副都心線に乗るのは久しぶりだった。
この町で暮らし始めたころ、止まる駅ごとに違う風景があった。
饐えた匂いがしたり、女の安っぽい香水が漂ったり、ホームのベンチが木製だったりで
停車駅ごとにその駅に降り立つ人々の暮らしぶりが想像できたりもした。
しかし、もはやそんな想像すらできなくなってしまった。
駅舎じたいが画一化され、表情など覗うことすらできなくなってしまった。
そんなことを嘆いたりしたところで仕方のないことだ。
しかし、この駅だけは、数年前のコトが頭をよぎってしまった。
午後11時を過ぎたこの駅のホームには人が居なかった。
平日のこの時間にはこの駅から東京へ向かう人などいないかのようにだ・・・・。
彼女は僕の手をシッカリと握りしめていたし、6月にしては少し肌寒かったのを覚えている。
見つめあったかどうかは覚えていない。
少し酔っていた。
彼女の唇は堅かった。
「できるだけ自然に、したかった・・・・」
彼女のそんな言葉が、僕の耳に残されたままだ。
土曜日の昼にこの駅に来るとは思わなかった。
午前11時。この駅のホームには人が溢れていた。
少し後悔した。
「新年会など棒に振ればよかった。」
1年に一度だけかつての職場仲間とこの町であうことになっていた。
忘れてしまってもよかったし、先約があると断ってもよかった。
でもなぜか楽しみにしているなどと口走ってしまった。
それは、3年前に死んでしまった友人の墓参りがこの新年会のスケジュールに組み込まれていたからなんだ。
僕より二つばかり年下だった。
若くして高血圧症だったし、年の割には美食家だったし、
女にはトラウマがあったせいなのか・・・・近寄らなかった。
一人が好きなようだった。妙に気が合い、おいしい店へ連れて行ってくれて、そのことを決して自慢しなかった。
「どう? 美味しいだろう・・・」そんな下品な言葉は一切、吐かなかった。
彼のことを懐かしいと思いここに来たのではない。
なんとはなく、彼のことをじっくり思い浮かべたかったのだ。
一緒に飲んだ酒の銘柄や、食った肴の名前など、ひとつひとつをシッカリと思い出したかったのだ。
そんなことをしたからと言って何がどうなるわけでもない。
湿っぽい気分の自分自身を憐みたかったのか。
時々はそんな女々しい自分を見つめておくのもいいのかもしれない。
なぜなら、大した人間じゃないんだ・・・そんな認識は必要なのだ。
傲慢は奈落への近道だからだ。
そんなことをこころにめぐらしていると
黄昏がいきなりやってきた。
海と空がキラキラし始めて、遠くに山が見えた。
僕は少し軽やかな気分になった。