける必要がありますね。でも今のままじゃ、属国一直線です。しかし、中国も急成長する程に広大な土地を効率よく支配するのは不可能です。
旧満州国みたいな(偽)共同統治が理想ですが。そんな大胆な発想が働く政治家は今はいないですね。そういう意味では、岸信介は偉いです。
そういう意味では、銀行屋が仕掛けた2つの世界大戦とも言える。
戦争が儲かるとはこういう事ですね。
結局アメリカは地に落ちた戦争屋に過ぎないんですよ。