時折り春風がそよそよ吹いて暖かくてお日様は燦々と天にあり、お布団を干すにはもってこいの日より。
今晩はおとうさん、会議(?)だから晩御飯要らない、と言っていた。いつもたいそうな晩御飯を用意するわけでもないのだけれど、この解放感~~
どこかに出かけようと思えばいつだって出かけられる、なのに、お洗濯をして、冬物のブーツを陰干しにしたり、家の中の鉢植えをデッキに出したりと、なんとなくつまらないことばかり。
そうこうしているうちに、もう、こんな時間・・・もう、どこかに行くには遅すぎる・・・
昨日、ちらと読んだ新聞の記事が気になっていました。
東京オリンピックマラソンで3位の円谷幸吉の話だった。円谷と言えば、マラソン3位というより、後に自殺した、というイメージが強い。
>戦後まもまく、円谷が通う小学校の運動会。後ろを振り返りながらゴールをした子がいた。
「みぐさい(見苦しい)こと、すんでねえぞ」父が幼い幸吉を諭した。
勝っても負けても、前だけを向いて走りなさい、それが円谷家の教えだった。
ほんと、かっこいいなぁ、円谷のお父さん、と思いました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E8%B0%B7%E5%B9%B8%E5%90%89
そして、今、彼の遺書を読んで、川端康成や三島由紀夫のコメントを読んで泣いてしまいました。
走者が後ろを見てラストスパートをかけるのは陸上競技だけでなく、他のスポーツでもその駆け引きは常識なのかもしれない。
でも、ぼくは内心、ずっと思っていた。あれはかっこう悪い、そう、みぐさい、と。
もうひとつ、新聞の記事で共感。
朝日新聞編集委員の稲垣えみ子さんの『ザ・コラム』
原発事故の後、節電のために様々な家電製品を手放し、ついに冷蔵庫の電源を抜いた、お話!
>冷蔵庫とは時を止める装置であった。----「いつか」の箱といってもいい。今は使わないが、いつか使う(かも)。----
見渡せば、私の周囲は「いつか」の夢でいっぱいだ。いつか着る服。いつか読む本。いつか行きたい場所。いつかに思いを巡らせ、思いにまかせぬ今を慰めてきた。----だが、いつかっていつだ?人生はしょせん、今日の積み重ねである。きょう必要なものだけを買う暮らしは、じつのところかなりつまらない。夢も希望もなかりけり。しかし、生きるとは、しょせんこの程度のことなのだ。---- 人はたえず過去を後悔し、未来に心を悩ませる。だが、過去も未来もしょせんコントロールできないものだ。----今を真剣に生きよ。
まん丸のお顔にお月さまのような眉と目と口、帽子のようなパンチパーマのでっかい頭。いっぺんに、この編集委員、稲垣さんのファンになってしまいました。(顔が見える、ってとても親近感がわいていいです)