撮影場所 兵庫県三田市木器
木器と書いて「こうづき」と読むそうです。
地元の人に聞くと神様に供える容器を作っていたのでこの名が付いたと話してくれた。
神器から言い易い「こうづき」に変化したのではないかとの事です。
器も陶器ではなく木製の徳利や杯だったのでしょうか
この三田市木器を訪れたのは水墨画集で三田市波豆川の茅葺民家とバス停の絵を見たからである。その絵は昔の面影を残した懐かしいものだった。
どうしても実際の風景を見たかった、波豆川に向かう途中、木器を通った。木器に茅葺民家が10軒ほど点在するのが見えた。三田市にはこんなに茅葺民家が残っているのだと驚いた。
それが木器に訪れたきっかけだった。
いまでも木器には何軒か茅葺民家が残る。
写真の家は造り酒屋だったように思う煙突も倉もあったように思う。今は酒の販売をしている。写真の手前の小屋風の茅葺は後で造られたのか以前は無かったように思う。
この小屋があることでなかなか絵になる風景になった。
三田市は阪神地区の通勤圏として著しく住宅地と人口の増加があった。
都市計画も素晴らしく私鉄駅周辺の住宅地はまるで未来世界に見えた。
しかし、ものの20分も走れば茅葺民家が点在する田舎の風景に出合えるのがうれしかった。
木器と書いて「こうづき」と読むそうです。
地元の人に聞くと神様に供える容器を作っていたのでこの名が付いたと話してくれた。
神器から言い易い「こうづき」に変化したのではないかとの事です。
器も陶器ではなく木製の徳利や杯だったのでしょうか
この三田市木器を訪れたのは水墨画集で三田市波豆川の茅葺民家とバス停の絵を見たからである。その絵は昔の面影を残した懐かしいものだった。
どうしても実際の風景を見たかった、波豆川に向かう途中、木器を通った。木器に茅葺民家が10軒ほど点在するのが見えた。三田市にはこんなに茅葺民家が残っているのだと驚いた。
それが木器に訪れたきっかけだった。
いまでも木器には何軒か茅葺民家が残る。
写真の家は造り酒屋だったように思う煙突も倉もあったように思う。今は酒の販売をしている。写真の手前の小屋風の茅葺は後で造られたのか以前は無かったように思う。
この小屋があることでなかなか絵になる風景になった。
三田市は阪神地区の通勤圏として著しく住宅地と人口の増加があった。
都市計画も素晴らしく私鉄駅周辺の住宅地はまるで未来世界に見えた。
しかし、ものの20分も走れば茅葺民家が点在する田舎の風景に出合えるのがうれしかった。
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