選手がワールドカップに憧れるのは、世界最高峰の舞台という意味合いもありますし、名誉、優勝した際に支払われる莫大な勝利ボーナスも無関係ではありませんね。
ただ、世界最高峰という言葉ある意味で「UEFAチャンピオンズ・リーグ」に移行しつつありますし、勝利ボーナスも同様です。
僕はワールドカップの4年周期、つまりどんな名手でも常に4年後を見据えて戦うこと、ワールドカップで予選落ちの可能性挙がる、本番にピークを持っていくことの難しさ。
ここに憧れの要因があると思います。
1986年のアルゼンチン代表とディエゴ・マラドーナがそうで、マラドーナはメキシコ・ワールドカップに最高の体調と精神力で挑むことが出来ました。
逆に4年後のイタリア・ワールドカップでは彼自身が4年という歳月で加齢の影響を受け、同時にナポリでの喧騒に巻き込まれ、戦う準備ができていなかった点が大きかったといえます。
攻撃陣にはクラウディオ・カニーヒアがいましたが、アルゼンチン代表は最後の最後まで
「ディエゴ・マラドーナとその他の選手」
「最後は必ずディエゴが何とかしてくれる」
という形でしたから、よく決勝戦までたどりつけたと思いますよ。
もちろん戦術的傾向として、多くの代表が3-5-2を採用しミラーマッチの形が多く、中盤でつぶしあいが横行したことも、マラドーナにとっては苦痛だったに違いありません。
4年の歳月とその重み
名手でも照準を合わせる難しさ
開催国に風土、気候と生活に短期で順応せねばならない
複合的な要因があこがれにつながっている、僕はそう感じますね。