塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

僕が思う古橋享吾の凄さ

2021-12-21 22:10:32 | 日記
 古橋享吾の素晴らしさはどこにあるのでしょうか。

 それは仮にセルティック・グラスゴーが成績低迷に陥った際、アンジェ・ポステコグルーを解任したとしても、既に指揮官の庇護がなくとも古橋はやっていける事を証明している点でしょうか。

 既にリーグ・カップで今季初のトロフィーを手繰り寄せたセルティック。

 ファンも古橋の事を最高の移籍と考えていますし、仮に相手守備陣のハード・タックルやラフプレイが素見すれば、セルティック以外の関係者からもその守備選手は大きな批判が与えられるかもしれません。

 (レインジャーズ・グラスゴーのファンは別ですが)

 ただ、ポステコグルーは細心の注意を払うべきでしょうか。

 横浜F・マリノスから前田大然を引き抜くと囁かれているように、今後もグラスゴーには日本代表選手が降り立ち、かつて日本人のファンが中村俊輔を見に来たように、新型コロナウイルスの影響で苦境の中でも、日本からの声援が大きな力になると思います。

 しかし、かつてルイ・ファンハールがFCバルセロナで

 1・アヤックス・アムステルダムからオランダ代表選手たちを数多く移籍させる
 2・カンテラを軽視しているという声が高まる
 3・第2次政権では補強の目玉と言われたファン・リケルメを、移籍会見で「不要」と伝える

 というように、自分のひいき選手を獲得すればするほど、低迷時の批判はかなりのきつさになります。

 仮にセルティックのような、世界規模でファンを持つクラブの中心を日本人選手が固めるようになれば、Jリーグへの注目度も同時に高まるかもしれません。

 一方でセルティックに外国籍選手が増加すればするほと

 「地元の若い選手も必要だ」
 「外国籍選手は本当に実力のある選手だけでいい」

 という声も挙がるでしょう。

 その際、古橋が残留できるだけの力を驚異的な活躍で見せていますね。
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ミズノ、いよいよセルヒオ・ラモスと契約が近いか

2021-12-21 22:00:25 | 日記
 現在パリ・サンジェルマンに在籍するセルヒオ・ラモス。

 今季からミズノをブラックアウト無しで履いているため、契約が近いのではないかという声が日増しに高まっています。

 実は彼、日本料理の代名詞である「寿司」が好物なんですよ。

 1年遅れで開催された今夏の東京五輪。

 東京と共に招致を目指したのは

 トルコ・イスタンブール
 スペイン・マドリード

 の2都市でした。

 実はこの東京が五輪招致最右翼と目される声が高まる中、ラモスは恋人と共に寿司の舌鼓を打つ行為が露見し、マドリードの関係者たちから冷たい視線を送られた過去があるんです。

 興味深いのは

 セルヒオ・ラモスは単純に恋人と鉱物の料理を楽しんでいただけで、悪気が全くない
 そのため、彼は能天気すぎるという印象が強まる
 しかも彼が在籍するクラブは、マドリードの象徴である

 という3点ではないでしょうか。

 日本ではしばしば「天然」という言葉で性格を示しますが、この時のラモスはまさにこの形だったように思います。

 ミズノからすれば、ラモスのようなワールドクラスが愛用してくれることは、直にありがたいと思うでしょうし、契約条件を詰めている可能性は高いと思います。

 ただ、彼が30代半ばであり一度大きな故障を負うと、回復に時間がかかるという点は考慮すべきでしょう。

 スパイクは選手が愛用し、露出してこそ初めて契約の中身が見えてくるためです。

 例えばラモスがミズノと契約すれば、案外その「縁」で名古屋グランパスエイト、北海道コンサドーレ札幌などJ1契約クラブへの移籍が開かれるかもしれなません。

 
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ACミランとカカが描いた夢物語

2021-12-21 21:13:15 | 日記
 キャプテン翼ワールドユース編において、日本ユース代表は大空翼が持つ、縦への推進力と機動力、卓越した視野の広さと戦術眼を軸に、決勝でブラジルユース代表と対戦します。

 のちに翼は(架空の)FCバルセロナに移籍しますが、このブラジルユース代表には

 カルロス・サンターナ フラメンゴからバレンシアFCへ
 ナトウレーザ レアル・マドリードへ

 という、のちに重要な役割を持たせられる選手たちも登場しますよね。

 日本の4-3-1-2は翼あっての4-3-1-2ですが、かつてのACミランも同じく4-3-1-2が十八番であり、それは「カカ」なくして存在しませんでした。

 指揮官カルロ・アンチェロッティが用いた4-3-1-2にはいくつかの条件が重なっています。

 1・2001年、ACミランはフィオレンティーナから、指揮官ファティ・テリムを招聘
 2・彼はフィオレンティーナで素晴らしい出会いを果たした、ポルトガル代表のマヌエル・ルイコスタの移籍を希望し、実際に移籍は実現する
 3・しかし、ルイコスタは2001-02シーズン、開幕戦で肘を故障してしまう

 というように、2002年韓日ワールドカップで優勝を経験し、若手のスターと目されたカカも、ミラン移籍の際はルイコスタの代役でしかありませんでした。

 しかし、アンチェロッティはカカを先発に起用し、同時に

 「私をレジスタとして起用してください」

 と自ら名乗り出たアンドレア・ピルロの提言を受け入れ、リンギオ・ガットーゾとマッシモ・アンブロジーニを守備訳に起用するダイヤモンドを見出します。

 この4-3-1-2では、

 1.カカが仮に体調不良でも、ルイ・コスタが控えている
 2・アンドリュー・シェフチェンコとピッポ・インザーギという協力な2トップ

 という補完性が出来上がり、2004年のスクデットと2007年のUEFAちゃんピンズ・リーグ獲得に至ります。

 カカは2007年のバロンドールを受賞しますが、ミラン在籍の選手としては現在、最後の栄誉となり、仮にミランからバロンドール受賞者が登場すれば、カカも大きな喜びでしょうね。
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1998年ワールドカップ、セレソン学戦した理由

2021-12-21 21:02:58 | 日記
 キャプテン翼ワールドユース編において、日本ユース代表は大空翼を攻撃の要に置く「ジャパニーズ・ゾーンプレス」を敷きます。
 
 この布陣、当時は気にせずに漠然と受け入れていましたが、4-3-1-2ですよね。

 大空翼と日向小次郎、新田隼で構成されるオフェンス・トライングルとその後方を松山光がカバーする形になりますが、実は1998年フランス・ワールドカップ、セレソンはこの形で挑む予定でした。

 本戦はホナウドとベベトの2トップを、レオナルドとヒバウドが支える4-2-2-2で全くプレスがかからず、フルバックのカフーとホベルト・カルロスの前には、相手がカウンターで用いることができつ、莫大なオープンスペースが広がっていました。

 この変則的な布陣、左利きが多すぎて攻撃が形にならない、GKのタファレルとCBのゴンザウベスとフニオール・バイアーノは、いずれも先発にはふさわしくないとの声が大きかったものですが、指揮官マリオ・ザガロは彼らを固定しました。

 ザガロは本来、2002年ワールドカップの選手登録をジュニーニョ・「パウリスタ」で行った、アトレティコ・マドリードのジュニーニョを、「1」のポジションに置く予定でした。

 しかし、彼がクラブで故障してしまい、「1」の部分を任せられる選手がいなくなります。

 1997年のセレソンは

 1・ホナウドとホマーリオの2トップ
 2・センターバック、セーリオ・シルヴァの台頭

 など明るい話題もありましたが、本戦は決勝戦の前にあの「ホナウドお痙攣」というアクシデントの影響もあり、0-3で開催国フランス代表に完敗でした。

 それでも彼らは2位なのです。

 ファンからすれば「準」優勝のセレソンに価値はないと思うのでしょうが、むしろ健闘を称えられるべき大会だったと思いますよ。
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