ももすけの日記

きゃあと言ふ声あちこちで穴まどひ
ああ面白かったと言って死ねたらいいな

結願

2017年04月05日 16時44分21秒 | ひとりごと

平成28年(2016年)は60年に1度の閏年の申年でした。

かつて、おかあさんとおねいちゃんは四国88か所の1番から7番まで歩いてお遍路をしたことがあります。

ぼくが多分、2歳くらいのころですから、もう15年以上にもなります。

以来、一度もお遍路に興味を示さなかったおかあさんでしたが、昨年の初めからは新聞の広告やらに、やんややんや、申の閏年はお遍路の御利益も倍増とか掲載されていて気になっていました。

そして、とうとう出かけました。

最初は88番から86番の3ヶ寺の日帰りバスツアーでした。ま、最初の方をお参りしているから、最後をお参りして、これでいいかな、と軽い気持ちで。

で、次も、次もとなんとなく参加して、途中はおとうさんのコーラスの大会なんかがあった松山あたりは、おとうさんも巻き込んで(バスツアーでなく、別に車で行きましたが、これはこれで、とても楽しかったです。)

そして今年、3月28日、第8番熊谷寺のお参りをしてめでたく結願することができました。ちょっと、感無量。

ツアーなので、そのあとの7番から1番までお参りしましたが、ほとんどのお寺の記憶はありませんでした。感想といえば、最初の方のお寺、って門が赤々しているな、というくらい。

唯一覚えていたのは、宿泊した第2番極楽寺にあった子坊主さんの石像くらい。(もっとも、これはどこかほかのお寺にもありましたけれど)かわいいので、前の時も写真を撮っています。

お泊まりは相部屋でお願いしていました。一人部屋だと、お値段も高くなるし、相部屋の方がいっしょにいろいろなお話できて楽しいだろうと思ったからです。若いころ、リュックを担いでユースホステルに泊っていたので全く抵抗はありませんでした。

でも、予想外に、世間にはいろいろな人がいるものなんだ、と思い知らされました。

まず、4人部屋では、洋室と和室の部屋があり、友人同士の年配(おかあさんも年配ですが、もっと)の二人、さっさとベッドの方に行って「足腰が弱いからここ使わせてもらうわね」と!

早くに寝て、朝は4時ごろからごそごそ。おかあさんともう一人は、お布団でなんやかやと夜更けまでお話していたので迷惑です。でも、彼女たちはちっとも悪気はなくて、朝からお風呂に入ったらすっきりするよ、とか言います。はい、と素直に熱めのシャワーを浴びるおかあさん(苦笑)

驚いたのは彼女たちは辯天宗とかを熱心に信仰しているのでした。日本人の宗教観ってなんて大らかでいいんだろうと思いました。でも、今、調べて見たら、辯天宗というのは高野山真言宗の流れをくむ新興宗教だそうで、かかわりがあるのでしょうね。おかあさんだって、信仰心が深くてお遍路したわけじゃないし。

あるときは3人部屋、でした。何度目かのツアーになると、顔見知りもできてきて、以前に同室だったこともあります。この二人、なぜか仲が良くなくて、お互いにいがみあっていました。両方とも、おかあさんには丁寧に愛想よく接してくれるのですが。火花を散らした後、二人とも布団にもぐりこんで寝たのですが、こちらは寝つかれません。しかたなく、タブレットの小説を読んでいて一睡もできず。あらー、困ったな、睡眠不足でしんどくなったらどうしよう、と翌日は不安でしたが不思議なことに全然平気だったのです。お大師様のおかげかな?

しかも、です。その二人、添乗員さんにあの人とは同じ部屋にしないでくれ、と別々に言いつけていました。おかあさんは、たまたま、両方の場面に居合わせていたのでびっくりです。そんなら、個室にすればいいのに、と思いました。

あるときは5人部屋でした。同じ広さの和室が二つ。さて、おかあさんはどちらの部屋にしたものかと。そこも、また、なんやかやと。

へえええぇぇ、世の中にはいろんな人がいるもんなんだね!

でも、仲良くお話出来た方々もたくさんいましたし、電話番号を教え合ったり、フェイスブックでお友だちになった方もいます。

 

いやいや、それよりも、もっと言いたいこと、それは逆打ち遍路のことです。

衛門三郎のお話

どんなにひどい仕打ちをしようが、子どもを8人も次から次に死なせるなんて、仏さんのすることではないと思うんだけど。

ただ、最初を行ってるから、最後からまわろうと単純に思ってのお遍路でしたが、この衛門さんと弘法大師の話はなんともやりきれないと感じるのは、私だけでしょうか。。