ぼくは本名はももすけですが、ふだんはももちゃんとよばれています。
でも、おかさんや他の人たちが「ももちゃん」と呼んでも、もう聞こえていません。かろうじて、台所できゅうりを刻む音が耳に入ってきて、おかあさんの足元でおすわりして、きゅうりのへたをくれるのを待っていますが、いつもではありません。
おかあさんはきゅうりを刻んでいても、ぼくが台所にやってこないとさびしくなります。
ずっと2・8kgだった体重は2・2kgになり、まるで人間のおじいさんのように背中が曲がってきています。
1日中、ほとんど寝ていて、夕方のゆったりとしたおさんぽだけが今のぼくのたのしみです。
犬にも相性というものがあって、女の子はたいてい好きなのだけれど、男の子も好きな子と嫌いな子がいました。
かなり離れていても向こうに嫌いな(というより、もしかして苦手なのかも)わんこが来ると、ちいさいくせしてぼくは吠えていました。向こうのわんこたちは友好的でほぼ知らんぷりしていたのですが。
ところが、最近はその苦手のわんこが来てももう吠えません。おかあさんが相手の飼い主のおばさんにそういうと「もう、どうでもよくなったのかしらね」と笑っていました。
そう、どっちだっていいのです。人間だっておかあさんくらいの年になると、お友だちは男でも女でも、どっちでもいいのです。でも、お友だちは必要です。
おさんぽに出て、誰にも会わないで帰ってくることほど心残りなことはありません。ぼくんちの門のところまで戻っても、通り過ぎてもう一度行こうよ、というふうにぼくは意思表示するのです。
このところ日が長くなったし暖かいので、昨日の公園にはたくさんのわんこがいました。
ぼくより一回り以上大きいテリアの2匹とは最近、何度か公園で出会い、おかあさんどうしもあいさつをしていました。
いつものお友だちのトイプードルのハナちゃんや、同じヨーキーのヒナちゃんといたとき、その2匹が近付いてきて、ぼくのおかあさんはその子になでなでしていました。
ぼくはちょっといやだったので、ウーっと口の中でちいさくうなっていました。と、突然、2匹のうちのオスのほうがぼくの胸ぐらに噛みついてきました!
あわてて、向こうのおばさんはリードを引っ張って引き離しましたが、もう、ぼくはショックで興奮してしまいました。おかあさんが抱っこしてもあばれました。震えが止まりませんでした。
さいわいなことに冬用の厚手の服を着ていたので怪我はなかったのですが、おかあさんはごめんね、ごめんね、こんなこわい思いをさせて、と抱っこしながらぼくの小ささを感じていました。
噛みついた犬のほうのおばさんったら、大丈夫?と尋ねましたが、「ごめんなさい」とも言わず、そそくさと立ち去ってしまいました。こういうとき、もし何かあったらと、自分の名前と電話番号くらい言っておくものだと思うのだけど。
そうなのです、噛みつく犬の飼い主は自分の方が悪いと思わないらしい。1月の末、おかあさんが退院してすぐのとき、やはりお散歩中にぼくは噛まれました。道の向こうから飛びかかってきたのですから明らかに向こうの飼い主の責任です。リードをしっかり握っていれば届かなかったのですから。
そのときも、ぼくは服を着ていましたが、洋服からはみ出した足をかまれて血が出ていました。そのときも、年配の夫婦連れ、謝ろうとしませんでした。
おかあさんは腹立たしく「これから病院に連れて行きますから、治療費はそちらでもってください」と気丈に言いました。メモも持っていないし、名前も電話番号も覚えられないので、すぐ近くだったのでぼくんちに来てもらいました。名前と電話番号を書いたあと男性は帽子をとって一礼したけれど謝罪の言葉はありませんでした。奥さんはというと庭で待っていましたが、おかあさんが外に出ても何も言いませんでした。
以来、おかあさんはよその犬との接触にすこしナイーブになっていたのですが「人を見たら泥棒と思え」式の考えはいやなので、極力、顔には出さず、内心びくついていたのでした。
15年も生きてきて、それまでフィラリアの予防の薬をもらいに獣医さんちに行くくらいだったのに、昨年の夏、玄関のドアに挟まれて怪我をし、そして今年に入って2回も噛まれた。
そして今日は階段から落っこちた。
おかあさんが2階で掃除機をかけていたので、ぼくは開いていた廊下から階段を上ったんだけど途中で動けなくなったのです。掃除機を止めたときに何かく~んと聞こえた、と気になったおかあさんが2階の踊り場からのぞきました。
「ももちゃん、じっとしていなさいよ!」と叫ぶおかあさんの声がなんとなく聞こえたようだったけれど、降りてくるおかあさんが気になって、よけいにバランスをくずしておっこちてしまいました。
下から3分の1くらいのところだったから、大丈夫だったけど。
おかあさんはちいさなぼくを抱っこしてしばらくすわりこんでいました。