☆ ♪チャン・チャン・チャン チャラリルン!
♪チャ・チャ・チャ
♪チャン・チャン・チャンラリルン!
「レッド・クリフ」のテーマ曲を文字にして見ました^^;
この後の雄大なメロディがいいですよね^^
つい最近、『―未来への最終決戦―』と言うハイカラな副題のついた『レッドクリフ PartII』である。
なんか、マンガ『封神演義』的なサブタイトルである^^
「最終決戦」ならず、赤壁の戦いの後も、<三国志>の戦いは続くし、
二部作に過ぎないのに、「シリーズ、ついに完結」と、あたかもロングシリーズででもあるかのようにキャッチコピーを付けたり、宣伝の仕方が、計算なのかボケているのか分からないのだが、とにかく楽しみにしていた^^
早速、公開日を待って、朝一に観てきましたよ^^v
◇
うん、面白かった^^
ストーリーは単純で、私のような「三国志」に詳しくない者でも、ある程度の経過は既に知っている。
それを、世界的なブロックバスター作までに引き上げるのは、当然ながら、圧倒的な物量と言うマクロ視点と、その「全体」を構成する個々のミクロ要素(人物やらアクション)の説得力ある描写だろう。
アクションの描き方は、監督がジョン・ウーであるが故に折り紙付きである。
「最終決戦」への、極限まで引きつける「溜め」としての、圧倒的な彼我戦力差に代表される不安定要素の描き方も、スタローン作品的にうまい。
何よりも、個々の人間の感情表現の演技・演出が見事だった。
シンプルな物語でありながら、主要登場人物の勇ましさや怯え、戸惑いという二律背反が必ず描写されている。
これは、つまり、スタローン作品ならば、『ロッキー』『ランボー』『ロッキーザ・ファイナル』にはちゃんと描かれていて、『ロッキー2・3・4』『ランボー2』にはなかった、月並みな言葉だが「人間が描けている」という事なのである。
例えば、主要人物ならば、諸葛亮孔明が、物理的にも比喩的にも「風向きが変わる」ことを予測し、その為の作戦を指揮するわけだが、
この甘いマスクの金城武演じる諸葛亮は、天才軍師であるが故に、全編、余裕綽々の笑顔を表情に湛えている。
しかし、その「予測」が正しかったことが判明したとき、はじめて、肩をグルグルっと回し、やっとリラックスをするのである。
そこではじめて、見ている私たちも、この超然とした天才が、それなりの凄まじいプレッシャーに襲われていたことが分かるのだ。
WBC二連覇に際してのイチローを思い出した。
クールな彼が、今回のWBCにおいては、柄にもなく、そのプレッシャーを口にして、大会後、胃潰瘍が悪化したからなあ・・・。
また、中村獅童演じる架空の武将だが、この人にあっては、終始、ステロタイプな旧日本陸軍軍人みたく描かれていた。
しかし、戦の前に、冬至の餅をかっ食らう呉軍の隊列の中にあって、彼だけが餅を匙で口に運ぶのである。
そんな、「旧日本陸軍軍人」の違う一面を見せられると、私などは、この作品が生半な計算で作られているのではないことが窺えて、驚嘆するのである。
◇
私は、『PARTⅠ』(クリック!)の感想で、小喬(リン・チーリン)よりも、尚香(ヴィッキー・チャオ)が好みだ、みたいなことを書きました。
そもそも私は、男勝りな女が好きなのだ。
いやはや、しかし、この半年で、心境の変化があったのか知らないが、今回、小喬が美しく見えて美しく見えてしょうがなかった。
好み云々よりも、その全編儚げな小喬の細い線のシルエット・憂いを秘めた伏目がちな視線に夢中になった。

あまりにも美しく、だから、ちょっと憎らしくなるほどだ。
曹操も、この女が、「風向き」の変わるまでの時間稼ぎで投降してきたときに、茶など飲まずに、一発やるべきだったと思うのだ^^;
クライマックス・・・、敗北した曹操に一瞥する小喬の視線は、振られることの多い者たちには非常にムカつくのだが、「女の冷たさ」を見事に描いている。
やっぱ、一発やるべきだったのだ!
・・・しかし、このエンディング・・・、連合軍首脳は曹操を見逃す訳だが、それはちょいとおかしいだろう。
せめて、両者の間に、曹操を守る部隊がなだれ込んで来て、連合軍は曹操にとどめをさせなかったが、曹操は失意で逃げおおせる、と言うかたちが、ベストな決着だったと思う。
◇
正直、私は、『PARTⅠ』(クリック!)と、今回の『PARTⅡ』の作りが、全く異なることに驚いた。
最初に、本編とは別の、<三国志>世界観ガイドのTVゲーム的な作りのパートがあるのは『Ⅰ』も『Ⅱ』も同様だが、
『Ⅰ』で、そんなTVゲーム的な作りに合わせたかのように、英雄たちを、物語のバランスを崩さない程度にカタログ的に活躍させていたが、
『Ⅱ』においては、最終決戦の混沌の中に、皆が飲み込まれていた。
長江の対岸の魏軍の、軍船・砦と何層にも張り巡らされている鉄壁の陣を、連合軍は打ち破っていく。
しかし、そこには、経過を報告するようなカタログ的な作りはない。
が、圧倒的な描写が、説明の必要ない、進軍の説得力となっている。
◇
夜空に浮かぶ「灯篭気球群」の姿など、多くの、目を見張るような「静」の図もあるし、この映画は、ビッグ・バジェットによる物量ではない、圧倒的な描写によるパワーに溢れた作品と言えよう。
(2009/04/10)
♪チャ・チャ・チャ
♪チャン・チャン・チャンラリルン!
「レッド・クリフ」のテーマ曲を文字にして見ました^^;
この後の雄大なメロディがいいですよね^^
つい最近、『―未来への最終決戦―』と言うハイカラな副題のついた『レッドクリフ PartII』である。
なんか、マンガ『封神演義』的なサブタイトルである^^
「最終決戦」ならず、赤壁の戦いの後も、<三国志>の戦いは続くし、
二部作に過ぎないのに、「シリーズ、ついに完結」と、あたかもロングシリーズででもあるかのようにキャッチコピーを付けたり、宣伝の仕方が、計算なのかボケているのか分からないのだが、とにかく楽しみにしていた^^
早速、公開日を待って、朝一に観てきましたよ^^v
◇
うん、面白かった^^
ストーリーは単純で、私のような「三国志」に詳しくない者でも、ある程度の経過は既に知っている。
それを、世界的なブロックバスター作までに引き上げるのは、当然ながら、圧倒的な物量と言うマクロ視点と、その「全体」を構成する個々のミクロ要素(人物やらアクション)の説得力ある描写だろう。
アクションの描き方は、監督がジョン・ウーであるが故に折り紙付きである。
「最終決戦」への、極限まで引きつける「溜め」としての、圧倒的な彼我戦力差に代表される不安定要素の描き方も、スタローン作品的にうまい。
何よりも、個々の人間の感情表現の演技・演出が見事だった。
シンプルな物語でありながら、主要登場人物の勇ましさや怯え、戸惑いという二律背反が必ず描写されている。
これは、つまり、スタローン作品ならば、『ロッキー』『ランボー』『ロッキーザ・ファイナル』にはちゃんと描かれていて、『ロッキー2・3・4』『ランボー2』にはなかった、月並みな言葉だが「人間が描けている」という事なのである。
例えば、主要人物ならば、諸葛亮孔明が、物理的にも比喩的にも「風向きが変わる」ことを予測し、その為の作戦を指揮するわけだが、
この甘いマスクの金城武演じる諸葛亮は、天才軍師であるが故に、全編、余裕綽々の笑顔を表情に湛えている。
しかし、その「予測」が正しかったことが判明したとき、はじめて、肩をグルグルっと回し、やっとリラックスをするのである。
そこではじめて、見ている私たちも、この超然とした天才が、それなりの凄まじいプレッシャーに襲われていたことが分かるのだ。
WBC二連覇に際してのイチローを思い出した。
クールな彼が、今回のWBCにおいては、柄にもなく、そのプレッシャーを口にして、大会後、胃潰瘍が悪化したからなあ・・・。
また、中村獅童演じる架空の武将だが、この人にあっては、終始、ステロタイプな旧日本陸軍軍人みたく描かれていた。
しかし、戦の前に、冬至の餅をかっ食らう呉軍の隊列の中にあって、彼だけが餅を匙で口に運ぶのである。
そんな、「旧日本陸軍軍人」の違う一面を見せられると、私などは、この作品が生半な計算で作られているのではないことが窺えて、驚嘆するのである。
◇
私は、『PARTⅠ』(クリック!)の感想で、小喬(リン・チーリン)よりも、尚香(ヴィッキー・チャオ)が好みだ、みたいなことを書きました。
そもそも私は、男勝りな女が好きなのだ。
いやはや、しかし、この半年で、心境の変化があったのか知らないが、今回、小喬が美しく見えて美しく見えてしょうがなかった。
好み云々よりも、その全編儚げな小喬の細い線のシルエット・憂いを秘めた伏目がちな視線に夢中になった。

あまりにも美しく、だから、ちょっと憎らしくなるほどだ。
曹操も、この女が、「風向き」の変わるまでの時間稼ぎで投降してきたときに、茶など飲まずに、一発やるべきだったと思うのだ^^;
クライマックス・・・、敗北した曹操に一瞥する小喬の視線は、振られることの多い者たちには非常にムカつくのだが、「女の冷たさ」を見事に描いている。
やっぱ、一発やるべきだったのだ!
・・・しかし、このエンディング・・・、連合軍首脳は曹操を見逃す訳だが、それはちょいとおかしいだろう。
せめて、両者の間に、曹操を守る部隊がなだれ込んで来て、連合軍は曹操にとどめをさせなかったが、曹操は失意で逃げおおせる、と言うかたちが、ベストな決着だったと思う。
◇
正直、私は、『PARTⅠ』(クリック!)と、今回の『PARTⅡ』の作りが、全く異なることに驚いた。
最初に、本編とは別の、<三国志>世界観ガイドのTVゲーム的な作りのパートがあるのは『Ⅰ』も『Ⅱ』も同様だが、
『Ⅰ』で、そんなTVゲーム的な作りに合わせたかのように、英雄たちを、物語のバランスを崩さない程度にカタログ的に活躍させていたが、
『Ⅱ』においては、最終決戦の混沌の中に、皆が飲み込まれていた。
長江の対岸の魏軍の、軍船・砦と何層にも張り巡らされている鉄壁の陣を、連合軍は打ち破っていく。
しかし、そこには、経過を報告するようなカタログ的な作りはない。
が、圧倒的な描写が、説明の必要ない、進軍の説得力となっている。
◇
夜空に浮かぶ「灯篭気球群」の姿など、多くの、目を見張るような「静」の図もあるし、この映画は、ビッグ・バジェットによる物量ではない、圧倒的な描写によるパワーに溢れた作品と言えよう。
(2009/04/10)