LUSTYHOUSE

まだ、もう少し作ること、動くこと、想像すること、楽しむこと。気ままに、思うことを書いてます。

妻が亡くなって早4年目

2020年01月24日 | ぼやき

妻が亡くなって早4年目。毎日がどこを切っても同じ、金太郎飴のごとく過ぎていく。妻に先立たれて困ることは、家事が全て初体験になること。役割の全てが自分に求められる、生活の全てに注意しなければならない。あらゆる場面に妻がコメントしたことや体現したことが、押し寄せてきて、再体験しなければならないこと、些細なことにも声を出してくる。何事にも気力がわかない。家内ががんになり「いつまでもいると思うなよ」の声が今も響く、ひたすら楽観的だった自分が愚かだった。止める者がいないので、毎日酒浸りの日が続く。残された夫は長くはないというが、分かるような気がする。生活が、でたらめになるからだ。女性は素晴らしい。生活のあらゆる面倒なことを、コツコツとこなしていたかと思うと、今更だが感謝しかない。自分は家内の100/1もできない。配偶者を大切に、感謝しつつ、いつでも独りで生きていけることが、アドバイスだ。湿っぽい話で申し訳ない。


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1 コメント

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わかりますよ!その気持ち (ぽんちゃん)
2020-02-21 23:25:08
分かります分かります、というのも、今現在、私は、子供たち二人も独立して、夫婦二人の生活ですが、妻の実家が兵庫県の奥、田舎であり、一人暮らししている義母(85歳)がいて、妻が年に何回か、様子見の一週間程度の里帰りをします、その時妻を駅まで車で送迎します。ですから、その期間は私は孤独な時間を過ごすのですが、その、年に何回かの一時の妻の不在で、いつも感じるのが、「毎日の話し相手、あるいは日常うるさいほどの小言を放つ存在が一切ない、打てば響くものが一切無い、とゆうことがどうゆうものか、身をもって理解できることです」いつも感じるのが、配偶者に先立たれるとはこういうことなのかとみをもって感じることです。ですから、夫婦どちらが先かは分かりませんが一人暮らしの練習をしているような思いでおります、妻から帰広の電話があると嬉しさがこみあげてきて、「有り難い、なんと有り難い、平常は空気のような当たり前の存在でも、ぼろくそに小言を言われても、存在していてくれることが、どんなに大切で有り難いことか」と身に染みて理解している次第です。
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