ひょんなことで名古屋へ行くことになってしまった。
新横浜から新幹線に乗り込んだのはいいけれど、仕事のモードにはなかなか切り替わらない。
無理にでも切り替えようなんてしてしまうと、肝心なときに必要な言葉がでなくなってしまう。
でも、別に自然発生的に仕事をするのがいいと言っているのではない。
あまり考えてもいい結果が生まれて来ないだけなんだ。
2時間も座席に座り込んだまま何も考えずにいることに苦痛さえ覚えなくなってしまったのには理由はない。
しかし、時間の観念なんていうのは人それぞれが違っていて、直線でもなければ曲線でもなく、過ぎ去ってしまったことなのか
これからのことなのかも、定かではない。
ただ、今があるだけなんだから・・・・。
そんなコト、考えていたら名古屋駅に到着。
迎えてくれる人が、思いのほか遅れてきたけれど気にはならなかった。
小一時間打ち合わせを済ませて、次の打ち合わせへと急いだ。
話は何の狂いもなくスムーズに運び、帰路へと・・・・。
しかし、せっかく名古屋に来たんだから、このまま真っ直ぐ帰るには芸が無さすぎる。
旅をしている気分ぐらいは味わいたい、なんて思ってしまう。
2時間も汽車に乗ると、つい、飲み食いをしてしまうのと同じなんだろう。
そんなわけで、打ち合わせ場所のすぐのところに熱田神宮。
3ヶ月前にここを訪れた時もそうしたように、足を運んだ。
今回は人っ子一人いない。確かに夕方が終わりそうな時間。
本殿への参道へ駐車場から入って鳥居をくぐったあたりから静けさはさらに増し、心がしずかになるのが実感できる。
確かに、建物の作りや、その背景、樹木、砂利道、全てが計算されているのかもしれない。
日本人が考え出した素晴らしい心のよりどころなんだろう・・・。
リラックスしていく自分を感じられるのは、そのこと自体が素晴らしい。
静けさという音楽、沈黙が安らぎなんだ。
そして静かに集中して自分の心の声に耳を傾ける。
そして、その声に従って歩き始める。