marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(594回) 僕の生まれた小さな村の大きな物語(僕とは誰なのか?何故いるのか)

2019-10-10 09:35:45 | 小説

僕が生まれて生きているということ、そして年を重ねて、だいぶ疲れて来始めているということ。・・・ 「僕の生まれたにある八幡神社」

◆自分とはどういう人間か というのは難しい問題だ。まさに僕自身ではいかんとも知れない”しがらみ”がまとわりついて、詰まるところ脳ミソが正常に働いていないことがあるからで、もう少し詳しくいうと前頭葉、それもいつも僕は鬱状態なのか、むかついてそこに血が回って行かないようなのだ。アドレナリンが盛んになり、脳神経内でドーパミンなどがバチバチと火花を散らすような(知的解放の発露、イメージの発散というような)時はそんなにあるものではない。そもそもこういうことは、自分の責任というものでもなく、といって逃げる訳ではなく、まさにそれぞれの人生は、その与えられた宿題を解消するよう努力するのがその人の人生にあるのだ、とも言えるだと僕は思っているのだ。従って人生は一度しかないから肉体快楽の発散という意味での「楽しくやろうぜ」というものでは決して無く(僕はそれを否定はしないけれど)、一度しかないものだから「その何故を解消すべく人生はあるのだというのが」、僕の人生というものへの考えなのである。

◆こういうのは宗教的人間というのだろうけれど・・・「誰でも実はそのように考えられよ」、というのがこの国の多くのみんながお世話になる仏教の勧めでもあるのだ。「この身、今生に度せずんばいずれの生においてか度せん」という、これは実家の真言宗智山派勤行録のおすすめ。ちなみに内容は懺悔の文句から始まっている。今生に命を得て、それだからこそ悟りを得ようとしなければ(仏教では)転生して又、いずこの生命を得てその場で悟りを得られるかどうか分からないだろう、だからこそ、生きる今こそ悟りを得ようとせよ! とそういう勧めなのである。ぼんやり経過する時間ではなく、「垂直次元での今という時を見つめよ」、それをどう思うかも「あなたの時」であるし、確かに経過する期間とはその「時」の積み重ねであるのだから。東進大予備校で今はTVタレント?の林修先生の一時風靡した「(それをやるのは)今でしょ!」という言葉に多くの聴衆が感応したのは、今を見つめる宗教的かけ声でもあったと僕は思っている。(◇NHKの「チコちゃんに叱られる」の人気があるのもこの国の民族性気質は詰まるところ勤勉なのだな。「ぼーと生きてんじゃねぇよ!」Don't sleep through your life! いきなり飛んで恐縮だがキリスト・イエスも「今がその時である」とサマリヤの女に語った。<ヨハネ伝4章23節>)

◆さて、そういう「人」についてなのだが、肉においては(キリスト教では、魂<精神>と心と肉体、あるいはspirit、mind、bodyなどから人は成り立つと考えられている、そのうちの肉体)本当に目が覚めるような知能が高い人間がいるものなのであることは周知の通りで、一応この国の僕らはそのような人は一目おくことにしているのが普通であるのだが。それが何故かは、深く追求されない。実は理由があるのは、確かなのだがそれを言ってしまえば人間社会としておしまいよ、ということに属する事柄なのである。動物的知能が優れているのは親に関連するのだろうけれど、どのような親の元で生まれ、その環境に育ったのかとか・・・捜せばきりがない。ただ、僕らは凡人は与えられた人生をまずはその通りと受け止めて感謝して生涯を終えることだ。ただ、その中で如何に質の高い生き方(それも人それぞれだけれど)をして行くかなのである・・・と勝手に僕なりに思っている。これも開き直りではある、何故なら今いる僕のすべて肯定して受け止めるしかないからである。

◆さて、そこで一つ考えをアップして、人間とはいかなるものなのか、を考える時、この謎を追究しようともがくと、今の命を成り立たせている、霊魂を与えてくれているといったらいいのだが、その「神」というものにぶつかった訳だ。それは、「目には見えないが生きて働いている」というのである。それを見いだした人は苦難の中で死ぬことがあっても喜んで死んでいったというのである。世界のベストセラーの中に「神は自分らの似姿に人を創造されたのだ」とある。であれば、「自分という人」を調べれば逆に少しでも「神」を知ることが出来るに違いないと思われてきたのであった。確かに僕は今を生きているし・・・。

◆その僕という人を考えるだけでとりとめの無い物語になってしまうのであるが、「僕の生まれた小さな村の大きな物語」のその大きさがとてつもなく大きな話につながっていると思われたのは、ブログの表題の「世界のベストセラー」につながっているからと気づき始めた時からなのである。それが、また学問的にも確かな事柄になって来つつあるので驚きだったのだ。それはこの国の成り立ちにもつながっている物語でもあったのだ。・・・ 続く 

 



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