しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

サツマイモを作る

2022年03月12日 | 農業(農作物・家畜)
笠岡市役所の敷地内に長く「芋博物館」があった。
その当時、日本で唯一か世界で一つの「イモ博物館」と呼ばれていた。

江戸時代は飢饉時の主食になり、
戦中戦後の配給時代は、町の人の主食となった。
管理人にとっては、いちばんよく食べたオヤツとなった。

・・・



・・・

「岡山の食風俗」 鶴藤鹿忠 岡山文庫   昭和52年発行
薩摩芋
サツマイモ、イモ、琉球芋、カライモなどと呼んでいる。
笠岡代官所の井戸平左衛門は薩摩から薩摩芋を取り寄せて普及に努めた。
笠岡市には芋博物館があった。



・・・・・・

サツマイモ(薩摩芋・甘藷)
原産地・メキシコ、ガテマラ
アメリカからヨーロッパに渡り、
日本には中国から宮古島に渡ったのが始まり。
九州南部で栽培され「薩摩の芋」として全国に定着した。

「野菜まるごと辞典」 成美堂出版 2012年発行

・・・・・
サツマ芋
サツマ芋・イモ・琉球芋・カラ芋・唐人芋などと呼んでいる。
笠岡代官所の井戸平左衛門は薩摩からサツマ芋を取り寄せて普及し、その遺徳は芋代官と呼ばれた。
荒地、開墾地もけっこう育ち、豊凶が少なく、税の対象にもならなかった。
熱帯作物で腐りやすいので、いも壷を床下に大きな竪穴を掘り小麦藁を立て,底にはスクモを敷きサツマ芋を並べ、そのまた上にスクモを入れていた。
こうして年中食べる分を入れておいた。

「岡山県史・民族Ⅰ」 昭和58年 山陽新聞社出版


・・・・・

(父の話)
芋つぼ

家の床の下に「芋つぼ」を大きく掘り、甘藷を収穫したらそこに貯蔵していた。
昔は何処の家とも芋つぼをもっとった。
ウチにも前の家にゃ、玄関はいってすぐのとこ。
コノ家にゃ、ココにある。
してない家がなかった。

2001年10月7日

芋が腐らんけい。もつんじゃ。(長持ちをする)
外へころがしとくと、じきに腐るんじゃ。
ほれで春になりゃあ売りょうたんじゃ。
自分方だけじゃったらあわんな大きな穴を掘らんでええ。

みんなよけい(たくさん)植えんようになってのう、あほらしぃ。
今頃は自家用だけに、ちいちっとなったのう。余ったのを売るくれいじゃ。
春になったら市場へだしょうた。
2002年3月31日


・・・・・

(終戦後の)買い出し

茂平にも買出しに来ていた。
物物交換でもってくるのは衣類がほとんどであった。
こっちは、米麦、芋、なんば、なんきんなどを渡していた。
米はこっちの分も無いので渡す事は無かった。
芋が主であった。

2000年08月20日
・・

唐臼(からうす)

何処の家にもあった。ぜっぴあった。
あれで米を搗きょうた。
雨が降りさえすりゃあ米搗きをやりょうた。
芋を干して粉にして。芋団子もおいしかった。終戦後だいぶしょうた。食べもんがなかった。

(母の話)
いっとき戦時中に芋きりをこしらようた。
そりょを粉にして団子にする時に。そりょを唐臼で搗きょうた。
2001年10月7日


・・・・・

・・・・

戦時中は「決戦食」
・・

決戦下「野草も食糧に」

国内の食糧事情は窮迫していた。
主食の米はまず軍需食糧として確保される。
台所では米に変わり、サツマイモ、ジャガイモ、雑穀が主食に昇格する。

「ふるさとの戦争」  青木 暢之  中国新聞 1995年発行

・・
戦時中の食生活
日中戦争が始まり、食べものが不足し、配給制度ができた。
金光町のほとんどが農家であったので、十分とはいえないが食べるぐらいのものはり、保有米を残して、あとはすべて供出した。

サツマイモ、ジャガイモ、南瓜も主食代わりになった。
農家では自家栽培ができたので有利であった。
サツマイモはたくさんゆでておき、ご飯代わりに食べた。

「金光町史」


・・・・・・


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウサギを飼う・ヤギを飼う

2022年03月12日 | 農業(農作物・家畜)
茂平の水門から波止の土手にかけて、ヤギを繋いで草を食べさしている家が何軒かあった。
家にヤギは飼っていなかったが、裏の〇〇さん方から、「今日はよく出た」と言って持ってきてくれることがあり、楽しみだった。

ウサギは小学生の時、一度飼っていた。丸々と大きく育ってから売った。
300円か500円で売った。
その頃、少年雑誌の「漫画王」とか「少年」が50円か60円くらいで、子どもにとっては大金だった。

父の話は戦前のことと思える。

・・・・・




ウサギ

自家で肉を消費するため、ほとんどの家は小屋を作って、あるいは縁側の下に飼育場所を作ってウサギを飼っていた。
飼養羽数はおおむね五羽程度、自家繁殖させるため雄雌の両方を含むのが一般的であった。
ウサギには屑米や屑大豆をエサとして与え、肉が必要になると屠殺した。

戦時中は、軍人の首巻の原料とするためのウサギの飼育が奨励された。
役場に乾燥させたウサギの皮を供出していた。

「岡山県中央町誌(民俗編)」


・・・・・・

(父の話)
ウサギも飼ようた。
羽根を売るんが目的じゃが、殺して、よう食べょうた。

2000・9・10


・・・・・・・・・・・・・



ヤギ

戦前戦後、一定数の飼養頭数がみられる。
ヤギは、主に乳を利用するための飼育であった。
牛乳よりも人間の乳に成分が近いことから、成人の飲用はもとより、母乳代わりとしてヤギの乳を乳児に与えることも一般的であった。

「岡山県中央町誌(民俗編)」


・・・・・
(父の話)
ヤギ

骨がおれるんじゃ。
草ぁやるんが。
乳がちぃとでるんじゃが、あんまり出んけいのう。
飼うてみたけど止めた。
めんどくせい。ウチへ繋いで、草を刈ってきて食わしょうた。
ようが無いときゃ土手へ連れていって勝手に食わしょうた。
乳も草くせいし。

2001・2・11


・・・・・


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

豚を飼う

2022年03月12日 | 農業(農作物・家畜)
子供の頃、家では豚を飼っていた。
しかしすぐに
羊に変わった。

その羊も1年くらい飼って止めた。
ブタも羊も、父の言う「国がつくれと言って、儲かったもんはねえ」
に当てはまるもののようだ。


・・・・・・

物語・食の文化」  北岡正三郎 中公新書 2011年発行

豚肉
食用だけ

ブタは乳を与えず、毛の利用もなく、労役や運搬の役にも立たず、
ひたすら食用の為に飼育されてきた。
非常な雑食性でごみや残飯をあさって飼われた。
ブタの利点は食肉生産の高い効率で、
植物性の餌を肉に変える速度と効率はすべての家畜の中で最大である。
餌に含まれるエネルギーの35%を肉に換える。

第二次世界大戦後は都市近郊での残飯による養豚を経て地方での大量飼育が始まった。
価格が安く牛肉の代替材料になるほか、トンカツや、ハム・ソーセージなどの加工品も戦後大きく消費が伸びた。
さらに中華料理の普及とあいまって、現在牛肉の消費量のほぼ2倍半になっている。



・・・・・・


・・・・・・



一回の出産で約10頭の子豚を生む。
繁殖豚の場合は3年間で6産を目安に役目を終える。
豚はきれい好きでデリケートな動物。
そのため、養豚家は豚舎を清潔に保ち、温度設定やエサにも注意を払いながら飼育を行う。
生後6ヶ月で肥育豚(110kg)になり出荷する。

「最新日本の農業図鑑」 八木宏典 ナツメ社 2021年発行

・・・・


明治以後各地で普及した。
トンカツにキャベツをそえて食べるようになるのは昭和7~8年以後のことであり、
キャベツは明治以降普及した野菜である。
「岡山の食風俗」 鶴藤鹿忠 岡山文庫   昭和52年発行

・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

羊(ひつじ)を飼う

2022年03月12日 | 農業(農作物・家畜)
羊を二年間ほど飼育していた。三年とはつづいてない。二匹か一匹、多分一匹。
家の裏に子屋をつくり飼っていた。おおきなバリカンで毛を刈取っていた。
父は補助で、専門家がしていた。
飼っていた羊は死んだ。羊の肉を食べた。隣近所に分けても更にその量は多かった。
乏しい時代ではあったが、その肉はまずいもので、無くなるまで来る日も来る日も羊の肉を食べた。昭和32年前後の事。

・・・・・

(父の話)

終戦後、国の政策でもあり飼うた。
肉は臭かった。

肉はまだ鯨のほうがよかった。鯨は刺身にもなるが、羊はくさい。
馬のほうがまだよい。

2000・1・9

(母の話)

一匹飼ようた。
毛糸を取るためじゃった。毛糸がなかなか無かったけぇ。
刈るのは一年に一回しかできょうらなんだ。

2001年6月17日





・・・・


「岡山県中央町誌(民俗編)」

ヒツジ

戦後、衣料品の自給・増産を目的としてその飼養の普及を推進した。
昭和35年がピーク。
毛羊に関しては畜連が各農協を回って毛刈を実施し、それを農協が袋詰めにしてニチメンやトウメン等の加工場へと送った。
最盛期の羊毛価格は一頭当たり1万円程度と非常に高値であったが、昭和30年代半ばに急速に値下がりし、
衣料状況も改善したことから同時期を境としてヒツジの飼養は減少していった。

・・・・・



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする