真佐美 ジュン

昭和40年代、手塚治虫先生との思い出「http://mcsammy.fc2web.com」の制作メモ&「日々の日誌」

2012年4月 1日(日) 元祖「ドラえもん」放送開始39周年記念

2012年04月01日 23時59分05秒 | ドラえもん
 早いもので、準備するまもなく、開催日が来てしまう。
1978年4月1日日曜日で、あった。奇しくも今日は日曜日。と言うことで、朝から準備に追われている。
昨日の雨で車が汚れている。ワックスをかけてあるのですぐに落ちた。
 車に載せきるかわからないほどの、機材など。
 まずは、ノートパソコン、心配症の私は予備に小さなFMVの
ディスクトップと、家で一番大きな液晶モニターも持って行く。
DVDプレーヤー。
プロジェクター、パソコンやDVDにつなぐとき、注意しなければ。
5.1チャンネルの、オーディオプレーヤーと、スピーカーのセット。やはり重低音で音楽を聞かせたい。そして準備しておいた、DVDやCDなど。
前もって整理しておいた飾り付けのセル画や資料。
 楽譜やベースギター。ギター。アンプなどの楽器。
 チェックリストでチェック。大丈夫なようだ。
11時遅い朝食。すぐに作業の続き。
12時を過ぎた出掛けなくては。食べておけばと、妻がインスタントラーメンを作ってくれてある。急いで食べた。
 12時45分、開場に着く。日本テレビ動画研究会の人たちが、すでに待っている。
音楽協会の出演者の人たちの手伝ってくれた。
 会場2部屋をぶち抜く。今回は応募がかなりあり、抽選で100名にさせていただいた。それでも、窮屈になるので、机を片づけ、椅子だけにする。周りにセル画の展示、他での経験者が手伝ってくれるので、手際が良い。私がやっていたら5時間はかかりそう。
 後は任せ、控室で、音楽家の人たちと音合わせ。伴奏は、伴奏くん、で作ってくれてあった。それに合わせて、ベースを弾く。良い感じ。
 今回、音楽家の人が、何かの時にドラえもんの話が出て、元祖「ドラえもん」の主題歌を歌い始めた。びっくりして、どうして、その歌を知っているのかと尋ねた処、子供の事、見ていた、私にとって「ドラえもん」と言えば、この曲なのだと言ってくれた。
 それが切っ掛けで、今回歌ってもらえる事に成り、クラシックの、声楽家たちも来てくれた。
 14時、お客が来始めていると連絡がある。見に行くとすでに2,30人の列が出来ていた。
14時40分、受付開始。
15時、司会者の挨拶、私が紹介され、元祖ドラえもんの説明などする。
16時、イベント開始。アトムから始まりワンダースリー、ジャングル大帝。プロのトランペットの音色に、拍手。会場は100人を超えている。
 ごくうの大冒険。ごくう音頭では、踊りを覚えている人が居てびっくり。
リボンの騎士、バイオリンとフルートで。どろろ、はエレキーギターとベース。
ふしぎなメルモ、幸せをはこぶメルモではソプラノ歌手が、わざと、色っぽく歌い、喝采を浴びる。他、アニメの主題歌集。
17時30分、休憩
17時50分、再開。お待ちかねの「ドラえもん」主題歌を、テナーの人が歌ってくれる。伴奏は、今までと同じ、ベースが入れて無く、私がエレキーベースで演奏。
 「ドラえもんルンバ」。「哀愁のドラえもん」は富田耕生の物まねでやってくれそっくりなのでびっくり。セリフまで同じ。
 初公開の、「ドラえもんインデキシーランド」は楽譜からなので、ドキドキ。でも案ずるよりであった。
18時55分、音楽はやめて、雑談など。18時59分50秒から、テンカウントして、
スリー・ツー・ワンの大合唱で、ドラえもんの、オープニングが始まる。
 提供は、のセリフは、放送当時のもので、日本テレビ動画に笑いが起きる。
先日、ジェイコムで撮って頂いた、次回のボランティア募集の映像、私の大写し、はずかしかった。
  1話 でた!ドラえもんの巻
見終わって解説をする。今見ると、低学年に追い越されたり、かたつむりにまで起きこされると言うギャグは当時も私としては、わかり辛いと反対であったが、原作者の意見であったので採用したなど、説明。背景の駅など、虫プロがあった、富士見台駅から虫プロの通りを参考にした。
2話 ペコペコバッタ大騒動の巻
スネ夫の性格を出すための作品にした。ジャイアンと違って、スネ夫は暴力的ではなく、理論で(口で)けんかになる。プライドが高いので絶対に謝らない。だから、のび太も頭にくる。ペコペコバッタは、子供のころ、飛蝗を捕まえて、足を持つと、飛蝗は飛ぼうとして、頭を下げたり伸ばしたりして暴れる。それが丁度、謝っている風に見える。
 神主が、祝詞をあげるときの様子と重なり、ついつい可笑しくなってしまう。神式の葬儀の時、困ってしまったエピソードなど紹介。小さなバッタ(ペコペコバッタ)が耳から入ると、喧嘩したり、騒いだりしていた町の人が、ペコペコする、姿に、笑いがあった。
街並は、虫プロへの通り道、骨川スネ夫の家も、手塚先生のお宅を参考にした。 
 この作品は、作画などのスタジオがあった、日本テレビ動画の新潟スタジオで作った作品。汐留駅まで、作画など取に行く苦労話や、そのために、日本テレビ動画の社員証を、制作担当者に作った話などをする。
第3話 屋根の上のすてきな子の巻
 ドラえもんの人格化、ロボットらしくないところを表現するつもりであった作品。
設定では、だめロボット、失敗ばかりする予定であった。
 この回では、ドラえもんに恋をさせる、そしてのび太と静香ちゃんの恋も表現しようとした。
 当時黒猫のタンゴと言う曲が、子どもの歌手によってヒットした。
ただ猫の声だけでは面白くないと、声優さんたちが、アドリブで、歌ったのだと紹介した。
 恋猫のキャラクターは、藤子不二雄先生たちは、忙しかったのでこちらで作成した。
質問があった。「藤子不二雄先生たちは、と言いましたが、A先生も関わっていたのですか、に当時、個々に合いに行くわけではなく、藤子不二雄先生を訪ねて行くので、どちらか不在の時は、A先生に、お会いしていた。と答えた。
第4話 のび太のご先祖さんの巻
 タイムマシンを出したかった話。
その他のキャラクターは、こちらで作った。
骨川スネ夫の家は武士の家系、のび太が悔しがる設定。タイムマシンで過去に行って、先祖を活躍させようと言う目論見、狩人の祖先であったと言う設定は先生の考えから。
 イノシシのロング、走りが気に入らなかったが、直しきれなかった。等と言う話をした。
20時15分、エンディングを流す。
 質疑応答。
20時45分、全員で、ドラえもんを歌い、最後の挨拶をして、修了。
次回のため。アンケートを書いてもらう。
21時。片付けに入る。遠くの方は、帰られたが、近くからの方々が、片づけを手伝ってくれて、思っていたより早く片付いた。
 22時、有志おしゃべり。また迷惑か。
声楽の、人達、夜更かしは良くないと帰られ、懐かしがっていたお一人だけが参加。
歌、楽しかったのでまたやろうと言う約束。残っていた人たちの評判も良かった。
 楽しい時間はあっという間、帰りの電車も無くなるし、お仕事もあるのでと23時40分解散
23時50分、家に戻り、風呂、着替え、ブログ、寝よう。
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4,970位 / 1,701,211 昨日:1205歩.起床:8時30分.血圧:115、64.脈拍:70.体温:35.7℃.体重:69.6Kg.天気 晴

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