岡崎から京都へ向かうHELLOCYCLING旅。
初めて長距離ライドを実行した
東海道サイクリング初回では鈴鹿峠を越え亀山を経由する東海道回りで来ましたが、今回は不破関を越える中山道ルートで進んでいきます。
こちらが名古屋周辺の旧街道の図となります。
宮までの東海道と鵜沼までの中山道、及び上街道・下街道は既に漕いでいるので一番回数を少なくするためには上街道を再度漕いで鵜沼から中山道に合流すべきです。
ただ、そうなるとちょっときついわけで…
峠を越えるわけではないのですが、純粋に距離を短くしたいという思惑からこの区間は次回に回すことにしました。
私が今回選んだのは東海道の脇街道として整備された佐屋街道。
金山駅前から始まり、東海道の海上航路である七里の渡しを避け陸路で佐屋まで至る道です。
正直金山~佐屋もそれなりに距離があるので極端に距離が短縮されるわけではありませんが、佐屋街道は前から辿ってみたかったので。
6:30 金山新橋南交差点には佐屋街道の起点を示す道標が経っています。
右折待ちをしているバスは佐屋街道に沿って進む名古屋市バス金山21系統。
この系統は昔よく使っていたので馴染みがあります。
堀川に架かる尾頭橋を越えます。JRの尾頭橋駅からは750mほど離れています。
脇街道にあることからわかる通りここが本来の尾頭橋。JRの尾頭橋駅って位置的には古渡橋のほうが近いんですよね。
中川児童館の前には佐屋街道の石碑が立っていました。
中川運河を越えます。ここからは名古屋駅の高層ビル群が綺麗に見られます。
6:47 長良本町交差点。佐屋街道はここを直進し烏森方面へ向かいます。
市バス金山21系統はここで左に大きくカーブし小本本町方面へ進んでいきます。
この交差点は不自然なカーブを描いているのですが、これは昔の名古屋市電下之一色線の廃線跡。
尾頭橋から長良本町までは佐屋街道の上を進み、ここから先で専用軌道に入っていました。
長良本町を過ぎるとすぐに烏森駅に到着。JR東海名古屋工場のアクセスに便利な駅です。
岩塚宿のあったあたりを通ります。宿晴らし差はほとんどなく普通の住宅地になっていますが。
名古屋高速5号万場線と並んで万場大橋を越えていきます。
庄内川を渡った先には万場宿がありました。岩塚宿と万場宿は川を隔てて対峙するように設けられており宿場間の距離としては極めて短くなっています。
これらは1か月のうち15日ごとに役割を分担し、2つで1つの宿場として機能していたそうです。
かなり細い道で佐屋街道は進んでいきます。
名古屋に住んでいた時この辺りは自転車でよく来ましたがこんな道わざわざ選んで進まないですからね、新鮮でした。
稲屋交差点で名二環を潜ってすぐ、工事中の道路らしきものを発見。
これはどことつながるのでしょうか、千音寺のアズパークのところですかね?
大治西條で県道名古屋津島線と交差した後、狐海道東交差点で佐屋街道は直角に曲がります。
調べてもよくわかりませんでしたが、この「狐海道」という地名って絶対東海道や佐屋街道に関連してますよね…?
福田川を越えると大治町は終わり、ここからあま市に入ります。
境界を過ぎてすぐのところには名鉄バスの秋竹バス停があります。
7:33 西尾張中央道と交差。ちょうどこの辺りが神守宿の置かれたあたりになります。
神守一里塚は大きな木が残されていますが、一里塚らしい盛り土などは一部削られているみたいですね。
笠寺一里塚や神守一里塚を見ると、
十三峠にある恵那・瑞浪地区の一里塚外貨に原形を保って貴重なものかがよくわかる気がします。
名鉄バス津島線に沿って佐屋街道は進んでいきます。
それにしても、あの名鉄バスがフルカラーLEDになって路線番号を導入したってのが未だに違和感なんですよね。見慣れない。
日光川を越えたところには、佐屋街道と日光川の川越についての解説がありました。
佐屋街道は津島市街地を通り、津島市役所の近くの東柳原町で南に進路を変えます。
愛宕地区を越え、日比野駅の少し南側で名鉄尾西線と交差。
ちょうどタイミングよく電車がやってきてくれました。収穫の近い稲穂と絡めていい感じに撮れて満足です。
内佐屋交差点で県道458号線に移ります。
ここには佐屋海道址碑が立てられています。
8:25 先程の碑から5分ほど漕ぐと佐屋街道の終点、佐屋三里の渡址に到着。昔はここから先は水運で桑名まで抜けていました。
佐屋までついたのはいいのですが、ここから多度駅まではあと約8kmあります。
幸い、この間は立派な県道125号線が整備されておりまっすぐ進むだけですし、昔何度も自転車で通ったことがあるので迷う心配もありません。
ただ、時間制限があります。養老鉄道は本数が少なく、次の辿発は8:58発。
余裕を持ってみても約25分で到着しなければなりません。そうなると表定15~17km/hは維持して走らなければいけません。
間に合うことを最優先に、ここまで封印してきた電動アシストを一部解禁して木曽三川の龍田大橋を越える坂などでは20km/hを維持して走行することにしました。
長良川を渡ると岐阜県海津市、木曽三川公園の展望タワーが見えてきます。
それもつかの間、揖斐川を越えると三重県桑名市に入ります。ちょうどさっきの木曽三川公園が岐阜県の最南端にあたります。
なお、木曽三川公園の展望タワーのところから先、揖斐川と長良川を隔てる堤防が8km近く続いています。
これは近代改修の際に作られた堤防で、背割堤という種類のものです。
2つの河川のうち一方のみ流量が増えた際に水位の差が発生し逆流による越水被害が出ることを防ぐために設けられています。
あくまで2大河川を仕切るだけなので堤防の上には管理用の施設が少しある他は何もないのですが、一般人が通行できる三重県道106号線として整備されています。
約8kmの間分岐が一切なく国道1号線に合流するまでひたすら堤防を行く道路。しかも両側に揖斐川と長良川という大河川が流れています。
ここ一回通ってみたいなぁと思うものの、どう考えても自転車や徒歩では通れないタイプの堤防道路なんですよね…
国道一号線と合流する交差点では伊勢大橋のアーチに穴を強引に開けたようなダイナミックな構造が見られます。あれも面白いんですよね。
さて、木曽三川を無事に越えたら多度はもうすぐです。
8:53 無事に電車の時間前に多度駅に到着。
土休日であれば終日に渡ってサイクルトレインを実施しているのですが、平日は朝晩の通勤時間帯を避ける形で設定されておりこの列車が多度駅から大垣へ向かうサイクルトレインの1便目となります。
列車は2両または3両の編成でやってくるのですが、自転車を積み込めるのは前から2両目と決まっています。
やって来たのは近鉄南大阪線のラビットカーを復刻したオレンジ色の編成。近鉄大阪線系統の車両に近い綺麗な内装になっています。
途中の養老駅では少し前に入った新型車、東急7700系が見られました。これが走ってるの見るのも新鮮です。
終点の大垣駅に到着。向かいのホームには歌舞伎塗りと呼ばれる東急時代の塗装を纏った編成が止まっていました。
なかなかこの車両かっこいいですね、中山道鵜沼~垂井を走りに来る際に大垣はまた寄るはずなのでその時に時間を取って撮影したいものです。
9:57 大垣駅前
休憩をしつつ大垣まで運んでもらえました、ありがとう養老鉄道。
さて、大垣では楽しみにしていた場所があります。
昨日は金山の名鉄インに宿泊したのですが、その際にGoToトラベルキャンペーン地域共通クーポンをもらいました。
コンビニでも使えるのですが、それじゃあんまりだしなぁと思い隣県の岐阜県大垣で使うことにしました。
大垣駅前にある和菓子の老舗、金蝶園総本家さんでお菓子を購入することにしました。
夏には大垣名物水まんじゅうが味わえるあのお店です。今の時期は栗餅が押しのようだったのでこちらを購入。
1,000円を越すためにバラ売りのカステラと大垣あんぱん饅頭も一緒に購入。
帰ってから食べましたが、栗餅めっちゃ美味しいですねこれ。
自転車で運ぶ際にちょっと崩れてしまいましたが、ふわっふわの餅の中に餡子と大粒の栗が入っています。
餅は、安っぽい例えになっちゃいますが雪見大福みたいな柔らかさ。これは美味しい。
2日後に残り半分を食べましたがそれでもまだ固くはなっていませんでした、それでもできれば早めにふわふわの状態で食べたほうが感動すると思います。
垂井までは概ね国道21号線に沿って移動。
彩戸口交差点で美濃路と交差したのでこちらに移りました。松並木がいい雰囲気です。
中山道との追分を過ぎ、相川を越えると垂井宿の中心部に入ります。昔ながらの「旅館」の看板がいい味出しています。
垂井宿お休み処 旧旅籠長浜屋さん。すごい。
垂井一里塚を過ぎたあたりで宿場は終わり。
関ケ原を過ぎ、今須峠の手前で東海道本線と交差。
旧街道とかよく知らずに
自転車で行けるだけ西へ自転車で進んだ時も自然と旧中山道を通っていました。
ここの踏切も見覚えがあります。あれはもう6年も前ですか…懐かしい。
ここも中山道踏切みたいな名前なのかなぁと期待しましたが、車返踏切という名前でした。
11:38 踏切に差し掛かったところでちょうど列車がやってきました。
これは5087レですね。関西地区の東海道本線で1日1往復のみ設定されているEF65指定の貨物列車。人気の列車です。
最高速度が110km/hのEF66・EF210と異なり100km/hまでしか出せないEF65なので運用が限定されています。
踏切を渡った先ならアウトカーブで撮れたのですが、まあそれは仕方がありません。
今須峠を越えていきます。木曽路区間の険しい峠を通った後だとかなり生ぬるいイージーモードな峠道です。
今須峠を越えた先にあるのが今須宿。ここの宿場町は珍しく街の真ん中を国の境界が通っています。
新潟県と山形県の境界にある鼠ヶ関も街の中を通ってましたよね。
この小さな水路が美濃国と近江国の境界。
感覚的には今須峠で国を跨いだ気になっていたのでちょっと意外な感じもします。
ここには「寝物語の里」という石碑も一緒に建っています。旅館で寝転がりながら国を挟んで会話ができることからそう呼ばれているようです。
山の中を進んで柏原宿へ。
12:15 ローソン山東柏原店
ここのイートインでお昼ご飯にしました。朝も食べていなかったのでかなりお腹が減っております。
中山道沿いって垂井を過ぎると彦根まで飲食店ってほとんどないんですよね。
しかも、彦根市の中心部は通らないわけですし。ここにイートインがあってほんとによかった。
現在栄えている東海道本線沿いの彦根・近江八幡などは朝鮮人街道を通る必要があり、中山道はそれらとは離れた場所をまっすぐ行くんですよね。
常夜燈が残る感じが旧街道らしさを醸し出していていい雰囲気。柏原宿を抜けてさらに西へ。
伊吹から醒ヶ井付近までは名神高速道路に沿って進みます。
旧中山道の区間ではちゃんと歩道が整備されていますが、ここを外れると歩道が消えます。
前に米原まで漕いだ時は何で途中から歩道がなくなるんだよと思ったものですが、旧中山道は米原を通らないですからね。
養鱒場が有名な醒ヶ井。中山道と並行して小さな川が通っています。
醒井宿で養鱒と並んで有名なのが梅花藻。ただの緑色の水草にしか見えませんが花が咲く時期には賑わうそうです。
旧街道をそれなりに走るとわかってきます。あっちですね。
この先、東海道本線は天野川に沿って米原へ向かうのですが旧中山道は名神高速道路に沿って番場宿へ向かいます。
番場宿を過ぎると、磨針峠という峠で山を越えます。
ここも坂道の度合いとしては今須峠並みのもの、そこまで急ではありません。
磨針峠を降りると急にあたりが開けて、目の前には国道8号線と近江鉄道本線が現れます。
ちょうどフジテック前駅が近く、エレベータータワーも近くに見られます。
13:38 鳥居本宿、直角に曲がっています。
昔の宿場町の入口には、防衛のため中を見通しづらくする枡形という構造が設けられていました。
あまりに通りづらいということで緩やかな道に改良されることが多いのですが、気にして見ると確かになんかカクカクしています。
思えばさっき通った垂井宿の旅館のところもそうですし、東海道石部宿や藤沢宿・中山道馬籠宿なんかでもそういう構造を見てきました。
そういうもんなんだな、とは知っていましたが桝形と呼ぶことは今調べるまで知りませんでした。
芹川を渡ります。
あのルートインは彦根口駅の近くからちらっと見えるやつですね。
琵琶湖線からの景色は知っているのですがそれ以外からの景色は全く分からないので照合する建物があると助かります。
14:03 高宮宿 高宮鳥居前
ここ高宮宿はお多賀参りの分岐点であったため分かるようにと大きな鳥居が築かれたそうです。
高宮宿を出ると犬上川を渡ります。
そこで思わず立ち止まったのがこちら、「無賃橋北詰」
旧中山道に無賃橋、これは面白そうな歴史がありそうです。橋の欄干には無賃橋の経緯が記されていました。
昔の街道はどこも皮を越えるのが一苦労。基本的に橋は有料でした。
橋がないところでは川越人足に頼むのでそれもお金がかかるわけです。
無賃橋と呼ばれるほどには無賃で渡れることが珍しい存在だったわけで、正式名称の高宮橋と呼ばれることよりも無賃橋と呼ばれることのほうが多そうです。
14:31 豊郷小学校旧校舎
急に目の前に現れてびっくりしました、
過去に来たことがありますがこの目の前の道って旧中山道だったんですね。
14:48 愛知川宿
中山道と並行して愛知川を渡る近江鉄道。
残念ながら列車は見られませんでしたが、いい橋ですよね。米原方1桁のみトラス構造になっているのがチャームポイントです。
武佐宿には明治時代に造られた旧八幡警察署武佐分署庁舎が残っています。
江戸時代の歴史を辿るのもいいですけど、こういう明治大正期の建物も味があっていいですよね。
15:40 武佐駅
中山道武佐宿も最寄り出来であることをアピールするかのようにさりげなく中山道って書いてあるのがいいですね。
西宿町交差点からは国道8号線に合流するのですが、交通量が多いのに歩道がなかったのでしばらくの間は迂回しました。
旧中山道と新幹線のちょうど間に当たる小道を進んでいきました。まあこのくらいは仕方がない。
その後はなんやかんやで自転車を漕いでいました。
この辺って住んでるエリアの近くですし、かなり宅地化されているので旧宿場町の雰囲気って正直あんまりないんですよね…
野洲川を越える頃には日も傾いてまいりました。
16:52 中山道単独区間では一番西の宿場町、守山宿。
高札場跡のここも桝形の名残でしょうか、高札場が設けられるのも宿場の入口付近となることが多いのでこれらはセットになりがちな気がします。
今宿一里塚を越えると、栗東の駅前タワーマンションが見えてきます。
17:09 草津市に入りました。
ちょうど草津線が琵琶湖線をオーバークロスする辺りで旧中山道は線路にぶち当たるんですね。
流石にこの先進めないだろうと思っていましたが、こんな小さなトンネルがあったとは知りませんでした。
ここを潜って線路の向こう側へ進みます。
ついに草津までやってきましたよ、大垣からでも自転車で来れるんですね。
17:19 草津宿追分道標
草津川トンネルを潜ってすぐの場所で中山道は東海道と合流します。
駅から近いので散歩がてら草津宿はよく来るのですが、長距離漕いでここに来ると感じ方が変わるもんですね。
以前東海道サイクリングの際には大部分を国道1号線沿いに行ってしまったので今回は旧道に沿って進むことにします。
石山~草津に関しては徒歩で旧道を歩いたこともあるので道に迷うことはありません。
17:38 弁天池の夕暮れ
弁天池という名が示す通り、真ん中の島に弁財天神社があります。
この池の横にセブンイレブンがあるので、そこでちょっとおやつを購入し休憩。
瀬田唐橋を越え
唐橋前駅では最近登場したびわこ号カラーの車両も見られました。
18:59 髭茶屋追分
京都府京都市と滋賀県大津市の県境であり、京都三条大橋へ向かう東海道と大阪高麗橋へ向かう京街道の分岐点でもあります。
結局記事にはできていませんが京街道も漕いだんですよ。
19:38 三条大橋に到着。
東海道の終点であり、一応中山道の終点でもあります。
草津から三条大橋までは東海道と中山道の二重戸籍区間みたいな扱いなんですよね。
こうやって長距離サイクリングするようになってから三条大橋は京都側のゴールって感じがして特別感が感じられるようになった気がします。
ちなみに、三条大橋から先の三条通は河原町地区が自転車走行禁止で押して進むしかありません。
HELLOCYCLINGステーションがある二条まで向かうには1つ北の筋へずれて二条通を進むのがおすすめです。
かなり広い歩道が確保されていて、自転車レーンも整備されているのでこっちを進むほうが快適かと思います。
19:58 サイクルベースあさひ二条店で返却。
利用料金は2,560円。岡崎地区の1,000円/12時間の料金体系が助かります。
京都の料金体系だと1,500円/12時間なんですよね、京都→岡崎向きで移動したときは4,500円かかりました…
前日の夕方に借りたとはいえ1泊している間移動しないのにお金がかかっていることは変わりません。料金体系の違いに大変感謝しております。
それを考えると、松本地区の1,000円/24時間って破格だよなぁと思って調べてみたら10/1から1,000円/12時間に変更されていました。
それでも十分安いんですけどね、中山道東側と甲州街道を制覇する際にはまたお世話になると思います。
こちらが今回の自転車走行ルートを付け加えたもの。旧街道に関係のない部分は色を薄くしています。
うーん、鵜沼~垂井を早いとこ繋げておきたいです。
そしてこちらが全体図。
中山道は東海道のように一方向に進めず虫食いな感じになっちゃっていますが、そろそろ半分は越えているような気がします。
やっぱりゴールは日本橋で決めたいので、東側区間を実行する前に岐阜県内の残りを漕ぐ必要がありそうです。
晩御飯は二条のやよい軒でサンマにしました。秋の味覚。
やよい軒では9月より全店でだしの提供を始めたそうです。
自動おかわり機で既にすごいなぁと思ったのですが、だしポットがあるとは驚きました。
生憎サンマを平らげてしまった後でしたが、テーブルに置いてある漬物でも満足できます。
〆のだし茶漬け、これはいいサービスだなと思いました。美味しかったです。
おわり。
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