日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* しゃぼん玉消えた とばずに消えた・・ *

2011年08月04日 | 雑感

昨日の孫たちとの早い夕食の後、かんたが童謡のピアノつき絵本で遊んでいた。 間もなく2歳4ヶ月になる。

 「しゃぼんだま きえた~ とばずにきえた~ とばずにきえた~ とばずにきえた~」

本来の歌詞 1番は”しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ 屋根までとんで こわれて消えた”
 2番が ”しゃぼん玉消えた とばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた”

2番ばかりを歌う。 次女も私もいつの間にか覚えていた不正解だけどかわいいその歌口調にやさしい目線をなげかけていた。 
「上手やねかんちゃん」言いつつ私は、声をあわせて 「しゃぼん玉消えた とばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた」
そんなことはおかまいなしに、かんたは何度も何度もそれを繰り返していた。 「ここばっかり歌うねん」と次女。
私の疑問符・・なんでこればかり歌う(聞かせる)のだろう。 単純に2番の方が覚えやすかったから?

早朝屋上へあがった。 昨日膨らみかけたなぞの朝顔の開花を確かめたい為に、少しわくわくして。
(あ・・ない!) コンクリートの上へまた蕾の根元から落ちていた。 水は切れていないのに、15センチほどはある白い蕾。
なんで咲かないんだろう、育て方? 良く見たら花の大きさが15センチでなく蕾が長くて、花自身は咲いても小さいのかも。
なんで何度も(明日は咲くかも!)としながらもポトリと落ちてしまうのだろう。 誰かが切っているみたいな。
同じ朝顔に生まれて咲かないなんて・・可愛そう過ぎるよ・・。

そのとき、私の胸をよぎったのは昨夜のかんたの歌である。  ”しゃぼん玉消えた とばずに消えた・・”
野口雨情のこの詩、知るまでは夢のあるかわいい歌だと思って子供の頃からずっと歌っていた、5年くらい前まで。
ブログでこの詩の中に悲しい野口雨情の現実があることを知った。 
生まれたばかりの長女さんが病気にかかり、亡くなられたそうで、そんな悲しみをしゃぼん玉にたとえた歌詩らしい。 
”生まれてすぐに こわれて消えた” 単にしゃぼん玉の比癒と思っていたが、痛々しいくらい。

ゴーヤだって 胡瓜だって 良く出来て 今度は何を・・とゴーヤ料理を探すのに忙しいのに・・

朝顔だって毎日毎日それぞれが、咲いて存在感を目で楽しませてくれているのに・・

得体の知れないこの朝顔・・ ”生まれてすぐに 咲かずに消えた・・ ”  分からないが涙に似た感情が込み上げる。
何を教えているのだろう。  私はこんなとき良くそう考える癖がある。 
例えば、物干しに思い切り頭をぶっつけた時、(思いあがっているんやわ) 足に物が落ちた時、(もっと動きなさい
って言うことなんや) そう思うと、自分を反省したりがんばる前向きな気持ちに変わるからである。

ある時毎日のように東北大震災で確認された犠牲者の名簿を、目で追った事がある。
ひとけたの数字の年齢を見た時、孫たちと重なり咲かずに消えたその子たちを思うと、いっそういたたまれなかった。
若い子たちの今を未来をうばった大震災。  天災には怒り悲しみのぶつけようが無いが、あまりにも悲しい。

今ある日々の暮らし、当たり前のような顔をして送る日々、改めて感謝しなければならない・・そう思った。
酷暑の中、復興へ向けて頑張っている東北の人たち、そこに心を寄せながら何もかもが感謝であることを今一度
日々言い聞かせながら、家族を見守って行こう。 何をしても感謝が口癖な母の生き方のように。

節電対策にと、世間に合わせて作ったグリーンカーテンではあるが、今や遮光だけでなく、家族でみんなで
楽しみながら心を繋ぐ話題でもある。 ゴーヤの雄花、雌花も初めて知った。 
”しゃぼん玉消えた とばずに消えた 生まれてすぐに こわれて消えた” 
朝、屋上へあがるのには、少しの覚悟がいるようになった。