貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

一つ葉への畏敬の念

2021-07-21 15:25:42 | 日記

一つ葉への畏敬の念

令和3年7月21日(水)

 保険会社に電話をした。

 「返答は今日か、来週の月曜以降に・・・。」

土日の休みの話が途中ではいったので、

(えっ?、今日は水曜だよ。)

と不可思議に応対。

「明日、あさってとオリンピックのために

お休み・・・。」

 納得!

 そんな休みがあることをすっかり忘れていた。

 今日から「夏の句」に。

夏来ても 

  たゞひとつ葉の 

       一葉哉

   夏が来ても葉を茂らせることなく、

一つ葉は一枚の葉をつけたままだなあ、

の意。

 貞享五年(1688)の作。

 稲葉の辺りでの嘱目吟。

植物の名を形への関心が横溢する句で、

底本では、376と377の間に配され、

鵜飼見物に行く途次の吟とも読める

構成。

 「一つ葉」・・・山地などに群生する

ウラボシ科のシダ類。

 一枚ずつ葉が直立することによる名で、

夏に新しい葉が生じる。

 俳諧独自の題で、芭蕉句が初出か。

 ◎ 多くの草本は、数え切れない

たくさんの葉を茂らしているのに、

このシダの一種の「一つ葉」は、

年中一枚の葉だけだ。

 そのたった一つの葉に自足しているとは、

何とまあ変わった植物だろう。

 この羊歯は、ウラボシ科の常緑である。

20センチほどの厚い葉一枚で多年生だ。

 頑固で変わった羊歯で他の植物とは

全く違う風変わりな形を保っていて、

図太く生きている。

 他人とあまりに違った顔をしていると

恥ずかしがる人が普通なのに、

一つ葉と来たら、暑い夏なのに、

厚い着物を着て傲然としている。

 頑固に自分の生き方を貫き通して

きた芭蕉も、この植物には、畏敬の念を

覚えずにはおれなかった。

 芭蕉は、冬の寒さに震え、

夏の暑さにまいっているが、

それらの季節を嫌ったり、避けようと

したりするよりも、

四季折々の変化を楽しむ境地にいたと思う。

 無論寒さに苦しく暖をとろうとし、

暑中には涼を求めて山登りしたりしている。

 しかし、四季の変化を、

それこそが天の与えた恵みであり

四季の変化に即応する文化を生み出した

源泉であると思い、

人生のよろこびであると

見做していたようだ。

 

 


不易流行、この矛盾に挑む!

2021-07-20 15:08:04 | 日記

不易流行、この矛盾に挑む!

令和3年7月20日(火)

 初しぐれ 

  猿も小蓑を 

     ほしげ也

   初時雨の中、猿も私と山路を旅し

たいのか、小蓑をほしそうにしている、

の意。

 元禄二年(1688)の作。

 西行『山家集』

「あやひねるささめの小蓑

きぬに着む涙の雨を凌ぎがてらに」。

「ほしげ也」・・・伝西行

「篠ためて雀の弓はるおの童

ひたいゑぼしのほしげなるかな」。

  九月下旬。伊勢から故郷伊賀に

向かう折の吟と見られ、

真蹟類の前書き

「あつかりし夏も過、

悲しかりし秋もくれて

山家に初冬をむかへて」は、

これを帰郷後の句と位置づけ

直した物であろう。

  ◎ 伊勢から山越えて、故郷の

伊賀に帰ろうとしていると、

時雨が降ってきた。

 景色をめでて四方を見渡すと、

すぐ傍の木の上に猿がいた。

 こちらが蓑で雨除けしているのを

見て、うらやむ気色である。

 そこで、猿に小さな小さな蓑を

買ってやろうと考えている優しい

芭蕉の心を詠んでいる。

  冬場の寒さを示す時雨を猿と蓑との

取り合わせで、猿芝居の道化にまで

連想させる句に仕立て上げた。

 賑やかで、滑稽な猿芝居は、

蕉門の目指す「不易流行」の句作を

も示している。

「不易」は、永遠性を指す言葉である。

しかし、俳諧には、「流行」という

刻々に変わっていく新風を目指す

ことも要求される。

 ここにも、矛盾を重んじる芭蕉の

要求が見られる。

 俳諧の妙は、歴史、伝統を深く知り、

例えば、能の世界に通じていること、

新しい世界を知り、これによって、

表現に深さと広さを示さねばならない。

 まことに難しい道行である。


時雨の花

2021-07-19 16:52:04 | 日記

時雨の花

令和3年7月19日(月)

 今朝もカンカン照り!

暑い日が続く。

  白芥子や 

  時雨の花の 

    咲きつらん

 儚げに咲く白芥子は、時雨が花と

なって咲いたのだろうか、

の意。

 「時雨の花」・・・時雨が、白芥子の花

に化したとする虚構の表現。

 散りやすく清廉なイメージの白芥子と、

無常を象徴する時雨との間に、

感覚的な共通性を見いだしたもので、

中七の造語的表現が一句の眼目。

 ◎ 白芥子は白い薄い花である。

美しいが弱々しく、

万物の生命が絶えるという事実を

花自身が示しているようにも見える。

 時雨は、不意に降り注いで、

人を襲うかのようだが、

実は優しい雨なのであって、

その庇護を受けて、人は和むことも多い。

 その優しい庇護の側面を見ると、

時雨と白芥子は似合いの関係を持つといえる。

 芭蕉のこの句は、激しい雨である

時雨が白芥子と組んでいるところが

面白い。

 この句も制作年代が不明である。

 晩年の作品としか思えないが・・・。

 


「初の字」を賞美!

2021-07-18 10:19:53 | 日記

「初の字」を賞美!

令和3年7月18日(日)

初時雨 

  初の字を我 

     時雨哉

 折からの初時雨。

 この初の字が付く時雨こそ、

私が愛してやまないものだ、

の意。

 元禄六年以前の作。

 「初の字」・・・この字に、賞美の心を

込めて詠むのが、芭蕉たちの通例。

◎ 「初時雨」は、冬の季語。

  従って、蕉門の人々が連句の集まりを

する時に、初対面の人にこの句を贈り、

挨拶代わりにしたという。

 この句を見て、先ず気がつくのは、

漢字が多く、黒々としている。

 つまり、四角張った挨拶と見えることだ。

 と同時に、挨拶の度が過ぎて、

滑稽にも思えることだ。

 そこに、初見の人とも笑い合える余裕も

ほの見える。

 芭蕉の俳句に見える状況の多重化が

面白い。

 この句は、いつ生まれたかは、不明。

 元禄の間、つまり芭蕉晩年の作だとされた。

 私も「初」の字,好んで使っている。


一転の禍福

2021-07-17 15:20:41 | 日記

一転の禍福

令和3年7月17日(土)

宿かりて 

  名を名乗らする 

     しぐれ哉

   前書き「元禄三年の冬、粟津の草庵より

武江におもむきて、島田の駅、塚本が

家にいたりて」

 時雨のために宿を借りて、

名乗りする次第となったことだ、

の意。

 元禄四年(1691)の作。

 塚本は、静岡県島田の如舟。

 ◎ 時雨が降って来たので、

知らぬ人の家に逃げ込み、

さて、お互いに名乗って挨拶をする。

 雨はますます勢いを増して

土砂降りになった。

 家の主人は、それを見て、

自分の人助けを誇りに思う。 

 こちらは、感謝の念を伝える。

ちょっとした拍子に生まれた

この温かい人間関係の様を、

この句は語り、

人を苦しめるかに見える自然の仕業を、

一転した恵みに変える不思議な

人間の技を讃えている。