13句続けて月の句
令和3年5月5日(水)
今にも雨が降り出しそうな天気だが、
何とか降らずに持ちこたえているよう。
こどもの日だが、すっかり鯉の
泳ぐ姿は、近辺では見られなくなった。
息子のつくばみらいでは、家庭で
飾る鯉が気持ちよさそうに泳いでいた。
孫が喜んで眺めていたのも印象的。
あちらの保育園では、あげると
近所からすぐ苦情の連絡が入るとのこと。
でっかい鯉が一日園庭で泳いでいるのは、
五月ならではの風物誌なのに・・・。
人の感性はどんどん枯れていくよう。
さて、月の句最後に!
敦賀の古い名前は「角鹿(つのが)」
であったという。
韓人が鹿の角など運んできて、
盛んに交易していたことから、
名前がそうつけられたという。そ
こで、芭蕉はもう一句作る。
ふるき名の
角鹿や恋し
秋の月
秋の月が照らす港を見ていると、
韓人らの往来した昔が偲ばれ、
角鹿という古名が恋しく思われる。
元禄二年作。
◎ 十五夜は過ぎてしまった。
実に13句続けて月の俳句を作る。
芭蕉は、やっと月尽くしの俳句を
やめることに。
先ずは、月への強い感性。
そして、月を巡って、豊富な古典の
知識が披露される。
漢籍、特に荘子への偏愛、
王朝の古典は、古事記、万葉集から
枕草子、そして新古今和歌集の
西行が出没するのだ。
旅をしているうちに、その土地の
歴史や名所を教えてもらい、
絶えず知識を豊かにしている。
土地の名や生活から古代を透視するのも、
芭蕉の旅の大きな特色。