撮影場所 岡山県 山陽本線倉敷駅
過去に撮影しているフィルムを定年後スキャンしていた。
車椅子生活になり何処へもいけず昼間はラジオを聞きながらフィルムスキャンが暇つぶしに都合がよかった。
その中に電気機関車の写真もあった。よく見たらEEF58の一号機を撮影している。
全く撮った記憶が残っていない。
蒸気機関車ならば撮った記憶も残っていたのであろうが電気機関車など一杯いたのでいちいち覚えていない。
今にして思えば昭和40年代の風景は電車も電気機関車も気動車も駅舎も駅前の風景も何もかも懐かしい消えた風景なのだ。
その時代に生きていると何が消えてどう変化していくのかが分らないものだ。
EF58はその当時の主力機関車であった。ブルトレも牽引していた。
岡山にも糸崎でもよく見たが情けない事に撮っていない。
1946年の戦後すぐに作られて改良されている。全部で172両つくられている。
この一号機は保存もされず解体されている。
直流区間で走っていたので早く電化された区間のみ走っていた。
過去に撮影しているフィルムを定年後スキャンしていた。
車椅子生活になり何処へもいけず昼間はラジオを聞きながらフィルムスキャンが暇つぶしに都合がよかった。
その中に電気機関車の写真もあった。よく見たらEEF58の一号機を撮影している。
全く撮った記憶が残っていない。
蒸気機関車ならば撮った記憶も残っていたのであろうが電気機関車など一杯いたのでいちいち覚えていない。
今にして思えば昭和40年代の風景は電車も電気機関車も気動車も駅舎も駅前の風景も何もかも懐かしい消えた風景なのだ。
その時代に生きていると何が消えてどう変化していくのかが分らないものだ。
EF58はその当時の主力機関車であった。ブルトレも牽引していた。
岡山にも糸崎でもよく見たが情けない事に撮っていない。
1946年の戦後すぐに作られて改良されている。全部で172両つくられている。
この一号機は保存もされず解体されている。
直流区間で走っていたので早く電化された区間のみ走っていた。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます