塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

人間主敵的経営を考えて

2021-12-24 22:12:08 | 日記
 クロスメディア出版「人間主義的経営 ブルネロ・クチネリ著」の中で、彼は次の言葉を述べています。

 「人間をないがしろにして品質は保てないのは明らかであり、この方法こそが利益を生み、人間の尊厳を回復する経済の在り方だと考えたからです」

 サッカーという競技は時に戦争を生み、時に坊領行為を生み、八百長や審判買収さえ生んできました。

 逆に言いますと、人間の尊厳さえ失う、失ってもいいから勝てばよい、それだけ夢中になる人物を生み出していいるのも、またサッカーなのですね。

 今後はこの人間的、という観点からブランドは新しい価値観を生み出す必要があります。

 例えばヒュンメル

 過去、Ⅴ・ファーレン長崎と契約していた際(現在はアンブロと契約)は、8月9日に向けて平和への祈りを込めたジャージを発案し、戦争とは何か、どうして起きてしまうのか、というテーゼを改めて僕たちに与え、同時に鎮魂の機会を与えてくれました。

 ヒュンメルが性的少数の方々(LGBTという言葉、無駄に消費されている気がしませんか)を支援しているように、

 「人が人らしく生きる」
 「私は人間だと唱えたキング牧師」

 という、「らしさ」を選手支援とともに構築している点が、ヒュンメルの個性ではないでしょうか。

 例えばミズノ

 リビルディング・プロジェクトを構築する中で、水島武蔵やカレカ。リバウドなど過去の契約選手に再度敬意を払いながら、同時に丹精込めてスパイクを製造する自社の従業員たちへの敬意が感じられることは、老舗ならではないでしょうか。

 カレカとモレリアと1986年ワールドカップ
 リバウドとウエーブカップと2002年ワールドカップ
 中村憲剛とモレリアと川崎フロンターレ

 というような連想ゲームは簡単に成り立ちますが、成り立つまでの地道な作業を忘れてはいけません。

 ブルネロ・クチネリは古都ペルージャからやや離れた農村に誕生しましたが、ぺルージャが今でも中田英寿へのまなざしが温かいことは皆さんもご存じですよね。
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過酷な条件に耐え抜いて

2021-12-24 21:14:34 | 日記
 どんなトッププロスペクト(超有望株)と呼ばれる選手でも、大リーグでプレイするには基本マイナーリーグからスタートします。

 ルーキーリーグから1A,2A,、3Aと場数を踏み「コールアップ(大リーグへの招集)を待つわけですが、一気に最短距離を駆け抜ける選手もいれば、マネーボールを広めた人物「ビリー・ビーン」のように、大リーグ確実と考えられる選手でも、マイナーで引退という事例もあります。

 日本では福岡ソフトバンクホークスが3軍を常備し、中米市場に目を向け17歳のメキシコ人選手を獲得するはずです。

 これには選手も

 「日本のチームから声がかかるなんで考えもしなかったよ」

 と大乗り気でして、ホークスの目線は明らかに大リーグの向こう側を見ています。

 そのマイナーリーグですが、支給されるミールマネー(食事代)が少なすぎる、過酷すぎる遠征のためチームが寮生活用の準備を始めると言います。

 確かにあれだけの国土を持つ米国をバス移動(運転手の疲労も相当でしょうがね)は本当にしんどいですよ。

 三浦知良がサントスと契約する前、マツバラやキンゼ・デ・ジャウーに在籍していた際も、飛行機ならば簡単な距離も、一日かけでバス移動した話も有名ですが、では日本の地域リーグやJ3はどうなのでしょうか。

 AC長野パルセイロのホーム「長野Uスタジアム」の快適さは有名ですが、よく指摘されることに

 「スタジアムは立派でもね」
 「J3の門番だよ」

 という点がありますが、恵まれすぎているから昇格できないというある種の逆説が、選手の負担になっている点があるような気がします。

 また日本代表でなくとも、欧州の2部クラブや主要国以外で場数を踏み、給料の遅配や金額の交渉などを自ら行う選手もいます。

 日本では「ブラック企業」という呼び名がすでに定着しましたが、この無節操さが選手、会社員を鍛えるという側面は、何とも言いようがないのですが。
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動物愛護の観点からスパイクを見て

2021-12-24 20:52:14 | 日記
 本日はまずお詫びをせねばなりません。

 僕が昨日掲載した「岩手グルージャ盛岡新スポンサーはケレメに決定」と記すべき点を「盛岡」ではなく「森岡」と変換、掲載していたことがわかりました。

 本当に申し訳ないと反省しております。

 また、わざわざご指摘くださった「カン様」にも御礼申し上げます。

 実はご指摘があるまで変換の誤りがあることに、僕は全く気付いていなかったので本当にありがたい事だと痛感しました。

 改めてお詫びいたします。

 本題に入ります。

 原書房から刊行された「世界を変えた100のポスター下巻」を購入したのですが、172ページに「PETAポスター」という題目があります。

 「動物の倫理的扱いを求める人々 PETA(ピタ)は、動物の福祉を旗印に企業を追求して成果を上げていることでも、見るものをぎょっとさせる狙いのポスター・キャンペーンでも知られる」

 とあります。

 この団体は1972年に、米国メリーランドのイングリット・ニューカークによって設立されましたが、当時はサッカー・スパイク。野球スパイクにアメリカン・フットボールのスパイクも、本革しか素材がなかったと思います。(合成皮革はあったかもしれませんが)

 つまり、米国では1970年代から既に、動物愛護というよりも動物が生きる権利が浸透していた形になります。

 1972年といえば、ペレとセレソンが3度目のワールドカップを制覇し、遂にジュール・リメ杯の永久所持を認められてから2年しか経過していません。

 プーマもアディダスもより有名選手との契約を求めていたでしょうし、選手に快適さと怪我を防ぐスパイクを提供できるかを検討していたと思います。

 逆にサッカー・ブランドは常に

 「動物保護との対峙」

 を求められながら、今後も製品づくりを行う必要があるように感じます。
 

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