日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 雨宿り(その2)*

2011年08月25日 | 詩・エッセイ・短歌・小説

ごく少数のリクエストにつき、続きを書くことになった。

雨宿り(その1)

前↑ 略

なつめは26歳、前の夫と別れて五年がたっていた。 宗は30歳、出産後病気がちだった妻を3年前に亡くしていた。 
当時2歳だった子供は宗が育てるには無理があると、妻の実家の両親が引きとって育てている。 

そんな過去を持つ二人である、たわいない会話をしながらもお互いの心を確かめるように一歩一歩ゆっくりと歩いた。
夫と別れたなつみ、妻に先立たれた宗、過去を持つ二人に時間はいらないかも知れない。
触れ合う肩、いつの間にか触れた手がそっと握られた。

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「雨大丈夫かなぁ、天気予報では夜所によっては弱い雨って」
「大丈夫じゃないか? 大勢の人を楽しませるんだ、お天道さまも見方してくれるよ、降らない」
「宗さんって、古めかしい事言うねんなぁ」
「そう?」
「はい、宗(さん)」
「ははは、若いのにおやじギャグ?」
「ひど~い!でも当たってるかも。 会社のね、いい年のおじさんがそんな事良く言うの、感化されちゃって」
たわいない事を笑い合いながら川沿いを歩く二人に、いつになく冷たい風が頬をなでて行った。 それが二人の感情をくすぐる。
その後は言葉少なに歩いていたが、なつみはそれだけでも充分に嬉しかった。

「今日は風があるから良かったね、涼しいから」
「でしょ! 気持ちいい・・だから私浴衣を着て見ようかなって思って」
「そうか、では風に感謝だ。  なつみさんの素敵な浴衣姿を見られたんだものな」 宗は改めてなつみの浴衣に目をやった。
セミロングの髪をアップにして髪飾りをしたなつみ、襟足が美しく、白く細い手でおくれ毛をかきあげた白いうなじはとても色っぽかった。
そんななつみの仕草に宗はドキッとして惹かれる思いになった、しかしそんな心を押し隠すように話題を変えた。

「ところで仕事の方はどう?」
「うん、まぁまぁやわ。 短大を出てすぐに結婚そして働いたんやけど2年で離婚したのよ、二つ年上の大学生、実は私バツイチ」
「そうだったんだ。全然そんな感じしていないね」 
「離婚した後ってね、ちょっと居心地が悪くって、一人になった途端調子よく近づいてくる男子社員いてるし、女子社員でも
年上の人なんか、そらごらんってそんな顔してる、年下の子なんか今はなんでもあり~と言いながら、陰では笑ってるわきっと」
「なつみさんがそう思っているだけじゃないの? 離婚したことをいつまでも悪い事したみたいに思ってるから、だからそんな風に」
「そうかな。 そう言えば結婚した事私少し自慢だったかもね。 縁の無さげな先輩には優越感さえ感じていたような気がする。 
だからかしら、なんだか皆の視線がやけに気になるのよね」
「回りを気にしないで自分の仕事を間違いなくこなすこと、そうすればさすがって誰も何も言えなくなるよ。
女の子って顔では大変ねと同情していても、ミスったりすると心の中では喜んだりしてね。 男にもあるかも知れないけどね」
「そうそう、そんな感じ。 だから間違えたりしないようにって緊張するし、必要以上に神経使っちゃう」
「そうそれでいいんだよ、真面目に明るく、しかるべき人には分かってもらえるよ。 がんばれよ」
「ありがとう、今までそう言う風に言ってくれる人いなかったから嬉しい」
宗のやさしい助言、自分の事をちゃんと思ってくれている・・その事を確信して嬉しく思うなつみだった。

仕事の事を色々聞いてもらいながら時間が経過して、いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。
気づかなかったが、河原に添った向こうに何組かのカップルがまるで測ったように一定の距離を置いて座っていた。
「わ・・みな思う事は同じね、ここからでも花火が見える事知ってるんや」
肩を寄せ合ったカップルを見てからは、心地よい風と宗のやさしさになつみの感情は高ぶっていた。
浴衣を着た人たちが降りたここから一つ前の駅、そこから少し左へ寄った川の辺りから花火が上がった。 
「わーー! 花火があがったわ! すごいすごい!」
「ここでも結構楽しめるんだ。 オープニングだよ、うん、きれいきれい」宗は時計を見た、8時だった。
暗闇の空に色どり鮮やかな花火が次々とあがった。
「わ・・すご~い。 あれってスターマインじゃない?」 仕掛け花火や打ち上げ花火、次々と暗闇に様々な形で描く見事な光の芸術である。

「今日会うことにして良かったね、花火はいい演出をしてくれてる」
そう言う宗の顔を見たなつみは、遠くの花火を見つめる彼の目が心なしかうるんでいるように見えた。
(亡くなった奥さんの事思い出してるのかしら、二人で花火を見たことあるのかな)
一瞬そう思ったなつみであったが自分の感情のたかまりも抑える事が出来なかった。
そっと宗の肩に身をもたれかけた。 ドキドキしていた。 それが宗に聞こえたらどうしようと思うくらいに。
遠くの花火の音が、更に遠のいて聞こえているような気がした。 どうしよう・・どうしよう・・。
なつめのそんな仕草を予期せぬ宗ではなかったが、なつみの思惑通り宗は花火が上がるのを見た時、妻を思い出したのだ。



2才になった息子を連れて見た八月の初めの花火が二人が見た最後の花火だった。 その時からひと月後妻は亡くなった。
普通なら花火は悲しい思い出になるであろうが、まるで最後の力を振り絞るように元気になった妻は、とても幸せそうな嬉しそうな
顔をして花火を見ていた。 息子を抱いていた宗に、「来年も一緒に見たいわ」と花火から目をそらさすつぶやくように言ったのだ。
だから宗はそれは妻の遺言だったような気がして、翌年もその次の年も、遠くで花火を見た。 
亡き妻の思いを叶えたいと、本当なら息子と一緒にいたかったのだが一人で見てきた。
だから宗では亡くなった妻への思いが断ち切れていた訳では無かったが、もたれてきたなつみに恥をかかせないように
やさしくそっと肩に手をまわした。 
離婚して5年になる若いなつみである、肩に感じた宗の手の感触に、震えるようなそして熱い感情が身体中を流れた。 

少し声を落として宗が言った。
「僕は君のことをまだ良く知らないし、君も僕の事を知らない。 それに妻との思い出が3年と言う年月で完全に消えたわけじゃない。
そんな気持ちでいるから君にはまだ応えられないんだ。 申し訳ないと思うんだけどね。 でもね、君との出会いは偶然じゃない、
そんな気がしているんだよ。 だから自分の心をちゃんと整理してね、それには少し時間がいると思う」
なつみは何も答えなかった。 宗は少し間を置いて上がる花火に気持ちを重ねるように、つぶやくように話を続けた。

「どう言っても僕には子供もいる。 もう5才になるんだよ。 せめて成人するまでは親としての責任もあるしね。 
正直に言うとなつみさんといると楽しいしほっとするんだ、もしかしたら僕たち運命かも知れないね。
そんな気もするから僕は君との出会いを大切にしたい。 大切な人には手は出せないよ。 分かってくれるかな僕の気持ち」 
少しだけ肩にかかった宗の手に、力が込められたような気がした。
なつみは思わず身体を離した。
「ごめんなさい。 ほんとごめんなさい。 そしてありがとう、嬉しいわその気持ち」
宗の思いを熱い眼差しで見ているなつみは、この人は本当に私の事を大切に思ってくれている・・改めて感じていた。
家で鏡を見ながら浴衣を着ていたとき、もしかして求められたら許してもいいとさえ思った自分の心を見透かされたようで恥ずかしかった。
「お互いにもっと自分の事話そう。 君の事君の家族のことも知りたいし。 僕たちまだ会って三ヶ月だもの、もう少し時間をかけよう。
君を失いたくないから。 悲しい思いはもうしたくないからね」
「奥さまのこと愛していたのね。 そんなに簡単に気持ち切り替えられないですものね、ごめんなさい」
頭を丁寧に下げるなつめを宗は可愛いと思った。  思わず彼女を引き寄せた。 
「ごめんね」
宗の言葉にいいえとの気持ちで頭を振り、宗に抱き寄せられたまま目を閉じて花火の音を聞いていた。 なつみはこれで充分だった。
肩を寄せ合いフィナーレのように次々とあがる花火が、空を真っ赤に染め尽くすのをじっと眺めていた。
二人の手は自ずと重なった。 花火が終わったようだが、このままこうしていたいと思ったなつみだった。

その時遠くで雷がゴロゴロと音をたてた。 少したってピカ!と稲妻が暗闇に光を放った。
「キャー、怖い! 私駄目なのよ、雷」 そう言いながらなつみは宗にしがみついた。
「僕だって怖いよ。 まさか雨降らないよね、弱い雨って君は言ったけど」
「もし降ったら?」
「雨宿り~!!」 二人が同時に言ったので声をたてて笑いながら、足早に駅に向かった。

「おなかすかない?なつみさん」
「すいた!」 そう言えば会社から帰ってすぐに浴衣を着て出かけたので、夕食はまだだった。
「駅前に美味しいお蕎麦屋さんがあるんだ。 まだ開いているから君を送りがてらそこへ行こう」
「私お蕎麦大好き!」
「それは良かった。 美味しいよ、純粋な国産の蕎麦粉でね」

ぽつぽつ雨が顔にあたった。 
「わ~降って来たね、浴衣大丈夫? 今から僕のマンションへ行く?」
「何を言ってるのよ、さっきどう言ったっけ、宗さん」
「冗談、冗談だよ。 僕たちには今これしかないじゃないか」
「雨宿り!」 
小さい雨にあたりながらも嬉しくて仕方なかった。 駅前のお蕎麦屋さんの灯りが見えた。
なつみは宗の横顔を見ながら思った。(出会いを大切にしよう・・時間をかけよう、もう離れられない)
ゴロゴロ・・ドーン!! 
「キャー!」 この後は言うまでもない。  (その3へ続く)