しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

「奥の細道」涼しさやほの三日月の羽黒山  (山形県羽黒山)

2024年08月21日 | 旅と文学(奥の細道)

羽黒山の参道は”涼しさ”という言葉そのものの世界。
色は緑、涼しさしか感じない。
句は夜の三日月を詠んでいるが、羽黒山を代表する情景に感じる。

 


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旅の場所・山形県鶴岡市羽黒町手向「出羽神社(三神合祭殿)」  
旅の日・2022年7月10日               
書名・奥の細道
原作者・松尾芭蕉

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「超訳芭蕉百句」 嵐山光三郎  筑摩書房 2022年発行

涼しさやほの三か月の羽黒山

羽黒山、月山、湯殿山の出羽三山は山岳信仰の霊場として古くより名高く、
『おくのほそ道』の旅の目的のひとつはこの出羽三山へお参りすることであった。
なかでも羽黒山は参拝客が多く、その門前町が手向である。

芭蕉が訪れたころは三百軒の宿坊があり、現在は古き宿が営業している。 
宿坊街のつきあたりが随神門で、そこをくぐると祓川を渡り、杉並木の一の坂、二の坂、三の坂が約二キロつづいていく。
石段が二千三百四十六段あり、とくに三の坂が急であるけれど、この道は草木ひとつひとつに神が宿っている。 
五十分ほどかけて羽黒山頂上に達すると三神合祭殿、蜂子神社、斎館、護摩壇がある。
一の坂にある五重塔(国宝)は塔じたいが巨大な樹木と化して地面へ根をおろして地下の生命とつながる。
随神門から山頂までの道は、「この世のものとは思えない」天然ムクの霊気で浄化される。

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「奥の細道」ありがたや雪をかをらす南谷  (山形県羽黒山)

2024年08月21日 | 旅と文学(奥の細道)

昭和10年代初め、
連戦連勝の日本軍の進攻と重なるように、相撲界に天下無敵、69連勝の大横綱・双葉山が登場した。
同じ部屋に、これまた大横綱になった羽黒山(はぐろやま)がいる。
大横綱羽黒山はてっきり出羽三山・羽黒山の辺り出身と思っていたが、
山形県でなく新潟県羽黒村の出身だそうだ。今知りました。
そういえば倉敷市玉島の中心地も羽黒山だ。

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山形県には、夏も残雪を見ることができる山が多い。
山形市を過ぎて北に向かうと残雪の山々が見えてくる。
最上川に沿って東へ方向を変えると、
出羽三山に残る白い雪が見え旅情気分を高める。

南谷に泊まった芭蕉は、残雪を”かおらす”と表現した。
雪が香るのは芭蕉の他にはいないだろう。

 

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旅の場所・山形県鶴岡市羽黒町手向「出羽神社(三神合祭殿)」  
旅の日・2022年7月10日               
書名・奥の細道
原作者・松尾芭蕉

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「奥の細道の旅」 講談社 1989年発行


●羽黒山 

海抜四百十九Mの山。
月山、湯殿山が冬季に登れないため、 ここに三神合祭殿を造り、三山の神々を合祀している。
表参道の随身門から山頂までは約二キロ。
うっそうとした杉並木の中を二千四百四十六段の石段が続き、
その間には、祓川、須賀の滝、国宝五重塔など、名所や史跡がある。
芭蕉が泊まった南谷別院は、五重塔のある参道を二の坂に登って五百ばかり入った林の中に建っていたが、現在は礎石が残るだ けになっている。
ここには芭蕉の句碑 「有難や雪をかほらす南谷」が立つ。

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「わたしの芭蕉」 加賀乙彦 講談社 2020年発行


ありがたや有難や雪をかほらす南谷

暑い夏の道を行くと雪の香りのように冷たい風が吹いてきた。
なんと嬉しい、天の恵みであろう。
暑さのさなかにあって、涼しさの恵みを感じる、これこそ暑さの醍醐味なのだ。
羽黒山神社の本坊で芭蕉は連句の宴を開く。
その楽しみを思って、暑さよりも雪の香りを目出度いと思う。
句作が暑さを香りに変える。
この感覚が俳句の面白さだ。
暑さを有難いと思う俳人の鋭い感覚こそ芭蕉の俳諧師たる所以である。

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