歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

騒がしい世間に背を向けているわけではないが、どこか馴染みが希薄になってしまっている。

2020-03-25 | その他

コロナウィルス蔓延し始めているとか、そのために東京オリンピックが延期になったとか・・・・

吹く風がよそよそしく、僕の身近で吹いていると思えなくなってしまっている。

感染症は恐ろしい。

でも、恐ろしいのは人間で病原菌ではない。

そんな気がするだけだ。ウィルスだって生きている。

人間が増殖するように、ウイルスも繁殖しまくる。想像を絶するスピードで。

彼らの生きるスピードは人智を超えて宇宙空間へだって行ってしまう。

人々はウィルスそのものよりもウィルスに感染した人間を忌み嫌う。

それも半端じゃなく、感染者を排除し悪魔のように嫌う。

それは単に恐怖心からなのだろう。けれども邪悪な心で感染者を観るまなざしには

弱さを隠す卑怯者の犬のようだ。怯える犬は狂暴で、なり振りかまわず吠え、噛みつく。

抜けるような青い空が広がっていようがお構いなし。

 

普通に、いつもと同じように暮らしている。

外に出れば1メートル以内の人々には気を配り、嫌な気分にさせないように自分の場所を見つける。

家に帰れば丁寧に手を石鹸で洗い、顔を洗い嗽を二回する。

風呂には毎日入るし、食事はできうる限り決まった時間に食べるようにしている。

人と話すときには相手の目を見つめて好きになった事や、好きだった事柄を話し、

嫌いだと思うことはできるだけ話さない。

歯が痛めば歯医者に行き、熱が出れば医者に行き、院内ではマスクをする。診察が終わればマスクを外す。

そして、空を見上げ、深呼吸をする。

ここ数年前から続く天災のおかげで、NHKが言う防災セットを購入し、補充を怠らず日常の消耗品については

余裕を持った買い方をする。

マスクがなくなっているだとか、テッシュがないだとか、

マスコミの無責任な掛け声に踊らない。

ワイドショーのMCほど無責任な人間はいない。

信用という言葉からは、地球と月の距離ほど遠のいている。

 

「絆」だとか「心を一つにする」そんな腐ったリンゴのような標語を叫び続けることに意味があるとすれば

それは、危機感を煽るだけ煽りすべての人々の心を握りしめようとする。

別に一億人が同じ考え方で生きなくてもいいではないか。

鬼気迫る日々が存在すれば、一人ひとりがヤルべき事をやればみんなが安心して暮らせるはずなのだ。

そして、やるべきことが判らなかったり、できない人たちに向かって手を貸すのが礼儀というものなのだ。

決して責めることではないはずなのだ。

 

手を洗う水がなかったり、石鹸が手に入らなかったり、身を守る方法が理解できなかったり、

そんな人々こそ救わなかければならない。

今、自分の手の中にあるものを分けてあげなくてはいけない。

持つべき想像力を獲得して育みながら分けられるほどの力を持たなくてはならないはずなのだ。


やっと手に入れた自由をまた手放してしまいそうだ・・・

2020-03-04 | 映画

ミステリーと映画とギターと歌があれば生きていける。

そんな思いを胸に深夜バスに乗り込んだのは二十歳の時だった。

5月になったばかり京都駅は午後10時。乗り込んだバスの中は、ひと息で生暖かくて息苦しかった。

理由もなくウキウキした気持ちを今でも覚えている。

一人暮らしをする不安は全くと言っていいぐらいなくて、その割には体が少しだけ震えていた。

武者震い。そんな言葉を吐きだすように深夜バスは走り出した。

今と違ってそのころの京都、東京間の深夜バスはごく普通の観光バスで座席は二人席だったのを覚えている。

東京駅の八重洲口へ着くまで一睡もできなかった。

 

あれから48年がたった。

ごく普通のサラリーマンで過ごした僕はとりたてて良かったと思うこともなく勤め人の生活が8年前に終わった。

そして半年はきままに暮らし、以前の職場の先輩に誘われろ、くでもない仕事を手伝った。ろくでもない仕事と言っても

別に法律に触れるような仕事ではなかった。ただ、給料はほとんどなく時間潰しで働いては見たものの、いつも面倒な役

割ばかりを任されてしまった。これも何かの縁だから仕方あるまいと覚悟はしていたが我慢の限界を迎えてやめてしまっ

た。人を頼って生きてばかりはいられない。かと言ってやりたい事が明確にあるわけでもない。ホントにごく普通のサラ

リーマン生活を過ごしてきた平凡を絵にかいたような人間なのだ。

いわゆる「定年後の暮らし」本を買わなければ時間があり待って仕方がないといった風情なのだ。

1か月もすれば行き場をなくし、家に閉じこもり、時の過ぎゆくの待つのが怖くなる。そんな状況に反比例してモチベーシ

ョンは急降下し始めている。無関心は最大の敵となるのは目に見えている。

しかし、そんな僕に声をかける人がいた。

ちょっとヤバそうな感じだけれど・・・・少々、戸惑ってしまっている。

音楽業界でまだ現役で頑張っているらしい・・・。が、ほんとのところは分からない。

 


愛情がなくなると第6感は働かない

2020-02-26 | その他

以前の会社で社長をしていた。ほんの3年ほどだけだった。

新事務所に引っ越すとメールがやってきて、私物処理のために神保町まで出かけた。

天気予報は外れてばかりいたので傘は持たなかった。

テレビの天気予報士の服のセンスがあまりに悪いので信用していない。

天気の所為ではないけれど、彼に会うのは避けたかった。

先月、別れ際の言葉が胸に引っかかっていて返答しなくてはならない。

どう返事をすれば縁を切ることができるだろうか?

噓をつくのは苦手だし、ましてや喧嘩をする気力もない。

しかし、不思議なもので愛がなくなると想像力は低下してしまうらしい。

鶏の頭脳のように三歩で記憶は遠のくのだ。そして、僕の想像も働かなくなり、

準備していた返答の言葉も永島茂雄の初打席のように豪快に空振りとなった。

まだまだ、未練たらしい言葉を吐かれることを想像していたことが恥ずかしいくらいの気分だ。

 

やっとこ、肩の荷が下りた。

今夜はぐっすり眠れそうだ。

 

 


懐かしさはどこまでも続けられるのだろうか

2020-02-21 | その他
一年ぶりだろうか?彼らと飲むのは・・・
そんなことを考えながら日比谷から人形町までの道を歩いた。
晴海通りを東銀座へ向かい、昭和通りまで出て、日本橋の方向へ歩いた。
昭和通りはあまり好きではないので裏道を歩いた。十数年前とは風景が変わっていて、ドギマギしてしまった。
迷い犬のような気分で永代通りまでたどり着いてスマホの地図を見た。
小雨が降りだして、少し寒かったけれどかまわずに歩いた。
人形町の交差点についたのは午後の6時15分。
約束の時間には十分すぎるな・・・と思いながら僕が指定した店を探しながら路地を歩き回った。5分も経たぬうちに店が見つかってしまった。

彼らに会うのが嫌ではなかった。でも、なんだか気まずかった。
一年という時の流れは人との関係を見直す僕なりの考をまとめる時間だった。
彼らの事、忘れていたわけではない。ただ、恋人の事を思い浮かべるようには思えなかった。
なんとなく、会話が弾みそうになかった。
仮面を被って対峙するにはそれなりの忍耐が必要だと思っていたようだ。
会話が弾むときは決まって自分の話をし続ける僕がいた。
そう、人の話を間延びしたスローバラードのリズムで聞いていられたのに、
最近は8ビートのリズムでしか刻めなくなってしまっていて、相手のリズムにかぶせてしまう自分に気が付いてしまったんだ。
早く言えば、心に2ビートの余裕がなくなってしまったようだ。
間抜けな人の話すことでさえ曖昧な返答ができていた。
会話の決着を早くつけすぎてしまっていたんだろう。

リズムが必要なのだ。会話にだって、なにしたって心地よいリズムってものが・・・必要なのだ。
人類に言葉が生み出される前からコミュニケーションできていたわけだし、ほんとは言葉なんぞ必要ないのかもしれない。
人間関係で大切なことは、たぶんそう言うことなんだろう。
太鼓があれば意思の疎通は充分できていたはずだし、おおざっぱなことの方が人は分かり合えるのかもしれない。






マイナス2C゜の痛みを知っていれば猫の微笑みを見ることができる。

2020-02-07 | 映画
確かに異常な気候なのだと思う。
暖かい日差しと鉛の重さを感じる曇り空を切り返す日々。
太陽のやさしさを思い知るには格好な気候だというしかない。
朝からBLUSのレコードなんか聴いてどうするのだ。落ち込む気分な時には心底落ち込むに限る。
でないと明るい気分の良さを感じなくなってしまうからだ。
「アイリッシュマン」を昨日、観た。
ここの所、2週間ばかりは3日にあげづ映画館へ通っている。
朝、目覚めて映画COMにアクセスして、観る映画を物色。解説は読まない。読むとろくでもない感性が働き下らない映画を観てしまう。
ろくでもない感性は僕の自由を不自由さに変えてしまう。
それは、何処にも行けそうにないと感じてしまう渡り鳥みたいだ。
アメリカという国の歴史を知りたいわけでもないし、特にダークサイドのアメリカの成り立ちを知りたいわけでもない。
マーチン・スコセッシとデ・ニーロの組み合わせが気に入っている訳でもない。
ただ、基本はアメリカが好きなんだ。
シンプルな思考は男らしく見えてしまう。が、大胆な行動をしたあとで気分の高揚と裏腹に自分の行動を悔やみ嘆いてしまう。
この世にこれほど哀しい男はいない。これほど悔やんでいる奴はいない・・・・。
そんな映画ばかりを作っている。しかし、そんな映画を作るアメリカが好きなのだ。

この映画もご多分に漏れず、第二次世界大戦を戦い抜いた者の残りの人生を描いている。
戦争は人間の善良な部分を押し殺し邪悪さを優先させる。
戦いが終わったあとの人生などまるでないかのようだ。しかし、余生はあり続ける。
人を殺したあとの人生がどれだけ悲惨で孤独であり続けるのかを教えてくれる映画だった。
表の社会も裏の社会も同じ。
生き延びるため方法は殺してしまうこと。
銃器は簡単に手に入る社会だから、問題を解決するには単純すぎる方法を誰しもが選択してしまうのだろう。
そして、殺すことの理由は?聞かれれば・・・「家族のため・・・」と即答する。
しかし、この映画は少し違っていた。
「何から守ろうとしたの・・・」
娘から切り返されたフランクは答えが見つからない・・・・。

いつもの常套手段で主人公の死ぬ間際の回想で始まる映画。
年寄りの戯言に耳を貸す勇気すらないアメリカに明日はないのかもしれない。

それは、被害者意識の塊となっている大統領を見れば判る。

建国以来、大いなる勘違いのトンネルを抜ければ、暖かい日差しが待っていることを知っているのだろうか。