徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

大移動

2011-07-10 07:12:22 | News


<総務省が八日公表した今年三~五月期の住民基本台帳に基づく人口移動報告によると、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島三県で、転出者から転入者を差し引いた転出超過は前年同期比で3・4倍の計3万1752人となった。
 東京圏(一都三県)は西日本への転出が増え、転入超過数が前年同期より16・8%減少。名古屋、大阪圏は転出超過から転入超過に転じるなど、震災や原発事故の影響が全国に及んでいるとみられる。
 同報告は自治体間で住民票を移した人が対象。このほか転出手続きをしていない人も多く、人口流出の実態はさらに深刻とみられる。(中略)三大都市圏間では東京圏から大阪圏への転出が前年同期比14・5%増、名古屋圏へも5・9%増えた。また福岡県へも25・4%増となるなど西日本への転出が目立った。一方、大阪圏、名古屋圏から東京圏への転出はそれぞれ6・9%、9・5%減だった。(中略)災害後の人口移動では阪神大震災で95年1~3月期は兵庫県で約3万7000人、神戸市で約2万3000人と大幅な転出超過となった例がある。>(東京新聞 7月9日付

昨日のニュースではあるのだが、<大移動>は今後の大きなテーマになって行くと思う。震災直後の長友啓典さんの取材でもこの<東京解体>は当然話題にもなったのだけれども…3.11以来、そんな予感がしている。
阪神大震災での<移動>とはまったく意味が違う。また福島を除く東北の被災地とも違う<大移動>が起こっている。ゆっくりと時間をかけて<東京解体>が起こる。それをソフト・ランディングと呼ぶのならば、避けて通ることはできないんじゃないか。
つまり、これまでのような所謂「震災」による<移動>ではない、これは<地殻変動>だと思えるんだけどね。

関係ないもの・こわいもの/「秋夜―小論集」「天使のウインク」

2011-07-10 04:26:28 | Osamu Hashimoto
<それでは、どうして私は、そんな「関係ないもの」を、「こわい」と思っていたのでしょうか? それは、その「へんなもの」が崩壊しつつある既成の枠組の中から生まれて来るからです。彼等を支えているものは、もはや正常に機能していない--であるにもかかわらず、愚かな彼等は、そのことを自覚しない。
 世界は崩壊しつつあって、私もその世界の片隅に“一員”として存在していて、そしてその崩壊しつつある世界は、醜悪な狂気のようなものをますます私の周りに生み出して行くだろう--そう思うことが、私の「こわい」の正体でした。それは、「これから自分の周囲には不愉快なこといがますます多く起こって、自分はますます生きにくくなって行くだろうな」と思うことと同じことです。(中略)
「代案のなさが世界を行き詰らせている」と私は思います。「代案がないままに、定員過剰の世界は発狂寸前になっているのかもしれないが、しかしそんなことと、自分の作り出そうとしているものとは、関係がない」と思います。関係がないからこそ、自分はその関係を作り出そうとして“創作”を繰り返して来たのだと思います。そして、その一事を踏まえて、私は、はっきりと、「あんな世界と自分は関係がない!」と思います。>
(橋本治『秋夜―小論集』中央公論社1994/「ある問いに対する答」より)


秋夜―小論集
<琵琶の音はいかが。完璧な歌舞伎役者・六世歌右衛門の絢爛、芥川や三島の作品に漂う大理石の色香を「不思議な作家」が自在に描く。><琵琶の音はいかが。完璧な歌舞伎役者・六世歌右衛門の絢爛、芥川や三島の作品に漂う大理石の色香を「不思議な作家」が自在に描く。秋の夜には古典がにあう。日本の伝統や文化、文学についての小論集。>

登録情報
単行本:285ページ
出版社:中央公論社 (1994/12)
ISBN-10:4120023915
ISBN-13:978-4120023910
発売日:1994/12
商品の寸法:19.8x13.2x2.4cm

<「こわいもの」というのは、まだあるのだろうか? 「幽霊の正体見たり枯尾花」という言葉があって、その事実がはっきりしていたにしても、暗い中で風に揺れるススキの穂を見定める勇気がなければ、まだ“幽霊”は存在する。「注意! 本当に怖い」というコピーのあった『セブン』という映画は、果たして“なに”によってこわくなりうるのか? 既に連続殺人事件というものがどういうものなのかは、『羊たちの沈黙』によって明らかになっている。それを踏まえた『セブン』が二番煎じの駄作にならないのだとしたら、その方向性は一つしかない。「自分達とは関係がない」と思って捜査に当たっていたブラッド・ピットとモーガン・フリーマンの刑事二人が、なんらかの形で“当事者”にさせられてしまうということである。
 それは、安全な境界に立って“恐怖”という刺激を求めるだけの傍観者=観客に対して、「あんただって安全ではいられない、あんただって共犯になりうる」という爆弾を投げることでしかない--「それ以外にはない」と、私は勝手に判断していたのだが、そしたらやっぱりそうだった。(中略)
『セブン』は、「これを“こわい”と言う人間は愚かだ」ということを告げる映画である。既にその輪郭が明らかにされている“恐怖”というものに対して、見世物的な興味で向かうのか。「それをなくしたい」という冷静さで立ち向かうのか、態度はもうはっきりしている。だから私は、「もうこわいものなんてないのに」と思う。>
(橋本治『天使のウインク』中央公論新社2000「まだ『こわいもの』はあるのだろうか」より)


天使のウインク
<恐怖を克服しなくてなんの人間か。酒鬼薔薇聖斗から新潟監禁事件まで。世紀末の闇を超ド級のポップセンスで解読し、“天使が目くばせするような”方向へ私たちを導くハシモトの問題作。><恐怖を克服しなくて、なんの人間か。酒鬼薔薇聖斗から新潟監禁事件まで、世紀末の闇を超ド級のポップセンスで解読する。『中央公論』連載エッセイの単行本化。>

登録情報
単行本:302ページ
出版社:中央公論新社 (2000/04)
ISBN-10:4120030008
ISBN-13:978-4120030000
発売日:2000/04
商品の寸法:19.4x13.4x2.4 cm

躍動美学/「秋夜―小論集」

2011-07-10 04:13:25 | Osamu Hashimoto
<「重要なのはテーマではない。テーマの中から突出して来る、役者というものの見せる肉体的感動だ」と。
 テーマを突き付けられたら、頭で考えなきゃならない。あんまり重いテーマを突き付けられたら、体が動かなくなって、明日の生活に差し支える。だからこそ必要なのは、躍動する肉体だ、という訳。
 こういうことが起こり得るのは、だから、「現実とは常に厄介なテーマを孕んでいるようなもんである。そのことを前提として我々の人生はある」ということ。だから肉体は重要だ--なにしろ、現実は“厄介なテーマ”を孕んでいる。そうであるのなら、その現実に生きる人間は、その厄介なテーマに立ち向かって行かなければならない。それであれば、それが出来るだけの“肉体”というものを持って行かなければならない。
 それであればこそ、生きる=動く=有意味ということが成り立つ。だからこそ、歌舞伎には、“悪の感動”というものが、ちゃんとある。
 善人はおとなしくしていて、おとなしくしている善人だけで出来上がった体制の中から排除されてしまった者は、“悪人”になる。排除された悪人は、日常という“おとなしくしていなければならない世界”の外にいるから、その彼にはもう“おとなしくしていなければならない理由”などというものはない。つまり、悪人になってしまった彼は、いくらでも自由に動ける。「日常は動けない。しかし日常は動きによって成り立っている」という、矛盾を孕んだ現実の中にいて、その為に必要な動きのヒントを得るんだとしたら、それは、躍動する悪人達によってからしか望めない。だから“殺し場”という躍動美学も、歌舞伎にはちゃんと登場する。>
(橋本治『秋夜―小論集』中央公論社1994/「即ち、俳優の肉体は画布である」より)


秋夜―小論集
<琵琶の音はいかが。完璧な歌舞伎役者・六世歌右衛門の絢爛、芥川や三島の作品に漂う大理石の色香を「不思議な作家」が自在に描く。><琵琶の音はいかが。完璧な歌舞伎役者・六世歌右衛門の絢爛、芥川や三島の作品に漂う大理石の色香を「不思議な作家」が自在に描く。秋の夜には古典がにあう。日本の伝統や文化、文学についての小論集。>

登録情報
単行本:285ページ
出版社:中央公論社 (1994/12)
ISBN-10:4120023915
ISBN-13:978-4120023910
発売日:1994/12
商品の寸法:19.8x13.2x2.4cm