山中湖村の集団検診へ行く。ニックは毎年この見事な日本人の勤勉と清潔と節約と器用さと合理精神の極致のような達成に感激し、アメリカの友人達に電話で自慢しまくる。私には普通でも、ニックにとっては信じられない光景なのだ。受検者は整然と静かに椅子に並び、受付、会計、診察、検尿、身体測定、血圧、心電図、採血と、会場内の検診を30分以内に済ます。役場の庭には白い検診バスが待ち受け、我々はさらに胸のレントゲン、腹の超音波、CTスキャン、胃のバリウム検査と、狭いながらも便利な車内でこれも30分以内で済ます。待ち時間なし。持参した本を開く間もなし。胃検診のバスを下りた所で靴を履き、下剤二粒をボトル水で飲み干し、用意された鏡を見ながら白い唇を拭い、返す手で外した止血帯を箱に戻せば、全て終了。1時間かからない。総ての動きに無駄が無く、人の流れはスムーズで止まる所がない。まるでバレエの振付のようである。途中、一度だけ人の流れが止まり、軽いどよめきが起こった瞬間があった。ニックがテーブルに置いた検尿の紙コップを倒してしまった時である。それとて係りの女性は慌てず騒がず、紙コップを素早く起こすのと問診票を持ち上げるのが同時。次いで左手のペーパータオルで液体を拭き取り、右手で試験紙を残りの液に浸している間に、左手の人さし指でトイレを指さし、OKです、捨ててきて下さい、と謝るニックに指示を出す。見事な対応。ストップウォッチで計りたいくらい! 誤って倒してぶちまけちまう老人は珍しくないのか、慣れているのか。いやいや、日本人にはあり得ん。アメリカでこのような繊細かつ”責任重大”な動作の連続を万人に求めれば、三人に一人は紙コップを倒し、みなが叫び、笑い、罵り、係りの人はぎゃあぎゃあ喚き、自分の服に検尿がかからないことだけをひたすら気にし、問診票は濡れ、検尿はやり直し、あちらこちらで渋滞となり、収拾つかなくなるまで遅れ続け、うるさくてたまらんだろう。だからアメリカでは集団検診は絶対無理なのだ。ニックがこれほど、静謐なる集団の美、と褒め称えるわけである。
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